滅―ほろび―
突如、地面を突き破って出現したカオスは、地響きを起こしながら這い上がってきた。そして腕に生やした蛇の頭を、リョウマたち目がけて振るってきた。
「く、来るな…。醜き…化け物めが…」
「危ないっ!! 避けろ!!」
間一髪、攻撃を避けた四人だったが、五体不満足で身動きの取れない皇帝は、蛇の口に捕らえられていた。
皇帝は成す術なく、そのまま蛇の口内に消えていった。
「父上ぇぇぇっ!!」
「い…いやあぁぁぁっ!!」
ヴァルとエクスは、過去の因縁も忘れて絶叫した。彼女らの目の前で、カオスは変貌を遂げていく。
様々な生物の身体の部位を混ぜた、歪な姿は頭部と前脚が獅子のものへと変わり、腕だった蛇の頭は尻尾へと移動。猛禽類のような脚は後脚になり、巨大な四足の怪物が誕生していた。
「グルルゥ…ガウッ…!!!」
「な、なんなんだよこれは…。もう何が起こっても驚かない自信があったのに…」
目の前で皇帝が喰われ、新たな怪物が生まれた様子を見て、リョウマは恐れ慄いた。
「巨大な獅子の身体って、マンティコア? でも尻尾は蛇で鳥の脚だからキマイラかしら…?」
「冷静に分析中のところ申し訳ないけど、今はそれどころじゃねぇだろ!」
「わかってるわよ! 何か対策を練らなきゃと思ったの…」
その時、怪物は四人の方向を向き、獲物を見つけた、と言わんばかりに睨みつけた。カオスの腹部にあった一ツ目は、怪物の額に移動していた。
怪物は、狙いを定めると一直線に突進してきた。攻撃をなんとか避けた四人だったが、再び二手に分断されてしまった。怪物はリョウマとアスカの方を向いている。
「どうすんだ…。あんなにデカい奴、これで太刀打ちできんのか…?」
「できるできないより、やるだけやらないとでしょうよ…。何もせず、こんな所で死にたくない」
「俺だって。…わかったよ、やってやるぜ…」
リョウマは剣を、アスカは筆を構え、臨戦態勢に入る。飛びかかってくることを予想した二人だったが、怪物は周りの空気ごと息を深く吸い込み始めた。
「グ…グオオオオオオッッッ!!!」
その吸引力の凄まじさで、二人は立っているのがやっとだった。
「何これ…。今までの力が…抜けていくような…」
「大丈夫か? 一体何が…? お、俺の剣が…」
「どうしたの!? 嘘…あたしの筆も…」
二人の手にしていた剣と筆が、まるでそこだけが永い年月を経たかのようにボロボロと崩れ去っていた。
それと同時に、怪物にも更なる変化が始まった。全身に稲妻が走り、炎に包まれた。背中には鳥のような巨大な翼が出現している。
「何それ…。あたしたちの力を、奪った…?」
「ギャオオオオォォォォン!!!」
怪物は大きく咆哮をすると、空高く飛び上がりリョウマとアスカ目がけて飛び込んで来た。
「おいおい嘘だろ…! 聞いてねぇぞそんなの!!」
「誰も聞いてるわけないでしょ!! とにかく逃げるわよ!!」
アスカとリョウマは再び、突撃を避けた。地面に勢いよく激突したのが幸いしたのか、怪物は獲物を見失い、フラフラと目眩を起こしていた。運を味方につけ、二人はエクスとヴァルに合流した。
「二人とも無事か!? どこにも怪我はないか…?」
「なんとかね。…でもどうしよう。あいつを止める方法は何か…」
「ひとまず身を隠しましょう。時間を稼げば何か良い案が閃くかもしれません」
ヴァルの言葉に従い、四人は先刻まで捜索していた石柱の陰に身を寄せ合い、姿を隠した。
怪物が、見失った獲物を探してウロウロと歩いている最中、四人は今にもこちらに来るのではないかと気が気ではなかったが、打開策を話し合う。
「どうしたらいいんだ。あんなにデカい奴、ちょっとやそっとじゃやられないだろうし…」
「あたしたちの攻撃手段も、なくなっちゃったものね…。となると、ヴァルのその槍だけが頼りってことになるけど…」
「確かに、この力があればあの怪物を消滅させることができるかもしれません。しかし先ほどの………お父様の時のようにはいかないと思います」
「ヴァルの言う通り。あの巨体に俊敏さ、そして身体に纏う炎と稲妻だ。成功しなければ、死は免れないだろう」
全員が沈黙した。
各々が考えに考えた末、静寂を破ったのはリョウマだった。
「ひとつ、考えがある。聞いてくれるか?」
その後、一行はまた二手に分かれた。怪物はまずリョウマとアスカを視界に捕らえ、猛烈な勢いで突進。二人はそれを確認すると、背を向けて全速力で走った。そして、身を隠していた石の塔や石柱群へと誘い込む。
「グガッ!!? …ギャルル…ガァ!!!」
怪物の身体は石柱に挟まれ、勢いが衰えた。しかし怪物は暴れ、障害物を破壊しながら進もうとする。だがそうはさせまいと、エクスとヴァルは周辺の石柱の根本を槍で切断して、怪物の身体に倒すことで動きを封じた。
流石の巨体も、無数の石柱の下敷きとなり、身動きができなくなっていた。
怪物から距離を置き、四人はひと息をつく。
「ハァ、ハァ…。やったわね、みんな」
「ああ。だけど、ここからが仕上げだ。ヴァル、エクス、もう覚悟はできてるんだよな…?」
「…はい。お父様は、許されざる所業を数え切れないほどしておられました。それに斯様になってしまっては、人と共に暮らすことは叶わないでしょうから」
「…そうだな。このまま放っておいては、外界に影響を及ぼしかねない。ここで決着をつけよう。せめて、我々の手で…うっ」
エクスは突如、片膝をついて俯いた。
「エクス、どうしたの!?」
「大丈夫だ。少し足が痺れただけだ。先ほど柱を切り倒している際、怪物に近づき過ぎたらしい。心配はいらない」
「お兄様、ご無理はなさらず…」
「心配ないと言っただろう。それよりも、来るぞ…」
「グルォ…グオオオオオオォォォッッッ!!!」
「今だッ、ヴァル、エクス!!」
「はぁぁぁっ!!」
「やぁぁぁっ!!」
怪物は動けないならばと、最後の力を振り絞るように吸引を始めた。すかさず、エクスとヴァルはその口内に槍を投げ込んだ!
怪物が槍を体内に取り入れると、腹部の辺りから暗闇が発生した。暗闇は徐々に大きさを増し、怪物の身体を飲み込んでいく。やがて、怪物は空間と共に跡形もなく消えていった。
「や、やりましたね、リョウマさん」
「うん。あいつが吸い込んだ力は、全部あいつの内部から働いてた。だから槍を飲み込ませたらもしかしたら、ってな」
「やるわね。ちょっと見直したかも。で、これからどうするの? 空間の消滅、だんだん大きくなってるみたいだけど」
アスカの言葉通り、怪物を飲み込んだ暗闇は大きさをどんどん増していた。
「…逃げる」
「…はい?」
「逃げるんだよ! この後のことは考えてない!」
「…もうっ! さっきの言葉撤回! ちゃんと最後まで考えときなさいよ!!」
四人は速度を増す空間の消滅から逃げ、出口を目指して走った。
「リョウマ殿。あの約束、忘れてはいないか」
出口付近まで近づいた時、エクスは唐突に言った。
「覚えてるよ。だけど、あんただって生きて…」
「覚えてくれているならいい。改めて、よろしくお願いしたい」
「皆さん、もうすぐです! 急いでください!」
四人の目の前に、空間の裂け目があった。その中には、グロリアとクアの待つ部屋が見える。
「アスカ、先に行け。ヴァルとリョウマ殿を引っ張ってやってくれ」
「わかったわ。それっ…」
アスカはエクスの言葉に従い、先陣を切って裂け目に飛び込んだ。向こう側でクアの介抱をしていたグロリアは、目を丸くして驚いた。
「ちょっと、何事? いきなりすごい勢いで出てくるモンだからびっくり…」
「悪いけど説明はあと。さぁ、ヴァル、早く…」
アスカはヴァルを引っ張り上げた。続いてリョウマも裂け目をくぐろうとしたが、すぐには動かなかった。
「エクス、やっぱりあんたが先に行けよ」
「こんな時に何を…。もはや猶予はないのだぞ! 傷ついた私は最後でいい、早く中へ…」
「だったら、一緒にだ」
「一緒に…?」
「そうだよ。みんなで無事に帰らなきゃ意味がない。あんたがよくても、あいつらがダメなんだ。…まぁ、俺もな」
暗闇がすぐそこに迫る中、リョウマとエクスは言葉を交わし続けていた。二人の妹は、兄をせき立てた。
「何やってんのよ! 早くしないとあんたも消えちゃうわよ、ウマ兄!!」
「お兄様、早く!! こちらに!!」
差し出される二人の手を見、エクスは笑みを漏らした。
「やはり、そなたらに託して正解だった。行こう、リョウマ殿。我々を待つ世界へ…」
「ああ。任せとけって」
リョウマとエクスは、妹の手を取った。そのすぐ後ろには、死の壁が迫る。
虚無の世界ヤムーは、完全に消滅した。