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偽りの果てに

 リョウマたちは寂れた建造物の内部や周囲をくまなく探し始めた。一番高く積まれた石の塔の陰から、その周りにある何本もの小さな柱の陰まで慎重に探った。


「この柱といい塔といい、まるで古代の神殿みたいだな。誰が造ったんだろう。それに何の目的で…」

「さあね。でも考えられるとしたら、ここに迷い込んだ誰かが建てたのかも。単に居を構えるためか、はたまた権力を誇示したかった、なんてこともあったりして」

「こんな怪物しかいない場所でか?」

「ただの予想よ。だけど人間、力を持ったら気が強くなるものよ。誰にも多かれ少なかれ自己顕示欲はあるの。さしずめこれを造ろうとした人も、完成したら高揚感に浸りたいと思ったんじゃないの? 別の誰かがここに来たときのために」


 アスカの見解を聞いたリョウマは、大きな石をどけながら言葉を漏らした。


「そんなもんかねぇ。言いたいことはわかるような気がするけど」

「そんなもんよ。…ってか、そんな所に皇帝がいるわけないでしょーが。喋ってないで、集中しなさいよ」

「わりぃわりぃ。さて、この裏は……」




 リョウマは大きな石柱の陰を覗くと、姿を消した。兄の姿と声が消えると、アスカは不穏な予感を覚え、声をかけながら近づく。



「…ウマ兄? …ちょっと、返事してよ。こんなときに冗談なんて、らしくもない……」



 同じく石柱の陰を覗いたアスカも、声と姿を消した。




 同じ頃、別の場所を探していたエクスとヴァル。二人で槍を持ちながら、注意深く辺りを探っていた。


「ここにもおらぬか。近くにいるとわかった以上、見つけ出すのも難しくないと思ったが、一筋縄ではいかない人だよ、奴は」

「そうですね……」


 ヴァルは気の抜けた返事をした。訝しく思ったエクスは尋ねる。


「どうした? 何か考え事か?」

「いえ、その…。お兄様は、お父様が本当の親ではないことを知ったとき、好都合だとおっしゃいましたね?」

「確かに言った。血の繋がりも恩もなければ、戦うことに躊躇いはないからな。それがどうかしたのか?」

「私はお兄様よりもお父様と過ごした時間が長かったですから。例え利用されていたとしても、育てていただいた恩はあります。なので、いざその時になったら、躊躇うことなく戦えるのかと…」


 ヴァルは自信なさげにうつむいたが、すぐに言い直した。


「すみません、今さらこのような弱音を言うべきではありませんでしたね。私もお兄様と同じく、決心しなければ…」

「その心意気は立派だ。しかし無理はするな。私とてああは言ったが、自信を持って皇帝を滅することができるかと問われれば、簡単には答えは出せない。だが、お前がやれないのなら、私がやるほかないだろう」

「お兄様…」

「…さあ、この辺りは探した。アスカたちの方へ行ってみよう」


 エクスは話題を変えるように言った。




 リョウマとアスカの持ち場に移動した二人だったが、声も姿もない空間は不気味にすら感じられた。


「お二人はどちらに行かれたのでしょう。臭いは確かにしますが」

「影すら見えないのはおかしいな。あの大きな石柱の裏はどうか」


 エクスとヴァルは、リョウマとアスカが姿を消した石柱に近づいた。良く見ると、石柱からアスカの足が少し見えていた。


「おおアスカ、ここにいたか……」




 エクスとヴァルの視界に飛び込んで来たのは、腹部に穴が空き、地に伏すリョウマとアスカ、そしてその周りに広がる血溜まりだった。



「…馬鹿な……!! いかん、早く…治療を!!」


 一瞬思考が停止しかけたエクスだったが、槍を手放すと即座にアスカに駆け寄り、彼女の身体に触れて治療を始めた。

 しかしヴァルは、力なくその場にへたり込んでしまった。


「リョウマさん…? アスカさん…? そんな…。お二人が…死に…」

「ヴァル、何をしている!? お前も早く、リョウマ殿を治療して…」


 兄の言葉も耳には届かないほど、ヴァルは目の前の現実を受け入れられなかった。


「そんな、そんな…。嘘です…嫌です…嘘です……」



「しっかりしろ!! 何もせず、二人を殺すつもりか!? お前がそれをするのか!?」

「…っ!! 嫌です!!」



 ヴァルは我に返り、リョウマに駆け寄ると身体を抱きしめ、最大限の力で治療を始めた。


「お願いです、目を、目を開けてくださいリョウマさん、アスカさん…!」


 その時、どこからともなく皇帝が姿を現した。横たわるリョウマとアスカ、懸命に治療するエクスとヴァルを冷たく見下ろした。


「もうそやつらは助からんだろう。無駄な足掻きだよ」

「耳を貸すな…! 必ず、救ってみせる…」

「そうです…。絶対に…死なせはしません」


 皇帝は嘲笑うように鼻をフンと鳴らすと、手に持った何かを目の前に出した。それは自らの額に着けていた、偽物の一角獣の角だった。

 その角の断面から、黄色い光の刃のようなものが発せられていた。


「私が武器も何も持たない老いぼれだと思ったのかね? これは腕のある職人に作らせたと言ったはずだ。ただの角を作るのに、その必要があると思うか? まったく、愚かにもほどがある。醜き愚者は滅ぶべき存在だ…」


 皇帝の言葉を聞き怒りと、二人を喪うのではないかという恐怖に身体を震わせながら、ヴァルは治療を続けた。次第に、リョウマの体温が低くなっていることを感じたヴァルは必死に力を込める。


「ダメです…。こんな所で死んでしまっては……お願い、ミーアさんも力を貸して…!!」


 藁にもすがる思いで、ヴァルはリョウマの左腕の宝石に手を置いた。その瞬間、熱く澄んだ空気が辺りを覆った。熱気はリョウマとアスカの身体を包み、空いた傷口がみるみる塞がっていった。呆気にとられるエクスとヴァルの前で、二人は目を覚ました。


「あれ…? 俺たち何を…? ヴァル、どうした? 眼、赤いぞ」

「エクス、あたしウマ兄を追って、そこから記憶がないんだけど、一体…」


 蘇生した二人を、エクスとヴァルは再び抱きしめた。呆然とするリョウマとアスカは、顔をしかめている皇帝を見ると、記憶が蘇ってきた。


「そうだ、俺たちあいつに殺されかけて…」

「思い出したわ。酷い目に合わせてくれたわね…」

「ふむ…またしても私の予想が裏切られる結果となったか。面白い…。どこまでも私を楽しませてくれる…」


 この期に及んで、まだ余裕を見せる皇帝に、怒りを滲ませて対峙する三人。しかしヴァルだけは様子が違った。ふらふらと立ち上がると、一人では持ち上げるのに苦労した槍を、簡単に持ち上げたのだ。


「何をする気だ? 娘よ」

「……ま…れ…」

「お前たちのその希望とやらで、親である私に何を…」




「…黙れえぇぇぇっ!!!」




 ヴァルは叫ぶと同時に、槍を思い切り、上から振り下ろした。その瞬間、彼女の目の前の空間が吹っ飛んだ。ヴァルと皇帝の間には、傍から見れば黒い柱のような物が出来ていた。


「こ、これは…?」

「空間を吹き飛ばしたのだろう。伝説の通り、あの槍とヴァルの力が合わさり、世界をも破壊する力が顕現したということか…」


 今まで見せたことのないヴァルの怒りと、その凄まじい力に圧倒され、皇帝もリョウマたちも近づけなかった。


「よくも…よくも…っ! 私の大切な人たちを傷つけて…。もうあなたを親とは思いません…。これまでの恩も、絆も、今この瞬間に意味のないものになりました…。覚悟しなさい…虚言の皇よ!!」


 破壊された空間を回り込んで皇帝に歩み寄るヴァル。皇帝は未だに余裕があったが、ジリジリと後ずさりしていた。


「す、素晴らしい力だ…。娘よ、予定を変更しよう。お前を処刑することは止め、お前の力で醜き世界を廃除していくのだ。どうだ? 生を許されるのであれば、嬉しかろう…っ!? がっ!?」


 ヴァルは皇帝の右腕を、素早く槍で貫いていた。皇帝の右腕と持っていた光の刃は、空間ごと消え去った。


「あああああ…!! 私の腕を…。貴様、自分が何をしたのかわかっているのか!?」

「どこまで…堕ちた人間なんです!! その、愚かな、思考を、改めなさい!! ハァッ! やぁっ!!」

「や、やめろ…」


 ヴァルは言葉を発しながら、皇帝に向けて突きを連発した。皇帝はその気迫に圧され、回避しきれずに下半身を丸ごと失っていた。


 上半身と左腕だけを遺し、もはや歩くこともままならなくなったかつての父親に、ヴァルは槍を向けた。


「ハァ、ハァ…。これで終わりです。せいぜい自らの行いを悔いながら、死になさい」


 ヴァルは槍を振り上げ、とどめをさそうとした。しかし、リョウマとアスカ、エクスはその腕を掴み、制止させた。


「何をするんです? 止めないでください…!」

「ヴァル、もういいよ。俺たち死んでないし、もう十分だろ?」

「そうよ。この救いようのない爺さんも、こうなったら何もできないでしょ。それ以上、手を汚す必要はないのよ…」

「その通りだ。怒りに任せて、取り返しのつかないことになってしまっては、後悔しても遅いからな」


 ヴァルは槍をゆっくりと下ろし、三人を一人ずつ見ると、気の昂ぶりが落ち着いていくのを感じた。


「皆さん…。ありがとうございます。私、もう大丈夫です」

「そうだよ。それでこそヴァルだ」


 アスカとエクスは黙って頷いた。四人は再び、心をひとつにした。




 それから四人は、自力で立つこともできず地に転がる皇帝と対峙する。不死の肉体を持つという話は、偽りでなかったと証明されていた。


「…どんな気分だ? 散々お前たちを弄んだ私を見下ろし、さぞ良い気分だろうな」


 吐き捨てるように皇帝は言った。


「良いわけないでしょ…。そんな状態の人間を見て、そんな気持ちになんかなれないわよ」

「あんた、すっかり人の心は失っちまったのか。むしろ可哀想だよ」


 哀れみの言葉も、心を捨て去った皇帝には届かなかった。


「貴様のような者にそう思われるとは、とんだ屈辱だな。もはや死んだ方がましというもの。しかし…今となっては死ねないこの身体が疎ましい…」


 唯一残った左腕の拳で地面を叩く皇帝。エクスとヴァルは、思わず声をかけた。


「父上…」

「お父様…」

「まだ私を父と呼ぶか…。どこまでも愚かな子供たちだよ、お前たちは」


 リョウマはため息をつくと、皇帝の目の前に屈んで語りかけた。


「なああんた、もう意地張るの止めたらどうだ?」

「意地だと…?」

「ああ。名前に価値がないとか言ってるらしいけどさ、いい加減この二人の名前くらい呼んでやれよ。ずっと娘、とか倅、とか呼んでるだろ。仮にも親なんだからさ」

「………」

「あとついでに、あんたの名前も教えてくれよ。まさか無いわけじゃないんだろ?」


 皇帝はしばらく黙っていたが、おもむろに口を開き、何かを言いかけた。


「私は……」


 しかし、その続きは聞くことができなかった。


 大地が大きく揺れ、四人の目の前、皇帝の背後の地面から、巨大なカオスが姿を現したのだ。

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