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雪の世界と世界の秘密

 慣れ親しんだ故郷の世界を後にし、アスカを探してリョウマとヴァルの二人は次元の穴をくぐった。

 異世界に行く、という現実離れした不可思議な行動であったが、実際は家の中から外へと出るようなことと変わらず、次元の穴を通ると一瞬で別世界に到着した。

 そこは、一面の雪景色。見渡す限り森も山も、真っ白な雪で覆われていた。入り口が空高い場所にあったためか、出口も同じく高い場所にあったのだ。ヴァルはリョウマと共に、ゆっくりと降下していき、雪原に着地した。

「無事に、着きましたね」

 ホッとため息をひとつつき、ヴァルは言った。

「ああ、ここが異世界か…。ヴァルもここで生まれたんだ」

「いえ、そうではなくてですね。これから説明しますね。まずは…」

 その時、雪原を歩いて来る人影が見えた。リョウマたちの世界で言うならば、初老くらいの年齢の男性だった。その男は、二人の元へと歩いて来た。

「やあ、ごきげんよう。どうかされましたかな?」

「こ、こんにちは。なんでもありませんよ」

 やや緊張した返事をヴァルが返した。

「ふむ、それならいいのだが。それにしてもこの辺では見たことのない顔だな。旅の方々かな?」

 男は今度はリョウマに顔を向けて聞いてきたため、リョウマが答えた。

「あ、えーと、そんなとこですかね。うん」

「なるほど。どこから来なさった?」

「えーと、どこっていうか。日本? 地球?なんて言ったらいいんだろう」

 答えれば答えるほど、男の表情が曇っていった。完全に怪しまれている。リョウマが答え始めたあたりからあたふたとしていたヴァルは、慌てて会話に割って入った。

「すすすすみません!この人、その、ちょっと寝ぼけてるみたいで!失礼いたします!」

「ね、寝ぼけ…っておいヴァル?」

 今度は不思議な表情を浮かべている男を置いて、ヴァルはリョウマの手を引いて足早にその場を去った。

 男からかなり離れた場所まで来た二人は、乱れた呼吸を整えてから話を始めた。

「な、なあヴァル。さっきの寝ぼけてるって…」

「すみません…うまく誤魔化そうとしたのですが急に思いつかなくて…」

「まあ、そこはいいよ。でも何であんなに慌ててたんだ?」

 ヴァルの尋常ではない慌て方を見て、リョウマは疑問に思っていた。

「はい。やっとお話する時が来ましたね。いいですか、リョウマさん」

 ヴァルはまるで、母親が子供に物事を教えるように語りかけた。

「まず、ここは雪と氷の世界、『フロズルド』といいますが、私の生まれた世界ではないということです。説明しますと、この世にはこの世界の他にも無数の世界が存在し、私はその中のどこかの世界で生まれたということになります。リョウマさんたちの世界では、パラレルワールド、平行世界などの呼び名がつけられていますね」

 パラレルワールドに平行世界。自分たちの暮らす世界の他にも、全く違う世界が存在するという説である。その中には、少し違った生活を営む自分自身がいる世界があるとも言われている。

「このパラレルワールドには出入り口があり、他の世界の人々はわりと自由に世界を行き来することができるのです」

「世界を行き来? 俺たちの世界ではそんな話、一度も聞いたことがないぜ?」

 確かに、他の世界へ簡単に行くことができれば事件にもなるであろうし、別世界への旅が生活の一部になっていても不思議ではない。

「そうですね。リョウマさんたちの世界では、他の世界について知っている人は全くと言って良いほどいないと思われますが…それは私にもわかりかねます。ごめんなさい」

「いいよいいよ。話、続けて」

 頭を下げるヴァルに、リョウマは優しく話を促した。

「はい。そしてここからが重要なことです。世界から世界への旅が日常化しているとはいえ、他の世界から来た者を快く思わない人も中にはいるのです。なので、自分の素性を明かすことは、あまり良いことではありません」

 ヴァルの慌てぶりを見ていたリョウマは、その理由を聞いて納得した。

「なるほどな、だからさっきは焦っていたのか」

「ええ。それともうひとつ、ここをはじめとした他の世界の人々のほとんどは、星や宇宙の概念がありません」

「えっと…どういうこと?」

 納得した矢先、リョウマは頭がこんがらがった。

「正確に言うと、自分たちの生きている惑星の概念がないのです。空に星は(きら)めいていますが、それはただ空中に浮かぶ光るもの、という認識なんですね。例えば太陽も、朝になったら昇る暖かい光を放つもの、としか考えられてないんです。だから先ほど、地球から来たと言いかけてしまいましたが、それだと怪しまれかねません。気をつけてください」

「それってさ、俺たちの世界でいう、天動説みたいなもん?」

 大昔、コペルニクスなどの天文学者が地動説を提唱するまで信じられていた、地球を中心に天体が回っていると考える学説。リョウマは自分の知識の中で、ヴァルの話に近いものを導き出していた。そうでもしなければ理解が追いつかないためである。

「そうですね。自分たちの住んでいる世界が中心になっているという考え方は近いと思います。ただ例外もありまして、どこかの世界ではちゃんと星や宇宙の概念があり、人の運命を占うことができると聞いたことがありました」

 長い話を終えたヴァルは、ひとつ深呼吸をした。

「私が今お話できるのはこのくらいです。わかりやすかったでしょうか?」

「うん、正直まだピンときてないところもあるけど。でもとりあえず、別の世界から来たことは言わなきゃいいんだろ?」

「はい。それさえ気をつければ大丈夫です。こちらの世界の常識は、記憶にある限りお教えしますのでご安心くださいね」

 ヴァルはニッコリと優しい笑みを見せた。それを見たリョウマは、心まで癒される気分になっていた。

「ありがとう。よろしくお願いするよ。ところで、この服装なんとかならない?忘れかけてたけどめちゃくちゃ寒いじゃん…。それに変な格好してたら怪しまれるんだろ?」

 ここに来る前の世界では、桜の花が咲き始めた春先の季節であり、寒い冬が明ける頃だった。服装も薄着になり始めたそんな時に季節が逆戻りしたような気候になれば、凍えそうになるのも無理はない。

「そうでした。今、なんとかしますね。ちょっと失礼します」

「なんとかするって何を…ヴァル!?ちょ、本当に何を…?」

 ヴァルは突然、リョウマの首元に腕を回すかたちで抱きついてきた。リョウマは驚いて身体を動かせなかったが、ヴァルをはねのけることもしなかった。

 すると間もなく、リョウマの着ていた服が光に包まれ、変化を起こした。薄手の服装だったものから、先ほど出会った男が着ていたような暖かい毛皮のコートへと変わり、頭の先からつま先まで冬物の服装になっていた。この世界の住人と言っても、誰も不思議には思わないだろう。

「何だこれ?いつの間にこんな…何をしたんだ?」

 リョウマが質問すると、ヴァルは少し自慢気に答えた。

「これが私の特技、『適応変化魔法(アダプトランス)』なのです!私の肌に触れた物を、その場に適合した物に変化させることができる能力です」

 見ると、ヴァルの姿も厚着になり、帽子も被っていた。肌に触れた物を変化させる、ということは、自分の身につけている物も作用するようであった。

 そこでリョウマは、ひとつあることに気がついた。

「アダプトランス…。そういえば変化する時光ったけど、ヴァルが変身する時も同じ光じゃなかったか?」

「はい。戦う姿になるのも、実は魔法のおかげなんです。あの槍も、私の髪の毛を変化させてるんですよ。それから、この能力は物質に限らず形のない物でも変化させることができるんです。先刻の戦いで周りの空間を変えたのもそうです」

 リョウマはヴァルの説明を聞いて、これまでの謎がいくらか解けてきたように思えた。

「あれはそういうことだったのか。便利な能力だな」

「ええ。でも限度はありますから、どんな物でも変えられるわけではありません。あまりにも大きな物とか、特別な加護がかかっているアイテムなどは無理です」

「うん。まあその必要があるとは思えないし。特に不便はしないだろ。でもこの能力、あんな風に抱きつかなきゃできないの?ちょっと恥ずかしいんだけど…」

 傷を癒してもらった時といい、端から見たら誤解されそうな行動だったため、リョウマは困惑していた。

「すみません、この能力、使った記憶がないもので加減がわからないのです…。たぶん、変化させるだけならちょっと触れるだけで大丈夫かと思われます」

 それから、リョウマはもうひとつ気になっていたことを尋ねた。衣類が変化した際、二人のインカムも変化していたのだ。アンモナイトのような形状の、なんとも言えないものが耳についていた。まるで、羊の角のようだ。

「あとさ、その耳のやつ、何?」

「これは…言ってみれば魔法具ですかね。元の姿ではこちらでは怪しまれますし、何より使えませんから。あっそうだ、スマートフォンとお財布をお借りしてもいいですか? …大丈夫ですよ。ちゃんとお返ししますから」

 少し不安気な顔を覗かせたが、リョウマはスマホと財布を差し出した。ヴァルはそれを受け取ると、目を閉じて何か念じ始めた。するとスマホと財布も、光を放ち変化した。スマホはガラスのような素材の板に、財布は何かの動物の皮でできたようなものになり、中を確認すると、見たことのないような硬貨だけになっていた。

「え、これは…?」

「怪しまれないよう、この世界のお金と魔法具に変えさせていただきました。でも安心してください。元の世界に戻ればちゃんと戻るようにしてありますから」

 リョウマはまた少し不安な気持ちになったが、ヴァルを信用し、何も言わないことにした。それに、今はそんなことを気にしている場合ではなかった。

「あ、ありがとな。それじゃ、アスカを探すか。どうすりゃいい?」

「はい、まずは人の住む集落を探しましょう。情報収集が先決です」

 二人は、雪道を歩き出した。

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