虚無の探索
見渡す限り、荒れ果てて冷たい風の吹く世界。虚無の世界ヤムーに、一行は再び足を踏み入れていた。以前は白と黒の絵の具を混ぜたような空だったが、今回は青や赤、緑色などが混ざった空が広がり、虹色と形容すれば美しいが、そこには得も言われぬ異様さがあった。
リョウマとヴァル、アスカよりも遅れて最後に到着したエクスは、辺りを見回している三人を見つけ、駆け寄った。
「三人とも、何かあったか? 皇帝はどこに…」
「お兄様、それが…いないのです」
「そうなんだ。俺が一番早く入ったのに、そん時から誰もいなかった。あいつ、逃げ足速いのか?」
「それとも、あたしたちに見せてない力を隠し持ってるのかもね。ああいう人だし…。とにかく探さないとだけど、このだだっ広い場所、どう探すべき…?」
「大丈夫です。私の嗅覚なら、きっと見つけられます」
ヴァルは精神を集中させ、臭いで辺りを探った。そして一定の方角に確信を得、指をさす。
「向こうから微かに臭いを感じます。参りましょう」
「よし、行こう。こんな所、早く出たいからな」
ヴァルの言う方角へ向かおうとした一行だったが、当の本人は動かなかった。というよりも、動けずにいるようだった。エクスは訝しみ、戻って声をかけた。
「ヴァル、どうした?」
「すみませんお兄様、お力添え願えますか? この槍なのですが、どうにも重くて私一人では…」
「そんなことか。お安い御用だ。…思えばあの書物に記されていたことと合点がいくな。我々光の遺した子が、このように力を合わせて世界を救うと。そのための破滅の力というのも、皮肉なものだが。…では行こう」
巨大な槍を兄妹二人で持ち上げ、四人は歩き出した。
ヤムーの大地には、そこら中に怪物カオスの姿が散見された。各々が蛇の腕をくねらせ、ノロノロと動き回っている。獲物を探しているようにも見えたが、近づかなければ危険はないと判断した一行は、なるべく距離を取りつつ歩いた。
「それにしてもこいつら、一体何なんだろうな。今になっても謎のままだよな?」
エクスの隣を歩きながら、リョウマは呟いた。
「皇帝の話から考察すれば、世界の混沌が生み出した化け物やもしれぬな」
「世界の混沌がって…俺たちの世界の?」
「そなた達の世界は見たこともないゆえわからぬが、あの皇帝の言う通り、確かに混沌の渦巻く世界はあるものだ。幾多の世界を渡り歩いてきた私だから言える。あのように様々な生物の特徴を合わせ持った姿を見ると、どうにもそのように思えてな…」
「この世界も、ひょっとしたら世界中の混沌が生み出したのかもしれませんね」
不気味に彩られた空を見ながら、ヴァルは言った。
「そうだな。この空も、混沌と表現するのが正しい。ここから怪物たちが生み出されているならば、辻褄が合うだろう」
「皆さんおしゃべりもいいけどね、ちゃんと前見て歩きましょう。カオスは地面から出てくるのよ。油断してたら目の前にってほら!!!」
一行の眼前に、大きなカオスが地面から現れた。咄嗟に、ヴァルとエクスは槍を掲げ、カオスの頭部に振り下ろした。穂先が触れた瞬間に、カオスの身体は塵のように消えていき、後には何も残らなかった。
「危ねえ…。助かった」
「気をつけてよ…。自分の身は自分で守らなきゃ」
「わりぃ。でもすげぇ威力だったな、その槍。流石は伝承の武器だ」
「武器というよりは、兵器と言った方がいいかもしれません。悪しきものを消し去るための、諸刃の…」
ヴァルは地に触れる穂先を指した。穂先と接触している地面が黒い闇になっており、その空間だけが消滅していることがわかった。それを悟ったリョウマは背筋が寒くなるのを感じた。
「ひえっ…。恐ろしいな。もし間違って触ったとしたら…」
「きっと消えちゃうでしょうね。運良く一部だけ消えたとしても一大事よ。気をつけましょ」
「大丈夫です。私たちも気をつけますから」
「うむ。早急に事を済ませ、この槍も封印した方がいい。先を急ごう」
一行は再び歩を進める。
黙々と歩く道中だったが、唐突にエクスは口を開いた。
「リョウマ殿、聞いてもらえるか?」
語りかけたのはアスカでもヴァルでもなく、リョウマにだった。エクスは女性二人に聞こえないように、声を落として話している。
「なんだい、急に改まって」
「そうだな…。真剣な話ゆえに、まずはリョウマ殿に話しておこうと考えてな。ひとつ、頼みがあるのだ」
「俺にできることならなるべく聞くよ。で、話というのは?」
エクスは咳払いをひとつすると続けた。
「私の妹を、ヴァルのことをお願いしたいのだ」
「おお、お願い…? と、というのは…?」
予想外の返答に、リョウマは戸惑い、様々な想いが頭をよぎった。だが、次の言葉で我に返る。
「多くは求めない。ただ、そなたらの世界で住まわせてさせてやってほしいということだ。今までと同じように、な」
「あ、ああ…そういうことか。全然いいよ。俺たちにとっちゃまた日常に戻るだけのことだ」
「感謝する。私もできることなら共に過ごしたいと思っているが…。もう決意は固めたからな」
エクスはリョウマから視線を逸らし、まっすぐ前を向いて言った。その言葉の裏に、何かを感じ取ったリョウマは思わず聞き返した。
「決意って…どういう意味だ?」
「何でもない。とにかく、頼み申したぞリョウマ殿」
「あんた…まさか…?」
「二人とも。お話中に申し訳ないけど、前見て」
アスカの言葉で前を見たリョウマは、いつの間にか岩場の前に立っていることに気づいた。四、五階建ての建物ほどもある石の塔もそびえ立ち、あたかも誰かが造りかけたかのようだった。
「こんな場所があったんだな。にしても誰かが造ったみたいな…? ここに潜んでいる可能性もあるか」
「ええ。臭いは確かにここからもしています。それも強く。近くにいることは確実です」
「注意して探しましょう。あたしとウマ兄、エクスとヴァルで分かれた方がいいわね」
「うむ。気を抜かぬようにな」
四人は二手に分かれ、探索を始めた。