瓢箪から駒
皇帝とエクスは睨み合ったまま、沈黙の時が流れた。やがて、皇帝は冷たく問いかけた。
「わかった…とはどういうことかな? お教え願おうか」
「この書物に書かれていたことだ。後ろにはこのように記述があった。『光の遺せし子、後世に現れる、不滅の厄災を破滅へと導くための宿命を負う。この破滅は破滅に非ず。これすなわち、救済のための破滅なり…』そうだ、お前こそがこの厄災ということで間違いない。それを破滅させることが、我々兄妹の役目であると、今確信した」
エクスの言葉を、皇帝は飲み込めていない様子だったが、僅かに顔をしかめていた。完璧と思われた計画に、不穏な兆しが差し込められたと直感したかのようだった。
「不滅の厄災だと? 破滅だと? それが私だというのか。馬鹿馬鹿しい。厄災など、本来であれば存在しないと貴様も聞いたはずだが?」
「そうだな。確かに聞いた。だがこの書にははっきりと書かれている。奇妙な話だとは思うが、お前の唱えたでっち上げ話が、あながち間違いではなかった、ということになるだろうな」
一層睨み合いを激しくする二人。皇帝は勝利を確信したかの如く、不気味に笑みを漏らした。
「フフフ…。やはり浅はかよな。ならば問おう。その書には書かれているのか? 貴様の言う、厄災を破滅へと導く方法とやらが」
「ある。我々が託した、世界に散らばる材料を集めて作った秘薬がな…」
エクスは振り返り、グロリアの顔を見た。グロリアは思い出したように、自分の荷物をまさぐった。
「ああそうそう、大事なモン忘れちゃダメよね。ちゃんと作って持ってきたわよ。…ほら、コレ。言われた通りに材料入れて一晩煮込んでいたら、お鍋爆発して屋根の一部ぶっ壊れちゃったのよ? でも、コレだけが残ってたの」
グロリアの手に置かれていたのは、一本の円錐形をした細長い物体だった。外側には螺旋状に突起がつき、先端は鋭く尖っている。それは一行には見慣れた、あるものを連想させた。
「これは…一角獣の角か?」
「きっとそうよ。一角獣の角って、昔は解毒薬になったっていわれてるんだから。と、いうことは…?」
「そうだ。これこそが我々の希望。厄災を破滅させるための、切り札となる」
エクスは再び、皇帝に向き直った。皇帝は、今度は顔が天井を向くほどに大笑いをした。
「クク…ハハハッ…!! 愚かな…。そんなガラクタが秘薬だと? 希望だと? 切り札だと? ではまた問おう。それをどう使って私を殺すつもりなのだ?」
「無論、これだけでは意味を成さん。我々には、もう一つ希望があるからな」
エクスは今度はヴァルの顔を見た。その瞬間、ヴァルは全てを理解したように、一角獣の角に手を伸ばす。
「そうです…。私の力、適応変化魔法があれば…」
ヴァルが角に触れた瞬間、彼女の手の中でそれは光に包まれ、みるみる大きくなっていった。そして数秒もしないうちに、長い柄の付いた巨大な西洋槍へと姿を変えていた。
「これが…正解なんでしょうか? この槍で厄災を、お父様を、倒せと…」
ヴァルは両手で槍を支えたが、すぐに先端を床に落とした。見た目以上に、かなりの重量があるように思われた。
しかし皇帝は、依然として平静を保ったまま嘲った。
「それが何だというのだ? この不死の肉体を滅ぼせるほどの強大な力を持つとでもいうのか?」
「ある。この槍には、破滅の力が備わっているからな。世界ひとつを消し飛ばすほどの力が」
エクスの言葉には、誰もが沈黙した。二転三転する話を整理するためであろう。グロリアは我慢できず、静寂の中で口を開いた。
「あの、さぁ。今は口を挟む時じゃないってわかってるんだけど、アタシ話についてけないわ…。滅亡の話は嘘なんじゃなかったの?」
「さっきエクスが言った通り、嘘だと言ったことが偶然にも本当だったってことよ。あたしにも信じがたい話なんだけど…」
「そういうことだ。決して死なない身体ならば、世界丸ごと消してしまうほかない。それが、ヴァルにしか成し得ないことだ」
皇帝は笑う気力も失せたのか、ため息をひとつついて言った。
「まったく…。呆れてものが言えん。貴様の計画は穴だらけだよ。第一に、私をこの世界ごと消してしまえば、貴様らもただでは済まんだろう。それに民たちも道づれか? 貴様らは一界の皇帝と、何の罪もない民の命を奪った一味として、他の世界で語り継がれていくのだろうなぁ…」
「心配には及ばん。ならば、戦いの場を変えればいいだけのこと。失われても問題のない世界へと、な」
「何を馬鹿な…。そのような世界があるものか」
エクスは不意に、リョウマとアスカを見た。まるで、二人ならばわかるな、と言うかのように。瞬間的に、二人は理解した。
「そうか、わかったぞ。これだよな?」
「そうだ。流石はリョウマ殿。頼めるか」
「よしきた。えっと、念じればいいのか? …虚無の世界への穴、開け!」
リョウマは叫びと共に、偽物のクアが持っていた鎌を強く振るった。異界への穴を開ける力を持った斬撃は皇帝のすぐ側で裂け目を作り、中には寂れた風景が広がっていた。
「たった今、虚無の世界、ヤムーへの扉を開いた。あの世界ならば怪物しかいないゆえ、消してしまっても問題ないはず。これもお前が、この鎌を奴に持たせていたためだ。墓穴を掘ったようだな」
「…なるほど、偶然に偶然が重なったということか。だが、まだ問題はあるぞ。私にこの中へ入ってくださいと言うのか? そしてそれに私が応えるとでも思っているのか? それとも力づくで…」
「ええ。力づくよ」
こっそりと背後に回っていたアスカは、自分の分身を鷲ほどの大きさに巨大化させ、皇帝に発射した。分身は鋭い爪で皇帝を攻め、裂け目へと追い立てる。
「…!! 貴様、いつの間に…。おのれ!」
アスカの分身に押され、皇帝は裂け目の向こうに姿を消した。
「やったぞ、あとは向こうで決着を…」
「もちろんよ。でもウマ兄、先に行ってて。あたし、やっておきたいことがあるから」
「いいけど…早く来てくれよ。あいつ、一筋縄じゃいかねぇだろうからな」
リョウマは鎌を置き、剣を抜くと一足先に裂け目の中に飛び込んだ。
「私も先に行きます。リョウマさんだけでは危険でしょうから」
ヴァルは巨大な槍を引きずりながら、リョウマのあとに続いた。
遺されたアスカ、エクス、その腕で眠るクア、グロリア、そしてもう一人。エクスは急かすようにアスカに問いかけた。
「アスカ、やるべきこととは何だ? 急ぎ、ヴァルたちのあとを追わねば」
「ちょっと待って。どうしてもやらなきゃいけないことがあるの。…いるんでしょ、大臣さん!?」
そっとその場を離れようとしていた大臣は即座に足を止め、おそるおそる振り返った。
「は、はい。ここに…」
「あなたにお願いしておきたいことがあって。…当然、聞いてもらえるわよねぇ?」
「は、はあ…。なんでしょうか…?」
アスカの迫力に圧倒され、断る余裕もなく大臣は了承した。
「エクスを、次の皇帝にしてほしいの」
「は? エクス様を…ですか?」
「そうよ。あなたもこの世界ではある程度の地位の人なんでしょ? 大臣さんが推してくれるなら、きっと皇帝になれると思うの。違う?」
「それはそうですが…。しかし現皇帝陛下がご健在では…」
「あの人は人の上に立つような器じゃない。生きててもそうでなくても、どのみち皇帝の座に就いていられるのは今日までよ。この世界の人たちのためにも、それが最善の政策なのよ。…文句ある?」
「い、いえ。仰せのままにいたします…」
再び詰め寄られ、大臣は怯えながら了承し、おずおずと部屋を後にした。
当のエクスは困惑しながらも、アスカに声をかけた。
「アスカ…。本気なのか?」
「ごめんなさい。勝手に話を進めて。でも、ヴァルにこれ以上心労はかけたくないし、この世界の皇帝が不在ってのもマズいと思ったし、こうするのが一番だと思って。もちろん、無理にとは言わないから」
エクスは少し考えたが、今は時間がないことを思い出すと、思いついた言葉が口を出た。
「わかった。それについては考えておこう。今は皇帝を追うことが先だ」
「ありがとうエクス。ちゃんと答え、出してね」
「アスカってばすごい熱かったわねー。そんなトコ、見たことなかったわよ」
「う、うるさいわね。熱くなんかなってないわよ。じゃ、先に行くわね!」
グロリアの茶化しに顔を赤く染め、アスカは勢いよく裂け目へと飛び込んでいった。
アスカの姿に決意を固めたのか、エクスもグロリアに向き直り、口を開いた。
「さて、ご婦人」
「ごっ、ごふ…じん…」
予想外の呼びかけにグロリアは狼狽。エクスは怪訝な顔で問い返す。
「どうかしたか?」
「いや…間違ってはいないんだけど。なーんかそれ、年寄り臭く感じるのよね。アンチエイジングしなきゃダメかしら…」
「すまない。気を悪くしたならば謝罪する。グロリア殿…でよろしいか?」
「はいはい、何かしら?」
エクスはそっと、腕に抱くクアを差し出した。
「この子を預かってほしい。私も彼女らのあとを追わなくてはならないが、あの場に連れてはいけないと思ってな。それにまだ容態は油断できない。頼めるかな?」
「まぁいいけど。それで、何かしてもらえるの?」
グロリアの言葉に、エクスは再び怪訝な表情をした。
「何か…とは?」
「見返りよ。人に動いてもらいたいなら、それなりのモンが必要だってこと」
エクスはまた少し考え、間もなく答えを出した。
「そうだな。先ほどアスカが言ったように、もしも私が皇帝になれたら、それなりの褒美を授けると約束しよう。無事に帰れたら、の話だが」
「ふーん、一界の皇子サマのご褒美なら、期待してもいいかもね。でも帰れたらなんて言わないでよ。ご褒美だってそうだけど、アスカだって悲しむだろうし」
「承知している。私も命を無駄に散らすつもりはないからな。…では、クアを頼むぞ、グロリア殿」
エクスはグロリアにクアを託すと、裂け目に飛び込んだ。
「さーて、確かに容態はあまり良くないみたいだけど、できる限り看病しなきゃね。このままバッドエンドだなんて、お姉さん許さないわよ…クアちゃん…」
二人だけ遺された部屋で、グロリアはひとり呟いた。




