繋がる点
「む、娘ではない…? い、一体何をおっしゃっているのですか…」
戦々恐々としたヴァルの問いにも、皇帝は顔色ひとつ変えずに同じ回答をする。
「言葉の通りだよ、娘よ。お前とお前の兄は遠い昔、この世界の森の深奥、美しい泉の畔で身を寄せ合って眠っているところを私が発見し、我が子として迎え入れた。…利用するために、な」
「そ、そのようなこと、信じられません…。第一、あなたにも角があるではありませんか。私たちと同じ、一角獣の角が…」
「ああ。これか。これはだな」
皇帝は自らの角を、三人の目の前で外して見せた。
「作り物だよ。お前たちの父親であるという筋書きのため、腕のある職人に作らせたのだ。本物だと思っていたのか?」
動揺するヴァルに、皇帝は更にたたみかけた。
「お前が失踪した日のことだ。私の本当の子ではないことを、お前は何らかのきっかけで知ってしまったようだ。私に真実を問うべく、部屋に来た際に偶然にも我が計画の全てを聞いてしまった。逃げられてしまったのは痛恨の失敗だったが、私はなんとか記憶と力を抜き取った。…そうそう、あの水晶は力を封じ込める効果があってな。抜き取ったお前の記憶と力を込めて、配下に渡したというわけだ。記憶と持ち主は引かれ合う。何も思い出せず、どこかに潜伏しているお前を探し出す手がかりとなるように、な」
ヴァルはがくりと膝をついた。耳を疑いたくなるような告白が積み重なり、遂に堪えきれなくなったようだった。
「しっかりしろよ。ここまで来て、戦意喪失なんて冗談じゃないぞ…」
「わかっています。ですが、気持ちの整理がつかなくて…」
「信じられないのはわかる。でもあの話が本当だとすれば、あなたとお兄さんの絆までは嘘じゃないはずよ…」
その時、三人の後方から声が響いた。
「その通りだ。もはや、躊躇うことはない」
エクスだった。未だ目覚めないクアを抱きかかえ、扉をくぐってきていた。
「お兄様…」
「エクス…。今の話、聞いてたの?」
「ほとんど全てな。父上の犯してきた罪の数々、そして我々との繋がり…。私もにわかには信じがたい話ばかりだった。しかし、もう覚悟は決めた。この世界の人間として、貴様を止めるぞ、父上…いや、これからは『虚言の皇』とでも呼ぶべきか?」
エクスはまっすぐ父親だった者を見、はっきりと言った。皇帝はそれにも動揺することなく言い返した。
「倅よ。私の目的のために、幼き頃より娘と離れさせていたが、今思えば早いうちに呼び戻し、始末しておくべきだったか。娘と違い、長く傍らにいなかったお前ならば、煩わしい情も湧かずに済むというもの…。無論、そのような感情はとうに捨て去ったがな」
「奇遇だな。私もそう思っていた。共に過ごした時間が短いからこそ、躊躇なくお前を成敗できる。むしろ、好都合とも言える」
親子だった二人と、リョウマたちはしばらく睨み合っていたが、不意に皇帝は笑い出した。
「フフフ…。良かろう。お前たちの気概を讃え、少々計画を変更しようではないか…」
皇帝は手を叩いた。その直後、五人の足元から透明の泡のようなドームが現れ、逃れる暇もなく五人をすっぽりと囲んでしまった。柔らかいドームは、拳を叩き込んでも、剣や槍を刺してもびくともしなかった。
「くそっ、こいつ割れねぇ…。しまった、完全に油断してたな…」
「ここまで罠もなかったから尚更ね…。あたしたちをどうするつもりなの!?」
「明日の催し物に使うのだよ。当初の予定ならば娘のみを民衆の眼前で処刑するところだったが、今ここでお前たち全員を始末し、亡骸を民衆の前に差し出すのだ。世界の滅亡を引き起こす一角獣の兄妹と、それを幇助せんとする仲間の兄妹を駆除した、という名目でな。ハハハハッ…」
皇帝の話を聞いているうちに、リョウマたちは力が抜け、意識が遠のいていくような感覚を覚えていた。
「頭が…クラクラする…。なんだこれ……」
「中の空気が薄くなっているんでしょう。おそらく、私たちの…から…だ、が…残るように……始末…する…ために………」
「おのれ…。こんなところで…死ぬ…わけにはいかん………」
「良いぞ…。もうすぐ我が計画も、終焉を迎える…」
息も絶え絶えのリョウマたちを満足そうに眺める皇帝。そこに、誰一人として予想だにしなかった訪問者が現れた。
「お取り込みのところしっつれーい。ビューティお姉さん、グロリア参じょ…って何よコレ!?」
グロリアは勢いよく扉を開け、目の前の事態に慌てふためいた。アスカは咄嗟に、残った力を振り絞って叫んだ。
「グロリア…お願い、ハァ、ハァ…これを…どうにかして…」
「どうにかって…アタシ状況が飲み込めてないんだけど…」
「いいから早く、助ける!!」
「ああはいはい、ただいま。…えーとこれじゃなくって…これでイケるかしら? えいっ」
グロリアは荷物から小瓶を取り出し、五人が囚われているドームに振りまいた。腐食性の毒薬なのか、たちまちドームに無数の穴が空き、溶けるようになくなっていった。
「た、助かったわ…。ありがとうグロリア。あなたは命の恩人よ」
「本当に今回は素直に感謝するよ、グロリア」
「きっと来てくれると思っていました。ありがとうございます、グロリアさん」
「この子の分も合わせて感謝する。ありがとう」
これほどまでに感謝されたことがなかったのか、グロリアは頬を紅く染めながらも微笑んだ。
「な、何よ。言われた通りにしただけよ。まぁ、良かったわね。助かって」
「それにしても、どうやってここまで来たの? 入口は警備が固められてるし、あたしたちが入ってきた所はもう通れなかったはずだし」
「もちろん入口からよ。確かに兵士さんたちいっぱいいたけど、空から特製の眠り薬振りまいて、みんなおねんねさせたの。それから中に入って、うろうろしてたら蜥蜴の人たちと、このオジさんを見つけたからアンタたちのことお尋ねしてね。なんだかすごいビビっちゃってさ、ここまで案内してくれたのよ。ね? オジさん」
グロリアの振り返った視線の先には、あの大臣がいた。扉の隙間から顔を覗かせ、グロリアたちと皇帝を交互に見ていた。かなり怯えているように見えた。
「は、い、いえ…。私も言われた通りにしただけですので…。ど、どうかお許しを…」
誰に言っているのか、大臣はしどろもどろに許しを請い、顔を引っ込ませた。
「と、ともかく、これであんたの目論見はまたしても外れたわけね、陛下? そろそろ観念した方がいいんじゃない?」
「だいたいのことは聞いてるから察しはつくんだけど、アンタ色んな人の人生、めちゃくちゃにしてきたそうじゃない。アタシのことも、利用するだけ利用しようとしたのかしら? だったらお返しはしないとねぇ…」
グロリアを含めた六人を前に、皇帝は椅子に腰掛けるとため息混じりに言った。
「やれやれ。手駒は多いと便利だが、管理が行き届かんな。おかげで予定がずいぶん狂った。悔しいがそれは認めよう。しかし…」
皇帝は再び立ち上がると、演劇の台詞のように声高に言った。
「やはり私の計画を阻止することなど夢物語。なぜなら私は悠久の時を生きる存在。生の中で身についた不死の肉体と、永遠の命こそ我が力。貴様らがいかなる手段を行使しようと、私を殺すことは叶わんのだ!!」
嘘にまみれた皇帝の所業の数々を聞いても、不思議とその発言には偽りがないことが感じとれた。
「不死の肉体って…。不老不死ってことか? それなら、俺たちに勝ち目なんか…」
「いや、勝ち目はある。ようやくわかったぞ…今の発言でな」
弱腰になるリョウマだったが、エクスはそれを否定する。自信に溢れた言葉だった。
「ほう? 一体どのような策があるというのだ、倅よ」
エクスは荷物から一冊の古い書物を取り出した。それは以前ヴァルの力で解読した、一角獣兄妹の起源が記された書だった。
「先日解読したのは前半だ。ここに来る前に、私は後半を読み進めていた。だが、何を指しているのかがどうしてもわからない部分があった。あったのだが…。お前のおかげで全てわかったぞ、皇帝よ!」
エクスは力強く、皇帝に指を突きつけた。