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責任の所在

 睨み合うクアと、同じ顔をした偽物。その二人を、リョウマたちは心配そうに交互に見る。


「クア…お前…」

「止めるってあなた、戦いなんてこれまでしたことないじゃない…。危険すぎる」

「そうです。やめさせないと…。お兄様も言ってあげてください」


 しかしエクスは、妹の願いをも却下した。


「いや、様子を見よう」

「そんな、なぜです…?」

「私も最初は止めようとした。だがこれも、あの子なりの決心だと思ったのだ。我々は見守ってやるしかあるまい。とはいえ、危ないと感じた時にはすぐに動く。…それならどうだ?」


 エクスはヴァルとアスカ、リョウマに回答を求めた。三人は顔を見合わせ、了承するとクアたちの動向を見守った。


「止める…だと? 面白いことを言う…。出来損ないの偽物ごときに、何ができる?」

「本物は、僕です。僕と、同じ…顔をした、あなたを…止める、のは…僕の、責任…だと、思うから…」


 クアは言葉を途切れ途切れに、剣を持つ腕を降ろした。そして呼吸を整えながら口を開いた。



「こ、これ重いんですね…。こんなに重い物で戦っていらしたなんて思いませんでした…」



 それを聞いた四人は再び不安にかられた。ヴァルとアスカはエクスに尋ねる。


「ほ、本当に大丈夫なの? 今からでもやめさせるべきじゃ…」

「お兄様、やはりクアさんに戦いは…」

「大丈夫だ。…おそらくは。先ほども言ったように、いざとなったら我々が…」


 その時、リョウマの叫びで事態は動く。


「クア! 来るぞ!!」


 偽クアの鎌がクアの身体をかすめた。焦るリョウマたちの目の前で、クアは懸命に剣を構え、次の攻撃に備えた。


「ああっ、危ない…。見てられない…」

「クアさん、今のは後ろではなく横に避けた方が…」


 まるで遊ぶ子供を見守る親のように、ハラハラとしながらクアを見守る四人。しかし、偽物の攻撃は一度もクアに当たらなかった。


「おっと…。ひっ…。うわわっ…」

「なぜだ…? なぜ殺せない…?」


 偽物のクア自身もわからない様子で、一心不乱に鎌を振るう。だが、やはり刃は全く届いていなかった。


「どうなってんのかしら…? 確かに危なっかしいけど、すんでのところで攻撃を避けてる。あの子、いつの間に戦いを覚えたの…?」

「そうじゃないよ、多分」


 アスカの疑問に、リョウマが答えた。


「そうじゃないって?」

「なんとなくわかるんだ。俺、あの洞窟で自分自身の偽物と戦った時、すごく嫌な気分だった。だからあいつも無意識のうちに、自分と同じ顔したクアを傷つけられずにいるんじゃないか、そう思うんだ」


 クアと偽物の戦いに目をやると、攻撃の波に慣れたのか、クアは剣で鎌を受け止めていた。


「クッ…。おのれ、お前のような、役立たずになぜ…」

「君、もしかしてだけど、父上に誉めてもらいたかったの?」

「何を言う…? このような状況で…」

「思ったんだ。どうしてそんなに必死になるのかを。僕の姿を真似してるなら、きっと考えることも一緒だなって。だったら僕が頑張れるのは、誰かに誉められるからだと思うから、君もそうなのかなと思って。違うかな?」


 偽物は何も言わず、鎌を持つ手の力を抜き、一旦距離を取った。


「僕、昔は父上に色々なことを教わったり、色々な所に連れて行ってもらったりした。何かいい事をすれば誉めてもらえて、嬉しかった。いつからかそれはなくなったけど、とても楽しかったんだ。君も、そうなんでしょう?」

「黙れ…。だったらどうだという…。戦いにそんなことは関係ない…!!」


 偽物は再び鎌を振るう。クアはそれを、今までよりも簡単に避けた。


「ウマ兄の言う通り、偽物は上手く力が発揮できないみたいね」

「それに、クアも自分自身から来る攻撃がわかってるんじゃないか? そうじゃなきゃ、あんなにやすやすと避けられない」

「でも、それでは戦いは終わりません。どちらかが戦意を喪失するか、片方を、殺さない限り…」

「互いに攻撃を仕掛けにくい場合、決め手は心だろうな。精神力の強い方が、最後には勝つ…」


 固唾を飲んで見守る四人の前で、クアは更に続けた。


「できればあなたとは戦いたくないよ。でも、たくさん悪いことしてきたんだろうし、その責任は取らないといけないよね…」

「うるさい…」

「あなたがやめない以上、僕がやめさせるしかない。覚悟を決めて、責任を持って…」

「やめろ…」

「やっぱり、やめてもらえないんだよね。これだけ言っても、無理なんだよね……」

「やめろ!! 私が本物のクアだ。出来損ないは消えろ…!!」



 偽物の鎌がクアに振り下ろされ、クアがそれを避けると、クアは剣を横に構えて偽物の身体目がけて思い切り薙ぎ払った。


「ごめんね…やああっ!」


 刃は確実に偽物の腹部を切り裂き、鮮血が滴っていた。


「お…の…れ……!」


 偽物は苦悶の表情を浮かべながら、地に伏せた。

 勝利を実感していないクアはしばらく荒い呼吸を整えていたが、やがて口を開いた。


「はぁ…はぁ…。や、やった…?」

「やったよクア! さすがだな。自分自身と戦って勝つなんて、なかなかできないんだぜ?」

「本当に素晴らしかったわ。頑張ったわね…。怪物とはいえ、人の形をした奴を斬るなんて辛かったでしょうに…。あたしまで嬉しい」

「私も鼻が高いぞ。その決意、確かに見せてもらった」

「クアさん、本当に立派になられました…。お疲れ様でした。さぁ、こちらに」


 四人は呆然と立ち尽くすクアに賞賛の声をかける。クアは倒れる偽物に背を向け、顔をほころばせて四人の元へ向かおうとした。



 その時、どこにその力を残していたのか、一瞬で偽物は起き上がった。そして鎌を、躊躇うことなく振り上げ、クア目がけて振り下ろした。



「クア!! 後ろ…!!」



 リョウマの声が届く前に、鎌はクアの背中を切り裂いた。鮮血が再び飛び散り、小さな白い翼は赤い血に塗れて床に落ちた。


「うっ…あああ…」


 リョウマ以外の三人はすぐさまクアに駆け寄り、治療に取りかかった。


「クア……。しっかりしなさい! ダメよ、そんな…」

「は、早く、治療しないと…。こ、こんなに血が…」

「何ということだ…。死なせはせんぞ…。絶対に救ってみせる…」


 必死に介抱をする三人を見つつ、偽物は笑みをこぼしていた。


「ふ…ハハハ…。ヤッタぞ…。あいつがシンデ、ワタシが、本物にナル……」

「死ぬのはお前だよ。偽物」


 リョウマは偽物の傍らに立っていた。声に気づいて視線を上げた偽物を、リョウマは蹴飛ばして部屋の窓際へと移動させた。窓からは夜明けの日光が差し込んでおり、偽物の顔を照らした。



「うぐあぁッ…! コレマデ……か…。陛下…、任務、失敗…。お許シ…を…。ゴメン、なさい…」



 弱点の日光を浴びた偽物は、皇帝への懺悔の言葉を口にしながら消えていった。


 その残骸に、キラリと光る物があった。長らく目にすることのなかった、記憶水晶だった。水晶は間もなくして、粉々に砕け散った。


「あいつ、水晶持ってたのか。ってことは記憶が…。それもそうだけどクア…!」


 偽物の最期を見届け、リョウマはクアの元に駆け寄る。その時、ヴァルは久しぶりの感覚に頭を抱えた。


「ヴァル、どうした?」

「この感じ、記憶が戻ります…。でもよりによってこんな時に…」


 時同じくして、クアも目を覚ました。瞼は半分ほど閉じ、辛そうな表情を浮かべたままだった。


「皆さん…」

「クア…良かった。まだ息があったんだな」


 自らの頭を抱えていたヴァルはクアの身体を抱きしめ、額の角をクアの額に押し当てた。やや困惑したクアは思わず声を漏らす。


「姉様…?」

()()…。お願いです。生きてください。私やっと思い出せたんです。あなたと過ごした毎日を」

「姉様、もしかして…」

「はい。あなたの戦いのおかげです。記憶が戻りました。笑顔がなかった当時の私に、あなたはよく笑顔を向けてくれましたね。はっきりと思い出しました。ですから、また思い出話をしましょうよ。ね…?」


 それを聞いたクアは満足そうに微笑み、息も絶え絶えに言った。


「良かった…。でも…ごめんなさい。お世話に、なりっぱなしで…。もっと、しっかりしないと…いけないのに…」

「謝らないでください…。謝るべきは私です。あなたのこと、ずっと思い出せないで…。ごめんなさいクア…。お願い、元気になって……」


 クアは静かに目を閉じた。アスカは手で顔を覆い、膝から床に崩れ落ちた。リョウマは拳を握りしめ、近くの壁を殴った。ヴァルはクアの胸に顔をうずめたが、その時心臓が動いていることを確認した。


「皆さん、クアはまだ生きています。まだ、希望はありますよ」

「本当か?」

「もう…。あまり心配させないでよ、クア。…でも、油断はできないわよね。怪我は酷いもの」


 ヴァルの報告を聞いたエクスはクアの身体をヴァルから奪い、自分の力で治療を続けた。


「お兄様…?」

「皆、早く行くんだ。クアの回復は私が引き受ける。元々、私の判断でこうしてしまったのだ…。責任は私にある」


 心配そうに見つめる妹に、エクスは明るく声をかけた。


「案ずるな。すぐに追いかける。どの道、私も父上に問いただしたいことが山ほどあるからな。先に行って、逃げられぬように足止めしていてくれるか」

「…わかりました。お兄様、クアをどうかよろしくお願いします」

「任せたぜ。俺もクアともっと話がしたいからな」

「信じてるわよ。きっと来てくれることも。向こうで、待ってるからね」


 エクスは黙って頷いた。三人になった一行は踵を返し、皇帝が消えた扉をくぐった。

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