死神の素顔
死神のフードの下には、クアの顔があった。髪は少し長く、目つきも鋭かったが顔は本物そのものだった。
「クッ…クア!? いやでも、お前、ここに…」
当のクア本人も驚きを隠せない様子で、自分と同じ顔を凝視していた。
「ぼ、僕…? どういうことですか…?」
「一体どうなっているのでしょう…。私、夢を見ているのでは…いたた、夢ではありませんね…」
ヴァルは自らの頬をつねり、現実であることを確認した。エクスとアスカもクアそっくりの死神を訝しみ、考えを巡らせていた。
「これは想定外だな…。アスカにも…わからないのだろうな」
「残念だけどその通りよ。どうなってんの…? クアに兄弟がいるなんて聞いたことないし、あれだけ似てたら、もはや双子……『双子』?」
その時、どこからともなく皇帝が姿を現した。つかつかと死神の隣へと来ると、頭を撫でて言った。
「ふふふ、この子は私の命令に忠実な分身だよ。そう、『分身』。ここまで言えば、わかるかな? お嬢さん」
皇帝はアスカに視線を向けた。アスカは一瞬たじろいだが、すぐにハッとして何かに気づいた表情を見せた。
「父上、お答えください! 何故このように惨い仕打ちを我々に…」
「詳細は後ほど語ることにしよう。まずはこの子と遊んでやってくれ。…後は手はず通りに頼むぞ。それではこれにて失礼する」
「御意のままに」
「また逃げるのか? いい加減にしろよ…!」
リョウマは息子の言葉にも耳を貸さずに立ち去ろうとする皇帝を追いかけようとしたが、その前に死神が立ちふさがった。クアと同じ顔で、鎌を突きつけられると、抵抗ができなかった。
「畜生、どうしたらいいんだ…。そういえばお前、何かわかったような感じだったな。こいつは一体何者なんだ?」
「確証はないわよ。ないけどね…。でもあの口ぶりと、今までの経験を踏まえて考えると、多分この、クアのそっくりさんは『映身の原種』だわ」
その名称は、双子の世界で聞いていた。分身の洞窟内に存在していると言われる『映身の亡霊』。その親玉となる者が、『映身の原種』だという。
「あそこでデュオさんと洞窟に行った時に会った怪物でしたね。一匹足りないとおっしゃってましたし、辻褄は合います」
「そうね。でも確か、原種は理性を持たないって言ってた。あの皇帝の命令をちゃんと聞いてるし…。何か違和感を感じるのはなぜ?」
死神、もとい偽クアは話している間にも鎌を構えて迫ってきている。五人は警戒しながら距離を取り、戦闘態勢を整えた。
「初めは驚いたけど、タネがわかればどうってことないな。さっきの偽ヴァルと同じだ。偽物なら、躊躇うことないよな…!」
そう言うとリョウマは、偽クアに斬りかかろうとした。が、その一撃は見えない壁に拒まれているかのように、偽クアの手前で止められていた。
その隙をつき、偽クアは鎌を横に振るう。リョウマは間一髪でそれを避けた。
「リョウマさん! ご無事ですか!?」
「大丈夫だ。でも、何でだ…? 偽物だってわかってんのに、身体がいうこと聞かねえ」
「さっきとはわけが違うのよ、きっと。今は同じ顔したクアが側にいるんだし、躊躇するのも無理ない。あたしだって攻撃するのは気が進まないんだから…」
偽クアは様子を窺いながら、再び鎌を突きつけて迫ってくる。今度はエクスが前に躍り出た。
「ここは私が食い止める。その間に策を練ってくれるか」
「お兄様…。大丈夫なのですか?」
「私とてどこまで通用するかは自信がない。だが今はそのように言っている場合ではない。覚悟を決める時だからな…いくぞ! はぁぁっ!!」
偽クアとエクスの鎌と剣がぶつかり合った。偽クアに対する攻撃の躊躇を別にしても、その実力は相当なものだった。エクスは必死に鎌を受け止めてはいたが、防戦一方になっていた。
「僕はどうしたらいいんだろう…。同じ顔をした人…いや怪物? それが皆さんを苦しめているなんて…」
戦うエクスの姿を見ながら、何もできないもどかしさに困惑し、クアはひとり呟いた。そんな弟に、ヴァルは言葉をかける。
「クアさん…。あまり気に病まないでください。あなたには何も責任はないんですから」
「責任…?」
「そうです。あなたと同じ顔をしているからと言っても、あの人がしたことが全部、あなたの罪になるということはないでしょう?」
「それはそうですけど…。僕は…」
「お兄様!?」
兄弟の会話はそこで途切れた。エクスが身体を薙ぎ払われ、壁に叩きつけられたのだ。
「ぐっ…。私としたことが、思わず隙を見せてしまったか…」
「後は私たちに任せてください。なんとか…止めてみせます」
「俺も行く。どこまでやれるかわかんないけど、食い止めるくらいなら」
「あたしも援護する。エクスでも敵わなかったなら、これくらい必要でしょ」
三人は偽クアに立ち向かった。ヴァルの槍とリョウマの剣が鎌を受け止め、後方からアスカの放つ鳥の分身が襲いかかる。だが、偽クアの攻撃の勢いは衰えなかった。
一進一退の攻防をする三人をよそに、クアは傷ついたエクスを介抱した。
「兄様、大丈夫ですか?」
「ありがとう、クア。私は問題ない。治癒の力で徐々に傷は癒えよう。だが、目の前の脅威は容易に解決できないようだがな…」
その時クアは、エクスの手から離れた剣が視界に入った。そしてしばらく葛藤をした後、口を開いた。
「…兄様、先ほど覚悟を決める時だとおっしゃいましたよね?」
「ああ。確かに言った。すべきことを成し遂げるために、時には心を鬼にすることも必要だからな。おかげでヴァルの記憶は戻すことができた。…それがどうかしたのか?」
「心を鬼に…。それは皇族として必要な心構えなんでしょうか?」
「いや、『皇族として』ではないな。私は人として、何よりお前たちの兄としてそうしたのだ。私自身の罪ではなくとも、年長者としての責任があるからな」
「また『責任』ですか…。それなら僕が、弟としてすべきことは…」
クアはエクスの剣を取り、戦いの場へと歩き始めた。
「クア…!? 何をする気だ!?」
「すみません兄様。少しお借りします。僕がすべきこと…いえ、したいことを成し遂げますから」
偽クアと戦う三人は、後ろから近づくクアに気づき、手を止めて見た。偽クアも、思わず動きを止めていた。
「…何のつもりだ?」
「あなたは、僕が止めます。本物のクアとして、責任を持って…!」
クアは精一杯、剣を持ち上げた。