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希望の別れ、絶望の再会

 命からがら地下牢を抜け出した六人は、階段を登り薄暗い踊り場まで走った。後方を確認し、追ってくる者がないと判断すると、ホッと胸を撫でおろした。


「なんとか撒いたようだ。どうやら入口は落石で塞がれたらしい。もう大丈夫だぞ」


 クアの肩を叩きながらエクスは安心させるように言う。


「助かったんですね、僕たち。でもあの、チョウガ族の人たちはどうなるのでしょう?」

「さぁね。あの落石で死んだか、運良く生き残ったのがいても、食べ物も何もない所じゃ共食いでも始めるのが関の山………ってどうしたのウマ兄。なんか元気ないように見えるけど」


 リョウマはしゃがみ込み、頭を抱えていた。


「いや…。冷静になって考えてみると、やっちまったって言うか、『殺っちまった』なぁってさ…。そりゃ危機的状況だったわけで仕方ないとは思うけどさ…」

「ラガトのこと言ってる? それは本当に仕方ないことでしょ。二人とも危なかったんだから、気にする必要ないわよ…」


 ソファリアはザルドの背から降ろされ、寝かせられていたがその時目を覚ました。会話の一部を聞いていたようだった。


「その通りです…。全て、私の不徳の致すところで…ございますから…」

「ソファリア様、もうよろしいのですか? ずいぶんと痛めつけられていたご様子でしたが…」


 苦しげに話すソファリアは、外観からはわかりにくいが、受けた傷が深いように思えた。


「大丈夫です。それよりもリョウマさん、先ほどの件ですが、本当に申し訳ありません…」

「いいですよ。あまり喋ると、傷に障りますよ…」

「ちょっと、何かあったの? …あ、聞かない方がいい?」

「いえ、お話します。一族の長として、その義務がありますから…」


 ソファリアは、ラガトが話した事実をそのまま伝えた。彼女の口から伝えられたことにより、その話が真実であると認められた瞬間でもあった。


「そうだったんですね。それでずっと、後ろめたい気持ちがあったと」

「はい、それも事実です。少し前に、なぜ自分たちに協力してくれるのかとお尋ねになりましたね。それは、我々の作った武具でご迷惑をかけているのではないかという自責の念からなのです」


 リョウマは記憶を呼び覚まし、アスカを探して旅を始めた時からずっと、タンガ族たちの力を借りていたことを実感した。


「俺たち、あんたたちには世話になりっぱなしだったな。改めてお礼を言うよ。ありがとう」

「そんな、もったいないお言葉です。むしろ、私から謝罪したいくらいです。今まで黙っていて、自らの罪を隠すような真似をしてしまい、申し訳ありません…」

「いいんだよ。確かにあんたに非が全くないとは言えない。でも、見ず知らずだった俺たちをずっと助けてくれただろ? それで十分だ。恨んだり怒ったりはしてないからさ…」


 ソファリアは何も言わず、深々と頭を下げた。リョウマは照れを隠すように階段の上を向き、切り出した。


「さ、さあ、もう行こう。時間はないはずだ。こんな所にずっといるのも嫌だしな」


 一行は階段を上がり、光の差す場所へと出た。

 そこは城内の廊下だった。ランプの明かりが煌々と灯り、ほんの少し高さが変わっただけでまるで違う世界だった。


「ここは…一階の廊下か?」

「間違いありません。よく覚えていますから。あっちが玄関ホールで、こっちが会議室で…」

「どうやら無事に到着できたらしいな。まずは一安心か」


 エクスとクアが周囲を確認する中、ソファリアはよろよろと壁にもたれかかっていた。


「族長、あまり無理はなされるな。やはり傷がお身体に堪えるのでは?」

「ええ…。このままでは足手まといになってしまうかもしれませんね。ですがここでは…」


 その時、部外者の声が響いた。同時に重い金属の音も響く。


「おやおや、これは面白い所から入城なさるお客様がいらっしゃるものですね」


 クアの世話係の大臣だった。数人の兵士を引き連れている。


「大臣さん…」

「これはこれは、クア様。それにエクス様もご一緒とは。いけませんよ。このような者どもに組するなど、仮にも皇族である方のなさることではありません」


 大臣の口ぶりから、アスカは全てを察した。


「やっぱりね。あんたらは全部知ってるのね。あの皇帝の、考えていること全部…」

「ええもちろん。私はあのお方から多大なる信頼をいただいております。ゆえに不穏分子を取り除く命も受けているので…」


 その言葉が終わらないうちにリョウマは素早く剣を抜き、大臣に突きつけた。

 それと同時に、リョウマにも兵士たちの槍や剣が突きつけられた。


「これは…、なんの真似ですかな?」

「ヴァルのいる場所まで案内するんだ。さもなきゃ、少し痛い目にあってもらうかもな」

「なるほど、しかしあなたと私、先に絶命するのはどちらでしょうかね…」


 今にも剣と槍がリョウマの身体に刺さるかという時、アスカは分身を細かく大量に作り、兵士ひとりひとりの首元に飛ばせた。


「お取り込みのところ失礼しますけど、あたしの兄に何してくれてんの? もしかしたら、あんたらの目が潰される方が早いかもね」


 分身一匹一匹が鋭い嘴を顔に近づけると、兵士たちは次々と武器を落とし、手を挙げた。途端に大臣は取り乱し始めた。


「お、お前たち、何をしている!? そのような醜態を晒しおってからに…」

「あんたも十分醜いよ。どうすんだ? 一人でも抵抗するか?」


 大臣は必死に何か考えている様子だったが、兵士たちと同じく手を挙げ、膝をつくまでした。


「ど、どうか命だけは…。何でもしますから…」


 あまりの手のひら返しに、リョウマもアスカも力がすっと抜けるのを感じた。


「なんというか、拍子抜けだな」

「まったくね。大臣っていうくらいだからもうちょっと手強いかと思ったけど、とんだ小物だわ」


 無様に膝をつく大臣を見下ろし、アスカは声をかける。


「じゃあお願いするけど、さっき兄が言ったように、ヴァルの元まで案内しなさい。いいわね?」

「…わかりました。そのようにいたします」

「よろしい。でもその前に、この人たちの手当てをして休ませてあげてくれる?」


 アスカはソファリアとザルドを指して言った。


「この者たちはもしやタンガ族の…?」

「そうよ。この地下にいた、チョウガ族と戦ってこうなったの。聞いた話では、皇帝陛下が命じたんだそうよね…? 責任、とってもらうのが筋ってものじゃない?」

「わかりました。…お前たち、部屋にお連れして救護しなさい」

「はっ、かしこまりました」


 兵士たちに連れられようとする前に、ソファリアとザルドはリョウマたちに別れの言葉を述べた。



「皆様、ありがとうございました。ヴァルさんと再びお会いできることを心から願っております。どうかご武運を…」

「族長のことは任せておけ。お前たちはお前たちの成し遂げるべきことに集中してくれ。私も無事を祈っているぞ」



 二人に、リョウマたちからも感謝の言葉が述べられる。


「こちらこそ今までありがとうございます。あなた方の助けがなければ、ここまで来られなかった。本当に感謝しています」

「お世話になりました。あとはあたしたちのことだから、心配しないでください。無事に帰れたら、また会いに行きます。ヴァルも一緒にね」

「私からも礼を言う。ありがとう。全て解決した後に改めて、謝礼をしたいと思う」

「あ、ありがとうございました。お大事にしてください」


 全員の挨拶が終わると、ソファリアとザルドは一礼をし、兵士たちと共にその場を離れていった。


「さて、案内よろしくね。兵士たちをみんな動員させたことは誉めてあげるわ」

「いえ…どうせ一人でも兵士を残したら、全員行かせるようにおっしゃると思いましたので」

「察しがいいわね。そのつもりだったわよ」


 大臣は恨みがましい目でアスカを見たが、すぐに歩き出した。




 大臣の後を歩き、一行は玄関ホールを通り過ぎ、階段を上がって二階の広間までやってきた。そこには、全員が再び相見えることを心待ちにしていた姿があった。


「…ヴァル…か?」

「…! 皆様!」


 ヴァルは一行を発見するとすぐさま駆け寄り、リョウマに飛びついた。


「いたたっ、お前、いくら嬉しいからってそんなに…。力強いな…」



「いいじゃございませんか。信じてましたよ。()()()()を助けに来てくださるって。さあ、早く帰りましょうよ?」



 彼女の口調に、リョウマもアスカも違和感を感じた。リョウマはヴァルを引き離すと、問いただした。


「お前、何か変じゃないか?」

「変? 何のことでございますか? あんたこそ変なこと言ってないで、さっさと帰りましょうって…」


 確信を得たリョウマはヴァルを払いのけ、思い切り剣で袈裟斬りにした。


「がはっ…。どうして…」


 鮮血を散らしながら目の前で倒れるヴァル。しかしすぐに、煙となって消え失せた。


「い、今のは…」

「分身の洞窟に生息する『映身の亡霊』だろう。姿をそっくりに似せることができる。ヴァルに化けていたというわけか…」


 アスカは荒く呼吸する兄に話しかける。リョウマの大胆な行動に、感心や畏怖すら覚えていた。


「ウマ兄大丈夫? よくあんなに思い切ったことできるわね…」

「そうか? あんな上っ面だけ真似した奴なんかで、俺たちを騙そうとしてるのかと思ったら無性に腹が立っただけだ。お前も偽物だってわかっただろ?」

「ええ、そりゃあたしもおかしいと思ったけど。でもいきなり切り裂くなんてなかなか…。ってそんなことより……」


 アスカは大臣に詰め寄った。大臣は再び手を挙げ、無抵抗の意思を表した。


「どういうことよ。あんたあれが偽物だってわかってたんでしょ!? 人をおちょくるのも大概にしなさいよ!!」

「私も兄として言わせてもらう。あまりふざけた真似をすれば、少々手荒くいくことになるぞ…」

「ち、違うのです。この先にヴァル様はいます。本当にご本人です!」

「…今度こそは嘘じゃないでしょうね? もしまた偽物なら、次はないわよ…」

「も、もちろんでございます。ご安心を…」


 戦々恐々とした大臣の後に続き、一行は広間の先へと進む。


 道中クアは、普段よりも一層おとなしく、下を向いて歩いていた。見かねたエクスは声をかける。


「クア、どうした? 前を向かなければ危ないぞ」

「はい、すみません。その…大臣さんがあのように怯えたり、さっきはリョウマさんに剣や槍を向けさせたりしたのが少し、信じられなかったといいますか…」


 エクスはクアの頭に手を乗せ、優しく言った。


「そう思うのは仕方ない。彼はお前と一緒に過ごすことが多かったのならなおさらだ。しかしクアの前で見せなかった顔もあるはず。最初は戸惑うだろうが、人は誰しも普段は見せないような一面もあると、受け入れていくことも大事だと思う」

「そう…なんですね。そのように努力します」


 そう諭しつつも、エクスは自問した。


『とはいえ、私は父上の素顔や目的を知ってしまったら、果たして正気でいられるのだろうか…? それがどんなに残酷で、耳を塞ぎ、目を覆いたくなる真実であったとしても…』


 再び階段を上がり、三階へとたどり着いた一行は、二階とは別の広間に立っていた。そこは、以前皇帝と謁見をした場所だった。奥には皇帝の座る玉座があり、その手前にはドレスを纏った、額に角のある女性がいた。


「ヴァル…。間違いない、ヴァルだな!?」


 リョウマたちが駆け寄ると、ヴァルは小首を傾げて言った。


「あら…。ごきげんよう」


「わ、私はもうよろしいですね!? ちゃんと案内しましたからね! 失礼いたします!」


 大臣は叫ぶように言い放ち、元来た道を引き返していった。


「あっ、ちょっと待ちなさい! …まったく、何て逃げ足なの?」

「アスカ。今はヴァルだ。本物か確かめねば」


 リョウマはもう一度、ヴァルに尋ねた。


「ヴァル…。本物なんだよな…?」

「はい。私はヴァル・モノケロース・ラートルと申しますが…」


 口調は本人のものと見て間違いなかった。しかし、全員が別の違和感を感じていた。


「ヴァル、あなた一体…。本物だと思うけど、そんな他人行儀な…」




「ええと、ごめんなさい。どちら様でいらっしゃいますか?」



 受け入れ難い現実に、ヴァル以外全員の思考が停止した。

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