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救いの手

 石造りの建物。柔らかな日差しが射し込む場所の隅で、策を練る五人がいた。


「とにかく、なんとかして乗り込んで、あの子を取り戻す。戦いはなるべく避けて、上手いことあの子だけを救い出すのが理想だけど…」

「そんだったら、裏をかいて突入することになるわね。あの兵士さん方、待ち構えてるだろうし。まさか真正面から飛び込もうとするおバカさんは、この中にいないわよねぇ?」

「そうだな。クア、あの城については詳しいか? 裏道とか、秘密の入口とかさ」

「はい、ずっと前に見たことがあるような気がします。…でも自信ないです。もしそこで見つかってしまったら、皆さんが危険に…」

「案ずるな。私もかつてあの城に住んでいたのだぞ。古い記憶を遡って、案内くらいはできるはずだ」


 地べたに座り込み、話し合いを進める五人を、通り過ぎる天使たちは不思議そうに見ていた。

 転生の世界には、生者は滅多に足を踏み入れないということもあり、リョウマたちはまるで珍しい動物のように見られていた。

 そんな中、アスカは聞きそびれたことを思い出し、リョウマに尋ねた。


「そういえば、ヴァルは何を言ってたの? さっきは聞けなかったけど」

「ああ。あいつは待っています、って言っていた。助けに来てくれると信じてる、ってな」


 ヴァルの真意を知ったアスカは言葉が出なかった。ヴァルの性格をよく知っているからこそだった。

「あの子そんなことを…。いつもなら逃げてとか、来ないでって言うはずなのに」

「そうなんだよ。俺も耳を疑ったけど、確かにそう言ってた。それだけ俺たちのことを信じてくれてるってことだよな…」

「何としても、助けに行かねばならないな。無論、それは始めからわかっていたことだが」


 周囲の天使たちは一向にその場を動かない五人を訝しみ、ひそひそと話し始めた。


「ねぇ、どうして生者の人たちがここにいるの?」

「知らないけど、噂だとカルナの知り合いだそうよ」

「上に知られたら怖いわよね。あたしらまで飛び火してほしくないし」


 仲間の天使が囁き合う声を聞き、カルナは意を決して五人に話しかける。


「こほん。あのー…皆さん」

「はい、何ですか?」

「ちょっとぉ、今大事なお話中なのよ。用ならさっさとしてくれる?」


 クアの純粋な瞳と、グロリアの威圧的な態度に、カルナはたじろいだ。


「いえ、その…こちらは本来、天使や死者の魂以外は立ち入らない場ですから。その、事情があることは承知しています。しかしながら我々の上役はあまり良く思わないかもしれませんので……」


 要するに早く出て行ってもらいたい。そう言いたいのは明らかだったが、カルナの口からは出てこなかった。


「ごめんなさいカルナさん。ご迷惑ということはわかっています。でも緊急事態なので、ちょっとは多めに見てもらえませんか?」

「すまないな天使殿。私としても状況が上手く飲み込めていないゆえ、アスカたちの行動に従うほかないのだ。許してくれ」

「本当すみません。なるべく早めに終わらせますから。もうちょっとだけ、お願いします」


 アスカとエクス、リョウマからの謝罪と懇願を受けたカルナは、大きなため息をつくと、やや大声で言った。


「え、ええいいのですよ…! 上には私から話しておきます。お帰りになりたい時にはお申し付けください…」


 言い終わると、カルナはいそいそと奥へ消えていった。


「…なんだか申し訳ないな。あの人のおかげで命拾いしたのに、迷惑かけちゃってさ」

「向こうも事情はわかってんでしょ? だったら気にすることないわよ」

「カルナさんはあたしたちの世界でいうところの中間管理職みたいなもんかしら。天使にもそういうのがあるのは面白いわね。もっと話を聞いてみたい…って今はそれどころじゃないか」

「ああ、早急に策を練らねば。それで、幻の世界に着いてからのことだが」


 五人は再び、話し合いを始めた。エクスは荷物から一枚の大きな紙を取り出した。


「これは私があそこにいた時の城の地図だ。ここにあるように、城の地下に繋がる抜け道が存在する。そこの入口だが、城から少し離れた森の中にある。無論、かなり古い物なので今はどうなっているかわからないが…。どうだ、クア?」

「あると思います。昔、大臣さんから牢屋に繋がる抜け道の話を聞きました。それからお城を改築したという話は一度も聞いてません」


 エクスは指で地図をなぞった。森から伸びる線は、牢屋と書かれた場所に繋がっていることがはっきり記されていた。


「よし、どうやら間違いなさそうだ。だがもう一つ問題がある。ここまでたどり着けるか、ということだ」

「向こうがどう出るか、よね。あれだけの兵力を持ってるわけだし、外にも何らかの対策を講じてるはずよ」

「それに、私の存在も知られている。恐らく父の耳にも入っているだろう。内部に詳しい者があれば、より強固な策を用意することは想像に容易い」


 全員が沈黙した。兵士たちに見つからずに抜け道を通り、城に潜入する方法。確実な答えが見つからなかった。


 そんな中、グロリアは沈黙を破る。


「ま、どうにかなるんじゃない? きっと大丈夫よ」

「ずいぶん他人事みたいに言うな。お気楽なもんだ」


「ええ。だってアタシ、行かないもん」


 グロリア以外の全員が耳を疑った。アスカは動揺しながら尋ねた。


「行かないって…どういう意味?」

「そのままの意味よ。だって、元々は薬の材料集めに協力ってことだったでしょ? それはもう終わったじゃない。ヴァルを助けに行くってのは、約束になかったわよ」

「お前…。マジで言ってんのか?」


 リョウマは怒りに震えながら言った。だがグロリアは、平然と返す。


「マジよ。家にフレイも残してるんだし、危ない真似はできないの。ということで、皆さん頑張ってねぇ」


「…ああそうかい。よーくわかったよ。お前は最初から敵だったんだ。ちょっとでも信用しかけてた俺が馬鹿だった。とっとと帰ればいいだろ!」


 リョウマは怒りを押し殺し、グロリアに言い放つと、彼女の姿を二度と見たくないとばかりに、後ろを向いた。

 エクスは腕組みをして考え込み、クアはどうして良いかわからず、リョウマとグロリアを交互に見た。


 アスカは兄の様子を気遣いながら、グロリアの元へ行き、尋ねた。


「グロリア、あなた本当に…」

「本当よ。行かないわよ。今はね」

「今は…?」


 グロリアはアスカに真意を話す。


「そう。息子の顔を確認したいっていうのも本当だけど。アンタたちがもしも全滅でもしちゃったら、ヴァルを助けにいけないでしょ? だから一人だけでも別行動した方が賢いってモンなの」

「グロリア…」

「まぁでも、もしそうなっても一人だけで何ができるのかって話だけど…。これでもアンタたちのこと、信頼してんのよ。だから、後は任せたわ」


 自身が最初に心を開いたアスカと視線を交わし、二人は互いに信頼していることを感じた。アスカは少し口元を緩ませ、言った。


「わかった。あたしも信じてる。向こうで待ってるから」

「ふふ、ありがと。じゃあ、材料を渡してよ。薬の作り方も聞いたことだし、作ったら持っていくから」

「うん。待ってて」


 アスカは荷物から清き朝露、荒野の宝石、片割れ石、万年木の樹氷、マグマ鉱石を取り出すと、グロリアに手渡した。


「確かに受け取ったわ。それじゃ、行ってくる。…注意しなさいよ。相手は一筋縄じゃいかないでしょうから」

「わかってる。あなたも気をつけて」

「ええ。…おーい、天使さーん。アタシ、帰りたいんだけど?」


 グロリアがカルナを呼ぶと、彼女はすぐさま飛んできた。

 カルナに行き先を伝えたグロリアは、出口へと連れられていき、やがて姿は見えなくなった。


「行っちゃったわよ」


 グロリアの後ろ姿を見送った後、アスカは口を開いた。


「わかってるよ」


 リョウマはぶっきらぼうに返す。アスカは事情を説明しようとした。


「ウマ兄、あの人はね…」

「それもわかってるよ。聞こえてたからな」

「え?」

「…ったく、それならそうと最初から言えばいいのに。ひねくれた奴だなあいつ」


 見ると、エクスもクアも、状況を理解しているようだった。


「我々も聞いた。薬を作って後で合流する、とな。気難しいかと思ったが、心根は良い御仁ではないか」

「グロリアさん、本当は優しい人ですから。きっと照れくさかったんですよ」


 アスカは話を聞いているうちに不思議と、目頭が熱くなるのを感じた。


「ありがとうみんな…。やだ、何であたしが泣くのよ。自分のことじゃないのにバカみたい…」


 三人に背を向け、涙を拭うアスカ。その様子を見て、場の空気はいくらか軽くなった。


「さぁ、いつまでもこうしちゃいられないわね。早くあの子の元に行かなきゃ」

「そうだな。どこまで話が進んだか…。そうだ、如何にしてあそこまで行くかという所までだったな」

「そうそう、それなんだけど…。さっき思い出したことがあってさ」


 全員がリョウマを見た。リョウマは深呼吸をひとつし、続ける。


「俺たち、前に秘密の道を通って世界間を移動したことあったなって思ったんだ。アスカならわかるよな?」

「…もしかして、タンガ族? そういえば、ヴァルの故郷でも突然現れたことがあったわよね」

「その通り。あの人たちに協力してもらって、上手くいけば見つからずにヴァルの所までたどり着けると思うんだけど、どうだろう?」


 アスカは少し考え込んだが、すぐに答えを出した。


「そうね。あそこの族長さんならきっと力を貸してくれるでしょう。それに今はすぐに行動した方がいい。こうしている間にもヴァルの身に何が起こっているか…」

「決まりだな。カルナさんに、タスクルドまで連れて行ってもらおう。んで、ソファリアさんに救援要請をするという流れで」

「タンガ族ならば、私も昔世話になったことがある。私からも話をすれば早いだろう」

「よし、じゃあカルナさんに…。お、ちょうど来た」


 グロリアを送り届けた後であろう、カルナはつかつかと歩いて来ていた。


「皆さんお帰りになりますか? どちらまでお送りしましょう?」

「帰るというわけではないんですけど、タスクルドまでお願いしたいんです。できますか?」

「ええ。可能です。ご案内いたします」


 ヴァル、そしてグロリアのいない四人はカルナの後に続き、出口へと向かった。



 天使たちの世界からは、あらゆる世界の魂を迎えに行くためなのか無数の出口があるらしく、タンガ族のいるタスクルドにも、一瞬で到着できた。


「こちらでお間違いないですか?」

「はい。問題ないです。本当に色々とありがとうございました。ご迷惑もおかけしてしまって」

「いえ、どうぞお気になさらず。私も、お仲間を取り戻せることを願っております。どうかご無理はなさらないでください。…それから」


 カルナは言い出しづらそうに口篭ったが、続けた。


「前に一度お話した、我々の道具『空裂の鎌斧』ですが、その後どうなっておりますでしょうか?」

「ああ、あれですか…。すみません、持ち主が現れないもので。今どこにあるのかまではちょっと」

「左様ですか…。可能であればでよろしいので、心にお留めくださいね。それでは、私はこれにて失礼いたします」


 カルナは翼を広げ、天空に舞うと一瞬で姿を消した。




 その後四人は集落を訪ね、ソファリア族長の元まで歩いた。彼女は一族の民と会話をしている所だった。


「お久しぶりです、ソファリアさん」

「あら、これはリョウマ様方。お久しゅうございます。それにそちらは…エクス様ですか?」


 エクスは一礼をした。タンガ族に世話になったという話の通り、ソファリアにも面識があるようだった。


「ご無沙汰している、ソファリア殿。この鎧と剣も、そなた方の製作物だったな。おかげで旅の道中は助かった」

「お役に立てて何よりです。ところで、本日は何か?」

「そうでした。実は…」


 リョウマたちは事の顛末を事細かに説明した。話を聞き終えたソファリアは、悲しげな表情を隠せなかった。


「そうでございましたか…。ヴァル様が攫われてしまわれたと。それはさぞお辛いことでしょう」

「それから、あのチョウガの連中もなぜかいたんです。どうしてあの場に現れたかは、わかりませんよね…?」

「それはわかりかねますが…。しかし、奴らが関わっているのならば、我々も無関係ではありません。どうかお力にならせてください。秘密の道もお使いになって構いません」

「ありがとうございます。助かります」


 ソファリアはそこで、両手を組んで申し出た。


「それから、もしよろしければ私も共に行かせてくださいませんか?」

「え? あなたも? どうして?」

「それは………皆さんのお力になりたいだけです。もちろん、ご迷惑にならないように自らの身は守ります。これでも多少、戦いの心得はありますのでどうか…」


 そう話したソファリアの目はいつになく鋭く、彼女の決意を表していたように思えた。

 リョウマたちは互いの顔を見合わせたが、彼女の思いを尊重することにした。


「わかりました。それじゃ一緒に行きましょう。無事は保証できないかもしれませんが」

「構いません。私が進んで申し出たことですから。よろしくお願いいたします」

「こちらこそ。…ヴァル、もうすぐ行く。無事で待っててくれよ…」


 仲間を失い、一度別れ、それからまた新しく迎えた一行は、ヴァルの待つ場所へと近づいていた。

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