起源
エクスは五人の前で、文献を顔の位置まで持ち上げた。彼の言葉が正しければ、その書物にヴァルとエクス、一角獣兄妹の起源が書かれているという。
「お二人のルーツ、ねぇ…。そりゃ気にならないでもないけど。それって大事なことなのか?」
リョウマは気の抜けた返事をした。たった今、皇帝の黒い噂を聞いてきたばかりの五人。誰もが頭の中を整理できていなかった。
「確かに、世界の破滅が迫っている今は、それどころではないと思うかもしれないな。だが、その破滅を阻止できる手立てがここに書かれているとしたら、どうかな…?」
複雑な思いを抱いていたヴァルたちの心が、一気に動かされた。誰もが、旅の終わりを予感した。
「それは本当ですか、お兄様?」
「真か否かはこれからわかる。なにしろ相当古い文献ゆえ、解読が必要だからな。しかし、お前の力があれば、ずいぶんと楽になるというものだろう」
「なるほど、そういうことですね」
エクスから差し出された書物に、ヴァルは手をかざす。彼女の魔法の効果が現れ、書物の文字は読めるようになったようだ。
「流石だな。本の題字まで読めるぞ。『創世、そして後世へ』…か」
「読んでみてください。お兄様」
妹に促され、エクスはその場で書物を読み進めた。数分後、彼は一人声を漏らす。
「なになに……ふむ…なんと……まさか…!?」
「あの…何が書いてあったのエクス?」
「…失敬、私だけ読んでいても仕方ないな。皆にも説明しよう」
我々、生きとし生けるもの全てが住む世界、その起源は、ひとつの『光』だった。光は土を生み出し大地を創り、空気を生み出し空を創り、そして水を生み出して海を創った。
『光』はひとつの世界を創り終えると、また別の世界の創造に取りかかったのだ。そうして、幾多の世界が、この世には存在している。
そのうちに高い知性を持つ人間たちが現れると、『光』を崇高な存在として認識していった。現在の我々が使う言葉で表現するのならば、神ともいうべき存在なのだろう。
当時の人々が何を見て聞いたのか、確実なことはわかっていないが、ここに記すのは長きに渡って語り継がれる伝承である。
「ここからが大事な部分だ。良いか…」
エクスは一度切り、全員の顔を見た後に続けた。
『光』は、後世に大きな悪しき厄災が訪れることを予期した。しかし、『光』は遠い未来まで生きてはいられなかった。人よりは遥かに長命でも、不滅の存在ではなかったのだ。
そこで、『光』は手を打った。厄災の訪れる時代に生まれる子供に、自らの力を託すということだった。時を越えることはできないが、後世に力を残すことは可能だったという。
言い伝えによれば、『光』が力を託した子供たちは兄と妹であり、片や強靭な力と心を、片や手にした物を変化させる不可思議な力を、双方に癒しの力を授けたという―――。
「光の子供たち…ってもしかして…」
アスカは質問を堪えられず、思わず尋ねていた。
「ああ、恐らく、私とヴァルのことであろう。この書の話の通りならな」
ヴァルは困惑した表情だった。あまりにも突拍子のない話で、考えが纏まらなかったらしい。それは全員が同じだった。
「お前が皇女だって知った時もだけど、それよりもスケールでかすぎて何がなんだかな…。それじゃ、ヴァルは神様ってことになるのか…?」
「正確に言えば、神様の力を授かった人間なのでしょう。私が神だなんて、そんな恐れ多い…」
ヴァルは左右に頭を振った。身にのしかかる重責を振りほどくかのようだった。そんな妹の様子を見、エクスは話を続けた。
「ヴァル、あまり気にしすぎるな。私もたった今知ったばかりで整理がつかん。だが、この後にはさらに重要なことが書かれている。読むぞ…」
『光』が未来に託した子供たちだが、神の力は人にはあまりに強大すぎるものだった。力の使い方も知らないまま生まれてしまっては、世界ひとつが破滅することも考えられる。そう判断した光は、完全な力を託すことはしなかった。
光は幾多の世界に、真の力を呼び覚ますための材料を散らばせたのだ。いずれ訪れる厄災の時、それらを集めた兄妹が相見え、世界を救うように願いをこめて…。
「それってアタシたちが集めてきた物よね? ここにきてやっと繋がったってわけね」
グロリアは口を挟んだ。それまで退屈そうに聞いていたが、ようやく理解できる話に食いついた、といった具合だった。
エクスはグロリアと初対面ということもあり、話を遮られてややムッとした態度で返した。
「まあそういうことになるだろうな。で、その材料というのが、清き朝露、荒野の宝石、万年木の樹氷、そしてマグマ鉱石。これらを片割れ石の器に入れて砕き、一日かけて火にかける。さすれば、破滅を救う力が手に入るという。して、もう材料は揃っているのか?」
「…うん、全部あるな。じゃああとはその本の通りにすればいいわけだ。な、アスカ…ってどうした? 変な顔して」
アスカは怪訝な表情をしていた。材料についてのエクスの話の途中からだった。
「エクス、その本の中にチョウガ族の牙と、夢の雫は書いてないの?」
「…いや? そのような物は書かれていないが。どこで聞いたのだ?」
アスカは黙り込んだ。リョウマは言葉の真意がわからず、戸惑っていた。
「おい、どうしたんだってんだよ。俺には何がなんだか」
「ウマ兄は気づかなかった? 最初に言われたチョウガ族の牙、それからクアを通じて伝えられた夢の雫。どちらも皇帝陛下から取って来るように仕向けられた物よ」
リョウマは記憶を辿る。これまでの旅の中でも危険で思い出したくない記憶だった。やがて、ひとつの答えが導き出された。
「本に書かれている必要な材料ってのは、全部デトワールさんに占ってもらってから手に入れていった物…」
「そう、そうよ。それにさっき聞いてきた長老さんの話…。ここから考えられることは…」
「あ、あの皆さん、あちらを」
その続きはクアに遮られた。彼の指さす先には、鎧兜で身を包んだ兵士たちが複数人いた。兵士たちは一行に向かって、脇目もふらず進んでくる。
「ありゃお前たちのところの兵士だよな。なんでここに?」
「わかりませんが…。もしかしたら僕たちのお迎えかもしれません。もう全部済んでいるわけですし」
兵士たちはリョウマたちの目前まで来ると、開口一番に言い放った。
「皇女様、皆様、こちらにいらっしゃいましたか。我々としても突然のことで驚いておりますが…。これより、あなた様を故郷のお城までお連れいたします」
「お連れいたします、とは…? 私たち、もう目的は達成しましたので、これから向かうつもりでしたが」
「いえ、それが全世界に向けての陛下のお言葉を預かっておりまして。…僭越ながら、申し上げます」
「『全世界の皆々様。私はある時から世界の滅亡の危機を知り、それを阻止するために様々な手を打って参りました。しかし、これ以上待つことはできません。人々を危険にさらすことは許されないのです。
こうなった以上、根本となった原因を絶つ他ありません。私は苦渋の決断として、我が娘を、亡き者にすることにいたしました』…とのことであります」
ヴァルを含め、兵士以外のその場の全員が、我が耳を疑った。