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アスカとニィヴ

 降り積もった雪の上で、アスカは目を覚ます。周囲を見渡し、頭上に視線を移すが、自分の置かれている状況を整理するのにやや時間がかかっていた。


「ん…ここは…? そうだ、あたし足を踏み外してあそこから落ちた…?」


 しかし記憶を辿ると、実際は少し違うということを思い出した。


「足を踏み外したわけじゃないわね。確か足場が崩れて…。待てよ、そういえばあの娘も…!?」


 アスカはハッと気づくと、もう一度急いで辺りを見渡し、自分と一緒に落ちたと思われるニィヴの姿を探そうとした。しかしーーー。


「痛っ…。足、挫いたかな。雪がクッションになって助かったみたいだけど、流石に無傷とはいかないわよね」


 痛む足を引きずり、懸命にニィヴを探すと、少し離れた場所に彼女が倒れているのを発見した。


「…っ!! ニィヴちゃん! そんな、ダメよ、しっかりして…!」


 アスカはできる限り急いで駆け寄り、ニィヴの身体を抱き起こす。恐る恐る口元に耳を近づけると、微かに呼吸をしていることがわかり、ホッと胸をなでおろした。


「良かった、息はある。もし何かあったらご家族に申し訳なくて、一生後悔するとこだったわ…」


 しかしアスカは、ニィヴの袖が破けて腕に傷があることを確認した。そして自分の荷物の中から、粉末の入った小瓶を取り出す。


「前にグロリアから貰った傷薬だけど、使うわ。あたしの怪我より酷そうだし」


 ニィヴの傷に薬を使うと痛みが治まったのか、表情が少し柔らかくなったようにアスカには思えた。そして、ニィヴは目を覚ました。


「う…。ここは? あ、あなたは…」

「アスカよ。良かった。目を覚ましたのね。今怪我の応急処置をしたんだけど、他に痛い所はない?」

「ええ…。大丈夫だと思います。…あの、ありがとうございます」


 ニィヴは身体をあちこち見て動かし、無事を確認すると礼儀正しく頭を下げた。アスカはそれを見ると微笑みながら言った。


「ふふ、どういたしまして。でも勝手に連れ出しちゃってこんな目に遭わせて、こちらから謝りたいくらいなのよ。気にしないで」

「はい。しかし、妹と皆さんは無事でしょうか。早く合流しないと…」


 ニィヴは上を見上げ、自分が落ちた辺りを探した。だが下からでは死角になっているのか、それとも遠く離れているためなのか、リョウマたちの姿は見えなかった。


「そうね。行動は早い方がいいわ。行きましょ…うっ」


 アスカは立とうとして、挫いた足を曲げて膝を付いた。


「アスカさん? もしかして怪我を…?」

「大丈夫よ。そんなに酷くない。でも、歩くのはちょっと苦労しそうね…。申し訳ないけど、少し肩を貸してもらえる?」

「はい、もちろんです」


 アスカとニィヴは、互いに支え合いながら立ち上がり、上へと登るための道を探して歩き出した。




「見つからないわね、道」

「そうですね。きっとどこかにあるとは思いますが…」

「ええ。諦めず探しましょう」


 とはいうものの、一向に登れそうな道は見つからない。嫌な予感を振り払うように、アスカは話題を切り出す。


「それにしても、びっくりしたわね。妹さんのお友達」

「はい。私も初めて見たもので。妹にあんな怪…友達がいたなんて知りませんでした」

「本当よね。あたしの故郷の世界じゃ、まずお目にかかれないから驚きよ」


 そこでニィヴは、何かを言おうとして口を開きかけた。アスカはそれを見逃さず、彼女に問う。


「どうかしたの? 何か聞きたいことがあるの?」

「い、いえ。大丈夫です。重要なことではありませんから…」

「遠慮しなくていいのよ。言っとけば良かったって後悔するわよ。怒らないから、言ってみて?」


 怖がられているのではないかと思ったアスカは、できるだけ優しく尋ねた。ニィヴは少し考えた後、意を決したらしく、口を開いた。


「で、ではお言葉に甘えまして…。アスカさんとリョウマさんはご兄妹で、同じ世界からいらしたのですね?」

「そうよ。それにヴァルも血は繋がってないけど、家族みたいなものね」

「そうですか…。とても仲がよろしいのですね、皆さんは」

「まぁ、そうね。ヴァルは本当に良い子で、あたしなんかまだまだだって思えるわ。ウマ兄は…色々困った人だけど」


 リョウマの話になると、ニィヴは再び挙動不審になった。彼女は少し言葉に詰まりながら、アスカに聞き返す。


「困った人…なんですか? あの方は」

「そりゃもうね、デリカシーはないし、調子に乗るとロクなことにならないし、融通がきかない所もあるし…。他にも色々あって、とにかく苦労するわよ」


 アスカの話を聞くと、ニィヴは少し笑みをこぼして言った。


「お兄様のこと、とても良くご存じなのですね。羨ましいです」

「う、羨ましい…?」

「そうです。そこまでお兄様のことを詳しくお話できるなんて、よほどお近くで見ていらっしゃらなければ難しいことだと思いますよ」


 アスカは照れを隠すためか、ニィヴから顔を背けて言った。


「ま、まあね。兄妹だから側にいることが多いのは仕方ないわね。でも、これくらい知ってて当然だと思うけど」


 するとニィヴは、少しだけ笑みを引っ込めて言う。


「私、スニーのこと何もわかっていなかったと思い知らされたんです。あのお友達のことも、この山に何度も来ていたことも。親や親族からは、お姉ちゃんなんだから妹の面倒を見てあげなさいと、昔から言われ続けていました。それなのに行方不明にしてしまったり、今のように近くにいてあげられなかったり…」

「そうだったのね…。兄妹も姉妹も、上には上の大変さがあるのね」


 ニィヴの本心を聞いたアスカは、彼女の慰めになる言葉を探し、やがて自分なりの答えを出した。


「気休めかもしれないけど、あたしは今はそれでいいと思うの」

「今はそれでいい…ですか?」

「うん。いくら姉妹でも、お互いの知らない所なんてたくさんあるわよ。知られたくないこともね。だからいつも一緒にいて、嫌でもお互いのこと知っていくもんなんじゃないかしら。これからの人生の中で、ね」


 アスカの言葉を聞いたニィヴは気が楽になったらしく、目が合うと微笑んだ。アスカも笑みを返した。


「ありがとうございます。そう言っていただけると、救われた気持ちになります」

「大袈裟ね。あたしも上手く言えなくて申し訳ないんだけど、力になれたなら嬉しいわ」

「ええ。本当にためになるお話で…。あっ、見て下さい。あそこに小屋が」


 ニィヴの指さす先に、一軒の小さな小屋があった。二人が近づいて見てみると、古い物なのかあちこち穴が空き、壁もところどころ剥がれていた。


「すごいボロボロね。こんな所に一軒だけ小屋って、なんだか違和感」

「この山に人が住んでいるとは聞いたことがありませんが…。もしかしたら、以前誰かが住んでいたのかもしれません」

「そうね。流石に今は住んでないでしょ。ちょうどいいわ、中に入りましょ。少し休ませてもらお」


 二人はボロボロの扉を開け、足を踏み入れた。ニィヴは律儀に、小屋の中に声をかける。


「すみません、お邪魔しますー…」

「別に挨拶は必要ないわよ。誰もいないんだから…」


 アスカはそこで言葉を切った。というよりも、言葉が続かなかった。誰もいないと思いこんでいた小屋の中に、一人の美しい女性がいたのである。女性は白い長髪に、和服のような着物姿で椅子に腰掛け、何かの飲み物を飲んでいた所らしかった。


「…っ! すみません、まさか人がいるとは」

「ごめんなさい。ご迷惑でしたらすぐに出て…」


 女性は慌てる二人を見、優しく微笑みかけると口を開いた。


「構いませんよ。どうぞ中へ。寒かったでしょう、暖まっていって下さい」


 アスカとニィヴは顔を見合わせ、中へ入るとそそくさと椅子に腰掛けた。

 二人が席につくと女性は、二人分の飲み物を用意した。


「さ、どうぞ召し上がって下さい。毒なんてありませんよ」

「は、はい。では…」


 ニィヴは勧められるまま、アスカが何か言う前に飲み物に口をつけた。


「ちょっとニィヴ…大丈夫?」

「え、ええ。とても暖かいです」

「でしょう? あなたもどうぞ」


 アスカは後に引けず、同じように飲み物に口をつけた。今までに味わったことのない味がしたが、不思議と身体が暖まるのを感じていた。


「さて、もう寒さは落ち着きましたね。あなた方、何か目的があってここまで来たのでしょう?」


 唐突に切り出した女性の言葉に、二人は戸惑った。奇妙に思いつつも、アスカは正直に話した。


「あの、その通りです。あたしたち探し物をしてて…」


 すると女性は、まるで用意していたかのように後ろから一本の枝を取り出した。


「お探しの物はこちらですね。『万年木の樹氷』です」

「ど、どうしてそれを…」

「これですか? 私の住む近くに生えている木の枝なんです。しかしもう枝は残りわずかで、これが最後の一本になるかと…」

「そうではなく、なぜあたしたちがそれを探していることを知っているんですか? あなた、一体何者なんですか?」


 アスカは強気に出たが、女性の次の言葉を聞くとそうもいられなくなった。



「そうですね。驚くのも無理はないでしょう。理由としては、私がこの世界の監視者、いわば神であるがため、ということです」

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