雪の姉妹
永久凍土の地、フロズルド。一行は身体を震わせながら、この地にやって来た。
「ひぃぃ、相変わらず寒いところだな…。ヴァル、また頼む」
「承知しました。皆さん、失礼します」
ヴァルは全員の衣服に触れて回る。魔法で各々の服装はコートに手袋、マフラーにブーツ姿の暖かなものに変わっていった。
「ありがとうヴァル。思えば久しぶりね、服装を変えてもらうの」
「最近訪れた世界は気候の安定した場所が多かったからですね。ここはそうはいきませんが」
クアは寒冷地に慣れていないのか、顔を手袋で覆い、冷気を遮断していた。グロリアも慣れない服装なのか、コートの裾を翻して自らの姿を確認している。
「寒いトコに住んでる人たちはこういう服着てるのね。アタシは寒い方が好きだけど、ここまでだと流石に辛いわね…。早くやること済ませましょうよ」
クアはメモを取り出すと、ここでの目的物を読み上げた。
「ここでは『万年木の樹氷』という物を探せばいいみたいです。まんねん…とはどういう意味でしょう?」
「普通に考えたら一万年以上生きた木、ってことよね。でもそんな木、存在するのかしら…? それにこの世界から探し出すのも大変だし」
辺りを見回し、考え込むアスカ。そこでリョウマは俺をお忘れかと言わんばかりに言った。
「まぁ、ここは俺たちはもう慣れてるし? どうすればいいかはわかるよな、ヴァル?」
「え、ええ。まずはどなたかに話を聞きに行きましょうか」
「だな。あの人たちの集落は確かこっちだったかな。行こうぜ」
リョウマはヴァルを連れ、先に歩き出した。
「お兄ちゃん、なんだかいつもより頼もしい感じじゃない? 自信満々というか。何かあったの?」
本人の耳に届かない声で、グロリアはアスカに耳打ちした。アスカはやや呆れ顔で返す。
「ウマ兄とヴァルがここに来るのは三回目だからね。案内役気取りなんじゃないの? 何事もなければいいけど…」
リョウマたちからはぐれないよう、アスカたちも後に続いた。
フロズルドの人々の集落までは、迷うことなくたどり着いた。以前と同じように外に出ている住人は少なかったが、今回は一層静まり返っている様子が、ヴァルには感じられた。
そんな中、見知った顔を見つけたリョウマは駆け寄る。
「おーい、ニィヴ…だよな?」
「は、はい! …あ、あなたは旅の…」
飛び上がらんばかりに驚いた少女は、おずおずとリョウマに尋ねる。前回会った時から時間が経っているためか、少しだけ雰囲気が大人びたとリョウマは思った。ニィヴは後から来たヴァルたちにも気づき、会釈をした。
「久しぶり。リョウマだよ。悪い、驚かせたかな?」
「いいえ、お気になさらないで下さい。…その、お元気でしょうか?」
「ああ。元気だよ」
「そうですか」
「……」
「……」
互いに会話が途切れ、アスカはしびれを切らして割り込んだ。
「ああもう、ニィヴちゃん困ってるじゃない。それに、ここに来た理由言わないとダメでしょうが!」
「あ、ああそうだった。ニィヴ。長老さん、今いるかな? ちょっと探し物してるんだ」
「長老様ですか? 申し訳ありませんが、今はいらっしゃらないのです。この村の伝統行事で、大人の皆様は年に一度、神様に祈りを捧げるために村の外に出るのです。あいにく、今日がその日でして…」
ヴァルが感じた違和感はそれだった。村には現在、大人がいない。となれば、目的の樹氷に関する情報も限られてしまう。
「そっか…それは仕方ないな。じゃあさ、ニィヴは『万年木の樹氷』って、知ってるか?」
「それは…聞いたこともありません。木といえば思いつくのは以前スニーが迷い込んだ山がありますが、そこにあるかもわかりませんし…」
その時、ニィヴの妹、スニーが現れた。どうやら、自分の名前に反応したらしい。
「わたしのこと、呼んだ? あ、前に遊んでくれたお兄ちゃんとお姉ちゃん。それに知らない人たちも」
「スニー、お客様に失礼よ。あっちに行ってなさい」
しかしヴァルは、スニーを引き止めた。
「待ってください。もしかしたら…、スニーさん、あのお山に、何か特別な木はありませんか?」
「うん、あるよ」
スニーはさらりと即答した。あまりにも自然で純粋な返事に、スニー以外の全員が拍子抜けをした。
「あ、あるんだ…。まあでも、きっとそれだよな。探してる物」
「お兄ちゃんたち、その木を探してるの? どうしてもっていうなら、わたしが案内してあげてもいいよ?」
成長したスニーは、ややませた態度を取るようになっていた。そんな妹をニィヴは呆れ顔で諭す。
「こらっスニー、あなたって人は…。お世話になった方々に対してなんて口のきき方を…」
「ま、まあまあ。気にしてないから。でも案内してほしいのは山々だけど、家の人いないんじゃなぁ。黙って行くわけにもいかないし」
リョウマは考え込んだが、スニーは全く意に介さず言った。
「大丈夫だよ。お母さんたちが帰ってくる前に帰って来れば。それに、山にはあの子もいるしね」
「あの子…とは、もしかしてあの…」
リョウマとヴァルだけが、当時の記憶をまざまざと蘇らせていた。
それからの相談の結果、スニーたちに案内を頼み、一行は山を登っていた。一度は登ったことのあるというニィヴも、妹の保護者として同行することとなっていた。
「すまないな、ニィヴまで迷惑かけちゃって。本当なら、俺たちだけで行けば良かったのに」
「い、いえいえ。と、とんでもないです。リョウマさん…皆さんには返しきれないほどのご恩がありますので…」
二人の様子を後ろから見ていたグロリアは、何かの違和感を覚え、そっとヴァルに尋ねた。
「ねぇ、あのニィヴって娘、すごい恥ずかしがり屋? なんだか目は泳いでるし、キョドってる感じがするんだけど」
「そうですか? 私がお話しした時にはそのようなことは感じませんでしたが、もしかしたら大勢で訪ねてしまったから、緊張されてるのかもしれませんね」
「緊張ねぇ。そうかもしれないけど、何か引っかかるわ」
山の中腹までたどり着くと、スニーはひとりで近くの林に入っていった。間もなく、林の中から巨体を揺すり、毛むくじゃらの生き物が姿を現す。
「…! これは…一体…」
「み、見たことのない…動物さんです」
「ちょっとボクちゃん、アタシの後ろに隠れないでよ。男の子でしょ…」
「か、怪物!? スニー、早くそこから逃げて…」
初めてその姿を見るアスカたちはそれぞれ驚き、ニィヴはその側にいるスニーの身を案じた。
「心配ないよ、ニィヴお姉ちゃん。何もしなきゃ、フサちゃんはとっても優しいの。ね、ヴァルお姉ちゃん、リョウマお兄ちゃん?」
「そ、そうだな。全然危なくない…よな」
「そうです、危害はない…はずです…」
ヴァルとリョウマは、スニーがフサちゃんと呼ぶ怪物と一度戦い、命の危機を感じたことを思い出す。だが、スニーの側では無害だということもわかってはいた。ニィヴたちに時間をかけて説得し、フサちゃんを含めた一行は更に山の奥地へと進む。
「この先、氷柱がたくさんある所があるの。フサちゃんなら簡単に壊せるから、連れてきたのよ」
スニーの言う通り、大きな氷柱が上から下から生えた洞穴に出た。フサちゃんは巨大な腕で氷柱を掴むと、いとも簡単に砕き、前には道ができた。
「ありがとうフサちゃん。さぁ、行きましょう」
そこから更に奥へ進むと、巨大な空洞が広がる空間が出現した。山の内部のはずだが天井はぽっかりと穴が空き、日の光が降り注いでいる。すり鉢状になった斜面は急で、底までは光が届かない様子から、その深さをうかがい知ることができた。
「この下に、不思議な木があるの。落ちたら大変だからね。気をつけて」
スニーとフサちゃんを先頭に、リョウマ、クア、グロリア、ニィヴ、アスカの順で一行は一列になって歩く。さほど狭くない足場だが、万が一を想定して壁際を歩いた。
坂道をしばらく歩いた時、突然アスカの足元の雪が崩れた。人数が多い分、足場が衝撃に耐えられなかったのだろうか、アスカは足場ごと下へと落ちていった。
リョウマたちが気づき、駆け寄る頃には、アスカの姿は見えなくなっていた。しかし、見えなくなったのはアスカだけではなかった。ニィヴの姿もまた、消えてしまっていたのだ。