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一角獣と蝶

 チョロチョロと動き回る鼠を、リョウマたちは必死に追いかけ、駆除して回る。攻撃を受けた鼠はすぐさま消えてなくなり、後には鼠の尻尾だけが残された。


「これが倒した証拠ってわけか。で、倒した数がすぐにわかるわけだ」


 辺りを見回すと、他の参加者たちも尻尾をせっせと集めていた。


「そのようね。というか、おしゃべりしてる暇ないわよ。ほら、ウマ兄後ろ」

「え? うわっマジだ! それにアスカ、そういうお前の足元にも…」


 アスカの脚に、一匹の大鼠が頬ずりをしていた。


「え…きゃあ! ちょちょっと待って、いきなり出てこないでよぉぉ!」

「おいおい逃げるやつがあるかよ。やっつけなきゃダメだろ!」

「ひ、ひとりにしないでくださいよ〜…!」


 慌てて逃げ出すアスカを追い、リョウマとクアは駆け出した。



 その頃、控えの席。グロリアとヴァルは大会の光景を眺め、怪我人が未だ出ないため暇を持て余していた。


「あちらは大変そうですね。鼠さんたち、一生懸命に逃げてますし」

「そりゃそうでしょ。相手は自分たちの命、狙ってるんだから。死にものぐるいで抵抗するのが当たり前よ」


 グロリアはベンチに腰掛け、大会には興味がないといった具合に目を閉じていた。


「あの、ご覧にはならないのですか?」

「アタシは別に。ただお務めを果たすだけだからさ。あいにくみんなご無事のようだから、おかげで暇だけど」

「そうですね。……」


 二人の間に会話が途切れ、沈黙が流れる。そんな中、リョウマとクアが戻ってきた。


「治療、頼めるか? 俺は腕、クアは脚なんだけど、噛まれちまった」


 二人はヴァルに傷痕を見せた。くっきりと歯型が、腕と脚に残っている。


「これは大変です。ただいま治療を…」


 ヴァルは二人の傷痕に手をかざした。癒しの力で、二人の怪我はたちまち治った。


「サンキュー。よし、また行ってくる。クアも行けるか?」

「はい。頑張ります」


 二人が出ていった後、再び静かになる控え席。

やがてグロリアが口を開く。


「アンタ、この状況になっても変わらないのね」

「はあ…それはどのような意味ですか?」

「だって、自分を狙ってきた元敵が目の前にいるのよ。それも二人っきりで。もっと警戒するのが普通じゃないの?」


 尋ねられたヴァルは一瞬きょとんとしていたが、すぐに笑顔で返した。


「それはもういいんですよ。今は心強いお仲間なんですから」

「…そういうの、面と向かって言っちゃうのね。不思議な娘ねアンタ。でもどうしてそこまで人を信頼できるの? あの二人だって、見ず知らずのアンタを拾って住まわせたって聞いてるけど、それだけじゃ信用する理由には足りないとは思わない? もしかしたら信用させるだけさせといて、裏切ることだって考えられるじゃないの?」


 グロリアの問いに、ヴァルの笑顔は消えた。そして少し考えると―――。


「それは…考えたこともありません。でも、あのお二人だから信用できるんです。信じたいから信じるんです。あなたも、お子さんのことは信用できるのでしょう?」

「まあね。そりゃ血の繋がった家族だもの。無償の愛って言うやつかしら。その理屈で言うなら、アスカとお兄ちゃんは家族だから信用できると言いたいわけね」


 ヴァルはまた少し考えたが、言葉を濁しつつ答えた。


「そう、ですね。家族、ですから…」

「なんかはっきりしないわね。まぁいいわ。…ほら、お客が来たわよ」


 アスカが腕と脚を押さえながらやってきた。服には血が滲んでいる。


「大丈夫ですかアスカさん!?」

「心配ないわ。でも早く治療、お願いできる…?」

「わかりました。ただいま…。そうです、グロリアさんお願いできますか?」

「アタシが? そんな気遣いいらないのに。でもお仕事だし、やることはやらないとね」


 グロリアは自作の薬を使い、アスカの傷を治療した。その効き目は、ヴァルのものに負けず劣らずだった。


「ありがとうグロリア。それにしてもあいつら、あたしに対して積極的というか、寄ってきてる気がするんだけど、気のせいよね…?」

「好かれてんじゃないの? 鼠たちにさ」


 後から来たリョウマは面白半分に言ったが、アスカは恐ろしい形相でリョウマを睨んだ。リョウマは話題を早く変えようとした。


「あは…冗談冗談。じゃ俺、先行くわ。またなっ」

「ちょっと、今の言葉説明しなさいよ。それに逃げるなって言ったのはどこのどなただったのよ!」


 二人が出ていった後、ヴァルとグロリアは顔を見合わせて思わず苦笑いをこぼした。


「まったく、賑やかでいいことね」

「はい。でも、本当に楽しい毎日です。リョウマさんとアスカさんとの生活は」


 心の底から語ったヴァルに、グロリアは少し声のトーンを変え、真剣な面持ちで言った。


「あの二人のこと、ちゃんと支えてあげなきゃダメよ、ヴァル」

「支える…ですか?」

「そう。さっきあったでしょ。二人が説明も確認せずに大会に参加しようとしてたトコ。アンタの判断がなければ、今頃準備不足で大変だったかもしれないのよ」

「確かにそうでしたね。でも、私のしたことはただのおせっかいだったかなと」

「それでちょうどいいの。お兄ちゃんはもとより、アスカはあれでけっこう危なっかしいところ、あると思うのよ。だから本当に家族だと思うのなら、言いたいことははっきり伝えて支えてあげないとね」


 グロリアの話を聞いたヴァルは少し考えた後、にこやかに言った。


「そうかもしれませんね。私のおせっかいが役に立てるなら、嬉しいです」

「でしょ? まぁ、これも一人の母親のおせっかいだと思ってくれてもいいけどね」

「そんな。とてもためになりました。本当にお母さまの…」


 その時、クアが控え席に入って来たため、会話が途切れた。リョウマとアスカの姿はなかった。


「あらボクちゃん。お疲れ様ね。二人はどうしたの?」

「お二人はまだ会場です。グロリアさんと姉様も、一緒に来ていただけませんか?」


 唐突に、クアはヴァルたちを会場へと誘った。


「私たちも、ですか?」

「はい。これから特別な鼠が現れるのだそうです。係の人は、ボーナスタイムと言ってましたが…」

「つまりは大量得点のチャンスというわけよね。いいわ、行きましょ。運動したくてウズウズしてきたところなのよ」


 クアに連れられ、ヴァルとグロリアも会場へと足を踏み入れた。



 そこには、他の鼠たちよりも遥かに大きな鼠がいた。家一軒ほどもある大きさだった。周囲では、武器を構えた参加者たちが待機していた。


「さあさあ、駆除大会も盛り上がって来たところで、今回の目玉企画、ジャイアントビッグリネズミの討伐を行いたいと思います! 皆さんで攻撃して、最も退治に貢献したと判断した方がMVPとなります!! それでは、スタートです!!」


 合図の鐘が鳴らされ、ボーナスタイムが始まった。

 参加者たちは巨大な鼠に群がり、足や尻尾、腹を攻める。鼠はあまり苦しむ様子を見せなかったが、少し身体を動かすだけで参加者たちをふき飛ばした。


「アスカ、尻尾の方を頼めるか?」

「わかったわ、気を逸らせばいいのね」

「おう。それからクアは俺に力をくれ。危なくなったらすぐ逃げろよ」

「わかりました」


 リョウマたちは互いに声をかけ合い、なんとか攻撃を避けつつ戦っていた。


「あの、グロリアさん」

「何よ。今は戦いの最中でしょ」

「すみません。お礼がまだだったもので。色々とアドバイスしていただき、ありがとうございます」

「いいのよそんなに律儀にしなくても。…でも、悪い気はしないわね」


 グロリアはヴァルに微笑みかけた。それは、一度敵対していたということを感じさせない笑顔だった。




 その後、駆除大会が終わり、表彰と優勝賞品、参加賞の授与が行われた。


「あーあ、頑張ったと思ったけど優勝は難しかったか」


 リョウマたちは優勝せず、別チームが表彰をされているのをじっと眺めていた。


「仕方ないわよ。だってあっちのチーム、人数多かったもの」

「ああ、でもなんか不公平だよな。あれじゃ絶対有利だろうに…」

「ですが、これが手に入って良かったですね」


 クアの手には、色鮮やかな赤い木の実が一つあった。見事な連携で活躍した、という点が評価され、リョウマたちはMVPを取ったのだった。賞品は数百年に一度見られるかわからないという『荒野の宝石』と呼ばれる木の実だった。


「いやー素晴らしかったですな! 優勝には及びませんでしたが、あなた達の動き、本当に良く息が合っておりました。MVPというのも納得ですよ!」


 大会の主催者と思しき男が、リョウマたちに声をかけた。大会の盛り上がりに満足しているようだった。


「どうも、それほどのものじゃないですよ」

「またまた謙遜なさって。審査員は皆さん感心していらしたのですよ。あなたもそう思うでしょう?」


 主催者はクアに対して聞いた。尋ねられてクアは戸惑ったが、しどろもどろになりながらも答えた。


「はい、本当に皆さんすごいです。えーと、何ていうんだっけ…? あ、そうだ。『()()()()()』動きです」


 その場の全員、一瞬黙ってしまった。すぐにアスカは理解し、訂正する。


「それを言うなら『一糸乱れぬ』よ。纏わぬ、じゃ素っ裸になっちゃう」


 間違いに気づいたクアは、恥ずかしそうにうつむいて言った。


「そ、それが言いたかったんです……。お恥ずかしい」

「いいのよ。間違いくらい誰だってあるもん。ウマ兄だって、前に講師と子牛を間違えてね…」

「おーい、今その話をするなよ…」

「はっはっは、面白い方々ですな。それでは、また機会があれば参加してください。いつでもお待ちしておりますよ!」


 主催者は踵を返して去って行く。その後ろ姿を見て、全員が同じことを考えていた。


『もう参加したくない…』




「だけど、これでいいのかしらね。一応、獣を退けた証ではあるけど」

「優勝賞品は物じゃなくてお金だったわよ。薬を作るのにお金はおかしいし、間違いないと思う」

「とりあえずここで話してても仕方ないし、行こうぜ。クア、次はどこだ?」


 クアは紙を取り出し、読み上げた。


「はい。えーと、次は雪と氷の世界『フロズルド』です」

「あそこか。俺たちが初めて来た異世界だったな」

「ええ。訪れるのはこれで三度目です。また、村の人に尋ねてみましょう」


 会場に未だ大量にいる鼠たちから早く離れようと、一行はそこを後にした。

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