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クアの回想

 グロリアが去った後、クアはそっと扉を開ける。そこにはベッドに横たわるフレイと、傍らで椅子に座り懸命に治癒の力を注ぐヴァルがいた。

フレイの様子を見る限り、容態は良くなっていないらしい。


「…あら、クアさんですか。どうしました? こんな夜中に」


 ヴァルは背後の気配に気づくと、やや疲れた表情を振り向かせた。


「お疲れ様です。何かお手伝いができればと思いまして」


「それはありがたいです。実を言うと状況は芳しくないもので」


 クアはヴァルの隣に膝をつくと、彼女の手の上に自らの手を乗せた。治癒の力が増幅され、彼女の角が輝き始めた。


「これで、どうでしょうか」


「すぐに効果が表れるかはわかりませんが…、でも確かに私の力が高まっているのは感じられます。もう少し様子を見ましょう」


 フレイに力を注ぐ中、ヴァルとクアは長い間叶うことのなかった、義姉弟ふたりきりの時間を過ごしていることに気づく。


「姉様とこうして過ごすこと、久しぶりです」


「え? …そ、そうですね。確かに久しぶり、です」


「その、僕の記憶は、まだ…」


「…はい、ごめんなさい。あれから記憶を取り戻すきっかけもなかったものですから」


 申し訳なさそうに項垂れる義姉を、クアは優しく労る。


「いいんです。こうしてまたお会いできるだけでも嬉しいので」


「私もです。記憶がないのに会えて嬉しいなんておかしいかもしれませんが…。良ければ、この機会に色々お話しましょうか」


「はい、喜んで」




 共に行動するようになってから初めて二人きりになったヴァルとクアは、互いに経験した出来事を語り合った。


「お姉様はあのお二人とずっと一緒だったんですね。いい方々で良かったと思います」


「ええ本当に。私をいつも気にかけてくださっています。おかげさまで何不自由なく過ごすことができました」


 三年間の思い出を噛みしめながら、ヴァルは話す。


「お姉様がいない間、父上や他の皆さんはとても心配していました。僕も一緒に、色々な世界を探していたんですよ」


「そうでしたか…。私のためにご苦労や心配をかけさせて申し訳ありません」


「いいんです。もう心配する必要はないんですから。それに色々な世界を巡って、いい思い出にもなったと思いますし」


 その時ヴァルは、少し前にレストリアでクアが話したことを思い出した。


「私を探して、どんな場所を探したのですか?」


 クアは懸命に記憶を辿る様子を見せ、訪れた記憶のある世界を指折り数え始めた。


「ええと、僕がお供したのは情熱の世界ルケノリアに、この前お話した海の世界セアリア、それから双子の世界ジェムニルドですね」


「双子の世界ですか。あそこなら、私がいたらすぐにわかりますね。他の人は双子の方ばかりですから」


「そうですね。でも、父上は僕を街には入れませんでした。僕が連れられたのは、分身の洞窟(ドッペル・ホール)の方でした」


「分身の洞窟、ですか? あそこに私がいるという確信があったのでしょうか。もしくは、何か手がかりが?」


 一度、分身の洞窟を訪れているヴァルは、少し奇妙に感じた。そこには映身の亡霊(ミラー・ゴースト)という姿形を真似る怪物がいるのみで、他には何もなかったと思われたからだ。

 しかし、クアにもその理由はわからないようだった。


「僕もわかりませんが…。何しろとても小さい時でしたから。ただ、父上はその日からお姉様を探すことを少なくしました。もしかしたら、そこでもう諦めてしまわれたのかも…」


 部屋に沈黙が流れた。二人が我に帰ったのは、フレイが寝返りを打とうとした時だった。


「すみませんお姉様。こんな話をしてしまい…」


 フレイを起こさないようにと、クアは小声で囁いた。


「大丈夫ですよ。もう過去のことです。それよりも、今こうして皆さんとお会いできたことが大切じゃないですか?」


 ヴァルもにこやかに小声で返した。クアは少し戸惑うような様子を見せると、口を開いた。


「お姉様、お変わりになりましたね。リョウマさんやアスカさんと一緒にいたからでしょうか」


「それはお兄様にも言われました。私、昔はどのような…」


 その時、フレイの皮膚の一部が元に戻るのがはっきりと見られた。姉弟は顔を見合わせると希望を抱き、より一層力を注ぐのだった。




 翌朝、フレイの部屋の前。そこにはリョウマとアスカの姿があった。ヴァルとクアは、朝になっても客間に戻ることはなかった。


「あの二人、ずっと頑張ってたんだな」


「そうね。クアもいなくなってたから驚いたけど、律儀に書き置きしてるんだもん。あの子なりに役に立ちたいって思ってるのね」


「ああ。健気なやつだよな。後で労ってやらないと。…そういや、グロリアはどこにいるんだ?」


「準備ができたら行くって言ってた。でも準備って何の…」

 その時、二人に強い風が吹きつけた。しかしただの風ではなく、細かい粉が混じったそれは、二人の身体中に付着した。


「ぶはっ、これは…」


「おはよう、お二人さん。毎度お馴染み、中和剤よ。これで安心でしょ?」


 グロリアは空の小瓶を見せながら歩いてきた。準備、というのはこの事だったらしい。


「ありがたいけど、急にやる必要あるか?」


「どっちだって同じじゃない。別に毒じゃないんだしさ。ってそんなことより」


 強引に話を変えたグロリアに苛立ちを覚えながらも、リョウマはグッと気持ちを堪えた。


「さて、どうなってるかしらねぇ。もしかしたら、ここでアンタたちと決別することになるかもよ?」


「大丈夫よ。きっとヴァル…いえ、あの二人ならね」


 挑発するように言ったグロリアに、アスカは冷静に返す。


「大した自信ね。まぁ、全てはもうじきわか…」


 その時、扉が開いた。現れたのは、フレイだった。青く変色していた身体のあちこちは元通りになり、足もふらつくことなくしっかりと歩いている。


 そして何より、表情が明るくなったように思えた。フレイは眩しい笑顔で母親に駆け寄った。


「お母さん、おはよう」


「お、おはようフレイ。その、アナタ大丈夫なの?」


「うん。もうすっかり。あの人たちのおかげだよ。本当に…」


 言い終わる前に、グロリアは息子に抱きついていた。困惑するフレイの頬に、一筋の涙がこぼれ落ちた。


「あの、お母さん。ちょっと恥ずかしいよ…」


「いいのよ。そんなこと気にしていられるもんですか。…ああ、良かった。これで治らなかったらアタシ、どうしようかと…」


 奇病の完治を喜び合う親子の後ろから、ヴァルとクアが出てきた。一晩中、力を行使したためであろう、疲労した様子だった。


「おはようございます。なんとか、フレイさんのご病気を治すことができたようで安心しました。これもクアさんがいてくださったおかげです」


「いえ僕は。お姉様の力あってのことですから…ふああ」


 クアは大きな欠伸をひとつした。今にも眠ってしまいそうだった。


「おいおい大丈夫か。お疲れさんだな。ほとんど寝てないんだろ? 客間に戻って、ゆっくり休むといいよ」


「そうですか? でも次の目的地に行かないと…」


「大丈夫よ。グロリアもあんなだし。しばらくは親子水入らず、そっとしといてあげましょ」


「わかりました。ではお言葉に甘えて、私たちは休ませていただきましょう」


「はい。今行きまふ…」


 ほとんど眠った状態のクアの手を引き、ヴァルは客間に向かった。


「あの二人、なんか距離縮まった気がしないか?」


 ヴァルとクアの後ろ姿を見送りながら、リョウマは呟いた。


「ええ。ずっと一緒に頑張っていたんだもん。色々話せたんじゃない?」


「かもな。さて、俺たちはこの後どうするか」


「あたしたちも、たまには兄妹水入らず楽しまない?」


 唐突にアスカは提案する。リョウマは言葉の意味を理解できず聞き返した。


「楽しむって、何すんだ?」


「この世界、まだあちこち見てないから廻ってみたいの。せっかくグロリアに中和剤もらったしね。嫌だったらあたしだけ行ってもいいけど?」


「わかったよ。俺も一緒に行く。迷子にでもなられたら困るからな」


「大丈夫よ。遠くには行かないし。あ、でもグロリアの言ってた毒花粉、気になるわね。確かあっちの山から来るんだっけ」


「おい、言ってる側から…」




 グロリアとフレイ、ヴァルとクア、リョウマとアスカの三組がそれぞれ一日を過ごし、また次の日が来た。グロリアは荷物をまとめ、旅立つ支度を整えていた。


 鏡を前に服を脱ぐ彼女に、アスカは声をかける。


「グロリア、いいの本当に? 息子さん、やっと良くなったのに」


「いいのよ。だって約束じゃない。これで本当に、ヴァルは恩人になっちゃったわけだし、お望み通りについていくのが道理ってもんでしょ?」


「ありがとう。あなた、筋が通った人なのね。信じて良かった」


「やめてよ、アンタとアタシの仲じゃない」


 そう言われたアスカは、照れくさそうにうつむき、口元を緩ませた。




 そしてグロリアの家の前、フレイを家に残し、五人は出発する。


「じゃあねフレイ。お仕事が終わったら必ず帰って来るから。お留守番、またお願いね。町のみんなにはまたお世話をお願いしてるからね」


「うん、いい子にしてる。皆さん、本当に色々とありがとうございました。気をつけて行ってくださいね」


「行ってらっしゃいグロリアさん。フレイ君のことはお任せください」


「ご友人の方々もどうぞお気をつけて。我々もグロリアさんと同様に感謝しております」


 フレイと町人たちは、何度も頭を下げて五人を見送った。


「さぁ、はりきって行きましょうよ。次はどこに行くの?」


 意気揚々と、グロリアは尋ねる。これまでに誰も見たことのないような、フレイの母親だと納得できるような明るさだった。


「えと、次は双子の世界、ジェムニルドですね。皆さんは一度行ったことがありますね」


「じゃ簡単な仕事になりそうね。ちゃんと無事にフレイの元に帰らないといけないんだから、そこんところよろしくお願いね」


 そう言うとグロリアは、さっさと先へ行ってしまった。


「あいつ、ずいぶん変わったな。自分勝手なとこは同じだけど」


「そうね。あれが素なんじゃない? 息子さんが助かったんだから、無理もないわよね」


「私たちにとっても、お仲間になっていただけて喜ばしいことです。次の目標も、無事に達成しましょう」


 四人は鼻歌混じりに先を行くグロリアを追い、再び双子の世界へと向かっていった。

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