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死病の息子

 グロリアの故郷の世界、メディミカルへと足を踏み入れた五人。そこは美しい青空が広がり、石造りの民家が建ち並ぶ、一見何の変哲もない世界だった。

「ここがあなたの故郷なのね、グロリア。いい所じゃない」

「そうでしょう? やっぱりアスカとは気が合うわぁ。センスも合うみたいだしねぇ」

 アスカが声をかけ、グロリアが嬉々として答える。グロリア自身が友達と認めたアスカに対しては、気兼ねなく話せるようだった。

「本当にいい所ですね。レストリアもそうでしたが、ここも空気が美味しいです」

 深呼吸をし、伸びをするヴァルに、グロリアは平然として言った。


「あ、まだ言ってなかったけど、あんまりそういうの、しない方がいいかもよ。ここ、山から毒花粉が飛んでくるから。家の中ならまだしも、外にいたら身体が毒に蝕まれていくからね」


 それを聞いたリョウマはむせかえった。

「ぶっ、な、何だと!? お前、それを知ってて…」

「もちろん知ってたわよ。故郷だもん。だからこそ、あの粉をかけてあげたのよ?」

 ここに来る直前に、何の説明も無しにグロリアが浴びせてきた謎の粉。彼女はそれが必要になる、とだけ言っていた。

「あれは言わば中和剤よ。一度浴びておけば、丸一日は毒の中にいても大丈夫だから。本当よ?」

「…それを早く言えよ。だとしても安心できないな。まだあんたのこと、完全に信用できねぇし…」

「あの、私は毒の影響を受けませんし、私の近くにいればそれだけで毒は無害化されます。どうかご心配なさらず」

「そういえばそうだったわね。でも、ずっとヴァルの側にいるわけにもいかないでしょ? 浴びて損はないはずよ」

 その場に不穏な空気が流れた。その時、クアの小さな声が漏れた。

「あ、ああ…やっぱり…」

「どうした?」

 クアは、妖精からもらった菓子、もとい菓子だった物を手にしていた。木の実や果物が食欲をそそる出来映えだったそれは、毒によって腐食し、いかにも不味そうで危険な香りがしていた。

「だから持っていかない方がいいって言ったのよ。まぁ、アタシも含めてここの住人や作物は環境に適応してるから、問題ないんだけどね」

「他人事みたいに…。この後どうしてくれるんだ?」

「食べられないとわかったら僕、お腹空いて来ました…」

 クアの腹の虫がぐうと鳴った。

「仕方ないわね。アタシの家で何か出してあげる。どのみち来てもらうことになるんだから。ついてらっしゃい」

 四人はグロリアの案内で、街の中へと進んでいった。


「ああグロリアさん! お久しぶりです。しばらくお姿が見えなかったので心配しましたよ」

「ごめんなさいね。ちょっと色々あって。でももう心配はかけないから安心してね」

 グロリアに気づいた街の住人が数人集まると話しかけ、彼女は親しげに答えた。するとまた、別の住人が話しかける。

「その…息子さんの件、大丈夫ですか? 時々様子を見に伺いましたが、未だ良くはなっていなくて…」

「ありがとうね。実はちょっと当てがあるのよ。もしかしたら、病気治るかも」

 グロリアはちらりとヴァルを見た。住人は見慣れない四人に気づくと、察した様子で安堵の表情を見せた。

「なるほど、病気に詳しい方々を見つけていらっしゃったのですね。いやはや、本当に良かった」

「まぁそんなところね。まだ安心はできないのだけど。じゃ、またね」

 住人たちと別れた一行は、再び先に進む。人々の聞こえない距離まで離れた時、アスカはグロリアに尋ねた。

「グロリア、けっこう慕われてるの?」

「まーね。作った薬は物と交換したり、売ってお金にしたりしてるし。それなりに信頼されてるのよ、アタシ」

「息子さん、街の人たちが面倒を見てくれてるのね。あなたがいない間は」

「そうよ。だから安心して家を空けることができたの。今回は帰りが遅くなるかもって言ってはおいたけど、ここまでかかるとは思ってなかったわ」

 リョウマとヴァルの心に言葉がグサリと刺さる。自分たちが原因で帰りが遅くなったのは事実であり、少なからず罪の意識が芽生えたのだ。そんな二人の心を察したのか、グロリアは言う。

「今さら気を遣わなくていいわよ。あの時はお互い様でしょ。もう傷も治ってるんだし、気にしてないから。あ、もう着いたわよ。ここがアタシのお家。さ、中へどうぞ」

 グロリアの家は、他の家々と同じか、あるいは少し貧しさを感じる建物だった。

 四人はそっと家の中に入る。するとすぐさま奥から小さな子供が現れた。グロリアと同じ、紫色の髪の毛に細い手足、キラキラとした瞳、翅はないが、頭には一対の触角があった。そして、顔や腕などの皮膚の一部は青く変色しており、一目でその異常さに気づけるほどであった。

「お母さん? お帰りなさい。ずっと帰って来ないから、心配したよ」

「ごめんねフレイ。ちょっと色々あってね。寂しかったでしょう?」

「…ううん。僕は平気。街の人が毎日来てくれたからね。ところで、あの人たちは?」

 フレイと呼ばれたグロリアの息子は、物珍しそうにリョウマたちを指した。

「この人たちはお出かけ先で知り会った人たちよ。フレイの病気、治してくれるんだって。ねぇ?」

「本当に? ありがとうございます。わざわざ来ていただいて。僕のために…あっ」

 フレイは幼い外見をしながらも、礼儀正しくお礼を述べ、言い終わらないうちにふらつき、倒れそうになった。グロリアはフレイを急き立て、自分の部屋へと促した。

「ほらほら、自分のお部屋に行ってなきゃダメでしょ。お礼を言うのは治してもらってからよ」

「うん…わかったよ」

 母親に支えられながら、フレイは家の奥に姿を消した。

 戻ってきたグロリアは、四人を居間へと案内する。椅子に座らせると、食事の用意をするからと、一度部屋から出ていった。

「うぅ…」

 突然、悲痛な声を漏らしたのはクアだった。

「クアどうした? どこか悪いのか? まさか毒が回って…」


「お腹が、空きました…」


 心配そうに様子を伺ったリョウマたちだが、一瞬の沈黙の後にホッと胸を撫で下ろした。

「も、もうすぐお食事が来ますよ。あと少しの辛抱です」

「はい…頑張ります」

「にしても、なんだかとんでもない所に来ちまった気がする…。でもあの子、フレイって言ってたっけ。思ってたより重症みたいだな」

 グロリアがいないのを確認し、リョウマはぼそりと言った。

「ええ。あたしもあそこまでとは想像してなかった。どうにかしてあげたいけど、治せそう? ヴァル」

「あの症状は私も初めて見るのでわかりませんが…。全力は尽くします。でも、一晩ほどかけないと難しいかと」

「はぁ、お腹…空きました…」

 その時、グロリアが再び戻ってきた。手には盆に乗せた器と皿がある。彼女はそれを四人の前に置いた。皿には固そうなパン、器にはシリアルに似た粒状の食べ物がミルクに浸っていた。

「こんな物しか出せなくて悪いけど、我慢してね。アタシ、お風呂に入ってくるから。覗かないでよ? それじゃごゆっくり」

 そう言うと、グロリアは風呂場へと向かっていった。

 リョウマは食事に手をつける前に臭いを嗅ぎ、パンを念入りに調べた。毒が入っていないか確認するためだった。

「ちょっとウマ兄、お行儀悪い」

「んなこと言ったって仕方ないだろ。万が一ってこともあるし。第一、アイツ毒の調合だって出来るってんだろ?」

「そりゃ確かにそうだけど…」

「だったら尚更疑ってかからねーと。クアもまだ手をつけちゃ…」

 三人がクアの方を見ると、彼は既にパンを平らげ、ミルクとシリアルの入った器を飲み干すところだった。クアは器をテーブルに置くと、幸せそうな表情で言った。

「ぷはっ、ごちそうさまでした」

「…あの、クア、大丈夫だった? 食べてみて」

 心配そうに尋ねたアスカに、クアは真顔で答える。

「はい、とても美味しかったです」

「美味しかったって…」

「い、いただきましょうか」

 クアの毒味(?)を皮切りに、ヴァルたちも出された食事を食べ始めた。その後誰一人として、毒に倒れることはなかった。



 食事を終えた四人は、グロリアに連れられフレイの寝室に来ていた。日は既に落ち、暗闇にランプの明かりだけがうっすらと灯るその部屋で、フレイはベッドに横たわっている。

「それじゃ、ここからはアンタに任せていいのね、ヴァル?」

「はい。精一杯のことはやってみます。ですが、前にもお話した通り…」

「わかってるわよ。治るかどうかはわかんないんでしょ。百も承知よ。別に期待してる結果にならなくたって、怒りゃしないんだから」

 そう言いながらもグロリアは、苛立った口調だった。リョウマたちには、半ばやけになっているようにも見えた。

「わかりました。では、やらせていただきます…」

「あの、僕は何をしたらいいんですか?」

 不安そうなフレイは尋ねた。ヴァルは心配させまいと、優しく笑顔で答えた。

「フレイさんは何もする必要はありませんよ。気にしないで眠っていてください」

「はい、じゃあお言葉に甘えて…。おやすみなさい」

 フレイは言われるがままに、両目を閉じた。ヴァルはフレイの小さな手を握り、癒しの力を集中させた。彼女の角は光り出し、治療は始まったが、すぐに効果が現れることはなかった。

「さてと、俺たちまでここにいる必要はないよな。あまり大勢だと気が散るだろうし」

「あらそうなの。だったら客室がひとつ空いてるからそこでお休みなさいな。アタシも休ませてもらうわ。じゃあねフレイ。おやすみなさい」

 グロリアは伸びをして、部屋から出ていった。リョウマたちも、ヴァルに後を任せ、客室へと向かった。



 その後、夜も更け、静寂がより一層深まった頃。ヴァルとフレイのいる部屋に近づく影があった。鞭を片手に、忍び足で扉に近づこうとしている。扉に手をかけようとした、その時。

「何を、していらっしゃるんですか?」

 突然聞こえた声に、影は驚き辺りを見回し、自分の後ろからかけられた声だと理解した。

「あ、あら。ボクちゃんだったの。何でもないわよ。アンタこそ、何しに来たの?」

 鞭の持ち主はグロリアだった。そして、声の主はクアであった。クアはまっすぐグロリアの方を向いていたが、目は気まずそうに辺りをキョロキョロと泳がせていた。

「その、僕…。そう、お手洗いに行きたかったのです」

「そう。だったらこことは反対方向よ。早く行きなさい。漏れちゃうでしょ」

「……」

 クアは動こうとしなかった。グロリアには、咄嗟についた嘘であることは見抜かれていたようだ。

「やっぱりね。お手洗いに行きたいだなんて、嘘ね。さしずめ、アタシを監視するつもりだったんでしょ」

「いえ、僕は…」

「いいのよ、もう嘘なんかつかないで。ところで誰の差し金? お兄ちゃん? まさかアスカ? それとも、ヴァルが前もって言いつけてたってことも考えられるわね」

「ち、違います。僕がここに来たのは、自分の意思です。皆さんの命令なんかじゃありません」

 じわじわと尋問をしてくるグロリアに圧倒されそうになりながらも、クアは必死に否定した。その様子を見たグロリアは、威圧的になった自らを制した。

「ふぅん。これに関しては嘘は言ってないみたいね。まぁ、あのお兄ちゃんをはじめ、みんな人が良さそうだし、アンタにそんなことさせるわけないか」

「そうです。それで、何をしようとしてたんですか?そんな物を持って」

 クアはグロリアが後ろに隠した鞭を指した。

「ここでアタシが嘘ついても仕方ないし、ちゃんと話すわ。あの子、ヴァルをこっそり襲って縛って、依頼人の所に持って行こうと思ったのよ。言ってみれば、保険ってところかしら」

「保険…?」

「そう。もしもヴァルの力を持ってしてもフレイが助からなかったら、アタシに残された道はそれしかないんだから。…でもせっかく仲良くなったアスカには申し訳ないし、本気じゃなかったけど」

 グロリアは鞭を下に捨て、そっぽを向いた。その瞳は今まで誰も見たことのないような、悲しげなものだった。

「…きっと大丈夫ですよ。お姉様なら治していただけます」

「お姉様、ねえ。そういえばアンタとアスカたちの関係は聞いてなかったけど、一体何なの?」

「僕は出身がわからないので、皆さんと血縁はありません。ただ、ヴァルお姉様とは義理の姉弟のようなもので……」

 クアは口をつぐんだ。二人との関係を説明することが難しかったのだ。

「アスカとお兄ちゃんは?」

「お二人は…大切な方々です。リョウマさんは僕を弟のように気にかけてくださいますし、アスカさんは僕の才能を見抜いて、一緒に修行の世界に行っていただきました。そんな人たちだから、僕は力になりたいんです」

 グロリアは黙って聞いていたが、やがて感慨深そうに言った。

「なるほどねぇ。兄弟がいるって、そんな気持ちになるのかしらねぇ。アタシもフレイも兄弟いないし、よくわかんないわ」

 グロリアは鞭を拾うと、フレイではなく自分の部屋の方へと戻ろうとした。

「あの、どちらへ?」

「ベッドに戻るの。アンタの健気さを見てたら、気が完全に失せたわ。ボクももう心配いらないから、お部屋にお戻り」

「いえ、僕はお姉様のお手伝いがしたいので」

「あらそう。気持ちはありがたいけど、無理しないでよ」

「はい。…あの、夕食、美味しかったです。ありがとうございます」

 クアはぺこりと頭を下げた。グロリアは口元を緩めると、可笑しそうに笑いながら言った。

「ふふっ、どういたしまして。素直でいい子ねアンタ。フレイがもう少し大きくなったらこんな感じかしらね……」

 そこでグロリアはクアを見つめると、何かを考えている様子を見せた。

「どうかしましたか?」

「変なこと聞くけどボクちゃん、アタシと会ったことなかった?」

「いえ? あなたのようなおば…人と会ったことはないと思いますが」

「…何だか聞き捨てならない言葉が聞こえたような気がするけど。さっきのアタシの気持ち、返してくれる?」

「すみません」

「ふわぁ、もういいわ。じゃ、本当に寝るから。おやすみなさい」

「はい、おやすみなさい」

 グロリアは欠伸をひとつすると、廊下の暗闇に消えていった。

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