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ハンカチが繋ぐもの

 翌朝、リョウマは優しい声と揺さぶりで目を覚ます。

「お兄さんお兄さん、起きて。朝露、欲しいんでしょ?」

「…ん、ああ。もう朝か。わかった、今起きるから」

 ピアはリョウマを目覚めさせると、ヴァルとクア、そしてアスカを起こしに回った。支度を終えたリョウマが扉を開けて外へ出ると、ヴァルとクアが続けて出て来た。しかし、なぜかアスカだけは出て来なかった。

「あれ? アスカは?」

「まだです。ベッドに寝ていらっしゃったのは見えたのですが」

「どうしたのでしょう。そういえば昨夜、アスカさんが戻って来ないまま寝てしまいました。その間に何かあったのでは…」

 その時、出て来たのはピアだった。リョウマはアスカが出てこない理由を尋ねた。

「お姉さん、いくら起こしても起きなかったの。でも気持ち良さそうに寝息を立ててたから、大丈夫だと思ってそのままにしておいたんだ。それでもいい?」

「それなら安心だ。朝露もらうだけなら、俺たちだけでもいいしな」

「そうですね。きっとお疲れなのでしょうから。では、案内よろしいですか、ピアさん?」

「うん、ボクについて来て」

 アスカを除いた一行は、ピアの後をついて行った。


 集落から少し離れた、朝露が採れるという巨木の前まで案内された三人。巨大な枝に生い茂る葉からは、知識がなくともとてつもない生命力が感じられるようだった。

「ここで朝露が採れるよ。何か入れ物はある?」

「僕、持ってます。これでどうか」

 クアは荷物の中から、小瓶を取り出した。出発する際に、大臣に持たされたのであろう。

「ナイス、クア。俺たちそういうの何も持ってなかったもんな」

「じゃ、この辺りに来て」

 ピアは三人を指定する位置まで誘導した。そして、三人から距離を取ると、上を確認して言った。


「瓶の蓋を開けて。もうすぐ、落ちてくるから」

「落ちてくる? ってどういう…」


 言い終わる前に、三人の頭上に大きな水の塊が落ちてきた。巨大な葉に溜まった朝露は、それだけの量になっていた。リョウマとヴァルはなんとか持ちこたえたが、クアは耐えられず転んでいた。

「は、はは…。予想しとくんだったな。この大きさの木を見た時にな…」

「ええ…。心の準備はした方が良かったかもしれませんね。…大丈夫ですかクアさん」

 ヴァルの手を取り、クアは立ち上がった。

「…はい。なんとか。それに朝露、ちゃんと入ってます」

 クアの持つ瓶には、透き通った水が一杯に入っていた。これだけあれば充分過ぎるだろうと、一行はまっすぐ集落へと引き返した。


 帰ると、ピアは魔法で火を起こした。濡れた身体と服を乾かす間、三人はアスカの目覚めを待ち、ピアはお土産を用意する、と言うとどこかへ姿をくらましたのだった。

「いい妖精たちだよな。ちょっと気を遣うところはあるけどさ」

「ええ。争いさえ起こさなければ、何も問題はありませんから」

「そうだな。アスカが起きたら、早いとこ出よう。またアイツと顔を合わせないうちに…」

 話していると、扉が開いた。だが、アスカの寝ている部屋ではなく、グロリアの部屋の扉だった。

 グロリアはつかつかと、三人の元までやって来ると開口一番、朗らかに言った。


「おはよー皆さぁん。まあ色々とあったけど、そういうことだから、よろしくねん?」


 最後にウィンクを決めたグロリアだったが、訳のわからない三人はきょとんとした。グロリアは場の様子のおかしさに戸惑いを見せる。

『あれ…? なんだかおかしいわね。何も聞いてないのかしら。そういえばあの子、いないじゃない…』

 その時、アスカが部屋から出てきた。よほど慌てていたのか袖が片方通っておらず、寝癖もそのままだった。

「ごめん、寝坊したわ。グロリアはまだ…」

 言いながらアスカは、当人を見た。グロリアはアスカに詰め寄ると、顔を合わせてひそひそと話を始めた。

「ちょっとちょっと、まさかまだ言ってないの? 困るわよ。アタシ、赤っ恥かいちゃったじゃない!」

「本ッ当ごめんなさい。だって昨日は明け方まで話してたもんだから。…ところであの、赤っ恥っていうのは?」

「みんなの前でよろしくね、って言っちゃったのよ。どうしてくれるの?」

「…申し訳ない。でも大丈夫。今からでも遅くない。あたしからちゃんと説明するから」

「頼むわよ。あの約束、なしにだってできるんだからね」

「お、おい。どうしたんだよお前ら。いつの間にそんな…」

 リョウマたちにしてみれば、突然親しげに話し出した二人に驚くのは無理もなかった。アスカはリョウマたちに向き直ると、昨夜の出来事を話し始めた。グロリアの目的、病気の子供がいるということ、そして薬を生成する調粉士という肩書きを持っていることも、全て。

「なるほど、昨日帰って来なかったのはそんなわけか」


「そゆこと。で、ここからが本題なんだけど。……グロリアをあたしたちの仲間にしたいと思っているの」


 これにはその場にいた、アスカとグロリアを除く全員が驚きを隠せなかった。

「な、仲間に!? コイツを? 一体どういう理由で…」

 その時、リョウマの声を聞いて様子を見に来たのか、ピアが顔を覗かせた。

「お兄ちゃんたち、どうかしたの? まさか本当に喧嘩?」

「そうじゃないのよピアちゃん。お姉さんたち、とっても大事な話し合いをしてるの。一言で言うなら、『契約』っていうやつかな」

「けーやく? お約束ってこと?」

「そそ、お利口さんね。だから何も心配ないの。向こうに行ってなさい」

「うん、わかった」

 ピアは再び、どこかへと消えた。

「これでいいわね。続けて頂戴」

 グロリアは椅子に腰掛けると、化粧を始めた。アスカはそれには意に介さず、言われた通りに説明を続けた。

「そう、仲間にしたいというのはね、この人が調粉士っていう、薬を作る人だからなのよ。覚えてる? ヴァルのお父様から言われたこと」

「ええと、確か『天下に散らばりし品々を集め、秘薬を作れ。さすれば一角獣の呪い解け、滅亡の危機は去るであろう』との言い伝えがあるとおっしゃっていましたね」

 ヴァルは伝承の一言一句を記憶していた。

「そうよね。それが今のあたしたちの旅の目的だもん。で、色々なところ巡って、行き先を占ってもらってここに来て、薬を作れる人と出会った。すごく運命的なものを感じない? あたしはピンときたの。きっと偶然なんかじゃないって思うのよ」

 アスカの説明が終わると、しばらく沈黙が流れた。リョウマはすぐに納得ができず、反発するのだった。

「確かに偶然で済ませられる話じゃないかもな。だけど、わざわざコイツを仲間にすることなくないか? 他にも薬を作れる人はいるだろうし…」

「あらぁ。アタシこれでも薬を作ることに関してはけっこうな力量があるのよ。少なくともそこらの同業者よりはやれると思うけど?」

「…だとしてもなぁ。ともかく、あんたは信用ならない。この中で最年長者の俺が反対だって言ってるんだから…」

「横槍申し訳ないけどウマ兄、その理屈で言うなら、ここの最年長者はヴァルよ。彼女の意見を聞きましょうよ」

 一斉に向けられる視線に、ヴァルはたじろいだ。何を優先して考えるべきか、彼女は迷っていた。

「その…私は…」

「自分の考えを優先していいのよ。あなたが嫌だって言ったら、あたしもこの件は潔く諦めると約束するから」

 アスカの後押しを受けてしばらく考えた後、ヴァルは決断をした。

「私は、アスカさんの言う通り、巡り合わせを信じたいと思います。この機会を逃してはいけないと思いましたので。それに、今まで敵対していた人が味方になっていただけるのなら、この先の不安や苦労も軽減されるのではないかと思ったこともありまして…。ですから、グロリアさんを仲間に加えたいと思います」

 ヴァルの出した結論を、リョウマは腕組みをして聞いていた。やがて、覚悟を決めたかのように顔を上げ、自身の決断を述べる。

「よしわかった。お前がそう言うなら従おう。だけどひとつ条件をつける。もし俺たちに危害を加えるようなことがあれば、容赦はしない。すぐにでもあんたとはおさらばだ。それでいいか、みんな?」

「了解よ。あたしもそのつもりでいたから」

「私も承知しました」

 クアは何も言わず、コクコクと頷いた。全員の了承を得たグロリアは、化粧を止めるとリョウマたちに向き直って言った。

「どうやら気持ちは固まったようね。じゃあアタシからも条件を出すわ。それも二つね」

「条件だって?」

「そうよ。昨日アンタには一つ話したわよね? 人に動いてもらいたいなら、それなりの物が必要って」

 視線を移されたアスカは、答えを用意していたかのように、即座に答えた。

「いいわよ。もう決まってるから。コレ、あなたにあげる」

 アスカがグロリアに差し出したのは―――昨夜返された、自分のハンカチだった。

「お前…いいのかよ。それ大事な母さんの物だろ?」

「いいのよ。コレと引き換えに世界が救われるなら安いものだし。それに、母さんもこうするべきって言ってくれるような気がするの」

 グロリアはアスカからハンカチを受け取り、しばし眺めると荷物へとしまいこんだ。

「ふぅん、これがアンタの答えってことね。いいわ、悪くない。じゃあこれでひとつ目の条件はクリアね。それじゃ次だけど…」

「図々しいとは思わないのか。こっちが条件出したからって二つも…」

 嫌悪感をにじませながら言うリョウマに、グロリアは少しも悪びれる様子なく言い放つ。

「当然じゃない? アンタ方にアタシの時間と労力を提供することになるのよ。これくらいの見返りは必要でしょ」

 グロリアは気を取り直し、条件の二つ目を説明し出した。

「それじゃ二つ目。次の目的地を、アタシの故郷の世界にしてくれること。アタシの息子を治してくれるのよね?」

「そうだった。ヴァル、ちゃんと説明せず、突然で本当に申し訳ないんだけど、彼女の息子さんをあなたの力で治癒してもらうこと、できる?」

「はい、できる限りのことはしてみますが…。上手くいく保証はありませんよ?」

 グロリアは少し考えたが、ヴァルに視線を移すと、仕方ないとばかりに答えた。

「まぁいいわ。こっちも藁にもすがる思いなんだから。もし効果がないようなら、そこでアンタたちとはおしまい、ってことね」

 再びその場に沈黙が流れた。グロリアは強引に静寂を破り、声高に宣言した。

「さぁ、ひとまずは交渉成立ってことで。改めてよろしくね、お兄ちゃん、ボク?」

 自分たちのことを指していると理解したリョウマとクアは顔を見合わせた。

「お、お兄ちゃん? まさか俺のことか?」

「ボクって、僕のことですか?」

「そうよ。他に誰がいるの?」

「あんたにお兄ちゃんなんて呼ばれる筋合いはないんだが?」

「あの、僕クアと言いますが…」

 二人の言葉も全く気にする様子を見せず、グロリアは面倒くさそうに言った。

「いいじゃないのさ。名前覚えるの大変なんだから。それに、アタシなりの親しみを込めてるのよ?」

 リョウマもクアも、何も言い返す気にならなかった。グロリアは了承したと受け取ったのか、アスカとヴァルにも声をかけた。


「二人もよろしくね、アスカ、ヴァル」


「おいおいおい。話が違わないか」

 女性陣を名前で呼ぶグロリアに、リョウマはすかさずツッコミを入れる。

「二人は特別だもん。アスカはもうお友達だし、ヴァルは息子を治療してくれるかもしれない、言わば恩人でしょ?」

「恩人を呼び捨てかよ…。はぁ、もういいや」

 リョウマはそれ以上、反論する気になれなかった。



 グロリアを仲間に引き入れ、五人になった一行は荷物をまとめ、旅立つ支度をしていた。

 ピアはお土産と言い、たくさんの菓子を持たせてきた。果物や木の実をふんだんに使った、タルトのような物だった。

「ありがとうねピアちゃん。でも、せっかくの好意なのにごめんね。こんなに食べきれないわ。それに、これから行くところには、持っていかない方がいいかも」

「そうなの? 残念だなぁ。じゃあひとつずつでもいいから持ってって。はいっ」

 全員にひとつずつ、タルトを配ったピアは、ニコニコと微笑んだ。純粋な笑顔に元気づけられた一行は、妖精たちに感謝と別れを告げて集落を後にするのだった。



 同じ頃、とある場所にて。一行を監視する死神と、未だ正体のわからない大きな男の影があった。死神の方は、報告をするために急いで駆けつけたと思われた。

「…報告。蝶の女、一角獣の仲間に加わった…」

「…何? まさか裏切りか? それに貴様、なぜ阻止しなかった? なぜのこのこ帰ってきた?」

 男は何か強大な力で、死神を吹き飛ばした。死神は壁に叩きつけられ、ヨロヨロと立ち上がると、影に説明を始めた。

「女、まだ我々の秘密を話してはいない。ゆえに心配はいらないと判断した。だが、おかしな動きを見せればその時はすぐに処理する」

「…良かろう。頼むぞ。我らの目的、知られるわけにはいかぬ。奴らから目を離すな」

「御意」

 死神は、一瞬で姿を消した。



 その頃集落を離れ、グロリアの故郷を目指す一行。会話もなく、歩き続けていたが、唐突にグロリアが口を開く。

「あ、そうそう。お兄ちゃん」

「…何か? どうにも慣れないな、その呼び名」

「昨日のこと、ごめんなさいね」

「え?」

 突然謝られたリョウマは、何のことかと戸惑った。

「ほら、お友達の女の子のこと。馬鹿なお嬢ちゃんって言っちゃったでしょ。知らなかったとはいえ悪かったなって思って」

「あ、ああ。アレか。もういいよ。でも何で今になって」

「これからしばらくは一緒になるかもでしょ? わだかまりは解消しといた方がいいと思ったからよ」

 四人は物珍しそうにグロリアを見ていた。その視線に気づいたグロリアは、気に障ったのかヒステリー気味に言った。

「な、何よ。アタシが謝るのがそんなにおかしい? 言っとくけど、アンタたちに襲いかかったのは謝らないからね。あの時はアタシにも事情があったんだからね!」

 それだけ言うと、一人でどんどんと先へ行ってしまった。

「…よくわかんないな、アイツ」

「そうかもね。でも、けっこう律儀なところもあるんじゃない? わざわざ謝るなんて」

「まぁ、昨日の一件だけだけどな。こちとら命奪われかけてるんだ。なかなか割りきれるもんじゃない」

 アスカはそこで、急に申し訳なさそうに話し始めた。

「今さらだけどごめんね、みんな。あたしの独断で話を進めて。ヴァルも、あなたの了解を得ずに病気を治せるかもって言っちゃったから…」

「いえ、いいんです。私は全く構いません。それに見ず知らずのお子さんを助けようとするなんて、素晴らしいことじゃないですか」

 ヴァルの裏表ない言葉に、アスカはいくらか気持ちが楽になったらしい。リョウマもクアも、アスカを責めることはしなかった。

「もういいよ。お前のそういうところ、昔からだったもんな」

「僕も気にしていません。きっといい人ですよ、あの人」

「…ありがとう、みんな」

 アスカは照れくさそうに呟いた。

 その後、先に行っていたグロリアが声を上げた。

「早くー、こっちよこっち」

 彼女の側には、次元の穴が開いていた。

「この先が、アタシの故郷『メディミカル』よ。実はこのレストリアのお隣だったの。さ、行きましょ…と、その前にしなきゃいけないことがあるわね」

 グロリアは荷物から瓶を取り出すと、中身の粉を出し翅の羽ばたきで風を起こした。四人は粉をもろに被った。

「お、おい、何だコレ!?」

「げほっ、ごほっ、思いっきり吸ってしまいましたよ…」

「大丈夫よ。毒な物じゃないし。むしろこの先、必要になっていくから。じゃ、今度こそ行きましょうね」

「本当かよ…」

 半信半疑のまま、リョウマは次元の穴をくぐった。

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