暴悪再び
何者かの悲鳴を聞き、広場へと戻って来た四人が見たものは、目を疑うような光景だった。
人々は襲撃されていた。いくつも立っていたテントは大半が壊され、火が燻っているものもある。逃げ惑う人々の中には怪我をし、倒れる者もいた。
「なんだこりゃ…」
「酷いわね…」
「一体、誰がこんな…むごいことを」
「なんだか、怖いです…」
全員が、言葉を失いかけるほど、凄惨な現場だった。
しかしすぐに、この惨状の元凶を知ることとなる。
「…っ! あいつらは…」
リョウマの視線の先には、忘れようにも忘れられない姿があった。
恐竜のような大きな頭部、大顎から生える太い牙、そして鎧と剣で武装された屈強な身体。そこにいたのはまだ記憶に新しい、チョウガ族の兵士たちその物だった。
更にそれ以外に、怪物カオスの姿も見えた。蛇と熊の腕を振り回し、人々を恐怖に陥れていた。
「何だってカオスまでこんなところにいるの?争い合ってる様子はないし…」
チョウガ族たちは四人には気づいていない様子で、そこら中を破壊し続けていた。その中から、またしても忘れることのできない笑い声が聞こえた。
「きははは、いいぞ、もっとだ。気の済むまで壊せ壊せ…あん?」
チョウガ族の長、ラガトだった。部下たちに指示を出している。その最中、四人の姿に気づくと、まるで人混みから知り合いを見つけたかのように、平然とゆっくり近づいてきた。リョウマたちは身構えた。
「おやおやこれはこれは、あそこで会って以来だなぁ。餌の諸君?」
ラガトは朗らかな口調で話しかけてきたが、敵意を隠そうともしなかった。
「餌だと…? 俺たちが?」
「ああそうとも。ウチに足を踏み入れた奴ん中でも、生きて帰れたのはお前らが初めてかもな。ダメじゃないか。餌が逃げ出したんじゃよぉ」
グッと拳を握りしめるリョウマ。それに気づいたアスカは警鐘を鳴らす。
「ウマ兄、こらえて。キレたら、奴等の思う壺よ」
「…ああ、わかってる」
二人のやり取りを見ていたラガトは、面白くなさそうに吐き捨てた。
「けっ。つまんねえの。もっといい反応を期待してたんだが。まぁいい、あん時の借り、ここで返させてもらおうじゃねぇの」
ラガトが手で合図をすると、チョウガ族の兵士たちはぞろぞろと集まって来た。数は、百人以上はいるように思われた。
「お前ら、俺は別んところで楽しませてもらうからよぉ、戻って来た時にコイツら、骨にしとけや」
「マカセロ、オヤカタ」
「エサ、イタダク」
ラガトが姿を眩まし、チョウガ族たちは四人を囲んだ。リョウマたちは背中合わせになり、どこからでも対処できるようにした。
「くそっ、こんなところであいつに出くわすなんてな…。みんな、気をつけろよ」
リョウマは籠手を着け、剣を構えた。
「言われなくてもわかってる。クア、あたしたちから離れちゃダメよ?」
「は、はい。わかりました」
クアは、アスカの後ろにピッタリとくっついた。初めて見るのであろう、チョウガ族とカオスたちを珍しげに見渡していた。
「必ず、生きて前へと進みましょう!」
ヴァルのかけ声を皮切りに、襲いかかるチョウガ族たちとの戦闘が開始された。
先日の街での住人たちとの戦いでコツを掴んだのか、ヴァル、リョウマ、アスカの動きは以前よりも上達しており、戦い慣れしているはずのチョウガ族たちを何人か地に伏せることができた。しかし多勢に無勢。すぐに圧倒され、後退を余儀なくされてしまった。
「こんだけ多いと流石に不利か…。何かいい手は…!?」
その時、アスカの側にいたクアの背後から、チョウガ族が迫っていた。一瞬早く、それに気づいたリョウマは叫んだ。
「クア後ろ!! 危な…」
兄の叫びにいち早く反応したアスカは、クアの手を取ると勢いよく引き寄せ、分身を生み出すと、兵士にけしかけたが、予想外の事が起きた。
普段アスカが扱う分身よりも、遥かに巨大なものが飛び出した。猛禽類などではない、怪鳥とも言うべき大きさだった。巨大な分身は襲ってきた兵士のみならず、その周囲の兵士をも巻き込んでいった。
「アスカ、それいつの間に…? お前も新しい力身に付けてきたのか?」
「あたしだって知らないわ。今回修行を積んできたのはクアだけよ。一体どうしてこんな…。ってか、おしゃべりしてる場合じゃないでしょ!」
チョウガ族は臆することなく、再び向かってきた。リョウマは戦う術のないクアの腕を掴み、自分の後ろへ回らせた。
「今度は俺から離れないようにするんだ。いいか?」
「は、はい」
そうして、向かってくるチョウガ族に向けて剣を構えた時、またしても予想外の出来事が起こる。リョウマの持つ炎雷の剣から、凄まじい雷撃がほとばしった。こちらもまた、以前やった時の比にならないほどの威力であり、兵士たちを吹き飛ばし、地面に大きな焼け焦げを作るほどだった。
「ウマ兄、あんたもそんな力隠してたの…?」
「違う違う。俺だって何がなんだか…」
その様子をずっと見ていたヴァルは、ひとつの仮説を思いついていた。
「あの、もしかしてクアさんのおかげなのではないでしょうか?」
「クアの? どういうこと?」
「先ほど、お二人が別々にクアさんの手を取った時から、あの凄い力が発揮されたように見えたんです。ひょっとしたらクアさんの身に付けた力というのは、『他人の能力を増幅させる力』なのかなと…」
そう話している間に、敵は四人を囲んでいた。ヴァルの話を聞いたアスカは、クアの手をヴァルに取らせた。
「いい考えだと思うわ、ヴァル。試してみましょう。そこでクアの手、ちゃんと握っていてね。さぁ、一仕事やるわよ、ウマ兄!」
「お、おう」
リョウマとアスカが戦いを始め、ヴァルは言われた通りその後ろでクアの手を握っていた。そしてすぐに、違和感を覚える。
「…!? なんでしょう、私の角が、熱いような…」
目には見えなかったが、ヴァルの癒しの力は確かに増幅されていた。少し離れて戦う二人は、それを感じとっていた。
「何だ? いくら動いても、全然疲れないぞ。むしろ、だんだん元気になっていくような?」
「思った通り。ヴァルの癒しが広範囲に届くようになってるんだわ。あたしもいくらでもこの子たちを作り出せそう!」
アスカは分身の群れを作り出し、兵士たちを一掃させた。リョウマも目の前にいた敵は全て退けられたが、チョウガ族はまだ殲滅には至らなかった。
「よし、これならいける。クア、俺にもう一度力を…」
「ダメよ。あたしの方もまだ終わってないんだから…」
「でも、皆さんの無事が第一です。安全に傷を癒しつつ戦った方が…」
「あ、あの、僕はどうしたら…」
自分の手を掴んでくる三人に、困惑したクアはおずおずと尋ねた。
「ああ悪い悪い、クアは一人しかいないもんな。じゃあどうするか…」
その時、別の場所へ行っていたラガトが戻って来た。薄ら笑いを浮かべて歩いて来たが、状況を見ると表情を変えた。
「お前ら、骨にしとけと言ったはずだが? こんな雑魚ども相手に何やってやがる…」
リョウマは素早くクアの手を取ると、ラガト目掛けて剣を振るった。先刻と同じ、もしくは更に強い雷撃がラガトのすぐ側を駆け抜け、ラガトの肌を少し焦げつかせた。
「雑魚かどうかは、これでわかるんじゃないのか? ラガトさんよ」
「てめえ…また舐めた真似を」
背中の大剣に手をかけようとしたラガトだったが、遠くに目をやると動きを止めた。リョウマたちもつられてその方角を見ると、見覚えのある鎧兜の兵士たちがこちらに向かってくるのが見えた。
「もう来やがったのか、あいつら」
「あれって…どこかで見たような」
「お父様の兵士さんたちですよ! でもなぜこのようなところに…?」
幻の世界の兵士たちは、あちこちで破壊を繰り返すチョウガ族たちを数人で取り囲み、槍や剣で攻撃し、追い払っていた。やがて、隊長と思われる兵士が大声を張り上げた。
「チョウガの一族よ、我々は幻の世界を統べる、偉大なる皇帝陛下直属の騎士団である。これ以上の暴挙は断じて許すわけにはいかない。だが、我らが陛下は寛大なお方。大人しく今すぐに去るのであれば、危害は加えないようにと仰せつかっている。返答を聞こう!」
騎士団の説得に、ラガトは考え込む様子を見せたが、口元をにやつかせると、ひとり呟いた。
「チッ、もう少し楽しみたかったんだがな。まぁいい、ここらが潮時ってか。お楽しみは長く続いた方がいいしな…」
ちらりと四人を見たラガトは、ずいぶん数の減った部下たちを引き連れ、いずこかへ消えていった。カオスたちも地面へと潜り、嵐が去ったかのような光景が広がった。
「ふぅ、なんとか切り抜けたか…。まさかチョウガの奴らとこんなに早く鉢合わせするなんて思わないよな」
「そうね。それに、カオスの奴らもあいつらの指示に従ってる様子だった。もしかしてだけど、各地に現れるカオスもあいつらの仕業なのかも」
沈黙して考える三人だったが、クアはひとり、自らの手を見ていた。
「クア、どうかした?」
「いえ、僕にこんな力があったなんてと思って。こんな経験、初めてです…」
クアは今まで見せたことのないような笑顔を見せた。リョウマはクアの肩を叩き、労った。
「本当、助かったぜ。今回の功労賞は、クアだな。ありがとな」
「うん、あたしも同感よ。ありがとうね」
「これからも一緒に頑張りましょうね、クアさん?」
クアは顔を赤らめ、頷いた。
「はい、よろしくお願いします…」
そこへ、騎士団の隊長が小走りでやって来た。
「ヴァル様、お付きの皆様、お怪我はありませんか? あなた方がここにいることは存じ上げておらず、お姿を見た時には大変心配いたしました」
「はい、大丈夫ですよ。ご苦労様です。お父様にもそのようにお伝えください」
「ははっ、では、これにて失礼いたします」
隊長は元来た道を戻っていった。
それと入れ違いに、エクスが四人の元へやってくる。
「お前たち、無事だったか」
「エクス、どこにいたの?心配したのよ」
「すまん。私も別の場所で敵と戦いながら、お前たちを探していた。事態が収束に向かっていた頃、故郷の兵士たちが見えたのでな。私とヴァルが一緒にいることが知れたらまずいと思ったのだ」
エクスは隊長が戻った方向を注意深く見た。隊長だけでなく、騎士団の姿は影も形も無くなっていた。
「どうやらもう隠れる必要はなさそうだ。皆、私とこの世界の人たちの手伝いをしてくれるか?テントを建て直さなくては」
エクスに言われた通りに、四人は復興の手伝いを始めた。
「いやー、酷い目に会ったな」
「あのチョウガ族とかいう奴ら、初めて見たぜ。あの怪物も。何でここに出たのかねぇ」
「さあな。だけど、あの騎士団のおかげで命拾いしたな。幻の世界の皇帝陛下、さぞかし民に慕われる方なんだろう」
テントを建て直すリョウマたちの耳に入ってきた人々の言葉。騎士団がやって来てから敵は撤退したため、そう思われるのも仕方ないことだった。
「なんかなぁ。デカい被害はなくて良かったと思うけど、完全に騎士団の手柄だよな…」
確実に、リョウマたちが倒した敵の数の方が多かった。
「まぁ、納得いかないのはわかるけど。別に英雄づらしたいわけじゃないし」
そう言うアスカだったが、言葉の後で大きくため息をついた。
そこに、占い師デトワールがふらりと現れる。
「お主ら、すまないな。私はどうにも力仕事は苦手でな」
「デトワールさん。ご無事だったのですね」
「うむ。お主も、あれをちゃんと伝えてくれたらしいな。あの男を見ればわかる」
デトワールはリョウマに視線を移して言った。ヴァルは少し照れくさそうに頷いた。
「さて、そろそろ再開できるだろう。ちょうど夜が明ける。お主たちの未来、見てやることも出来よう」
建て直したばかりのテントに入ったデトワールは、占い道具の準備を始めた。
「…ふむ、以上が見えたことの全てだ。ここに記しておこう」
デトワールは葉書ほどの大きさの紙に、行くべき場所や探す物を書いた。
「では、これで終了とする。代金のことだが…」
四人は一瞬気分が落ち込んだ。稀代の才を持つというデトワール。その占いとなれば相応の金額となることは、容易に想像できた。
「本来なら十万ゼルはするところだが、今回は特別だ。無料とはいかないが…、千ゼルで良い」
「えっ、どどうして…。いや確かに、十万だなんて払えませんけど…」
拍子抜けし、しどろもどろに尋ねたリョウマを見たデトワールは、急に顔を伏せると身体を震わせ始めた。
「ふっ、ふふふっ」
珍しく、デトワールは笑っていた。
「…デトワールさん?」
「すまない、お主がそんなきょとんとした顔をするものでな。なに、ほんの礼だよ。広場の復興ももちろんのこと、あの連中を退けてくれたのも、ほとんどお主らであるからな」
「ご存知なんですか? 私たちが戦っていたことを」
「稀代の占い師と呼ばれる身、真実を見抜く目がなくては仕事にならん。見くびってもらっては困るぞ?」
デトワールは、ベールから覗く片眼をヴァルに向けた。
デトワールに代金を支払い、テントから出た四人は次の目的地に行く準備をしていた。
「なんか不思議な人だったけど、悪い人じゃなさそうだな」
「ええ。お代負けてくれたんだからそうでしょうよ」
そこに、エクスも合流する。
「もう終わったらしいな。行くべき世界はわかったのか?」
「はい。次に行くのは、森林の世界『レストリア』ですね」
「あそこか。確か我々は一度行ったことがあったな」
森林の世界は、リョウマとヴァル、アスカとエクスが初めて揃った場所でもあった。
「そうでした。あの、お兄様は一緒に行かないのですよね?」
「残念だが、その通りだ。まだ私にはすべきことがある。縁があれば、また会うこともあろう。…では、皆達者でな」
エクスは一礼をして踵を返すと、どこかへと歩いていった。
「エクス、あなたも元気で…」
「言ってきたらいいんじゃないの…ぐはっ」
後ろ姿に呟くアスカにリョウマは声をかけたが、代わりに彼女の肘打ちが飛んできた。
「いいのよ。それより早く行きましょうよ」
「はいはい。行こうぜ。ヴァル、道案内できるか?」
「はい、お任せくださいっ」
四人は、レストリアへと向かい始めた。