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悲しみを堪えて

 リョウマたちの故郷の世界、ケオーズ。異世界から一度帰還した三人は自宅でテーブルを囲み、誰一人言葉を発することなく重苦しい空気が漂っていた。

 一行が帰還してから、三日が経とうとしていた。その間も、会話に花を咲かせることもなく、気分は落ち込んだままであった。全ての原因は、三日前のことである。

「お父さん、眠ってるようだったわね」

「…だな。未だに信じられねえよ。夢見てるみたいだ」

 父の訃報。それがアスカのスマートフォンにもたらされた一通の知らせだった。親戚の叔母(父の妹)から伝えられたところによると、リョウマとヴァルが旅立ったその日に交通事故に巻き込まれた、ということであった。轢き逃げに近い形で、その犯人は未だ発見されていないという。

 リョウマたちには犯人を憎む気持ちもあったが、大事な人を失った悲しみの方が強く、何をするにも気力が湧かない状態だった。直前に、ミーアという大切な仲間を失っていたことも要因のひとつになっていた。

「あ、あの、本当に何と言えばよろしいのか…。私のために同行していただいて、危険な目にも会わせてしまい、このようなことになってしまい…。申し訳ありません…」

 堪えきれずに謝罪の言葉を発したヴァルだが、二人には彼女に対する怒りなど微塵もなかった。むしろ、そんな気持ちが芽生える余裕がなかった。

「気にしないでよ。あたしたち、そんなこと思ってない。それに、二人があっちの世界に行くことになったのはもともとあたしのせいなんだし」

「そうだよ。お前は何の罪もない。それよりも、俺…」

 その時、家のインターホンの音が鳴り、リョウマの言葉は途切れた。玄関に行き扉を開けると、父の訃報を知らせた叔母がいた。まだ慣れていない二人に代わり、通夜や葬式の手配をしたのも彼女だった。

 叔母を家の中に通し、席に着かせると、彼女は精一杯の笑顔で話を切り出した。叔母も深い悲しみの中にあるということは、リョウマもアスカも理解していた。

「さて、リョウマちゃんもアスカちゃんも、お疲れ様ね。忙しいのに、出席してくれてありがとうね」

 叔母はお疲れ様、忙しいのにと言ったが、リョウマたちが異世界へ行っていたなどもちろん知る由もない。二人は学校のことを言っているのだと思い、嘘偽りなく答えた。

「いえ、いいんです。こちらこそ、ありがとうございます。色々済ませていただいて」

「いいのよ、気にしなくて。私も兄さん…お父さんの親族なんだし。…ところで、お通夜の時から気になっていたんだけどそちらの方は?」

 叔母はヴァルの方を手で差した。通夜も葬式も、急なことだったために、ヴァルのことを説明している余裕はなかったのだ。

 二人が説明を始める前に、ヴァル自らが説明を始めた。

「すみません。ご紹介が遅れました。私、理由がありましてお二人の元でお世話になっております、ヴァ…こほん。馬瑠(ばる)と申します」

「そ、そうです。彼女、事故に巻き込まれてお家やご家族のことを覚えていないらしくて。家事とかを手伝ってもらう代わりに、うちに置いてるんです」

 アスカも助け船を出し、叔母は一応の納得をしたようだった。

「そうなの。馬瑠ちゃんね。関係ないって言ったらなんだけど、それでも式に出てくれてありがとうね。あなたも、二人に会えて良かったわね。とっても優しい人たちでしょう?」

「ええ。本当に…。お世話になってばかりです…あはは」

 自分の素性を怪しまれないかと内心ヒヤリとしていたヴァルは、気の抜けた笑いをしながら答えた。

「二人も偉いわねぇ。困ってる人を住まわせてお世話してるなんて。…おっと、お話ばかりで時間が過ぎちゃうわね。要件だけお伝えして帰るわね」

 叔母は我に返ると、今後のことについて話をした。何か悩み事、困り事があれば頼って欲しい。できる限り力になるといったことだった。了承したリョウマたちは、叔母を見送り、気分転換にと外に出ることにした。


 徐々に日は沈み、闇が広がりつつある空。リョウマたち三人は高台に上がり、柵に寄りかかり街を見渡していた。

 沈黙が流れたが、リョウマが最初に口を開く。

「親父、本当にいないんだよな…」

 誰に言うまでもなく出た言葉だった。アスカとヴァルの耳には届いていたが、二人とも返事はなかった。

「ネットの掲示板、見た? みんな好き放題書き込んでる。犯人探ししようだの、日本終わっただの、同じこと起こしてやろうだの。…人間って愚かってつくづく思うわ」

「全くだ。俺たち、そんなこと望んじゃいないのにな。勝手なもんだ。…なあ、覚えてるか、ヴァル? 俺たちが異世界に行く少し前、俺が親父に言ったこと」

 あの日、あの時、アスカの失踪で苛立っていたリョウマは、父からの電話に思わず心ない言葉をかけてしまったのだった。

「はい、覚えてます。その、ちょっと酷いことを言ってしまわれましたね…」

「そうだな、事情が事情だったとはいえ、あれはいけなかったと思う。で、こっからは考え過ぎかもしれないけど、親父、それで気が逸れて事故に巻き込まれたんじゃないかってさ…」

 リョウマの意見を、二人はすぐに否定した。

「そんな、リョウマさんのせいではありませんよ。本当に考え過ぎです」

「そうよ。自分を責めちゃ駄目よ。それに、あたしが勝手にいなくなったのがそもそもの原因だし…」

 二人が自分を庇ってくれたことで、リョウマはいくらか気分が楽になった。そして、抱えていた父への思いを吐露し始めたのだ。

「俺さ、もちろん親父には感謝してるんだ。男手ひとつで育ててくれて、大変だったと思うよ。でも、父親しかいないことで苦労もあったし、なんでこんな家に生まれたんだって思うことも、あったわけよ。今思うと、罰当たりかな、なんて…」

 その話を聞くと、ヴァルは珍しくリョウマを咎めた。

「リョウマさん、それはあんまりです。立派に育てていただいた実のお父様なのに…。ですよね、アスカさん」

 しかし、アスカはヴァルの意見には賛同しなかった。

「ごめんなさいヴァル。正直言うと、あたしもそう思ったことあったの」

「えっ…」

 ヴァルは絶句した。これまでに兄妹の話を聞いて信じられない、と思うようなことはなかったのだ。

「もちろん感謝はしてる。そこは安心して。でも、だいたいの人間は一度はそう思うことがあると思うわ。反抗期って、誰しもあるものだからね」

 やや混乱した様子で、何も言い返せないヴァル。リョウマとアスカは彼女を放置して会話を続ける。

「お前もそう思う時期があったんだな。少しホッとしたよ」

「当然でしょ。兄妹なんだから。…あたしちょっと、お手洗いに行ってくる」

 アスカは、リョウマとヴァルを残してその場を離れた。

 残された二人は気まずい空気の中、またしばらく沈黙を続けていたが、今度はヴァルが先に話を切り出した。

「難しいですね、人の心というものは」

「…そうかもな。俺だって、他人の考えてる事はわかんないし、それができたらもう超能力者だろな」

「はい。それに私は、純粋な人間ではありませんから…」

 そう言いつつ、ヴァルは自分の角に触れた。

「でも獣混人だろ? 人である事には変わらないんじゃないか?」

「そうかもしれません。私にもわかりませんね」

 ヴァルは困ったような表情のまま、笑顔を見せた。

 その顔を見たリョウマは、衝動的にある感情が芽生えた。

「なあヴァル、ちょっといいか?」

「はい、何でしょう?」

「ちょっとそのまま、じっとしててくれ…」

 リョウマは、ヴァルの首元にそっと腕を回し、身体を抱き寄せた。

「りょ、リョウマさん!?」

「悪い、しばらくこのままの状態でいさせてくれないか。嫌なら止めるから」

「…私は構いませんが、アスカさんが見たら大変ですよ…?」

 ちょうどその時、アスカは戻って来た。しっかりと、抱き合う二人を見つめている。

「リョウマさん、離れてください! あの、アスカさん、これはその…」

 困惑するヴァルだったが、アスカの答えは意外なものだった。

「そうね。ヴァル、もし良かったらでいいんだけど、次はあたしにもさせてくれない?」

「えっ…?は、はい、構いませんよ…」

「ありがとう。ウマ兄、次あたしね。気が晴れたら代わって…」

 リョウマは、黙って頷いた。数分後、同じようにアスカはヴァルを抱き寄せていた。

「ううっ、お父さん…。ミーアも…。もっとお話したかったのに…」

 泣きながら想いを吐き出すアスカ。リョウマは座り込み、顔をうずめている。抱きしめられているヴァルは、心の中でひとり呟いた。

『本当に、人の心というものは難しいです…』



 その後、帰宅して寝床に就いた三人。ヴァルが目を覚ましリビングへ来ると、リョウマとアスカは既に起きており、更に身支度を済ませていた。

「おはようございます。お二人とも、どこかへお出かけですか?」

 思った通りに尋ねたヴァルだったが、二人は何を言っているんだと言わんばかりの反応をした。

「寝ぼけてるのかヴァル? また行くに決まってんだろ、異世界に」

「そうよ。あなたも早く準備しなさい」

 ヴァルは驚いた。今の二人に、そんな余裕があるとは思えなかったのである。

「ほ、本当に行くのですか? せめてもう少し、心と身体を休めてからでも…」

「いいんだ。身体はもう十分休めた。気持ちの整理はまだついてないかもだけど、何かしないと気が紛れないからな」

「その通りよ。それにあたしのことよくわかってるでしょ? 異世界大好き、神宮寺アスカよ。心に空いた穴は、刺激的な体験で埋めなきゃ、ね?」

 二人の決意を聞いたヴァルは少し考えた後に笑みをこぼし、はっきりと答えた。

「わかりました。私もすぐに準備します」


 それぞれの準備を終え、一行は自宅の玄関にいた。必要な物は行く先で調達するなり、ヴァルの魔法で変化させるなりで済ませようとしているため、ほとんど荷物はなかった。

「よし、行くか。向こうで過ごしてる時間は、こっちの時間よりもずっと長いんだよな。だったら好都合だ。パパっと世界救って、帰って来ようぜ」

「パパっとねぇ。簡単にいけばいいけど、きっとそうはいかないでしょうね」

「ミーアさんをタンガ族の皆さんにお預けしていますから、まずはここに繋がる次元の穴をくぐり、試練の世界に行きましょう。それから、私の故郷へ戻り、手に入れたチョウガ族の牙を渡し、次の目的地を教えていただく、という流れです。では、また生きてここに戻りましょう、必ず」

 ヴァルの言葉に、二人は深く頷いた。外へと出ると、ここへ来た時にくぐり抜けた穴のある空き地へと向かった。


 世界の存亡をかける旅が、再び始まったのである。

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