転生、そして帰還
転生の世界『リンネラ』。目の前にいる女は確かにそう言った。我が耳を疑うかのように、リョウマは聞き返す。
「転生の世界って…本当に…ですか? ここでなら、死者の魂が生まれ変われるっていうのも…」
「ええ、誠です。生を全うした者あるところ、ここへの入り口は、その者のすぐ側に開くのです。では、これより『転生の滝』へ…申し遅れました。ご案内は私、カルナが務めさせていただきます。後に続いてください」
カルナと名乗る女は踵を返すと、宙に浮いたまま進み出した。
足元も見えない暗闇の中、(浮いているが)カルナの後を続かなければ落ちてしまうかもしれないと思った三人は、とにかく彼女の言う通りにしなければと、ただついていく他なかった。
そんな三人の心情を察したのか、カルナは優しい口調で話かけた。
「大丈夫ですよ。見えていなくとも、ちゃんと足場はあります。穴や罠など、ありませんのでご安心ください。もっとも、今のあなた方に見ず知らずの者の言うことを信用しろという方が難しいかもしれませぬが…」
カルナの言葉に、アスカは何かが引っかかった。少し考えた後、尋ねる。
「あの、知っていらっしゃるのですか? 私たちに起こったことを」
「はい。しかし、全てではありません。生が終わろうとしている者には、その予兆のようなものがあり、私どもはそれを感じることができるのです。なので、お迎えにあがる前の情報はある程度把握しているのですよ」
「お迎えにあがる前の情報って…。じゃあミーアが死ぬことはわかってたってのか。だったら助けることだってできたのかも…」
カルナの説明を聞いたリョウマは、抑えられずに口から言葉が出ていた。
「申し訳ありません。それはできません。我々はただ、生を終える者を探し、お迎えするだけなのです。もともと定まっている命の長さを変えることや、死の予兆を生ある者に伝えることも許されておりませんゆえ…」
悔しい表情を浮かべたリョウマ。アスカはそんな兄を気遣う。
「仕方ないわよ、ウマ兄。この人たちにもあたしたちにもどうすることもできなかったんだから。残酷かもしれないけど、受け入れるしかない」
「…わかってる。悪い、冷静にならなきゃな」
一行は、何も言わずに更に先へと進んだ。
しばらく進んだ後、カルナは突然立ち止まった。三人の方を振り向くと、また説明を始めた。
「こちらに、我々でしか開けない扉があります。今から開けますが、こことは違い中には光が溢れていますので、目にはお気をつけてください」
そう言うとカルナは手をかざし、暗闇の空間に四角い線が現れたかと思うと、眩しい光が一気になだれ込み、三人は目を閉じた。そして薄目を開けると、別の景色が飛び込んできたのだった。
そこは、建物の中だった。大理石でできた美しい柱が何本も並び、どこかの神殿のような雰囲気を感じさせていた。
「ここが、死者の魂が集まる世界なんですか。はぁぁ…」
ヴァルは、感慨深そうに呟いた。
「そうです。驚かれましたか?」
「いえ、その、少し意外に感じたものでして。こんなに光溢れる場所だとは思っていなかったです」
ヴァルが眺める窓には小鳥が止まり、そこから差し込んだ光が床を照らしており、死というネガティブさからは程遠い光景だった。
「確かに驚かれるのも無理はないでしょう。ここはあくまで公平に転生を行う場所ですから。言い換えれば、魂の審判を下すところと言えますね」
「魂の、審判…」
「ええ。審判を下された魂たちはそれぞれ違うものへと生まれ変わるのです。生前の行いによって、到達点は光にも闇にもなるということです。…立ち話が長くなりましたね。そろそろ参りましょう」
再びカルナの案内で先へと進む一行。そこに、カルナとは別の女性が現れた。肩に長い棒のような物を担いでいる。
「あらカルナ。ごきげんよう。お仕事? 」
「こんにちは。こちらの方の転生をこれから致しますのよ」
「そう。お疲れ様ね。私もこれからコレよ。じゃ、行って来るわね」
女性がコレと言って揺らした棒の先端には、三日月形の鋭利な刃物が付いていた。三人はハッと記憶が蘇ってきたが、女性はつかつかと先に行ってしまっていた。
「皆さん、どうかなさいましたか? 」
「あ、あの方が持っていらっしゃった武器のような物は、こちらの物ですか? 」
ヴァルはできるだけ、平静を保って聞こうとしたが、声が少し上ずってしまっていた。
「あれですか? 『空裂の鎌斧』と言います。生を修了した者の元へ行き、振るうことでこの世界への入り口を開き、肉体と魂を転送させることができるのです。私と同じ者たちが世界中に赴き、死者を集めているのですよ」
カルナの説明が終わると、三人は後ろを向いて顔を寄せ合い、カルナには聞かれないように会話を始めた。
「ねぇ、あれってやっぱり、あれよね…」
「死神みたいな奴の持ってたあれだよな。俺の思い違いじゃなかったか…」
「やはり皆さんもそう思われましたか。一体なぜ、ここの物が外にあるんでしょう…? 」
三人の様子を気にしたのか、カルナは背後から顔を覗かせた。
「あの、もしや皆さんはあの鎌を見たことがあるのでは…? 」
更に会話を聞かれていたのか、もしくは誰かの顔に出ていたのか、カルナはその質問をぶつけてきた。
「実はあるんです。色々な世界を旅している時に…」
アスカはかくかくしかじかと、異世界で見た死神と、例の鎌について話した。
「そんなことが…」
「カルナさんは何かご存知なのでしょうか? なぜこの世界の物が、外の世界にあるのかを」
「お、おいアスカ、そんな言い方…」
アスカはやや威圧的に尋ねた。リョウマは思わず彼女を咎めた。
「ごめん、でもあいつとあの鎌のせいで今まで何人もの人間や獣混人が消されてたかと思うとどうにも気が治まらなくて」
しかし、カルナはそれについては気にした様子なく答えた。
「…実は、少し前のことです。何故か我々の世界から鎌が一本、無くなっていたのです。何ともお恥ずかしい話です。それで、その鎌の持ち主は、今…」
「わかりません。あたしたちの目の前に現れては、すぐに姿をくらませてしまうので」
「そうですか…。幸いと言えるのかわかりませんが、あの鎌で命を奪うことは叶いません。ただ痛みもなく、この世界に転送するだけなので、必要がなければ肉体と共に魂は元の世界へと還されるはずですので…」
それを聞いたアスカは、気持ちがいくらか落ち着いた様子だった。カルナに謝罪の言葉をかけると同時に、先を促す。
「それならちょっと安心しました。すみません、取り乱しまして。案内をお願いします」
「は、はい。こちらです」
カルナの後ろを、三人は再びついて行った。
やがて一行は、ひとつの部屋にたどり着く。そこは屋内だったが、小さな滝があり、上段から水が流れ落ちていた。
部屋の隅には、上段に上がるための階段が設置されている。
「こちらが『転生の滝』でございます。では、お二方は下段に、お一方とそちらの転生を行う方は上段へお上がりください」
カルナはそう言うと、上段へと飛び上がっていった。
「俺が行っていいかな? 」
「そうした方がいいんじゃない。ミーアもきっと望んでると思う」
「私もそう思います。お願いします」
「わかった。下は任せる」
リョウマは二人を下段に残し、ミーアを背負ったまま階段を登った。
上段に上がると、勢いよく流水が下段へと落ちていくのが確認できる。深さも、底が見えないほどあるようだった。
「ではそちら…ミーア様ですね。ミーア様のお身体を、水に浸してください」
「えっ、水に浸す…?」
予想しなかったカルナの言葉に、リョウマは面食らった。
「そうです。こちらの上段から魂を流し、滝を過ぎる頃には転生が完了します。下段にいらっしゃる方に転生後のお姿を見届けていただくことが一連の流れとなっているのです」
かなりの深さがある水の中に、眠っているかのように動かないミーアの身体を沈めることを、リョウマは当然躊躇した。だが、埋めたり燃やしたりするよりはずっとマシだと自分に言い聞かせると、言われた通りにミーアを流水の中に浸した。彼女の身体は、少しの間浮いたまま流れていったが、やがて沈み姿が見えなくなった。
そして下段。ヴァルとアスカが転生の瞬間を待っていると、流れる滝にキラリと光る物を見つけた。
「今、光ったわね」
「ええ。行ってみましょう」
二人は光る物に近づき、水に手を入れてそっと取り出した。そこにあったのは、金色に茶色の縞が彩られた、卵ほどの大きさの美しい宝石だった。
「おーい、どうなった?」
階段を降りながらリョウマが声をかける。二人は石を持ち、彼に駆け寄ると手渡した。
「コレ。流れてきたわ。転生完了ってことかしら」
「宝石…。ミーアがなりたいって言ってたし、間違いないんだろうな。確かに模様はあいつの尻尾そのものだなぁ。…良かったじゃんか、ミーア。願い叶ったな」
リョウマが宝石に声をかけると、一瞬光を放ったように見えた。
そこに、カルナが降りてくる。
「転生は無事に済んだご様子ですね。本当に、お疲れ様でございました」
カルナは合掌をしながら言った。お疲れ様、というのはリョウマたちだけでなく、ミーアに対してもかけられた言葉のようだった。
「ありがとうございました。ところで、このミーア…だった宝石ですけど、俺たちが持ってていいんでしょうか? 」
「もちろんでございます。一番近しい方々と一緒にいることがよろしいのでしょう。どうか、大切になさってください」
自分のためにミーアが犠牲になったという思いが拭い切れないリョウマは、心のどこかで救われたと感じ、ほんの少しだけ気が楽になった。
「さて、ではあなた方はお還りになった方がよろしいのでしょう。私がお送り致します。どちらの世界からおいでになりましたか? 」
「私の故郷は…」
幻の世界の名を出そうとしたヴァルだったが、リョウマは制止させた。
「ちょっと待ってくれ。すみません、試練の世界『タスクルド』に行くことはできますか? 」
「試練の世界ですか? はい。可能ではありますが」
「じゃあお願いします。ちょっと行きたい場所があるので」
ほぼ独断で決めたリョウマを不思議に思い、アスカとヴァルは互いの顔を見合わせた。
カルナの力により、一行は瞬く間に試練の世界へと戻って来ていた。
「ご希望の通り、試練の世界までお送りさせていただきました。私はこれにて失礼致します」
「ありがとうございました。後のことは心配いりませんので」
「はい。それと…ぶしつけなお願いなのですが、あの鎌を持った方にお会いしましたら、どうか返していただけるようにお伝え願えますでしょうか? 」
「は、はい。できるだけのことはしますよ。はは…」
あの死神が言うことを素直に聞くかは疑問だったので、リョウマは曖昧な返事をした。
「申し訳ありません。お手数をおかけします。では、これからの旅路に幸あらんことを…」
カルナは空に飛び上がると、空間の裂け目に消えて行った。後には、三人だけが取り残された。
「さぁ、これからどうするつもりなの、ウマ兄? 」
「ソファリアさんに会いに行くんだ。俺に考えがあってさ。一緒に来てくれるか? 」
「いいわよ。よくわからないけど、ウマ兄の考えがあるのね。でも、族長さんはどこにいるのかしら」
「向こうに集落が見えますよ。おそらく以前訪れたところだと思います」
ヴァルの指す方向に、リョウマもアスカも見覚えのある住居が見えた。三人はそこへ向けて歩き出した。
集落に入ると、蜥蜴の鱗を肌に持つ人々が、リョウマたちを珍しげに見ていた。一度訪れた場所であり、タンガ族の顔も見慣れているはずだったが、リョウマはなぜか彼らの顔を見ることに抵抗があったのだった。
そうしているうちに、一行は目的の人物に出会う。
「あら、これは旅の皆様。お久しぶりにございます」
族長のソファリアは、集落の人々と何やら話し合いをしていたようだった。三人に気づくと、柔らかな笑みを浮かべて挨拶をした。
「どうも。ご無沙汰してます」
「こんにちは。またお会いできて嬉しいです」
「おかげ様で、故郷にも帰り、父にも会えました。色々とありがとうございます」
三人が挨拶を返すと、ソファリアは何か違和感を感じたらしく、尋ねた。
「ええと、もう一方いらっしゃったように思いますが、虎の女性の方はどうなさいましたか?」
ソファリアの言葉に悪気はなかったが、リョウマはぐっと拳を握り、うつむいた。そんな兄の様子を感じとり、代わりにアスカが答える。
「あの、実はミーアは…」
アスカはまた再びかくかくしかじかと、説明を始めた。全てを聞き終えたソファリアは、ひどく悲しげな表情を浮かべた。
「そ、そんなことが…。申し訳ありません。そうとは知らず、辛いことを思い出させてしまい…」
ソファリアはリョウマに近寄ったが、族長の鱗が混じった顔を見ると、彼は後ろを向いてしまった。
「本当に、何とお詫びすれば良いか…」
「ソファリアさん、兄はきっとわかっています。ただちょっと、気持ちの整理が追いつかないだけですから…。ほら、ウマ兄。この人たちが悪いわけじゃないでしょ」
「いえ、私どもに責任がないわけではありません。全てはあの男のために起こったことですから…」
ソファリアは、珍しく怒りの感情を見せた。驚いたヴァルは、おずおずと尋ねた。
「私たち、チョウガ族の長と名乗るラガトという男と対面したのですが、あなた方によく似ていました。もしや何かご存知なのですか? 」
「…ええ。包み隠さずお話しします。ラガトは元々、私たちと同じタンガ族の者なのです。しかし遠い昔に、我々の生き方に反発し、チョウガ族の世界へと行く、そこで自分は必ず支配者になるんだと言い捨て、それきり帰っていないのです。チョウガの長になったと風の噂に聞いたことはありましたが、まさか本当にそうなっていたとは…」
話が終わると沈黙が流れた。重苦しい空気の中、リョウマは話を切り出す。
「ソファリアさんの言う通り、悪いのはあいつだ。あんたらには何の罪もない。むしろ、救われたくらいだ。この鎧と籠手、役に立ちました。ありがとうございます」
「そんな…。もったいない言葉です。しかし、取り返しのつかないことになってしまったのは事実…」
ソファリアに、リョウマは腕を差し出した。手に握られた宝石を見せると、彼女は奇妙な面持ちで尋ねた。
「こちらは…?」
「ミーアです。転生の世界というところで、魂と身体を生まれ変わらせてもらいました。お願いばかりで申し訳ないんですが、これを腕輪か何かの装飾具にしてもらうことはできますか?」
リョウマの考えというのはこのことだと、アスカとヴァルは理解した。鎧や籠手を作った鍛冶の心得があるタンガ族ならば、造作もないだろう。
「はい、確かに装飾具であれば、鎧ほど時間はかからず作れるでしょう。しかし、我々に任せていただいてよろしいのですか? 大切な方だったのでしょう?」
「当然ですよ。あなた方だから頼むんです。それに、俺たちに申し訳ない気持ちがあるんなら、これでチャラってことになるんじゃないですか?」
リョウマは少し図々しい頼みだとは思ったが、それはこれ以上罪を感じてほしくないという彼なりの優しさでもあった。アスカとヴァルはそれを知っていたので、口を出さなかった。
「わかりました。では責任を持ってお預かりします。一日もあれば出来上がるかと思います。それまでいかがなさいますか? 」
この後のことは、誰も計画していなかった。世界の破滅を防ぐために手にいれたチョウガ族の牙。まだそれも皇帝の元へ届けていなかった。
「ちょっと急ぎの用がありますので、一旦失礼します。またすぐに立ち寄りますんで」
「左様ですか。それでは、いつでもいらしてください。心よりお待ちしております…」
ソファリア、そして姿が変わったミーアにも一時の別れを告げ、三人は集落を後にした。
「さて、これからどうするかな」
集落から少し離れた場所で岩に腰かけ、リョウマが呟く。
「そりゃヴァルの故郷に行って、牙渡すに決まってるじゃない。それとも、何かやり残したことある? 」
岩にもたれかかりながら、アスカが答える。
「そうなんだけど、どうにも落ち着かないというか…。短い間だったけど、賑やかなのがいなくなったってのは寂しいもんだな」
一段落ついた三人は、ミーアがいない事実をしみじみと感じていた。リョウマだけでなく、アスカもヴァルも喪失感でスッキリしない気分であった。
「そうね。あたしも気持ちの整理したいかも。ヴァルみたいに、故郷に帰ってみるってのも手かもね」
「それでしたら、ちょうどよかったです。この近くにお二人の世界への穴があるようですよ。懐かしい匂いがしました」
ヴァルは岩から顔を覗かせて言った。得意の嗅覚で感じ取ったらしい。
「ホント? どっちに?」
「ええと、あちらの方角ですね」
「わかったわ。あたしの分身で確認しながら行きましょ。ウマ兄もいい?」
「ああ。一度帰るか。俺たちの世界『ケオーズ』に」
三人は、アスカの術で方角を確かめながら、故郷への帰路についた。
歩くこと数分、一行は空間に開く穴の前にたどり着き、慎重に中へと入った。ヴァルの言う通り、そこは数日ぶりに帰還したリョウマたちの故郷に間違いなかった。自宅からさほど離れていない空き地に通じたことが幸いして、迷うことなく自宅へと帰ることができたのだった。
ヴァルの魔法で衣服を元に戻した一行は自宅に戻ると、崩れ落ちるように寝転がり、一時の休息に入った。
「ああ、故郷っていいもんだな…。心も身体も癒される気がするよ。…ん? そういや、今日何日だ?」
カレンダーと、テレビの日付を確認したリョウマ。記憶が正しければ、出かけた日付と今の日付は半日ほどしか違っていなかった。
「俺たち、何日も旅してたよな? 数時間しか経ってないって、どういう…」
「異世界モノならよくある話よ。ここと他の世界では流れる時間に差があるってやつ」
アスカは少しも不思議に思うことなく、さらりと言った。リョウマは納得するのに時間が必要だった。
「そ、そんなもんなのか…」
「そんなもんよ。あ、あたしったら携帯置いてっちゃってたわ。着信来てないかしら…」
アスカは自室へと向かった。
残された二人は、テレビのニュースを見ていたが、出発する前と何ら変わってはいなかった。
「本当に、何も変わってないんだな。都合がいいっちゃいいけど、混乱するな。時差ボケ…とはまた違うだろうけど」
頬杖をついて、リョウマはこぼした。そしてヴァルは、時間を確認してから気になっていたことを話す。
「ええ。あの、私思ったのですが、なんだか奇妙ではありませんか? 」
「奇妙?」
「こちらの世界と異世界の時間の流れの差はかなり開いているようです。しかし、ここを離れて異世界を旅している時には、大きな時間差はなかったはずなんです。その証拠に、タンガ族の方々に鎧と籠手を作ってもらった時は、ほとんど言われた時間通りに届けられたでしょう? 」
異世界での出来事を思い返すリョウマだったが、今は難しいことは考えたくはなく、つい適当な返しをしてしまった。
「ああ、うん…そうだな。まあ、それは後で考えても…」
その時、アスカが音も立てずに部屋に戻って来た。手を震わせ、呼吸が乱れている。まるで、長い距離を走ってきたかのようだった。
「アスカさん、大丈夫ですか? どうされました…」
「大変よ…。お、お父さんが……」
アスカの差し出したスマートフォンの画面には、『父』『永眠』の文字が書いてあった。リョウマは、理解するのに時間がかかった。再び、考えたくないという衝動に駆られた。