チョウガの長
男は部屋の奥から姿を現すと、リョウマたちの前に胡座をかき、大剣を床に置いた。周囲のチョウガ族が、口々に説明を始める。
「オヤカタ、エモノ、トラエタ。ドウスル?」
「オレ、ハラヘッタ。ハヤククイテエ」
「ご苦労。あとは任せておけ。さて…」
男はリョウマたちに向き直った。四人は、男の動向を固唾を飲んで待っていた。
「俺はここの連中を仕切ってるラガトっつうもんだ。他のトコなら、歓迎のもてなしのひとつもするんだろうが、見ての通りここはそんな場所じゃなくてな。運が悪けりゃ、コイツらに鉢合わせてすぐあの世行きさ。一応聞いとくが、何でここに来た?」
突然、ここへ来た理由を尋ねられたリョウマたちは、頭をフル回転させて答えを探した。建物の中にまで入っておいて迷い込んだ、間違って来てしまったなどという言い訳は通用しないと思われた。もしもそれで誤魔化せるのなら、相当知能が低いであろう。しかし、ラガトという男は他のチョウガ族と違う雰囲気を醸し出していた。
「どうした? 言えねぇ理由でもあんのか?」
「いや、自分たちは…」
「ごめんなさい、わたしの責任なの」
口ごもるリョウマだったが、代わりに答えたのは、ミーアだった。
「あん? どういうことだ?」
「わたし、トレジャーハンターやってるんだけど、ここにすっごいお宝がある予感がして、思いきって来てみたの。で、そこの牙を見つけたわけだけど、そんなに大切なもんなら諦めるよ。もう何もしないからさ、見逃してよ、ね?あと、この人たちは関係ないよ。わたしが上手いこと言って、協力させただけだから」
ミーアは、嘘も交えてすらすらと言ってのけた。かなり苦しく、図々しい言い訳に聞こえたが、ラガトは顎に手をやり、うつむいている。彼女の言い分を聞き、考えているように見えた。
「なるほど、正直な嬢ちゃんだな。いいぜ。その言葉、信じてやる。だが…」
ラガトの次の言葉を待つ四人。一瞬緩んだ緊張が再び張りつめる。
「俺も鬼じゃあねぇが、のこのこと入り込んだ盗人を、このまま帰すわけにもいかねぇ。けじめはつけねえと部下のためにもならねぇからな。そこでだ…お前」
ラガトの指先が、リョウマを指していた。リョウマは姿勢を正し、ラガトを真っ直ぐ見た。
「お前、何て世界から来た? 見たところ、獣混じりじゃねぇそこの嬢ちゃんと同じトコなんだろ? 教えてくれよ。故郷の名前をよぉ」
「ケオーズよ。あたしたちの世界の名前。混沌の世界とも言うみたいだけど」
ずっと黙っていたアスカが答えた。
「ケオーズぅ? 聞いたことねぇな。おおかた、最近できた世界なんだろう。まあいい。じゃ、その世界での、『敵意のない印』を見せてくれ」
「敵意のない、印…?」
「そうだ。なんかあんだろ? それ次第では、無事に帰してやらねぇでもねぇ。少し時間をやる。誰がどうするか、決めるんだな」
ラガトは立ち上がると、背後にあった椅子に腰かけた。リョウマたち四人は言われた通り、集まって話し合いを始めた。
「敵意のない印だってよ。どうしたらいいんだろ…」
「私たちはあなた方に抵抗する意思はありません、と伝えればいいのでしょうか。とすれば…」
「あたしたちの世界で言ったら土下座かしら? すごい屈辱的だけど」
「やるのが嫌なら、わたしがやろうか? そのドゲザっていうの」
ミーアは提案したが、リョウマは、それを退けた。
「いや、俺がやる。これ以上お前に負担はかけられないからな」
言いながらミーアの尻尾をちらと見る。まだ、痛々しい傷は残っていた。
「…ありがと。リョウマ」
「いいんだよ。それに、こういうのは男の仕事だからな」
「決まったのか? ならここに来てやってくれ」
ラガトは自らの座る椅子の前を剣で指した。リョウマはそこに進み、膝を曲げて身を屈めた。ヴァルとアスカも同じ姿勢になったが、ミーアだけはなぜか片足を立て、いつでも走れるような姿勢になっていた。
「すまなかった。俺たちは争うつもりはない。これで許してくれ…」
リョウマは床に手をつき、頭を深々と下げた。と、次の瞬間、リョウマは脇腹に衝撃を感じ、横に吹き飛ばされていた。
「あたたっ…。何だ…? ミーア? お前一体何を…」
リョウマの視界には、自分にしがみつくミーア、そして自分がたった今まで座っていた場所にめり込む、大剣が見えた。
「リョウマさん! ミーアさん! ご無事ですか!?」
「け、怪我ない? アイツ、ウマ兄が頭下げたらすぐに剣を振り上げたのよ。最初からそうするつもりだったんだわ…」
ヴァルとアスカは、一瞬遅れてリョウマの元へと駆け寄った。ミーアはいち早く危機を察知して、いつでも動けるようにしていたのだった。ラガトが剣を持って座していたことを不審に思ったのかもしれない。
「ちっ、失敗かよ。運のいいやつめ。しかし…」
ラガトは刺さった剣を引き抜くと、邪悪な笑みを浮かべ、馬鹿笑いしながら本音を話し出した。
「キハハハッ!! バッカじゃねぇの? 目の前に武器を持ったやつが居んのによぉ、頭下げて無防備になるなんてなぁ!?」
ラガトの本性を目の当たりにし、四人は怒りとそれよりも大きな恐怖を感じていた。
「その女が言うとおり、俺ぁてめぇらを最初から殺すつもりだったよ。わざわざやって来た獲物を、みすみす逃がす馬鹿はいると思うかぁ?」
リョウマはだんだんと恐怖よりも怒りが大きくなっていった。そして、今まで荷物でしかなかった、炎雷の剣に手をかけ、籠手を装備した手で鞘から引き抜いた。
「何のつもりだ? てめぇ」
「よくもやってくれたな…。だったらこっちももう遠慮する必要はねぇ。生きて帰るために、お前を倒す!うおぉぉぉっっ!」
リョウマは発熱する剣を構え、ラガトに突っ込み、腹に横から斬り込んだ。しかし、ラガトの身に付けていた鎧に阻まれ、傷ひとつつけることには至らなかった。
「ぐっ…くそっ、ダメか…」
「へぇ、なかなかのモン持ってんじゃねぇか。だが持ち主の力不足ってとこか…ん?」
平然とした顔のラガトだったが、リョウマの鎧と籠手を見ると、わずかに表情を変えた。
「おめぇ、それは……。なぁるほど。だいたいわかったぜ。…ふんっ」
ラガトはニヤリと口元を歪めると、リョウマの剣の刀身を掴み、持ち上げた。相当の熱を放っているはずだったが、熱さなど感じていないように見受けられた。
「残念だったなぁ。このくらいじゃ、俺ぁ倒せねぇよ。大人しく餌になりやがれ…」
その時、リョウマの背後から突き出た槍がラガトの頬を掠めた。ヴァルが隙をついて行動を起こしたのだった。ラガトの手から剣が離れ、リョウマも解放された。
「おっと…何のつもりだお嬢ちゃん?」
「次は無事に済ませませんよ。この人たちに危害を加えようものなら、私は許しません」
ヴァルは静かに、怒りを滲ませていた。その言い表し難い威圧感に、余裕を見せていたラガトも態度を変えていた。
「いいだろう。全力で叩き潰してやる。オメェら! 遠慮はいらねぇ。コイツら殺して、骨だけにしてやれ!!」
周囲のチョウガ族は、一斉にリョウマたちを取り囲む。四人はそれぞれの得物を取り出し、いつでも応戦できるように身構えた。しかし、数は相手が圧倒的だった。いつまで持ちこたえられるか、四人とも考えたくはない心境だった。
「ヤバいわね正直。ここから無事に帰れる確率は絶望的かも」
「…でも精一杯やります。最期まで。本当にごめんなさい。こんな危険なところに連れて来てしまって…」
「今さらいいんだよ。危険は承知の上だったし、こうなったらなるようにしかならないだろ?」
ジリジリと近寄ってくるチョウガ族を睨みながら、リョウマは剣の柄をグッと握りしめた。
『やっぱり死にたきゃねえよな…。コイツら倒せなくても、せめてここから逃げ出せれば…でもあの出口にたどり着けたとしても、塞がってるんじゃな…。こうなりゃ、一人でも多く道連れに…』
リョウマは、半分やけになっていた。剣を頭上に掲げると、出口の方向に向かって駆け出した。
「うおぉぉっ!…!?」
その時、剣から電撃が走った。それは刀身が長くなったのではないかと思うほど、剣先から一直線に伸びていた。電撃は凄まじい威力で出口を塞いでいた岩を破壊。更にその勢いは留まることを知らず、リョウマは剣に振り回される形となった。
「おわわ、何だこれは!?」
電撃は周囲のチョウガ族たちを吹き飛ばし、壁にも大きな傷を作った。アスカたちは間一髪、床に伏せることで難を逃れた。部屋中のチョウガ族が一掃された頃、剣からの電撃も消え、静寂が訪れた。
「…何かわからないけど、行くぞ。逃げるんだ」
リョウマの一声に、ヴァルたちは一言も発することなく従い、後に続いた。
四人が部屋を出ていく頃、もう一人難を逃れた男が立ち上がった。ラガトだった。
「…畜生! 舐めた真似を!! おい、餌が逃げるぞ。出てこい野郎ども!」
ラガトの呼び掛けに、他のチョウガ族が四人の追跡を始めた。
何も考えず、ただひたすらに走る四人。一番後ろのミーアは、追いかけてくるチョウガ族の姿を確認した。
「アイツら、まだ追っかけてくるよ…。わたし、追いつかれちゃうかも…」
「しっかりして。あたしに考えがある。ヴァル! 力を貸して。水馬の力を使って…」
「承知しました……はっ!!」
アスカはヴァルに耳打ちし、ヴァルは水馬の力を発動させ、後ろの地面を大きな水辺に変えた。追って来たチョウガ族はわけもわからず足を取られ、深い水の中へと沈んでいった。
命からがら、狩猟の世界に来た時の洞穴の前までやって来た四人は、腰を下ろし呼吸を整えていた。当面の危機は去り、今自分たちが生きていることの事実、助かった奇跡への感謝など、様々な想いが心の中に浮かび、何と言っていいのかわからずに誰もが黙っていた。
やがて、その沈黙をリョウマが破る。
「は、ははっ。なんとか逃げられたな」
「本当に信じられません。あのすごい力は、一体何だったのでしょう?」
リョウマは、再び炎雷の剣を鞘から引き抜く。また発熱はしていたが、凄まじい電撃は放たれなかった。
「そうだな。俺も何がなんだか。アスカはどう思う?」
「あたしもわからないけど、もしかしたら使い手の心に呼応して、力が解放されるのかもね。あの絶体絶命の状況で出たわけだし。…ところでさ、あたし、謝りたいことがあるんだけど…」
アスカは突然切り出した。何事かと思う三人の前で、彼女はぺこりと頭を下げて続けた。
「ごめん。あたし、今まで色んな世界に触れることができてたから、楽しくて、最初にここに来た時も心のどこかで楽しんでた。でもわかったの。異世界って怖いところもあるんだって。あんな思いをしたら、ちょっと考えが変わった。これからはもっと気を引き締めて行くから、許して…」
だんだんと涙声になるアスカに、ヴァルは慌ててフォローした。
「そんな、アスカさんが謝ることは何もありませんよ。アスカさんのおかげで助かりましたもの」
「そうさ。そういうところ全部、神宮寺アスカって人間だもんな」
二人の言葉を聞いたアスカは、いつもの調子といかないまでも、元気を取り戻したようだった。
「…ありがとう。そう言ってもらえると嬉しい。これからもあたしの知識、頼ってよね」
「ああ。頼りにしてるぜ。さて、これからどうするかだな。そういやあの牙、置いてきちゃったな…」
逃げることに必死で、目的のチョウガ族の牙のことは、リョウマたちの頭の中になかった。
「そうでしたね…。またあそこに行くしかないのでしょうか」
「牙ならあるよ。ここに」
そう言うとミーアは、まさしくあの部屋で見つけた湾曲した円錐形の物体を見せた。
「おお、お前いつの間に。ありがとな。今回、ミーアには助けてもらってばかりだったな。最初の言い訳から、さ」
「はは、わたしの真似して…。だって言ったでしょ。わたし、嘘は得意だって、さ……」
ミーアは話しながら、三人の目の前でどさりと地面に倒れた。