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暴悪なる種族

 海を越え、名もなき孤島にたどり着いた四人は、狩猟の世界(ファングルド)の入り口の前まで来ていた。空間の裂け目の奥には、暗闇しか見えない。そこに住むチョウガ族と呼ばれる種族のことを聞かされていたリョウマたちは、覚悟を決めようとしていたのだった。

「ここからちょっと覗いただけじゃ、何も見えないな。やっぱり直接入って確かめながら行くしかないのか…」

「ここまで来たらやるっきゃないでしょ。今さら戻るわけにもいかないし」

 恐れの感情をほとんど見せずに言うアスカは、ここでも好奇心が勝っているようだった。

「わかってるよ。俺も男だ。決めてやるよ、覚悟」

「さっすがリョウマ。カッコいい、ね」

「皆さん、本当にお気をつけてくださいね。用心に越したことはありませんから。…では、参りましょうか」

 四人は裂け目をくぐり、新たな世界へ足を踏み入れた。


 そこは、どこかの洞窟の中であるようだった。薄暗くひんやりとした空気が漂い、じめじめとしている。リョウマはヤムーに来た時の洞窟を思い出していた。

「こんなところに出るとはな。とりあえず、外に出るか」

 幸い、小さな空洞だったらしく、すぐ目の前に外の光が見えていた。

「気をつけてね。出たらいきなり襲われるなんて、ないと思うけど」

「おいおい、縁起でもない。まさかそんなこと漫画だって…」

 言いながら最初に外に出たリョウマの前に、大きな影があった。リョウマは一瞬、我が目を疑ったが、すぐに現実だと理解した。

 恐竜。第一印象はそうだった。鱗が全身を覆い、大きな頭部には裂けた口と、沢山の牙が生え揃っている。手足の爪も鋭く、太い尻尾もあり、まさしく肉食恐竜と言うにふさわしい外見だったが、違う点は背丈が普通の人間とさほど変わらないこと、身体に鎧を身につけていること、そして手に大剣を持っているということだった。リョウマとヴァルが一度遭遇した、蜥蜴の獣混人の姿そのものだった。

「あ…どうも」

 思わず出た挨拶の言葉。しかしチョウガ族は、およそ友好的ではない言葉を発した。

「シラナイ…ヤツ。ナラ、ドウスル? …コロス」

 片手に持った大剣を振り上げた刹那、リョウマの背後からアスカの分身が彼の肩を掠め、相手の口内に飛び込み、腹部の辺りで爆発が起こり一瞬腹が膨れあがった。チョウガ族は衝撃によろけ、どさりと仰向けに倒れた。

「だ、大丈夫だったウマ兄?」

「あ、ああ。ありがとな。お前がいなかったら今頃どうなってたことか…」

「お礼はいいわ。それよりもこいつよ」

 アスカは横たわる獣混人に近づき、おそるおそる胸に耳を近づけた。

「なんてやつなの…。まだ息がある。あたし、フルパワーで分身を作って爆発させたのに。木端微塵になっててもおかしくない威力のはずよ。どんだけ頑丈なのかしら…?」

 獣混人の口からは黒い煙が立ちのぼり、身体はピクリともしなかったが、微かに息をしていた。気を失っているだけらしい。

「確かにまだ生気が感じられます。それに、身につけている防具も特別な物のように見受けられます。おそらく、並みの武器では太刀打ちできないほどに…」

「マジかよ…。ここって他にもこんなのがうようよしてるのか」

 リョウマの言葉に、今自分たちが置かれている状況を思い知る一同。しかし、ミーアだけは楽観的に気持ちを切り替え、全員を促した。

「さ、ここでじっとしてても仕方ないし、行こうよ。その牙を取ってくればいいんだもん。敵に見つからなければいい話でしょ?」

「…そうだな。早いとこここを離れないと危ないしな。行こう」

 一行は、不安に押し潰されそうな気持ちをこらえ、先へ進み始めた。



 四人の視界には、どこまでも続く荒野が広がっていた。試練の世界(タスクルド)と同じようにあちこちに大きな岩や枯れた樹木が確認できたが、人の気配はなかった。それでも細心の注意を払い、身を屈めて身体を隠しつつ動くことにしていた。

「なぁ、思ったんだけど」

 歩き始めて一時間近く経過した時、唐突に切り出すリョウマ。

「何?」

 それに反応するアスカ。

「いやさ、さっき倒した奴の牙。あれをひとつ拝借して帰っちゃダメかなって思って。だって俺たち、チョウガ族の牙を持って帰れしか言われてないんだから、それで万事解決かなって…」

 アスカはそれを聞くと、腕組みをして一瞬考えたが、すぐに却下した。

「それはそうかもしれないけど、きっとダメでしょ。世界を救うための材料なんだもん。あんな一般兵の牙を持って帰ったところで、これは違うってなってまたここに来ることになるのがオチだと思うわ」

「…やっぱそうだよな。やることはちゃんとやらなきゃ、か」

「…気持ちはわかるけど、こんな時こそ逃げちゃいけないでしょ」

「わかってるさ」

 リョウマは更に不安になった気持ちを抑え、先へと進む。やがて、目の前に大きな建造物が見えてきた。

「でっかい建物だね。いかにも何かありそうって感じ」

「調べてみる価値はありそうですね。すごく危険かもしれませんが…」

「ここまで来たら何をしても一緒よ。行きましょう」

 四人は意を決して、前へと進んだ。

 その時だった。


「…っああっ!! 痛っ…!!」


 突如大声が上がった。声の主は、ミーアだった。地面に横たわり、うずくまっている。

「ミーア、どうした!?」

 リョウマが駆け寄ると、彼女の尻尾には鉄製の罠の歯が食い込んでいることがわかった。リョウマはすぐに罠に手を入れ、力いっぱいこじ開けた。

「ミーアさん!」

「大丈夫!? 一体何が…、罠?」

 ミーアの身を案じ、一斉に駆け寄る三人は、彼女の尻尾を見て絶句した。尻尾はちぎれていなかったが、血に染まりズタズタになってしまっていた。

「じっとしていてください。すぐに治しますから…」

 言うとヴァルは、尻尾に優しく手を置いた。すると、流れていた血はたちまち止まり、ミーアの呼吸も落ち着きを取り戻した。

「ヴァル、あなたそうやって傷を治せるようになったの?」

 これまでは額と額を合わせなければ発動しなかった癒しの力。しかし今は、手を置いただけで傷を治していた。

「ええ。記憶を取り戻すと同時に、力の使い方も思い出してきているようなのです。お兄様と同じこともできるようになるかもしれません。それよりも、ミーアさん…」

 ミーアは身体を起こし、額の汗を拭っていた。そして自らの尻尾を見ずに、三人に尋ねた。

「あ、ありがと。もう大丈夫。…わ、わたしの尻尾、どうなってる?」

 リョウマは尻尾を手に取ると、ゆっくりミーアの目の前に持っていった。ミーアはそれを見るやいなや、ぶわっと涙を溢れさせた。

「ミーア、痛むのか?」

「違うよ。今まで、邪魔だなって思ったこともあったこの尻尾だけど、いざボロボロになった姿を見たらなんだか泣けてきちゃって、ね…」

 三人は言葉が出なかった。これまでに聞いたことのないミーアの消え入りそうな声を聞いたからかもしれない。彼女は、尻尾をさすりながら話しかけている。

「ごめんね、痛かったよね…」

「ミーアさん…」

「無理するな。ここで待ってるか?」

「いや、行くよ。ここにいたって、見つかるのは時間の問題だよ。だったら一緒に行く方がいいでしょ?」

 ミーアは少しよろけながらも立ち上がった。それが三人の不安を増大させる。しかし、彼女の言うことももっともだったため、全員で先に進む決断を下すこととなった。

「わかった。本当に無理はしないでくれよ」

「ありがと。リョウマ」

 四人は再び姿勢を低くし、建造物の入り口へ近づいた。近くで見ると、石でできた簡素な建物であることがわかった。

 慎重に、足元にも注意を払い入り口をくぐると、中は広く薄暗い部屋であった。しかし暗がりの中に、上層階へと続く階段が見えた。リョウマたちは、息をするにも精神を集中させながら向かった。

 壁に身体を密着させ、階段を上り、廊下を渡ると、明かりの灯された部屋があった。先頭のリョウマは、入り口からそっと覗き込む。中には人の気配はおろか、獣の気配すらなかった。

『なんか、変だな。ここに来るまで一人も敵に会ってない。見張りくらいいてもいいはずだけど…』

 違和感を感じつつも、部屋の中を確認するリョウマの視線の先には、石を荒く削って作ったような無骨な台座、そしてその上に、いかにも貴重な物ですと言わんばかりの円錐形の物体が見えた。

「大丈夫だ。誰もいない。それにあったぞ、チョウガ族の牙」

 小声で後ろの三人に合図し、部屋の中へと足を踏み入れる。四人は台座を囲み、牙を眺めた。

「これがその牙なんだね。よかったね、誰にも見つからなくて。早く帰ろうよ」

「ええ。こんなところ、とっとと出ま…」

 アスカの言葉が終わらないうちに、轟音と共に入り口が閉じられた。大きな岩が入り口を塞いでいたのだ。そして、どこからともなく十体ほどのチョウガ族たちが姿を現した。

「っ! しまった、罠だったのか…!?」

 逃げる暇もなく、四人はあっという間にチョウガ族たちに拘束されていた。

「きゃあっ!」

「うぅ、み、皆さん…」

「くっ、離してよ! こっちは怪我人なんだから…」

 ミーアの言葉に耳を貸す様子もなく、チョウガ族たちは手を緩めることはなかった。

「エモノ、ツカマエタ。ドウスル? ココデクッチマウカ…」

 アスカを捕まえるチョウガ族は大口を開けてかぶり付きそうにした。なすすべなく、全員が諦めかけたが、別のチョウガ族がそれを静止させた。

「マテ。ワスレタカ? オヤカタ、モウスグココニクル。オヤカタニマカセルンダ」

 その時、チョウガ族たちのオヤカタと言う人物らしき獣混人の男がやって来た。


 男は屈強で長身で、皮膚の至るところに鱗があった。太い尻尾を引きずり、背中には巨大な剣を背負っている。見た目は三、四十代ほどであり、顔は、普通の人間と変わりのないものであった。

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