憩いの海辺
燦々と降り注ぐ太陽の光。果てしなく広がる海、そして砂浜。そこにリョウマは、独り座り込んでいた。彼の視線の先には、水着の少女三人が楽しそうにはしゃいでいた。
なんでこんなことになったんだろう―――リョウマは心の中で一人呟いた。その理由は、数分前に遡る。
世界の滅亡を阻止するため、一行は海の世界『セアリア』を訪れていた。ヴァルの話では、ここを通過したその先に、目的地である狩猟の世界『ファングルド』があるという。
「ここが海の世界か。名前の通りだな」
「はい。ここは、海と水がほとんどの世界だと言われています。陸地は小さな島々しかないので、人々は船か泳ぎで行き来しているそうですよ」
ヴァルの説明に、アスカは興味深げに考えた。
「なるほどね…。ここもなかなか面白い所だわ。とりあえず、目的地に行くことを最優先にしましょう」
「だったら船で行くことになるんだよね。あ、あそこにそれっぽいのがあるよ」
ミーアの指さした先に、建物があった。桟橋には、人が数十人ほど乗れそうな船が止まっている。リョウマたちはそこへ行き、人を見つけて尋ねることにした。
「すみません。船を出していただきたいのですが」
リョウマが声をかけた男は、やや面倒くさそうに返した。
「船かい? 残念だけど明日を待った方がいいよ。今晩も一つ出航の予定はあるけど、夜は海に魔物が出るからね。危険を承知でなら、話は別だけど」
魔物が出る、と聞いたリョウマは、三人の頭を近づけて緊急会議を開いた。
「魔物だってさ。どうする?」
「いざとなったら戦えばいいじゃない。ウマ兄もその剣を試せるいい機会じゃないの?」
アスカは、まるで魔物との戦いが日常茶飯事であるかのように言った。リョウマは、やっと使えるようになった炎雷の剣に触れたが、いざ戦いとなると力を発揮できるのか自信はなかった。
「それができれば苦労しないよ。俺としては、危険はなるべく回避したいと思うんだが」
「リョウマがそう言うならわたしも賛成。別に急いでるわけじゃないし、いいんじゃない? 明日でも」
ミーアの賛同で、アスカは若干顔をしかめた。自分の意見を否定されて気を悪くしたのだろうか。アスカはヴァルにも意見を求めた。
「いいわ。ヴァルはどうする?」
「私は…、やはり明日を待った方がいいと思います。ミーアさんのおっしゃる通り急ぎではありませんし、急がば回れ、とも言いますから」
三対一の状況になり、アスカもついに折れた。腕組みをして少し考えると、やがて口を開いた。
「わかったわ。あたしもここをもう少し探索してみたいし、明日出発することにしましょう」
「よし。じゃあすみません。そういうことなんで、明日よろしくお願いします」
男に告げ、四人は店を一度後にした。
その後、明日の出航時間まで何をするか、四人は相談をしていた。
「さて、これからどうしようか。まだ時間は早いようだけど」
リョウマの言う通り、太陽は未だ高い位置にあった。まだまだ日は沈みそうにない。
「そうね。色々探索したいとは言ったけど、ちょっと羽を伸ばしたい気分でもあるわね」
「少し遊んでいけばいいんじゃない? 綺麗な海もあることだし。わたし、聞いたことあるだけで海に来たことないから楽しみたいんだ」
ミーアは、ずっと遠くに広がる水平線を見つめながら言った。その時、アスカはピンと閃いた。
「いいことを思いついたわ。遊んでいきましょう。ヴァル、ちょっと力を借りるわよ」
「はい、構いませんが…」
アスカはヴァルの手をとり、自分の服に触れさせた。すると、ヴァルの魔法が発動し、アスカの服装は露出の高い姿に変化した。
「…アスカ、もしかしてお前…」
あまり見慣れない妹の水着姿を見、リョウマは困ったような声を漏らした。
「そうよ。海と言えば泳ぐ、泳ぐと言えば水着。当然でしょ?」
「へー、アスカたちの世界ではこういう服もあるんだ。変わってるなー。ヴァルちゃん、わたしにもお願いできる?」
「わかりました。えいっ」
ヴァルがミーアの身体に触れると、ミーアも水着姿に変化した。やはり布の面積が少なく、なかなかに際どい衣装だったため、リョウマは思わず顔を背けた。
「わあ、いいね、これ可愛いよ。ね、リョウマ?」
「あ、ああ。そうだな…」
「リョウマさんも着替えられますか?」
そう言ったヴァルも、ちゃっかり水着姿になっていた。あるいはその場に合わせて魔法がそうさせたのかもしれない。いずれにせよ、ヴァルのものはやや露出の抑えた、清楚な水着だった。
「いや…俺はいい」
「…そうですか?」
リョウマは女性陣から離れ、木陰に座り込んだ。
「ヴァル、いいからこっち来て遊びましょ。ミーアも一緒に」
「いいよ。何して遊ぶ?」
「もう考えてあるのよ。…それっ」
アスカは自身の腕から、分身の小鳥を放つと、近くの木に生っていたヤシの実のような果実を落とし、拾いに行った。
「これを使って、あたしたちの世界の遊びをしようと思うの。ヴァル、もう一度お願い」
アスカに言われるがままに、ヴァルは果実に触れた。すると果実は、瞬く間にカラフルなビニールの丸い玉に変化した。
「なにこれ? 変わった物だけど」
「これを手で打ち合って、落とさないように何回上げられるか競うのよ。やってみれば簡単よ。早速始めましょ」
アスカたちは、楽しそうに声をあげながらビーチバレーを楽しみ始めた。
『はぁ…なんでこんなことになったんだろうな…』
心の中で一人呟いたリョウマの元に、ヴァルが近づく。
「リョウマさん、どうかなさいましたか? 元気がないように見えますが」
「いや、なんでもない。心配いらないよ」
「本当ですか? 私、何か余計なことをしてしまったのでは…」
「違う違う。…ただ、今になって気づかされたんだ。これまで、男一人が女たちに囲まれて旅してきたんだな、ってさ」
「は、はぁ…」
そこに、アスカとミーアがやって来た。二人とも砂にまみれ、汗か海水で濡れた身体をそのままにしていた。
「ヴァル、いいのよ。この人、照れくさがってるだけなんだから。うら若き乙女たちの健康的な水着姿を目の前にしてね」
「べ、別にそんなわけじゃ…」
言い返そうと立ち上がったリョウマに、ミーアも近づいた。女性三人の中では一番とも言えるスタイルを前に、リョウマは口をつぐんでしまった。
「リョウマも一緒に遊べばいいのにぃ。楽しいよ」
「い、いや、遠慮しとく」
「そう…。ま、仕方ないね」
ミーアは珍しく、寂しそうな顔を覗かせていた。アスカは何かを感じ取ったかのように、彼女をその場から離そうとした。
「ねえミーア、あっちで遊びましょうよ。もっと楽しい遊び、教えてあげるから」
「うん、わかったよアスカ」
二人はヴァルとリョウマを置いて、海辺の方へ戻っていった。
後に残されたもう二人は、座り込んでぼんやりと空と海を眺めていた。
「悪いなヴァル。俺のことは気にしなくていいんだぞ。アスカたちのところに行っても」
「いえ、いいんです。私の意思でここにいるんですから」
「そうか。ありがとな」
他愛ない会話を交わす二人。リョウマはふと昔のことを考えていた。
「それにしても海なんて久しぶりだなぁ。子供の頃、親父と来たのが最後だったな」
「そうなんですか。お父様とは海でどんなことをしていらしたんです?」
「そうだな…泳いだり、砂で城を作ったりはアスカもしたけど、やっぱり男は探検や冒険が好きだからな。親父と俺とで、岩場の方に行ってみたこともあったな…」
懐かしそうに語るリョウマの話を、ヴァルは感慨深げに聞いていた。
「お父様との思い出がたくさんあるのですね。少し羨ましいです」
「でもお前も、またお父さんに出会えたわけだし、記憶も取り戻してるんだろ?」
羨ましい、と言ったヴァルのことを、リョウマは不思議に思い、聞き返した。
「それが、なぜかお父様のことは全て思い出せていないのです。言葉に表すのは難しいのですが、ところどころ抜けている記憶があるようなんです…」
リョウマにはその感覚がわからなかったが、とりあえずヴァルの心を気遣って言葉をかけた。
「んー、わかんないけど、まだその辺を取り戻していないのか、もしかしたら忘れちゃってるのかもな。何しろ何万年も生きてるって言ってたし、お前も相当生きてるんだろうし」
「そう…ですね。焦らず、思い出していきたいと思います」
「ああ。その意気だよ。よし、気分転換に、親父とやっていたみたいに探検でもしてくるかな」
立ち上がり、岩場の方向に向かおうとしたリョウマに、ヴァルも同じ方向に向かい出した。
「あの、では私もお供します」
「おいおい、お供ってただの遊びだぞ」
「それでもいいです。リョウマさんと一緒に遊びたいです」
やや恥ずかしそうにうつむき、ヴァルは思いを告げた。リョウマは、少し照れくささを感じたが、すぐに答えを出した。
「仕方ないな。勝手にしろよ」
「はいっ。勝手にしますね」
ヴァルは満面の笑みで答えた。