決意の再始動
リョウマが眠りについてどのくらいの時間が経ったのか。彼がふと目を覚ますと、辺りは暗闇に包まれていた。
「もう夜中か…? アスカは…寝てるのか」
隣のベッドには、アスカがすうすうと寝息を立てていた。珍しい物をたくさん見られたのであろう、気持ち良さそうな表情を浮かべていた。
「ちょっと、トイレ行きてえな。どこだろ。誰かに聞くか」
リョウマは手探りで扉を探し、外に出た。
部屋の中は暗闇だったが、廊下は明かりが煌々と照らされていた。リョウマは城内を歩く使用人に手洗い場の場所を聞き、丁寧に案内をしてもらうと、あとは一人で戻れるからと、用を足すと来た道を戻り始めた。
だが、すぐに後悔することとなる。さすがに初めて来た広い城内を簡単に戻れるわけではない。完全に迷ってしまっていた。
「参ったな…。誰か城の人捕まえられればいいけど、ヴァルの恩人とはいえうろついていたら怪しまれねぇかな…」
考えながら歩くリョウマの視線の先に、薄暗い中にぼんやりと人影が見えた。渡りに船とばかりに、その人影に向かって行った。
「すみません、ちょっといいですか……?」
近づきながら声をかけたリョウマだが、徐々に声が小さくなっていった。その人影の正体は、自分よりかなり小さかったのだ。顔を見て、城の入り口で出会ったクアという少年だと気づいた。
「はい、何か…。あ、昼間の…えっと…」
「あ、うん。その、恥ずかしながら道に迷っちゃいまして。部屋まで、案内してくれ…もらえませんか?」
自分よりも年下に見えるが、身分は高いことを知っていたクアに対し、リョウマは口調がおかしくなった。しかしクアは気にする素振りを見せず、ぺこりと頭を下げて言った。
「わかりました。後に続いてください」
無言で長い廊下を歩く二人。リョウマは気を遣って何か話そうと頭をふりしぼっていた。だがやがて、クアの方から声がかけられる。
「あの…お姉さまの、恩人の方なんですよね?」
「え? ああ…そうかな。恩人なんて呼ばれるほど、大したことしてないけどさ」
不意に聞かれた質問に、少し戸惑いを見せるリョウマ。謙遜して答えた。
「そうですか。あの、記憶がないと聞きましたが、僕…私のことは…?」
「それは本当だけど、どうだろうなぁ。一緒に過ごしてて、君のことは一度も聞かなかったし…」
それを聞いたクアは、酷く落ち込んだ様子でうなだれた。大臣が、昔は本当の兄妹のように仲が良かったと言っていたことを思い出したリョウマは、その心中を察した。
「あんまり落ち込むこともないと思うよ。俺たち、旅の中でヴァルの記憶を取り戻して来てるんだ。君のことも、きっと思い出してくれる」
「本当ですか?」
「ああ。最も、お姉さんがこれからここで暮らすことになるのなら、旅も終わりだし、難しいかもしれないけど…」
言ってしまってから、リョウマは後悔した。クアの表情がたちまち曇っていったのだ。慌てて、言葉を付け足した。
「ごめん。大丈夫だよ、記憶はだいぶ取り戻してるようだし、思い出すのもそう遠くないはずだから」
その時、寝室の前にたどり着いた。リョウマは、心の底でホッとした気持ちが湧いた自分を責めた。
「あ、お部屋…ですね」
「う、うん。案内ありがとう。お手数おかけしてすまないな」
「いえ。…では、私はこれで。ごゆっくりどうぞ」
クアが背を向けて帰ろうとした時、リョウマは彼の背中に小さく白いものが付いていたことに気づき、思わず声をかけた。
「君のそれって、もしかして羽?」
「あ、はい。そうです。生まれた時、いえ、拾われた時からあったと言われました」
「ということは、獣混人なのか。でも、ヴァルがいなくなったのが大昔だっていうから、君も長く生きててもおかしくないな。ところで、何の羽なの?」
「わかりません。鳥の羽なのか、それともペガサスか何かの羽なのか。この世界で生まれたのかどうかもわからないもので…」
「そっか…」
「あの、もう行っても…?」
「ああごめん、引き止めちゃって。ありがとうね」
クアの後ろ姿を見送り、ベッドに倒れこんだリョウマは一人考えていた。自分はなぜ、あの子のことを何かと気にかけているのだろうと。しかし考えているうちに、再び夢の中へと誘われていった。
「ウマ兄、起きて」
「リョウマさん、起きてください」
アスカとヴァルの声で目を覚ましたリョウマは、辺りがすっかり明るくなっていたことに気づく。中途半端な時間に一度起きて眠りについたためか、目覚めはあまり良くなかった。
「ん…ああもう朝か。もうちょい寝ていたかったな」
「もう、あれだけよく寝てたのにまだ寝足りないの? 皆さん広間に集まってるんだから、ちゃんと行かなきゃ」
「わかってるよ。行くから」
「はい、一緒に行きましょう」
三人は揃って、広間へと向かった。
広間には、昨日にはなかった長テーブルが置かれ、その上に敷かれたテーブルクロスのそのまた上には豪華絢爛な料理の数々が乗っていた。左右には椅子がずらりと並べられており、上座には皇帝の座るひときわ大きく豪華な椅子があった。
「姫様、リョウマ様、アスカ様。お待ちしておりました。どうぞおかけくださいませ」
大臣に促され、席へとつくリョウマたち。皇帝のすぐ側にヴァル、その隣にリョウマとアスカという並びになった。昨日の対話がなければ、リョウマは緊張とプレッシャーで気が気でなかったかもしれない。まだ緊張はあったものの、対話のおかげでいくらか気が楽になっていた。
「皆さん揃いましたね。では我が娘の無事を祝って、そしてお二方への感謝を込めて、ここに宴の開始を宣言します。どうぞ、お楽しみください」
皇帝の挨拶が終わると、広間の人々は乾杯などはせずに料理に手を伸ばし始めた。
「ささ、姫様もお二方も、ご遠慮なさらず。召し上がってください」
再び大臣に促されて、三人も料理を口にした。リョウマとアスカにとっては、未体験の味だったがどれも美味であった。
「美味しい…見たことのない料理ばかりだけど、この味好き」
「うん、美味いな。俺も好きだ」
「お二人のお口に合って良かった。私にとっては懐かしい味です…」
そう言ったヴァルの視線が、テーブルの反対側に移っていく。そこには、クアの姿があった。クアは大人しく、誰とも会話もせずに食事をしていた。一瞬、両者の目が合ったが、クアはすぐに料理に視線を移した。
「そう焦ることはない。きっと時間が経てば、あの子のことも思い出すだろう」
ヴァルの心中を見透かしたかのように、皇帝がそっと声をかけた。
「…はい。信じて待ちたいと思います。…そうです、お父様、あの話についてなのですが」
何かを思い出したようにヴァルは切り出した。皇帝は、深刻な表情を浮かべて頷き、静かに目を閉じた。
「あの、陛下。どうかなさいましたか?」
アスカが不思議に思い、尋ねた。皇帝は目を開けると、真っ直ぐリョウマとアスカを見、口を開いた。
「本当なら、話すべきことではないと思いましたが、昨晩に娘と話し合ったことです。お話しましょう。例の滅びの伝承についてのことなのです」
広間の人々全員が皇帝を見ていた。誰もが食事の手を止めて、次の言葉を待っている。皇帝は言葉を続けた。
「実は、あの伝承には続きがあるのです。ある秘術を用いれば、世界の滅亡を阻止できる、という言い伝えが」
広間がざわついた。滅びの運命から逃れられるとあれば、当然の反応だろう。
「陛下、それは誠ですか? 一体その秘術とは…?」
大臣はおずおずと尋ねる。広間はいっそう静まりかえった。
「その言い伝えによれば、『天下に散らばりし品々を集め、秘薬を作れ。さすれば一角獣の呪い解け、滅亡の危機は去るであろう』と。天下というのはおそらくこのファンタティナを含めた、幾多の世界のことと思われます。秘薬というのは薬のことなのか、それとも何かの比喩なのかはわかりません。しかし、伝承と一緒に書かれていたので、信憑性は高いでしょう」
皇帝の話が終わっても、広間の沈黙はすぐに終わらなかった。その静寂を破ったのは、アスカだった。
「…つまり、異世界にある品々というものを集めれば、世界の滅亡を防げる、姫もお兄様と会っても問題ない、と…?」
「その通りです。貴方は聡明な方ですね」
アスカの呑み込みの早さに、皇帝は満足げに微笑んだ。
「さて、その品々がどんな物で、どこにあるのかまでは残念ながら全てはわかりません。しかしいくつかの情報は、言い伝えに記してありました。まずはこれだけでも用意すべきでしょう。…問題はここからなのです」
突然、表情が深刻になった皇帝に、広間の静けさが増した。
「私はこの世界を統治する身。ここで民たちを見守る責任があります。ですが世界の危機を放っておくことにもいきません。昨晩は娘と、その相談をしていたのです。そこで出した結論は…」
「私が行きます。私からそうお願いしたんです」
ヴァルはその続きを話した。迷いのない、真っ直ぐな瞳をしていた。
「おま…いや、姫が?」
「本当に? せっかくお父様と再会できたのに…」
心配する二人に、ヴァルは優しく微笑みながら言った。
「大丈夫です。必ず無事に戻って来ると約束しましたから」
「そんなのわからないじゃない。危険な旅かもしれないのよ。次期皇帝陛下の身に何かあったら……ああもう、仕方ないわね。ウマ兄、わかってるわよね!?」
後半はやけくそ気味に、アスカはリョウマに聞いた。
「あ、ああ。俺たちも行くよ。ここまで来たら何だってやってやるさ」
二人の答えに、ヴァルは不安気な表情を浮かべた。
「…そうおっしゃると思っていました。でも、お二人なら断っても来てしまうのでしょうね。お願いして、よろしいのですか?」
「もちろんよ」
「当然だろ」
ヴァルは無言で、二人に頭を下げた。そのやり取りを見ていた大臣は感激に声を漏らした。
「なんと美しき友情…! 姫様、素晴らしい方々に出会えたのですな。私めも嬉しく存じ上げます」
「誠に、徳の高い方々です。私から、ここにいる皆、そして民たちに代わってお願い申し上げます。どうか我が娘を、そして世界をお救いください」
皇帝まで頭を下げたため、リョウマとアスカは思わず椅子から立ち上がり、同じく頭を下げた。
テーブルの食事も少なくなり、宴が終わりに差し掛かった頃、リョウマはふと思い出した。
「そうだ。陛下、ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「ええ。どうぞご遠慮なく」
「はい。ではお言葉に甘えて。私たちの住む世界の名前を、これまで存じていなかったのですが、陛下はご存じではありませんか?」
リョウマの質問を隣で聞いていたアスカは、吹き出しそうになった。彼女は兄の脚をテーブルの下で蹴ると、耳元で囁いた。
「ちょっと、昨日の会話覚えてないの? 陛下は名前には意味がないと考えてる方だって言ってたでしょ!?」
「いてて、あ、そうか。忘れてた」
恐る恐る、皇帝の方を見るリョウマとアスカ、そしてヴァル。だが、皇帝は気分を害した様子なく、答えた。
「ふむ、そうですな。貴方たちの身なりから推測するに『ケオーズ』だと思われます」
「『ケオーズ』…ですか」
「はい。『混沌の世界』とも呼ばれているようです。ですが、あそこはどういうわけか、異世界の人間の出入りが極めて少ないため、情報も少ないのです。私が存じあげていることはそのくらいです」
混沌の世界ケオーズ。その名が表す意味を考えていたリョウマとアスカだったが、その時使用人が大鍋を持ってやって来たため、意識はそちらに向いた。
「よいしょ。姫様、アレが出来ましたよ」
「アレ…? はっ、もしかして、私の大好きだったアレですか!?」
ヴァルは一瞬きょとんとした顔をしていたが、すぐに理解して目を輝かせた。使用人は待ってましたと言わんばかりにハイテンションで、鍋の蓋を開けた。
「その通りです! ずっと作りたくてうずうずしていたんですよ。こちらを美味しく召し上がれるのは、あなた様しかおりませんから。どうぞご堪能ください。マンドラゴラのスープでございます!」
雪の世界でその記憶を取り戻してから、度々耳にしてきたヴァルの好物、マンドラゴラのスープ。それが今、目の前に差し出された。
「これか。ヴァルの好物っていうのは。ちょっと見せてく……」
リョウマとアスカは興味深く、盛りつけられた皿を覗きこんだが、直後に言葉を失った。ヴァルから、好物は見た目は悪いがとても美味しいと聞いていたが、想像以上であった。
マンドラゴラとは、人の姿をした根を持つ伝説の植物である。その根が、切り刻まれてスープの具になり、地獄絵図のような料理になってしまっていた。もしもテレビ番組などで紹介されれば、モザイク処理は必然になるだろう。
しかし、当の本人は気にすることなく、スプーンをスープの海に飛び込ませて口へと運んでいた。
「これです…この味です…。美味しい、懐かしい…」
恍惚の表情で懐かしむヴァルだったが、リョウマとアスカの気分は下がる一方であった。
それから数刻後、城門前の柱に寄りかかる一人の娘。リョウマたちとは別行動をしていたミーアである。城下町で一夜を明かした彼女は、三人を迎えに来たのだった。
三人が城から出てきたのを確認したミーアは、手を振って声をかけた。
「あ、来た。おーい、こっちだよー」
リョウマとアスカはミーアに気づくと、覇気のない声で答えた。
「おぅ、ミーアか…」
「お待たせしたわね…」
ミーアは二人の様子を見て驚き、理由を尋ねた。
「ど、どうしたの? なんか元気ないし、ちょっとげっそりしたような…。お城で、美味しいものいっぱい食べて来たんじゃないの?」
「すみません、私のせいなんです。お二人のことを考えずにアレを食べてしまいましたから…」
ヴァルは説明をしたが、ミーアはさっぱりわけがわからなかった。リョウマはそんなヴァルの気持ちを汲み、言葉をかける。
「いいんだよ。お前の思い出なんだから。思い切り楽しまなきゃ。なあ?」
「そうよ。あたしたちのことなんて、気にする必要ないのよ」
二人の言葉を聞いたヴァルは、また笑顔に戻って心の底から言った。
「ありがとうございます…。皆さんには感謝してもしきれません」
「なんだか知らないけど、大変だったんだねぇ」
「まあ色々とな。それはそうと、ミーアの方はどうだったんだよ?」
「わたしは何不自由なかったよ。ここの人たちみんな親切だったから、ご馳走してもらっちゃった。あと、昨日会ったあの子に町を案内してもらったり…」
話し途中のミーアの視線がリョウマの後ろに行った。そこにはクアの姿があった。何か紙切れを手にしている。
「そうそうこの子。昨日はありがと、ね」
「いえ、こちらこそ。ありがとうございました」
なぜクアがお礼を言うのか、少し不思議に感じたリョウマだったが、その場は特に気にしなかった。
「君、どうした? 何か忘れ物したか?」
「あの、父さ…皇帝陛下から、こちらを預かってきました。どうぞ」
「どうも…ありがとうございます」
クアに渡された紙には、見慣れない文字が書かれていた。この世界の文字であろう。ヴァルはそれを受け取ると、読み上げた。
「これは…次に行くべき場所と、手に入れる物が書いてあります。次の目的地は、狩猟の世界『ファングルド』です。そして、そこにある『チョウガ族の牙』という物を取ってくること。そう書いてあります」
チョウガ族。その言葉を、リョウマは一度聞いたことがあった。
「チョウガ族…。あの試練の世界にいたタンガ族の仲間だったか。すごい荒っぽいって聞いたけどな」
「そうでしたね。でも、行かないわけには。世界の命運がかかっていますから」
「世界の命運? どゆこと?」
何も聞いていないミーアに、リョウマは説明をした。彼女はあまりの事の重大さにピンと来ていない様子で、さらりと言ってのけた。
「なるほど、ね。とにかく、その品々っていうのを集めて持って帰れば、世界は助かるんだね。じゃあ早く行こ。ヴァルちゃんとお兄さんのためにも」
「そうだな。じゃ、俺たち行くよ。届けてくれてありがとう。もう大丈夫だよ」
「はい。あの…」
クアは何か言いたげにしていた。アスカは続きを聞こうとした。
「どうかした? 言いたいことがあるの?」
「い、いえ。その、頑張ってください。お待ちしています」
そう言うと、クアは城へと引き返していった。アスカは少し寂しそうな表情をした。
「怖がらせちゃったのかしら…? あたし、あの子とほとんど話してないから、仲良くなりたかったのに」
「大丈夫ですよ。そんな人じゃないと思います」
クアに関しての記憶のないヴァルは、曖昧な答えをした。
とその時、一行に後ろから声をかける者がいた。
「おお、やはりこちらにいたか」
声のする方を四人が向くと、そこには鱗に覆われた尻尾を持ち、身体のあちこちにも鱗を持つ男がいた。試練の世界タスクルドで出会った、タンガ族の男だとすぐに思い出した。
「ん? あんたはタスクルドの…」
「そうだ。ソファリア族長からこれを届けるようにと言われ、馳せ参じた。どうぞ受け取ってほしい」
男は大きな木箱を背負っており、地面に置くと蓋を開けた。その中には、金の装飾が施された立派な武具が入っていた。
「これは…もしかして頼んでいた?」
「左様。お持ちの剣を使えるようにするためのな。つい昨日完成したので、持って来た次第」
つい昨日という言葉にアスカは疑問を持ち、尋ねた。
「昨日完成したって、こことタスクルドはかなり離れていると思ったけど、お届けはずいぶん早いのね」
「我々タンガ族は、数々の世界へのルートを把握している。ゆえに近道、抜け道も知っているというわけだ。では、これにて失礼する」
男は頭を下げると、町の人混みの中へと姿を消していった。
リョウマは武具を取り出した。手袋付きの籠手にすね当て、胸当てがセットになっている。その中から籠手だけを腕に装着し、手を動かしてみた。動きを妨げず、それでいて丈夫そうな造りだった。
「ウマ兄、あの剣、抜いてみれば」
「そうだな。試してみるか」
リョウマはずっと荷物でしかなかった炎雷の剣を持ち、恐る恐る鞘から抜いてみた。たちまち高熱を発する剣だったが、タンガ族製の籠手は熱を全く通さず、普通に持つことができた。
「おお、熱くない。すげえ。それに見た目もイケてる…気に入った」
「やったねリョウマ。とってもカッコいいよ。これで貴方も、戦えるじゃない」
誉めちぎるミーアに、満更でもない表情を浮かべるリョウマ。だができれば、戦うことのないようにと思っていた。
「ありがとな。よし、これで準備は整った。行こう、次の世界に」
「はい。次の場所は海の世界『セアリア』です。そこを経由してファングルドへ行けます」
「じゃあ行きましょ。あたしたちの世界を守るためにも」
一行は、ヴァルの案内で次の世界へと向かった。
その頃、会話を交わす者がいた。そこがどこかはわからない。ただ暗闇だけが広がる空間に、二人が密談をしていた。一人は正体不明の大男、そしてもう一人は、幾度もヴァルたちの旅の裏で暗躍していたあの死神だった。
「一角獣、故郷に帰って来たらしい」
「…そうだな。しかし何も問題はない。既に手は打ってある。例え失敗しようとも、その次の手段を使えばよいだけのことよ」
二人は次の世界へ向かう一行を迎え撃つ相談をしていた。死神は立ち上がると、得物の大鎌の刃を先端から二つに分け、巨大な斧に変化させた。男の命令に、自らの本気の意思を表明させたかのようだった。
「お前も、わかっているだろうな? 役目を全うするのだ。成し遂げた暁には、褒美を授けよう」
「御意。ありがたき幸せ…」
死神は一瞬で消えた。あとには、謎の男だけが残されていた。