一角獣兄妹の過去
虚無の世界を後にしたあたしたちは、次元の穴をくぐり別の世界へとやって来た。そこは、さっきまでの重苦しい場所とは全く違い、青空が広がる世界だった。
「素敵なところね。ここは何ていう世界なの?」
「ここは商人の世界『マケトルド』だな。私もこれまでに何度も来たことがある。危険なところではない。安心していい」
それからエクスは、人の暮らす集落に行こうと言い、あたしの前を歩いた。見知らぬ土地を歩くことに、不安とそれ以上の好奇心を抱くあたしは、聞きたいことが次から次へと溢れてきていた。
「ね、ねぇ。ちょっと聞いてもいいかしら?」
相手が異世界の人間、それも高貴な身分の若い男だと思うと、急に緊張してきた。そんなあたしの心情を察したのか、エクスは前置き付きで答えた。
「私は皇子ではあるが、ただの意味のない肩書きに過ぎん。気にしなくてよい。何でも答えよう。…答えられる範囲でだが」
それを聞いて一安心したあたしは、質問を開始した。
「ありがとう。じゃあまずは……この世界は商人の世界だって言ってたけど、どんな世界なの?」
「言葉通りの世界だ。ここは古来より、商売をする者が集まって来る場所なのだ。最初はここに暮らす人々だけだったようだが、いつしか他の世界から来た者が増え、今では世界自体がひとつの店のようになってしまった。それゆえに品揃えも多く、ここで見つからない物はないとすら言われている」
なんだか大型デパートか百貨店みたいな言い方だ。少し現実的な話になってきたと思ったあたしは、気分を変えようと次の質問をした。
「なるほどね。ところで、前にも来たことがあると言ったけど、皇子様なのに許してもらえたの?」
「まあな。そのあたりは問題なかった。ヴァルと離れさせられた私は、親族の元に預けられたのだが、親代わりになった親族は寛容で、私は何不自由ない暮らしをさせてもらえたのだ。妹と会えない日々は確かに寂しかった。だが、私はひとつの楽しみを見つけた」
「楽しみ?」
「他の世界を旅するということだ。成長したある日、私は親族に、外の世界を見てみたいと頼んだ。初めは、親族も一緒に行った。仮にも皇族の身に何かあっては大変だと思ったのだろう。だが次からは一人で行きたいと頼んだ。親族はどうすべきか困っていたが、私の想いを尊重してくれた。それからというもの、私は頻繁に家を出て、何日も旅をし、また家に帰るという日々を過ごしていたのだ。今となっては、もう長い間家には帰っていないがな」
話し終えたエクスは、青空を見上げた。世界の美しさを身体で感じるかのように。
「あなたってけっこう行動的な人なのね。そこまで旅をしたい理由は?」
「そうだな。この目で、色々な世界の草木や海、生物や物を見て知り、そして人と出会うことが楽しいからだ。まだまだ私の行ったことのない世界がある。あのヤムーにいたのも、独自に調査をしたかったからだ。そなたがカオスと呼ぶ怪物が、最近他の世界でも確認されているらしいからな。…ところで話は変わるが、アスカの故郷は何という世界なのだ?」
世界の名前。もし自分たちの世界の他に異世界が存在したら、という想像は数えきれないほどしてきたけど、そんなこと考えてみたこともなかった。
「ごめんなさい、わからない。あたしたちの世界の名前なんて今まで聞いたこともなかったわ。自分たちの他にもたくさんの世界があるってことも」
「そうなのか。世界間の移動を日常的に行っている者が多いが、アスカの世界は閉塞的なのかもしれないな。…む、着いたぞ」
エクスが足を止め、あたしもそれに倣った。村、または街と呼ぶのが正しいのかわからないが、そこはたくさんの出店が建ち並ぶ所だった。人々も活気に溢れ、楽しそうに物を売り買いしている。
エクスは行くべき場所が決まっているらしく、どんどん先へ進んでいく。人々の身なりはいかにも村人、町人というような、派手な服装ではなかったが、だからこそエクスの鎧姿が目立っていた。周囲の人々の視線が集まっているのが感じられた。
「そういえば、あなたは変わる力は持ってないの?」
「変わる?」
あたしの質問に、エクスは不思議な顔をして答えた。あたしはヴァルが、戦闘時に姿や空間を変化させることができると説明した。
「それは適応変化魔法だろう。ヴァルの固有能力だ」
「適応変化魔法…」
「昔、一度だけ見たことがある。ヴァルが手にした一輪の花が、たちまち薬草に変化したことを。その時ヴァルは転んで傷を作っていた。あれは、触れた物をその場に必要な物に変える能力なのだ。その力に名前をつけたのは父上だったな」
ヴァルは魔法を使えるのか……すごい。不思議な力を間近で見てはいたけど、それが魔法だと認識してなかった。また一歩、夢のファンタジー世界に足を踏み入れることができたと思ったあたしは胸が高鳴った。
「私はそんな力は持っていないが、それは仕方のないことだと考えている。武力においても癒しの力においても、妹より私の方が勝っているのは事実だ。魔法が使えるのは、神があいつに与えた特別なものだと私は思う」
「そういうことだったのね。あなたも旅をするなら、姿を自由に変えられたら便利だったかもしれないのに残念ね」
周囲の人々に目を移しながらあたしは言った。
「私は特に気にしていないがな。先にも言った通り、ここには幾度も来たことがあるゆえ、顔見知りも多い。…むしろ、見た目で言えばそなたの方がここでは珍しいな」
「え…あたし?」
確かに、あたしの服装はかなり目立っていたが、人々の視線はエクスに向かっているのだと思っていた。自分に視線が向けられていると意識したら途端に恥ずかしくなり、顔を伏せて歩いた。
「まあ心配することはない。今から行く店でそなたの服を買おうと思っている。そうしなければ動きにくいだろうからな」
エクスはあたしを心配してか、そう言った。
「…いいの? そんなことしてもらって」
「ヴァルを育ててくれた礼はすると言っただろう? 着物くらい、安いものだ」
やがて、目的地と思われる店にたどり着いた。木造の小さな建物で、色々な世界の服が売られている。だけどあたしたちの世界にあるような服はなかった。扉を開けて中に入ると、店員は見当たらなかった。エクスは店の奥に向かって声をかけた。
「アキド、アキドはいるか? 私だ。エクスだ」
アキドと呼ばれた店員は、奥からひょこりと現れた。年齢はあたしとあまり変わらない、中肉中背の男だった。
「おっ、エクスの旦那じゃないですか! ご無沙汰してやす。お買い物ですかい?」
アキドは手をすり合わせながら聞いてきた。いかにも調子の良さそうな人だと思った。
「ああ。だが今日は私ではなく、こちらの女性に合う物を頼みたい」
そう言うとエクスは、あたしの背中を優しく叩いた。
「どうしたんですかい? えらい美人さんと一緒で? もしかして、奥方様で?」
お、奥方…。全然違うけど、そんなこと言われたら照れるわね…。あたしは思わず身を強ばらせた。だがエクスは微塵も気にしない様子で言った。
「馬鹿を言うな。少し理由があってな。他の世界から迷い込んだところを助けたのだ。彼女にとっては初めての異世界ゆえ、まずは着物を調達したいと思う」
「なるほどそういうことですかい。承知しやした。ではこちらに。お好きな物を選んでください」
アキドは商品が並ぶ棚に案内し、エクスとあたしは服を選んだ。この世界で歩くにはこれくらいがちょうど良い、と言ったエクスは、派手でも地味でもない至って普通の洋服を選んでくれた。女物なのか腰にはミニスカートが付いている。あたしは別に何でもよかった。どんな格好であれ、夢にまで見た異世界を楽しめるのであれば。
「お決まりですか? もしここでお着替えでしたらあちらの部屋を使ってくださいまし」
「アスカ、支払いは私がしておく。その間に着替えてくるといい」
「わかった。色々ありがとう、エクス」
着替えを済ませ、支払いを終えたあたしたちはアキドの店を出て、再び歩き出した。少し歩いた先に噴水のある街の広場があり、あたしたちはそこで一休みすることにした。二人並んで腰を下ろすと、エクスが口を開いた。
「すまないな、もう少し良い物を買ってやることもできたのだが、あまり目を引いても仕方ないと思ったからな」
「そんなこといいのよ。あたしはこれで十分満足してる。これ以上のことなんて、求めてないから」
あたしはエクスに微笑みかけた。自分は元々あまり笑わない方だし、上手く気持ちが伝わったかわからなかったが、エクスは口元を緩ませていたので安心した。
「そうか、それならばいい。…そうだアスカ、手を出してくれるか?」
「手を? いいけど…」
あたしは片手を手の甲を上にして差し出した。エクスはその手を取ると自らの胸の前に持っていき……。
「ちょ、ちょっと! 何を…!?」
さっきアキドに奥方様ですかと言われたから無意識に意識していたのかもしれないが、まさかとは思ったけどこの流れだと、手の甲に口づけをするのだと思っていた。何かの儀式というか、おまじないのつもりなのだろうか。ま、まあ悪い気はしないわよね。でも周りに人も多いし、やっぱり照れくさいな…。
しかしあたしの勝手な想像とは裏腹に、エクスは優しく手をひねり、手のひらを上にするとその上に小袋を置いた。
「少ないがここでの通貨だ。申し訳ないが、少しばかり調べたいことがある。それは自由に使っていいから、しばらく一人にさせてもらえないか」
「い、いいけど…」
「そなたを守ると言っておきながら無責任かもしれぬが、許してくれ。ここでは心配はないと思うが、もし何かあれば先ほどのアキドの店に行け。あれでも信用できる男だ。日が暮れる前には戻る。この広場で落ち合おう。では、失敬する」
そう言い残すと、エクスは人ごみの中に向かっていった。残されたあたしは、自分の馬鹿みたいな妄想に恥ずかしさと可笑しさを感じながらしばらく座っていた。だってあんなことされたら誰でも勘違いするじゃない…。そういえばヴァルも、傷を治すのにウマ兄に抱きついて勘違いさせてたっけ。
『ふふ、あの二人、本当に兄妹なのね。そういうとこ、よく似てるわ。さて、せっかくもらったお金だし、無駄遣いしないで使わせていただこうかしら』
あたしは立ち上がると、エクスとは別方向に歩いていった。
自由に使っていい、と言われても何に使おうか。そういえば少しお腹が空いていた。何か食べ物を買おうかな。あたしは食べ物屋を見つけると、近づいて品物を見た。自分の世界でいう、串団子のような物が売られていた。これを買おうと思い、店員の中年女性に声をかけた。
「すみません、これをください」
「はい、毎度あり。百ゼルだよ」
ゼル?ここでのお金の単位かな。足りるとは思うけど、どれくらい出せばいいんだろう。エクスから受け取った袋の中を見ると、金貨が三枚入っていた。あたしはそれを一枚出し、一言付け加えて渡した。
「ごめんなさい、ここに来たのは初めてでよくわからなくて。これで足りるかしら?」
店員は少し驚いた表情で受け取り、言った。
「一万ゼルもくれるのかい? それじゃお釣りが出せないよ。…あはは、冗談だよ。はい、じゃこれと、お返しの九千九百ゼルね」
エクス、皇子は肩書きだけなんて言ってたけど、お金持ちなのね。こんなに持たせてくれていいのかしら。持ち逃げされるなんて思ってないのかな。あたしのこと、信用してくれてるってことかな。それとも単に純粋な心の持ち主なのかも。そんなことを考えていたあたしは、現実に戻った。
店員から団子と、銀貨と銅貨九枚ずつを受け取ったあたしは、店を後にした。歩きながら団子を一口かじったら、とても美味しかった。甘い蜜がかかっていたけど甘すぎず、永久に食べてしまえそうなほどだ。いいなぁ、こういうの…。退屈で嫌な日常を抜け出しての、のびのび異世界ライフ。ずっとここで過ごしてもいいかも。でも欲を言えば、もう少し刺激が欲しいかな。魔法なんか使ってみたい。
そんなことを考えていたあたしの目の前に、ひとつの店が目に留まる。とても小さく、テントのような日除けだけが取り付けられた簡素な店だった。しかし、売られている物に心を奪われた。綺麗な石が埋め込まれた首飾りや指輪など、装飾品を扱う店らしい。お土産にいいわね。けっこう高そうだけど、多分足りるだろう。ひとつだけなら…。
「おうおう嬢ちゃん、どうしてくれるんだ?」
品物を眺めているあたしの近くで、荒々しい男の声が聞こえた。何事かと思い声のする方を見ると、大柄な男とその仲間と思われる細身の男二人が、小さな女の子を見下げていた。女の子は怯えた表情で困っていた。
「あの、ごめんなさい…」
「ごめんなさい、じゃないんだよ。謝ったらこれ、直るのかい?」
仲間の男が指さした大柄な男の服の裾が敗れていた。あたしはだいたいの予測がついていた。
「なあ、母ちゃんか父ちゃん呼んでよ。話にならないからさ」
「う、うん」
女の子が店の奥に行き、母親と思われる女性が出て来た。男たちは更に威圧的になった。
「あの、うちの娘が何か…?」
「何か、じゃねーんだよ! てめんとこのガキがうろちょろするから、俺の服が品物に引っかかって破れちまったじゃねーか! どうしてくれるんだよ!?」
その時、あたしは見た。女性が大柄な男に気を取られている間に、仲間の男が品物をこっそり盗んでいるところを。
「も、申し訳ありません。何とお詫びすればよいか…」
「まぁ…俺も鬼じゃないからな。やるべきことをやってくれたら許してやんよ」
「は、はい。では…?」
「では、じゃねーよ。言っとくが、ただ謝れって言ってんじゃねーぞ。よく考えろよ?」
男の傲慢な態度を見るたび、あたしは怒りがこみ上げてきた。あんな小さな子供、弱々しい女性を虐めるなんて。おまけに万引きまでしてる。絶対許しておけない。
「で、では、こちらをどうぞ…。これでどうか、お許しください…」
女性は一度店の奥に戻ると、大きな袋を持って戻ってきた。おそらく、中にはお金が入っていたのだろう。
「わかってるじゃねーか。ありがとよ。じゃあな」
男たちがあたしの側を通る時に、ちょろいなとか、盗んだ物を高く売ろうぜとかの言葉が聞こえてきた。もう我慢できない。あたしは男たちに何か言おうと店から出た。
しかし、それは出来なかった。男たちは腰に短剣を吊るしていた。それを見たら、怖くなってしまったのだ。元の世界で、ウマ兄とヴァルを痴漢冤罪から助けたことはあった。でもそれとこれとは話が違う。この世界では、自分たちの常識は通じない。ヤムーでエクスがあたしにそんなことを言っていたが、その言葉の真意を理解できたような気がした。
男たちに威圧されていた親子を見ると、子供が母親の身を案じていた。
「お母さん、大丈夫? ごめんなさい。あたしのせいで」
「あなたは何も悪くないのよ。大丈夫だから、悲しい顔しては駄目よ。お客様が不安になっちゃう」
健気な娘の様子を見ると、心が痛んだ。あたしは店の一番綺麗で好みの首飾りを手に取ると、母親のところに行き声をかけた。
「あの、すみません。これをいただきたいのですが」
「は、はい、えー、七百ゼルになります」
あたしは、エクスにもらったお金を袋ごと渡した。
「ありがとう。じゃ、これで」
「あ、あの…お客様?」
母親の声が届かない場所へ早く行こうと、あたしは足早にその場を去った。少し歩いたところで、さっきの女の子が追いかけて来て、あたしの脚を叩いた。
「待ってお姉ちゃん、これ忘れてるってよ」
母親に渡して来るように言われたのだろう、女の子の手にはお釣りの入った袋がジャラジャラと音をたてている。あたしは女の子の目線に合わせてかがみ、答えた。
「いいのよ。それは全部あげるって、お母さんに言っておいて」
「でも、お母さんが返してって」
「いいの。お客さんがそう言ってるんだから」
女の子は少し困った顔をしていたが、あたしはお釣りを受け取る気はさらさらなかった。
「ねえ。お母さんのこと、好き?」
「うん、大好きだよ」
「そう。いい子ね。だったらお母さんのこと大切にしてあげてね。あなたを育ててくれた人なんだから、とっても偉くて強いの。あんな悪い人たちなんか、敵わないんだから。じゃあね」
そう言い残し、あたしはその子の前から去った。
噴水広場に戻り、座ってエクスを待つと、数十分後くらいに彼は帰ってきた。特に荷物が増えた様子はなく、来た時と何ら変わらなかった。
「すまない、待たせたか?」
「ううん。平気よ…」
良く言えばクール、悪く言えば冷たいなんて言われるような性格だけど、その時のあたしはきっと顔に気持ちが表れてしまったに違いない。エクスは少し怪訝な表情を浮かべ、尋ねてきた。
「どうした? 元気がないようだが。もしや何事かあったのか? アキドのところへ行ったか? それともまさかあいつが何か…」
「違うの。その…実はあなたにもらったお金、全部使っちゃってね」
「ぜ、全部か…? まあ、自由に使っていいと言ったし何も問題はないが。一体何に使ったのだ?」
あたしはエクスに、装飾品売り場であったことを包み隠さず伝えた。エクスは黙って頷きながら聴いていたが、話し終わると口を開いた。
「そなたは優しいのだな。アスカのしたことに間違いはない。誇るべき行動だと言える」
「そう言ってもらえると嬉しい。でも、本当のことを言うと悔しいの。あんな悪人たちをのさばらせておくなんて、納得できない」
エクスの言葉はありがたかったが、やはり悔しい気持ちはおさまらなかった。思えば元の世界で余計なことに手を出して痛い目を見たばかりなのに、また同じようなことをしようとしていた。でもそれが、神宮寺アスカの性分なのかもしれない。
あたしの本音を知ったエクスは、重々しく話を続けた。
「人が集まれば、そこには様々な想いが生まれる。良い感情、意思もあれば、必ず邪な感情も生まれてくるものだ。それは仕方のないことと言ってしまえば、それまでなのだがな。世界というやつは、誠に思い通りにならないものだ」
「あたしの世界でもそんな人間、掃いて捨てるほど見てきたけど、どこに行っても同じなのね」
あたしはひとつため息をつき、空を見上げて気持ちを落ち着かせようとした。しかし、エクスに打ち明けたことでだいぶ気分が楽になっていた。
「アスカ、力が欲しいと思ったことはないか?」
唐突に、エクスが聞いてきた。
「力…?」
「そうだ。異世界を巡るにも、身を守れる力くらい身につけておいても損はあるまい。だが、そう簡単に手に入れられるものでもないが…」
エクスの話が終わる前に、あたしは答えを出していた。魔法を使ってみたいという欲望と、もう悪に屈するのは嫌だという反骨精神があたしを動かしていた。
「欲しいわ。どんなこともする。お願いしたい」
「よし、では明日、別の世界へ出発しよう。今日はもう遅い。宿屋へ行くぞ」
エクスの案内で宿屋に行き、食事を済ませて別々の部屋で寝床に入った。でも、不安と興奮、そして期待ですぐには眠れなかった。心配するヴァルとウマ兄の顔が思い浮かぶ。
『ごめんなさい二人とも。ちゃんと帰るから、もう少しだけわがままを許して』
心の中でひとり呟いた。昼間に買った、首飾りを握りしめて。
翌朝、宿屋を出たあたしは、またエクスの案内で街の外に出て、しばらく歩く。やがて、空間の裂け目が見えた。
「この先に、修行の世界『ジパグリア』がある。そこで経験を積み、力を授かることができる。ただし必ずという保証はない。それでも行くか?」
「もちろんよ。ここまで来て後戻りするつもりはないわ」
「わかった。では、参ろう」
あたしとエクスは、裂け目をくぐった。
一瞬で到着した新たな世界は、うっそうと木々が生い茂る場所だった。空気がなんだか懐かしい。ここはどんな世界なんだろう。修行の世界と言ってたけど…。何気なく上を見上げたら、驚きに目を見開いた。見たことのあるような、石でできた階段がずっと続いている。そしてその上に少しだけ見える建物は、まるで元の世界に存在するお寺みたいだ。あたしは今いる状況を理解しようとしたが、少し混乱していた。