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災厄か英雄か

「ああおそろしや…我らがジェネラス様がいらっしゃらないこの日にこのような…」

「おい、なんか見たことないのが飛び出していったぞ。俺たちを助けてくれるのか?」

「誰だか知らないけどいいぞ、やれやれ!」

 リョウマたちの制止を振り切り、ヴァルは角を伸ばし、槍を構えて巨大なカオスへと突っ込んでいった。村人たちは、まだその正体に気づいていないらしく、怪物に立ち向かう謎の戦士としか認識していないようだった。

「あの子ったら…ああ見えて無鉄砲なところあるのね」

 一直線に走っていくヴァルの背中を見、アスカは困ったようにこぼした。

「ずいぶん冷静だな。あいつのこと心配じゃないのか? それに、ここの人たちに気づかれるのも時間の問題だぞ」

「言われなくてもわかってるわよ。心配じゃないわけないでしょ? 馬鹿じゃないの…」

「ちょっと、こんな時にまた喧嘩? 本当いい加減にしなよ! そんなことして何になるっていうの?」

 またしても険悪になる兄妹に、見かねたミーアが仲裁に入った。

「…悪い。そうだよな、ヴァルのこと助けてやらないとな」

 リョウマはすぐに落ち着き、自らの行いを反省した。アスカはというとフンと鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。

 巨大なカオスはその大きさに違わず、すさまじい怪力を発揮した。腕の一振りで建物を破壊し、一歩一歩が地面に深い足跡を残していた。ヴァルは攻撃を避けつつ、突破口を探した。

「カオスの弱点はあの目のはず。身体は大きくてもきっと…!」

 過去の経験から、カオス腹部の大きな目に一撃を食らわせようとするが、敵の攻撃に邪魔されて上手くいかない。やがて、遠くから見ていた村人たちは、その正体に気づき始めていた。

「なあ、あれ、言い伝えの一角獣の獣混人に似てねえ…?」

「いや、そんなまさか…」

 と、その時声を上げたのは、ヴァルたちがこの世界(ランドリア)に来た時に出会い、危機を救った女性だった。

「やっぱりだ! あたしが見たのは夢じゃなかった。村の外で見た一角獣だよ! きっとまたランドリアに災いをもたらすつもりなんだ!」

「ち、違う。あいつはそんな奴じゃ…」

 思わず、リョウマは声を出していた。村人たちの視線が一斉に彼に注がれる。

「お前らあの女と一緒にいたな。ってことは仲間か!? この疫病神めが…」

「ちょっと待ってよ、ヴァルちゃんはみんなを守るために戦ってるんじゃない。そこんところわかってよ…」

「黙れ。お前、見たところ獣混人だな? そんな奴の話など聞く耳持たぬわ」

 興奮した村人たちの言葉は容赦なかった。ジリジリとリョウマたちを包囲し、ヴァルを除いた三人は背中合わせになってしまっていた。

「どうしてくれる!? 神聖な祭りが台無しではないか! しかもとんでもない来客も連れてな!」

「だから誤解だって。ヴァルがその神様を死なせた犯人って証拠もないんだし…」

「証拠ならあるわ! 村の書庫にしっかりとあの一角獣の姿が描かれているんだから!」

「そうだそうだ、言い逃れをするなよそ者が!」

 村人は老若男女が、リョウマたちを非難した。何も言い返していなかったアスカだったが、突然息を飲むと叫び声を上げた。

「ああっ!! ヴァル……!」

 リョウマもミーアも村人たちも、その声に驚いてヴァルとカオスの方を向いた。


 そこにはヴァルの姿はなく、巨大なカオスだけが立ち尽くしていた。


「おい、ヴァルは…? まさかあいつに…」

「…あ、あたし見たのよ。あの子がか、カオスの足の下敷きになるのを…」

 流石に動揺を隠し切れないのか、アスカはどもりながら説明した。カオスは片足を前に出して、いかにもたった今何かを踏み潰した、というような姿勢をとっていた。

「そんな…」

「ヴァルちゃん…」

 リョウマもミーアも、悲嘆にくれていた。村人たちですら、非難を止めてざわつき、カオスを見つめていた。

 カオスが片足を上げて次の標的を探そうとしたその時、地面からひょっこりと顔を出す者があった。

「あ、危なかったです……」

 ヴァルだった。咄嗟(とっさ)の判断で水馬(ケルピー)の力を使い、足元に水場を作ってやり過ごしていたらしい。

「あっ、おい! ヴァルは無事だぞ! まったく、ヒヤヒヤさせやがって…」

「ほっ、良かった。ほらアスカ、顔を上げなよ」

「え、ええ。良かった…ヴァル…」

 三人はヴァルの無事を喜んだが、すぐに次の問題に直面する。村人たちは再び非難を始めた。

「おい、これで終わったと思うな。まだ村の危機は去ってないのだからな」

「いや、だからあいつが戦ってくれてるんじゃないか。今は俺たちも言い争ってる場合じゃ…」

「話を逸らすつもりか!? さしずめあの化け物もお前らが呼び込んだのだろう。全てはお前らの仕業に違いない!」

 根も葉もない話を持ち出した村人に、アスカも我慢できずに言い返していた。

「なんですって…? 黙って聞いてれば勝手なことを。思い上がりもほどほどにしなさいよ!」

「おお怖い。よそ者に獣混人はみんなこうなのかしら? とっとと出て行きなさいよ、この村から!」

「そうだ、出て行け!」

 村人たちはリョウマたちの服を、腕を、髪の毛を掴み、ミーアは尻尾も掴まれた。揉み合いになり、事態はますます深刻化していった。

「ちょ、おい止めろよ! …こいつら聞く耳持たねえな」

「仕方ないわよ。頭に血が登ったら誰だってそう…。だからって許されることじゃないけどね!」

「いたたっ、ちょっとどこ触ってんの!? 離しなさいってば! もう、あったまきたよ!!」

 ミーアは牙(というよりも八重歯)をむき出して威嚇の姿勢をとった。

 と、その時ヴァルとカオスの戦いにもまた動きがあった。カオスの腕の一撃で、ヴァルは大きく薙ぎ払われた。彼女の身体は、勢いよく石碑に叩きつけられた。

「うぐ……」

 声にならないうめき声を漏らすと、ヴァルはどさりと地面に落ちた。

「ヴァル…! あなたどうしてそこまでするの? こんなに酷いこと言われてるのに…」

 アスカはヴァルの身を案じ、同時に理不尽な仕打ちに憤りと嘆きすら感じ、地面に膝を着くと顔を手で覆った。リョウマは、何もできない自分にもどかしさを感じた。だが、村人はなおも誹謗中傷の言葉を浴びせる。

「ああ、ジェネラス様を祀った石碑が…。どうしてくれる一角獣!」

「この村もおしまいか…。まさかこのような災厄が降りかかろうとはのう」

「これも全部お前のせいだ、ジェネラス様がいらっしゃればこんなことにはならなかったものを…」


「いい加減にしろよっ!!!」


 口々に罵る村人たちに、その場一帯に聞こえるほど大声を張り上げたのは、リョウマだった。アスカとミーア、村人たち、そしてヴァルも、彼の方を見た。

「なんだと? もう一度言ってみろ小僧」

 村人の一人が、嫌悪感を(あらわ)にしながら聞いた。

「いい加減にしろって言ったんだ。 何であいつのことわかってやれない! あいつがどんな思いで身体を張ってると思ってる!? 目に見えない神様よりもたった今、一人の女の子がどうにかしようと必死に戦ってるんじゃねーか! なのにあんたらは自分たちは何もせず、神様がいないからって言うばっかりだ。それなのに、どうしてそんなことが言えるんだよ!?」

 言いたいことを全て吐き出した後、リョウマは荒い呼吸を整え、ヴァルを助けようと彼女の元へ歩いていった。

 しかしカオスも、ヴァルにとどめを刺すつもりなのかゆっくりと近づいていた。リョウマは思わず足を止め、近くで見るカオスの迫力に圧され後退りをした。


「がんばれ、お姉ちゃん」


 その時、ヴァルを応援する声が聞こえた。小さな声であったが、奇妙なことにその場の全員に聞こえる声だった。声のする方を見ると、昨日リョウマたちが出会った、灰色の髪を持つ不思議な子供がそこにいた。

「ほらほら、村がめちゃくちゃにされちゃうよ。みんなであの人を応援しなくちゃ」

 子供は村人たちを焚き付け、 ヴァルを応援させようと仕向けた。だが、一人の子供の言うことを素直に聞く者はおらず、誰一人応援する()()()いなかった。

 しかし、村の子供たちは、少しずつ声を出し始めた。純粋無垢な心を持つ幼い子供であるからこそ、今すべきことがわかっているのであろう。周りの村人たちに流されることなく、ヴァルの応援を始めたのだった。

「おねえちゃん、まけないで」

「わるいやつをやっつけて」

「おまつりをまもってください」

 子供たちの励ましを受け、ヴァルは力を振り絞り立ち上がった。リョウマはヴァルに指示を出すため、魔法具を取り出した。

「ヴァル、大丈夫か? いけるのか?」

「はい、なんとか」

「…よし、じゃあ作戦だ。あのデカいカオスを倒すには、やっぱり弱点の目を狙うしかないと思う。だけどあいつの目は二つ。それにあの図体だから、二つの目を一気に攻めなきゃいけないと思うんだ。それで…」

 作戦を説明するリョウマに割って入る者があった。それはアスカだった。

「待ってウマ兄。あたしも協力したい。いえ、協力させて」

「え? お前…」

 先ほどまで喧嘩をし、関係は最悪だった兄妹。リョウマは言葉が出なかった。

「何よ? 他人任せ、神任せばかりじゃ駄目って言ったのはどこのどなただったかしら。あたしもできることをしたいのよ」

 アスカはクールに、しかし口元を(ほころ)ばせて言った。リョウマは少し戸惑ったが、すぐに我に返ると説明に戻った。

「あ、ああ。そうだな。じゃああのカオスの二つの目を…」

「リョウマ、アスカ。わたしも手伝いたい。何でも言って」

 ミーアも二人の元へ駆け寄る。アスカは、そうなることが決まっていたかのように瞬時に指示を出した。

「ありがとうミーア。じゃああなたの力と、ボウガンを借りてもいい? あと、射撃の腕に自信はある?」

「うん、もちろんだよ。任せといて」

 得意気に胸を張り、ボウガンを取り出すミーア。リョウマは心配そうに尋ねる。

「アスカ、どうするつもりなんだ?」

「二つの目を同時に攻撃するんでしょ? ちょっと試したいことがあるの。ウマ兄はヴァルに合図を出して頂戴」

「わかった。お前を信じるよ」


 準備が整うと、ヴァルは背中から翼を生やし、天馬(ペガサス)の力を使って宙に浮いた。ミーアはボウガンの引き金をいつでも引けるように構え、アスカはその銃身を支えるように持った。

「ウマ兄、ヴァルに伝えて。カオスの注意をできるだけ逸らして隙を作るように」

「わかった。ヴァル、いいか……」

「…はい、承知しました」

 アスカの指示どおり、ヴァルは空中を縦横無尽に飛び回り、カオスを撹乱(かくらん)した。カオスは腕を振り回し、なんとか叩き落とそうとしたが、逆に自らの蛇の腕が絡まってしまい、遂に大きな隙を見せた。リョウマはここぞとばかりに、ヴァルとアスカに合図を出す。


「よし、今だ、みんな!!」


「はいっ! …やあぁぁっっ!!!」

 ヴァルは渾身の力を込めて、カオスめがけて突進した。


「…我、力を行使する。是、邪悪なるものを滅するため。友を、兄を守るため。力の行使を許したまえ……ミーア、今よ!」

「いっけぇぇぇ!!」

 ミーアの放った矢に、アスカの気の力が加えられ、大きな鳥の姿になって勢いよく飛んでいった。


 二つの攻撃はほぼ同時に、巨大カオスの目に命中。カオスは動きを停止したかと思うと、一瞬で煙のようなものになり、跡形もなく消え失せた。

 ゆっくりと地面に降りたヴァルは、膝をついて通常の姿に戻った。体力を消耗したのであろう、浅く呼吸をしていた。彼女の無事を確かめるべく、リョウマたちは急いで駆け寄った。

「おい、大丈夫か?」

「ヴァル、しっかりして…」

「あんなに大きなカオスをやっつけたんだもん、無理もないよ。本当、お疲れ様だよ、ね」

「み、皆さん、ありがとうございます。私は大丈夫です。それより…」

 四人の元に、村人たちが集まってきた。どこか恐れているような、不審な表情をしている者がほとんどだった。

「な、何さ。まだ何か文句あるの?」

 ミーアは再び威嚇の姿勢に入った。村人の一人が口を開いた。

「あの化け物を倒してくれたことは感謝する。だがな、そもそもその一角獣が我らの神を殺さなければこのようなことには…」

「だ、か、ら! 人違いだって言ってんじゃん! なのにヴァルちゃんは貴方たちのために命懸けで戦ったんだよ? 何でわかってくれないかなぁ!?」

 村人が何かを言おうとした時、村長ダーネスが口を挟んだ。カオスが現れてから、他の村人に助けられ、どこかへ避難していたらしい。

「止めぬか。この者たちに話がある。下がれ」

 村人は黙り、その前にダーネスが立った。リョウマたちは思わず身構えた。

「そんなに警戒しなさんな。そこの、ヴァルと申したか」

「は、はい!」

「そなた、先刻の戦いで翼や魚の尻尾を生やしていたようだな?」

「はい、その通りです…」

 それを聞いたダーネスは少し考えるように目を閉ざし、しばらくして言った。

「ふむ…わしは獣混人について詳しくはないが、もしかするとそなたは一角獣ではあるが、純粋な一角獣ではないのかもしれぬな。とすれば、ジェネラス様の命を奪ったのも別人やもしれぬ。それに、そこのお主」

 ダーネスの顔がリョウマの方を向いた。突然自分に話が向けられたリョウマはドキリとした。

「お主の言うことももっともじゃ。わしは今回の一件で身を持って知った。あのような怪物に襲われた際、自衛すらできない自分たちの弱さについてな。それを教えてくれたのはそなたらじゃ」

 そこでダーネスは間を置き、頭を下げながら言った。

「この村を救ってくれて、ありがとうよ」

 その言葉に四人ともきょとんとし、何も言えなかった。ヴァルの周りにはいつの間にか子供たちが集まっていた。しかしあの不思議な子供はいなかった。

「ありがとう、おねえちゃん」

 子供の言葉を聴いたヴァルは、(せき)を切ったように涙が溢れ出た。

「わ、私こそ、ありがとう、ございます……」

「おねえちゃん、なんでないてるの? どこかいたいの?」

 ヴァルは何も言わず、ただ泣きながら首を横に振るだけだった。



 その後、リョウマたちは一度宿屋に戻る。村人たちからは村を救った英雄としては扱われなかったが、疫病神のように非難されもしなかった。ただどこか、気まずそうな気持ちが汲み取れた。

 ヴァルはひとしきり泣いた後、深い眠りに就いていた。彼女をベッドに寝かせると、三人は腰を下ろし、まずリョウマが口を開いた。

「よく眠ってんな、ヴァル」

「あれだけのことが一度に起こったんだもの、疲れ果てたんでしょうね。精神的にも、肉体的にも」

 リョウマとアスカはいつの間にか普通に会話していた。

「結局なんだったんだろな。神様を殺した一角獣って」

「さあね。ヴァルじゃないってことは本当だと思うけど」

「ま、行けばわかるだろ。ヴァルの故郷に親父さんがいるんだし」

 アスカはそこで、少し照れくさそうに切り出した。

「でも、ウマ兄のさっきの一喝、あたしにもけっこう響いたわね。見直したわ。少しだけね。あたしの手帳を持ち出したこと、これでチャラにしてあげる」

「そりゃどうも。てか、やっぱりまだ許されてなかったのか…」

 苦笑いを浮かべながら、リョウマは言った。

「当然でしょ? 乙女の秘密を勝手に覗かれたんだから。ありがたく思ってよね」

「そんなこと言ってアスカ、昨日部屋で一緒だった時に謝りたい、意地張るんじゃなかったって言ってたよね?」

 ミーアが横槍を入れると、アスカは慌てふためいた。

「ちょっとミーア! それは言わない約束よ…」

「あれ、そうだっけ? ごめんごめん忘れてたよ」

 ミーアはわざとらしく頭を掻き、あまり反省する様子は見られなかった。アスカは咳払いをひとつすると、改まって話を続けた。

「こほん、…ま、まああたしも、ちょっとは自分が悪かったって思ってるから。謝るわ。意地張ってごめんなさい」

「もういいよ。お互い様だろ?」

 その時、部屋の扉をノックする音が聞こえた。リョウマは立ち上がり、扉を開けた。そこには村の者と思われる一人の男が立っていた。

「よう、やっぱりここにいたのか。村長に聞いたんだけどよ、あんたら隣のファンタティナに行きたいんだろ?」

 男の言葉にリョウマは、少し警戒してアスカたちと顔を見合わせた。男は心情を察したのか、慌てて話を続けた。

「心配すんなって。俺はここで馬車を出してるモンなんだけどよ、あんたらのこと送ってってやろうと思ってよ」

「それはありがたいけど、わざわざどうしてそこまで?」

「そりゃあこの村を救ってくれた礼だよ。色んなこと言う奴がいるけどさ、俺は感謝してるんだぜ? どうだい、信じられないか?」

 リョウマたちは再び顔を見合わせ、すぐに答えは出さなかった。男は、もし馬車を使いたいなら明朝に宿屋の前へ来なと言い残し、去っていった。

「どうするよ?」

「まあ疑ってかかった方が賢明でしょうけど。でも馬車を使わせてくれればずいぶん楽よね。ヴァルの故郷までかなり遠いって言うし」

「決めるのは明日でもいいだろう。ヴァルが起きてからでも。今日はもう寝ようぜ。身体があちこち痛てえ。髪の毛まで引っ張りやがって…ハゲたらどうしてくれるんだ。ミーアも大丈夫か?」

「うん、大丈夫。心配ありがとうリョウマ」

 ミーアは尻尾をさすりながら答えた。三人は別々のベッドで、静かに眠りに落ちていった。


 翌朝、目を覚ました四人は、男に言われた通り宿屋の前で待った。ヴァルは話を聞くと、信じましょう、せっかくの好意を受け取らないのは良くありませんと言い、馬車を借りることを選択し、三人もそれに従った。

 男の馬車に揺られ、一行はヴァルの故郷に向けて出発した。その車内でアスカは、思い出したように切り出した。

「そういえばヴァル、話は少し聞いてたけど、あなたすごい能力が使えるようになったのね」

 ヴァルが翼を生やして空を飛んだり、魚の尻尾を生やして水を操ったりする様を、アスカは初めて見ていた。

「はい。確か、アスカさんがいなくなったあの日からでしたね」

 ヴァルの答えにリョウマは頷いた。それを聞いたアスカは、自分の中で何かが繋がったように思えた。そして自らの考えを話し始めた。

「あたしね、自分なりに考えてたの。ヴァルが不思議な力を使えるようになった理由を。あくまで仮説だけど、ヴァルはあたしたちの素質だとか性質を取り込んで、あの能力を発現させたんじゃないかと思うの」

「俺たちの素質?」

 自分たちが関係しているとは考えていなかったリョウマは少し驚いた。

「そう。あたし、飛ぶ鳥って書いて飛鳥(アスカ)でしょ? ウマ兄は真の龍で龍真(リョウマ)よね?」

「そうだけど、何を今さら」

「人の名前ってね、ただ単に付けられるものじゃないと思うの。その人に染み込んで、その人を形成する大事な要素だと思うのよ。昔から『名は体を表す』って言うでしょ?」

「…うん、知ってるけど、それがどう関係してるんだ?」

 アスカの得意分野に疎いリョウマは、話が見えて来なかった。

「つまりね、あたしの名前に秘められた素質を取り込んで、ヴァルは天馬(ペガサス)の力を手に入れたって言いたいの。だってほら、あたしは気を鳥の形にして操ることができるようになったわけだし」

「そうなのか…? 色々聞きたいんだけど、力が発現する前に、ヴァルは身体の調子が悪くなったのはどう思う?」

「そうね、自分の中に別の力が流れてくるわけだから、少しくらい体調に影響しても不思議じゃないと思うわ」

「なるほどねぇ…。じゃさ、俺の素質を取り込んだのなら、ヴァルは龍になってるんじゃないか? なんで魚の尻尾なんだ?」

 自分の考えの辻褄が合ってきたからなのか、アスカはやや興奮ぎみになり、饒舌になってきていた。

「登竜門って、知ってるわよね?」

「ああ、アレだろ。中国の河を登った鯉が龍になったって言う伝説の」

「それ。鯉が龍になるって伝説があるくらいだから、きっと本質的には一緒なのよ。で、ウマ兄の素質を取り込んで水馬(ケルピー)の力を得たと」

「そ、そういうことなの…」

 自分の名前に秘められた素質が魚の鯉だと言われ、リョウマは複雑な気持ちだった。

「どうかした? ウマ兄」

「いや、自分ではこの名前気に入ってたんだけどさ、なんか自信無くしたというか…。俺、本当はリョウマじゃなくてコイマなの…?」

「くっ」

 小さな音が聞こえた。気のせいだと思ったアスカは、少し意地悪く会話を続けた。

「いいじゃないその名前。可愛いと思うわよ。コイマ兄が嫌ならカープ兄って呼んであげようか?」

「やだよ。ってかマはどこにいったんだマは」

「マがなくなって間抜けだね」

「んだと」

「くくっ」

 ミーアも加わっての会話に、また謎の音が聞こえた。ヴァルは一言も発することなく、窓の外を見ている。

「ヴァル、外に何かいないか? 変な音が聞こえるんだけど…」

 リョウマがヴァルの顔を覗きこむと、彼女は不自然に表情を強ばらせていた。それを見たリョウマは全てを察した。

「お前、もしかして笑って…」

「わ、笑って、ません」

 だがヴァルの口元はピクピクと震えていた。リョウマは彼女の頬を両手で引っ張り、不細工な顔にさせた。

「ヴァル~? 嘘はいけないって教えたよな? ちゃんと本当のことを言わないとお前のためにならないぞ?」

「ご、ごめんなはいリョウマひゃん! はにゃしてくらはい、い、いひゃいでふ…ふふふ」

 リョウマの顔を見たヴァルは、思わず笑いがこぼれた。リョウマも笑いながら、彼女の頬を引っ張り続けた。

「あー、また笑ったな! 人と話す時は目を見ろって教えたろ、ほらほら!」

「あはは、リョウマ、その辺にしときなよ。ヴァルちゃんかわいそうじゃん」

 じゃれあう三人を見てアスカは、独り呟いた。

「ヴァル、またあなたの笑顔見られるようになったわね。本当に帰ってきたーって感じだわ」


 四人を乗せた馬車は、ヴァルの故郷へと少しずつ向かっていた。

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