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ヴァルの決意

 不思議な子供と別れた後、ヴァルたちは村の宿に到着した。ここで一晩を明かし、翌日の祭りを見物しながらファンタティナに向かおうという計画だ。

「さっきの子供、不思議な奴だったな。何か知ってんのかな」

 部屋に向かいながら、ミーアに聞くリョウマ。まだアスカとの気まずい空気は払拭できていなかった。

「さあ、わたしもわかんない。あんまり考え過ぎないで、忘れた方がいいかも、ね」

「…そうだな。今日はもう何も考えたくない」

 食事を済ませ、就寝時間になった。空いている部屋が三つしかなかったこともあり、アスカはヴァルを自分の部屋に誘おうとした。

「ねぇヴァル? 今夜はあたしと寝ない?」

「…すみません、今は独りになりたいので、遠慮させていただきます」

「…そう。わかった。あなたがそう言うのなら仕方ないわ」

「本当にすみません。アスカさんのお気遣いはとても嬉しいです。ただ…」

「わかってる。それ以上言わないで。ミーア、一緒に寝ない? 色々お話も聞きたいし」

「うん、いいよ。わたしもアスカともっと話したいと思ってたんだ」

 アスカとミーアはひとつの部屋に入っていった。ヴァルも静かに部屋に入ったのを確認すると、リョウマも自室に入り、すぐにベッドで横になった。様々な出来事が立て続けに起こったためか、心身共に疲れていたリョウマはすぐに眠りに落ちた―――。

 皆が寝静まり、夜が更けてきた頃、リョウマの部屋の扉が開いた。誰かが入ってきたのを感じた。

「…ん? 誰だ?」

「私です。ヴァルです。今、お時間はよろしいでしょうか?」

 リョウマの部屋に入ってきたヴァルは、寝巻き姿で申し訳なさそうにしながら言った。

「ああヴァルか。どうした、こんな夜中に?」

「あの、その…」

 今度はもじもじと、両の手を組みながら言葉を濁す。やがて意を決したようにリョウマの側までやってきたヴァルは、彼の耳元で囁いた。

「い、一緒に寝てほしいって!?」

「声が大きいです、皆さん起きてしまいます…」

 二人は口を手で塞ぎ、耳をそばだてた。外からの虫の鳴き声や風の音以外は何も聞こえない。アスカもミーアも寝ているようだ。

「はぁ、気づかれなかったみたいだな」

「そうですね」

 二人とも、声を落として会話した。リョウマは自分から切り出すことを躊躇ったが、ヴァルがうつむいたのを見て仕方なく本題に入った。

「…で? 一緒に寝てほしい、と。俺と」

「…はい、そ、そのお恥ずかしい話ですが、どうしても眠れないものでして」

 ヴァルは早口で言い切った。リョウマは内心困っていたが、今日の出来事を思い出すと彼女の気持ちを考えずにはいられなかった。

「…でもさ、あいつらにバレたらマズいだろ? 特にアスカには。年頃の男女が一緒に寝るなんてさ」

「夜が明ける前には起きます。そうしたらこっそり自分の部屋に戻りますから」

「じゃあお前が起きなかったら無理にでも俺が起こす。それでいいか?」

「はい、ありがとうございます。お願いします」

 ヴァルとリョウマはひとつのベッドで横になった。

 しばらくは二人とも、気まずさに口をつぐんでいたが、ヴァルが沈黙を破った。

「すみませんリョウマさん、突然無理なお願いをしてしまって」

「いいよ、気にすんなって。お前の気苦労に比べたら安いもんだ」

 リョウマは言ってから後悔した。また嫌な記憶を思い出させてしまったと思ったのだった。しかしヴァルは、それよりも心に引っかかっていたことを話そうと思っていた。

「リョウマさん、聞いていただきたいことがあるんです」

「何だ? 言ってみなよ」

 ヴァルは、兄エクスに言われたことを包み隠さず話した。昔の自分は今と違ったということ、笑ったところを見たことがなかったということ、そして、この世界で起こった事件と何か関係があるのではないかと考えていることも。全てを聞いたリョウマはしばらく思案を巡らせていたが、答えは見えて来なかった。

「そうだな…。俺には何が真実かわからない。もちろん昔のヴァルも知らない。だからこそ、今のヴァルが本当のヴァルなんだよ。俺にとってはな。昔に何があったかなんて、関係ない」

 とにかく安心させようとリョウマは、思いついた言葉を並べた。昼間は強い口調で問い詰めてしまっていたため、説得力のない話だと思ったが、ヴァルはずいぶん落ち着いたようだった。

「ごめんな、こんなことしか言えなくて」

「いえ、そんなことありません。気持ちが楽になりました。リョウマさんにお話して良かったです」

「そうか? ならいいんだけど」

「ええ、本当ですよ?」

 そこでまた、短い沈黙が流れた。今度はリョウマが話を始めた。

「なんか、前にもこういうことあったよな。お前が家に来た夜、だったよな?」

 ヴァルが神宮寺家の前に倒れていたあの日、ほとんどの記憶を無くし、不安だらけだった彼女は、リョウマと共に一晩を明かしたのだった。

「ふふ、そうでしたね。あの時も、やはりご迷惑でしたか?」

「いや、そりゃ背徳感というか、後ろめたい気はしたさ。でもボロボロの傷だらけだったお前が、俺と寝たいっていうから仕方なくさ。それにしても何で同じ女性のアスカより、俺とだったんだ?」

「えっとそれは……リョウマさんの方がなんとなく安心できるから、ですかね?」

「ははっ、確かにあいつ、最初は近づき難い印象だよな。根はいい奴なんだけどな」

「い、今のはアスカさんに言わないでくださいねっ。私もアスカさんが優しい方だとは存じてますから」

「わかってる。じゃなきゃ今までやってこれなかったもんな」

「ですよね」

 二人は顔を見合せ、声を殺して笑い合った。そのうちに、いつしか深い眠りへと落ちていくのであった。


 夜が明け、リョウマの部屋にまた入って来る者があった。ミーアだった。先に起きた彼女らはリョウマを起こしに来たのだった。

「おっはよーリョウマ、朝だよ。アスカも起きてる。早く起きな」

「おう、ミーアか。今行くよ」

 むくりと身体を起こし、大きく伸びをするリョウマ。彼はそこで、ミーアの視線が自分からずれていることに気づいた。

「ん? どうかしたのか?」

「いや、その、ずいぶん仲がいいんだなぁって。うん、微笑ましいっていうか…ね」

 リョウマは何のことかわからなかったが、自分の隣に視線を移すと、そこにはヴァルが気持ちよさそうな表情を浮かべて眠っていた。二人揃って、一度も起きることなく朝を迎えてしまっていた。

「あ、いやこれは違うんだ。おいヴァル、起きろ、朝だぞ!」

「うーん、リョウマさん…? もうそんな時間ですか……! ミーアさん!? あの、あの、違うんです。これは私がお願いしたことでして…」

 現在の状況を理解し、必死に弁明しようとするヴァル。ミーアは信用しているのかいないのかわからない反応をした。

「ああうん、わかってるよ。とにかく早くおいで。アスカが待ってるから、さ」

 そう言うと踵を返し、部屋から出ていった。残された二人はベッドから跳ね起き、急いで支度を始めた。よく見れば、ヴァルは寝巻きの肩の部分がはだけている。

「ヴァル、肩…」

「え? …あああ! すみません、今直します!!」

「はぁ、ミーアの奴はこういうことあんまり気にしないと思うけど、問題はアスカだな。今こんな状況だし、ヤベーよな…」

「…はい。アスカさんに見られていなければ良いのですが」

 支度を終え、食事の場に向かうリョウマとヴァル。アスカとミーアは既にテーブルに座っていた。リョウマは席に着くと、できるだけ普通に話しかけようとした。

「お、おはよう。ごめん、遅くなって」

「いいのよ別に。よく眠れたの、二人とも」

「ああ、よく眠れたよ」

 普段と変わらない会話が続き、思わずホッとしたリョウマだったが、アスカの次の言葉に打ち砕かれた。


「そうよね。だって二人仲良く、お楽しみだったみたいだものね」


 万事休すだった。アスカも、一緒になって眠るリョウマとヴァルを目撃したに違いなかった。すかさずリョウマは、誤解を解こうとした。

「あのなぁ、違うんだ。話を聞いてくれ」

「あたしが見た二人は、幻か何かだったっていうの?」

「いやそうじゃなくて…」

「アスカさん、私がお願いしたんです。朝には部屋に戻るつもりだったのですが…」

「いいわよヴァル。あたしはあなたの味方だから。向こう行きましょ」

 アスカはヴァルを連れ、別のテーブルに移動してしまった。リョウマとミーアだけが残された。

「はああ…何でこんなことに…」

「元気出しなよリョウマ。わたしは貴方のこと信じてる。味方でいてあげるから、さ」

 ポンとリョウマの肩に手を置くミーア。リョウマは妙な安心感を覚え、救われた気持ちになった。

「ありがとうミーア…こんなにお前と旅ができて良かったと思ったことはないよ」

 リョウマは何気なくミーアの手を握った。彼は気がつかなかったが、彼女は頬を赤らめた。


 その後宿を出た四人は、昨日と違う村の景観に驚いた。質素だった通りには出店が建ち並び、客の姿が見られた。まだ早い時間にもかかわらず、人々は賑やかに買い物を楽しんでいた。

 四人は通りを歩き、村の出口を目指す。途中で、愛想の良い村人が売り物を勧めてきた。

「お兄さんお姉さん方、これどうだい? ジェネラス様の形をしたお菓子だよ。おひとついかが?」

「ああ、どうも。でもちょっと先を急ぐもので。気持ちはありがたいのですが」

「じゃあ試食しておくれ。特別に皆さんひとつだけ無料でいいから」

 やや強引に勧めてくる村人に負け、リョウマはひとつ食べることにした。

「ではお言葉に甘えて……うん、美味いぞ! ほら、ヴァルも食べ…」

 しかしヴァルは、うつむいたまま歩いていた。楽しそうにしている人々を見て、再び罪悪感が蘇ってきたのだろうか。彼女の側にいたアスカは、ため息をついて呆れたように吐き捨てた。

「はぁ、まったく、本当単純なんだから…」

 アスカはヴァルと共に、先に行ってしまった。またしても、リョウマとミーアがその場に取り残された。

「リョウマ、わたしがもらってあげる。うん、美味しい」

「…ああ」

「気にしちゃ駄目だよ。そのうち仲直りできるよ。…多分」

 通常であれば一晩もあれば大抵落ち着くきょうだいの喧嘩であるが、今朝の一件がさらに亀裂を大きくしていた。こんな状態がいつまで続くのか。リョウマは不安しかなかった。

 祭りの出店は石碑の近くまで続いており、神が眠るその場所では静かな祈りを捧げることになっているようだった。前日に話を聞いた村長ダーネスが石碑の前に立ち、続々と村人が集まって来る。リョウマたちも、少し離れた場所からその様子を見ることにした。

「…ではこれより、ジェネラス様に感謝と、尊敬と、鎮魂のお祈りを捧げる。皆、準備は良いか?」

 村人たちは全員頷き、手を組んだ。ダーネスは先頭で目を閉じると、祈りの言葉を呟き始めた。

「偉大なる豊穣の神ジェネラスよ、今年もあなた様のために祈りと、収穫したばかりの作物を捧げます。どうか来年も、私たちをお見守りくださいますように…。これからもこの土地に恵みを…」

 感謝と願いを伝える祈りだったが、そこからはガラリと雰囲気が変わった。

「そして、一角獣より受けた痛み、屈辱、悲しみ。私たちも一度たりとも忘れたことはございませぬ。どうかお怒りを鎮めたまえ、鎮めたまえ…」

 手にした杖を地面に打ち付けながら、ダーネスは祈りを捧げ終えた。村人たちも手をほどき、少しずつ騒がしさが戻ってきた。

「…もう行きましょう。ここにいても気分が悪くなるだけよ」

 アスカはヴァルを気づかい、場を離れるように促した。ヴァルは、何も見たくない、知りたくないというように顔を手で覆っていた。

「…はい、そうしましょう…」

 四人が村を出ようと歩き出したその時、村の者と思われる男性の大声が響いた。


「た、助けてくれぇ! 化け物だぁぁぁ!!」


 男性は村の入り口の方から息を切らして駆けてきた。ダーネスはすぐに男性に近づき、事情を聞く。

「どうしたのじゃ? そんなに慌てて。わしの聞き間違いでなければ、化け物じゃと?」

「そ、そうなのです。こんなに大きな気味の悪い化け物が、む、村に入って…」

 男性の説明が終わるのを待たずして、その化け物の姿が見えてきた。四人は薄々想像できていたが、それはこの世界でも最初に見た、カオスだった。だが、見慣れた姿とは違っていた。男性の言う通り、大きさが段違いで家ほどもある身の丈をしていた。蛇の腕と熊の腕、猛禽類の脚は変わらなかったが、腹部の眼はひとつではなく、二つ存在していた。

「おい、あれカオス…だよな。あんなにデカいの見たことないぜ…」

「…そうね。とにかく、ここは逃げた方がいいわ」

「みんなお店を置いて逃げてる。逃げるならわたしたちも早く…」

 リョウマとアスカとミーアは逃げる用意をしていたが、ヴァルは動かなかった。逃げ惑う人々、カオスに壊される建物を見て、心に沸き上がるものを感じていた。

「どうした、ヴァル?」

 不審に思ったリョウマが声をかける。ヴァルは彼の方を向くと、凛とした表情ではっきりと言った。

「私、戦います。あの人たちを守らないと」

「ほ、本気かよ!?」

「駄目よヴァル。あの大きさのカオスを相手にするなんて…それにここであの姿を現したらどうなるかわかってるの?」

「ヴァルちゃん、気持ちはわからないでもないけど、命は大切にしなきゃ」

 三人はヴァルを止めた。しかし、彼女の決意は揺らぐことはなかった。

「リョウマさん、ここに来る前におっしゃいましたよね? 自分たちの立場になって考えたら、見捨てるなんてできるのか、と。今私も、それと同じ気持ちなんですよ」

「確かに言ったけど…」

「アスカさんも、見捨てるような薄情な人間は叩きのめしてやりたいと、おっしゃいましたね? あれは嘘だったのですか?」

「ヴァル…それとこれとは状況が違うわよ…」

 自分たちの言った言葉を使われ、言い返し難くなった二人。ヴァルは巨大カオスを睨み、リョウマたちの方を見ずに叫んだ。

「私には、助けを求めている人を見殺しにするなど、できません。こればかりは、誰に言われようと曲げられない私の決めたことなんです!!」


 ヴァルは、一角獣の戦闘態勢に姿を変えると、カオスへと向かっていった…!

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