双子の世界
ヴァルを託せるかどうか確かめる。そう言ってリョウマたちがエクスに連れてこられたのは双子の世界、通称『ジェムニルド』だった。
虚無の世界から次元の穴を抜けると、穴はすぐに消えてしまった。たどり着いた場所は、この世界にあるどこかの橋の上だった。
「次元の穴、消えたな。今までこんなことなかったのに」
それを奇妙に感じたリョウマが言った。
「そうだな。だからこそ、あの世界は特殊ということだ。入り口がいつどこで開いて、いつ消えるか予測ができない。安易な気持ちで足を踏み入れてはいけないのだ」
「あたしたちが倒れたみんなを見つけてヤムーに運べたのも、奇跡的と言っていいかもしれないわね……ふぅ」
アスカは疲れた表情で、ひとつ大きく深呼吸をした。不思議な術を連続で使い、体力を消耗しているらしい。
「アスカ、大丈夫か? あの力を多用したのだろう?」
心配そうにエクスが尋ねる。アスカはややひきつってはいたが、笑顔で答えた。
「ええ、気遣いありがとうエクス。大丈夫よ。…でも出来れば、少し休みたいわね。どこに連れていくのか知らないけど」
「心配するな。これからとある街に行く。そこなら休息の場もあるであろう。皆、私の後に続け」
エクスの後を、リョウマたちは言われた通りに黙ってついて行った。
橋を渡り、森を抜け、また橋を渡って川を越え、それでもなおエクスは先を進んでいる。目的地だという街はなかなか見えてこない。アスカの疲労も目に見えて悪化していき、今やヴァルとリョウマに支えられて歩いている状態だった。
「ね、お兄さん。まだなの? その街ってのは」
仮にも皇族であるエクスに対しても、ミーアは普段と変わらない態度で接する。だが当の本人は、気にする様子はなかった。
「もう少しだ。アスカ、それまで辛抱できるか?」
エクスはしきりにアスカの身体を案じている。それについてリョウマは少し気になってきたが、何も聞かなかった。
「大丈夫…。あたしに構わないで」
アスカは心配をかけさせまいと強がっていたが、誰の目から見ても酷く消耗していた。ほとんど自分の足で歩いておらず、両側の二人に引きずられていた。
「アスカさん、私に任せてください。少しでも回復できれば…」
「ヴァル、私がやろう。最初からそうすれば良かったな」
アスカに額をつけ、疲れを取り除こうとするヴァルを制止し、エクスは手を合わせて何かを念じた後アスカに向けて手を広げた。彼の手のひらからは輝く波動のようなものが放たれ、アスカを包んだ。隣にいたリョウマもそれを浴び、身体の疲れが消えていく感覚を覚えた。
「これは…ヴァルと同じ癒しの力?」
「そうよウマ兄。前にエクスも言ってたけど、一角獣の一族が使える力。お兄さんだからその力もエクスの方が上らしくて、今みたいに手をかざすだけで傷を癒せるのよ。満身創痍のウマ兄たちを回復させたのも、エクスなの」
元気を取り戻したアスカが答えた。それを聞いたリョウマは、グロリアとの戦いで受けた傷がちゃんと治されていたことはもちろん、ヴァルのように額と額を合わせて治されたのではないことも知り、心のどこかで安心した。
「そ、そうなんだ。ありがたいよ」
「では行こう。もう間もなく到着するはずだ」
一行は再び歩き始めた。
エクスの言った通り、少し進んだ先に街は見えた。疲れを癒されたリョウマたちは小走りで街に近づくと、レンガ造りの家が並び、入り口には一対の像が置かれている。
「ここまでの道中ご苦労であった。ここが目的の街、『メリソス』だ。今日はもう遅い。ここで一夜を明かすとしよう」
日は既に沈み始めており、辺りは薄暗くなってきていた。街の灯りも、次々に点き始めている。
「そういえば、ここ双子の世界って呼ばれてるんだよね? 何でそう呼ばれてるの?」
思い出したようにミーアが尋ねた。
「じきにわかる。中に入ろう」
エクスは自ら答えを教えず、四人を街の中に促した。
その答えはすぐに理解できることとなった。街に足を踏み入れたリョウマたちに、一組の双子の男たちが近づいてきたのだった。
「「いらっしゃいませ。旅の方々ですね? 私どもはこの街の案内人です。何かお困りですか?」」
見事に声を揃えて話す双子。エクスは驚くことなく、宿を探していると伝えた。
「「お泊まりですね。かしこまりました。ご案内いたします。我々についてきてください」」
言われるがままに、双子の後に続く。ただの双子の兄弟であれば、何ら珍しいことではなかったのだが、街の中に進むにつれ、世にも不思議な光景が目に入ってきた。
そこには、何組もの双子が暮らしていたのである。兄弟に姉妹、兄か弟か、姉か妹かはわからないが、男女の良く似たきょうだいもいた。その様を見、リョウマたちはだいたいの予測がついた。
「この世界ってまさか…」
「おそらくそうね。名前からして、双子しか生まれない世界なんだわ。あたしたち以外の人たち、みんな同じ顔で一組になって動いてるもの」
「うわーすごいね。あの犬や猫も同じ模様してるけど、もしかして双子かな? なんだか夢でも見てる気分だよ…」
「この世界のことは聞いたことがありましたが、こうして実際に見るのは初めてです…。とても興味深いですね」
各々が物珍しそうに辺りを見回している中、エクスだけはまっすぐ前を見て歩いていた。あたかもこの世界に来たことが初めてではないというかのように。
「お兄様は、この世界は初めてではないのですか?」
「ああ、前に一度来たことがある。私は世界を旅することが何より楽しみだからな。それに、そうして世界を巡っていれば、いつかお前にも会えるやもしれないと思ったということもある」
「……」
エクスの何気ない言葉に、ヴァルは自分が兄に手間をかけさせてしまったと申し訳ない気持ちがこみ上げ、口をつぐんでしまった。一瞬気まずい空気が流れそうになったが、宿屋に到着したらしく、案内人の兄弟が足を止めて五人の方を振り向いた。
「「皆様。こちらがメリソス唯一の宿屋でございます。どうぞ、ごゆっくりお休みくださいませ。私どもはこれにて失礼いたします」」
そう言うと双子は、頭を下げてどこかへ去って行った。
宿屋に入ると、やはり双子の店員が現れ、五人を部屋へと案内した。それぞれ別々の部屋が割り当てられ、食事の時だけ集まるようになった。
「ここって、よそ者には厳しくないのかな? 俺たち、みんな顔違うしすぐバレるだろ?」
宿の廊下を歩きながらリョウマはアスカに聞いた。これまで様々な世界を巡り、新しい世界を訪れるといざこざが起こらないかを一番に心配するようになっていた。
「大丈夫でしょ。この世界の人たち、悪い人には見えないし。それに万が一争いになったらその時は戦えばいいんじゃない?」
物騒なことを言うアスカに、リョウマは少し辟易した。
「いやいや、俺そこまで言ってないけど。俺はお前たちの安全を考えて穏便に済ませたいと思ってだな…」
「ふーん。そう」
アスカは何か言いたげにしていたが、それ以上何も言わなかった。
「「こちら、ジェムニルド産の双子豚のソテーになります」」
「「双子鶏の蒸し焼きです」」
「「双子ニンジンの……」」
夕食の時のことである。出される料理は全て、双子の食材らしかった。
「ははは、すげえな。なんというか…徹底されてるっていうか」
「見ただけじゃ、双子かどうかわからないけど、ね。でもこの世界の秘密見たら、信じちゃうなぁ」
「面白いじゃない。この世界のみんなが双子だなんて。三つ子や四つ子はいないのかしら…? 調べてみたいわね」
奇妙な感覚にやや戸惑うリョウマとミーア。一方でアスカはこの状況を楽しんでいるようだった。
エクスとヴァルはというと、少し離れた場所で二人だけで何かを話していた。会話の内容が気にならないわけではないリョウマだったが、久しぶりに再会した兄妹の中に割って入ることは良くないと思い、そっとしておくことにした。その後、テーブルに戻り食事を始めたヴァルだったが、なぜか神妙な面持ちだった。
夕食を終え、宿屋のもてなしという出し物が始まる。やはり双子の姉妹ダンサーが現れ、五人の前で美しい舞いが披露された。見ていただけのミーアだったが、同じくダンサーの血が騒いだのかわたしも一肌脱ぐ、と舞台に乱入。一緒になって踊り始めた。そこには笑いが溢れ、それまでの苦労を忘れるほどの安らかな時間が過ぎた。
その後入浴も済ませたリョウマは、自室に入るとベッドに横になった。エクスのおかげで疲れは取れ、楽しい一時を過ごしたものの、慣れないことばかりで再び疲れが押し寄せたのか、数分もせずに眠りに落ちていった―――。
それから数時間後、リョウマはアスカに叩き起こされていた。
「ちょっとウマ兄、起きてよ。大変よ!」
「なに…? アスカか。どうしたんだ?」
「どうしたじゃないわよ。これ、見て!」
アスカに渡されたのは小さな紙切れだった。そこには見慣れない字でこう記されていた。
ヴァルは預かっている。会いたくばこの街の北にある、分身の洞窟、『ドッペル・ホール』に来るのだ。
文を読み終えたリョウマは寝起きのせいもあり、理解するまで時間がかかった。何度か読み返し、やっと事態を飲み込めた。
「なんだよこれ。あいつ…エクスの仕業なのか?」
「そうとしか考えられないわよね。…もっとも、あの人勘違いさせるようなこと平気で言ってのけたりするからそれほど心配ないと思う。ヴァルに何かするわけじゃないと思うけど、とにかく早く行ってみましょ」
二人が急いで身支度をし、食事の場に行くと既にミーアが朝食をとっていた。
「あ、おはよーお二人さん。見て見てー。この卵料理、これもちゃんと黄身が双子なんだよ。もちろん二人のも。面白いよね…ってどうしたの? なんか怖い顔してるけど…」
「悪いけどのんびり飯食ってる場合じゃないんだ。ヴァルとエクスのところに行く。ミーアも支度できてるならすぐに出発するぞ」
そう言うとリョウマは、朝食のパンだけを手に取り、宿屋の出口へ向かった。
「ね、ねぇ? どういうことか誰か説明してよ」
「歩きながら説明するわよ。とりあえずあなたも来て」
三人は指定された場所、『分身の洞窟』へと急いだ。