ヤムーの攻防
突如現れた死神と三人の男たち。よく見ると男たちの方は、それぞれ獣の一部を宿していた。左側の男は犬の耳を左に、右側の男は同じ耳を右に、真ん中の男は犬の耳はなかったが、犬の尻尾を生やしていた。そしてそれぞれが武装しており、耳ありの男二人は手甲付きの鉤爪を片方ずつ、尻尾のある男は短剣を両手に持っていた。
死神がリョウマたちの前に姿を現すのは、今回が初めてのことであった。
「な、なんだ? こいつらいつの間に…」
突然のことに動揺しながらも平静を保とうとするリョウマ。四人はしっかりと間合いをとり、分断されないよう身を寄せ合った。
「何者かはわからないけど、少なくともあたしたちの味方じゃないわよね」
アスカは冷静に、死神と男たちを観察していた。
「敵意むき出しって感じだね。ヴァルちゃんが狙いなら、そうはいかないよ、ってね」
ミーアは愛用のボウガンを取り出し、いつでも戦えるように構えた。
「皆さん、どうかお気をつけください。危なくなったら私だけでも戦いますから、命だけは大切に…」
リョウマたちの身を第一に考えるヴァルだったが、全員の気持ちはひとつだった。
「んなことできるわけないだろ?」
「そうよ。今さら逃げることなんかできないわよ」
「そゆこと。わたしたちのこともっと頼ってよ、ね?」
三人は改めて身構えた。リョウマも、未だ抜くことのできない炎雷の剣を納刀したまま手にした。
「狙いは一角獣だ、ベラス、ベルス、ベロスよ。抵抗するようならば、他の奴らを始末せよ」
死神の言葉にも、ベラス、ベルス、ベロスと呼ばれた男たちは一言も発することなく、ただ頷いた。その刹那、リョウマたちに襲いかかってきた。
犬の左耳を持つベルスには、ミーアが応戦する。様子を伺いつつ、一気に接近するとボウガンと鉄爪がぶつかり合った。
犬の尻尾を生やし、二振りの短剣を持つベラスにはヴァルが立ち向かった。一角獣の力を解放し、巧みな槍さばきで猛攻に対抗する。
そして犬の右耳を持ったベロスには、リョウマとアスカが対応した。向かってきたのは男たちだけであり、なぜか死神は動かず、傍観するだけであった。
「あいつ、何で攻撃して来ないんだろうな?」
「さあね。でも今は、目の前の敵に集中しましょ。もちろん、あの大鎌の男…か女かはわからないけど、あいつにも細心の注意を払ってね」
ベロスは右手の鉄爪を、力強く振るってきた。リョウマはそれを、炎雷の剣で防ぐ。だがやはり納刀したままのため、打撃はできても切りつけることはできなかった。
「ウマ兄、気になってたんだけどその剣って…?」
「今は、詳しく、説明してられねえけど、これは、抜くとめちゃくちゃ熱くなるんだ。でも、何もないよりは、マシだろっ!?」
ベロスの攻撃を防ぎながらリョウマが答える。アスカは何も武器らしい物は持っていなかったため、自分がなんとかしなければと、リョウマは死にものぐるいで戦う覚悟だった。
その頃、少し離れた場所でベルスと戦うミーアは、戦いの中で違和感を感じていた。
「何なのこいつ…? なんていうか、意志だとか気持ちってモンが感じられないよ。魔物だって、目の前の獲物を狩るのにそういう気持ちがちょっとは感じられるものなのに……」
長年、ダンサーとして客とふれ合ってきた彼女だからなのか、人の心情を感じることには敏感らしい。ボウガンだけでは追い付かなくなってきたことを感じ、肘打ちや蹴りを織り交ぜながら戦った。
近くでベラスと戦うヴァルも、なんとなく同じことを感じていた。
「ミーアさんのおっしゃる通りです。人と戦っている気がしません。まるで、動かされているだけの人形のような……」
ヴァルもまた、攻撃の手を激しくさせた。
四人の中で一番苦戦しているリョウマは、そんなことを感じる余裕もなく、ただひたすら攻撃を防いでいた。
「このままじゃいつか殺られるよな…どうしたらいいんだ…」
「ウマ兄、あたしに任せて。今助けるわ」
戦いが始まってから何もしていないように見えたアスカだったが、なにやら自身の腕に文字を書いているらしかった。
アスカはぼそぼそと何かを呟くと、彼女の腕の文字が書かれているあたりから何かが飛び出してきた。それは、橙色に輝く、数羽の小鳥だった。
小鳥たちはベロスに突進していくと、身体中を嘴で攻め始めた。ベロスは怯み、小鳥たちを追い払おうと爪を振り回した。
「ふぅ、なんとかなったわね」
「アスカ、一体これは…」
激しい攻防戦から解き放たれて、一息つくことができたリョウマ。状況を整理するため、アスカの元に駆け寄った。
「エクスと行動してる時に、一緒に行った世界で手に入れた力なの。自分の守護霊や気のようなものを、形にして操ることができるのよ」
「あの小さな鳥がそうなのか。でも、言っちゃなんだがあんまり効果なさそうだけど…」
リョウマの言う通り、小鳥たちはベロスの足止めをするに留まり、目に見えるダメージは与えていなかった。
「確かにそうね。でもあたしのこの力、もっと大きな形にすることもできるのよ。…ちょっと時間と手間はかかるけどね」
「それなら、俺が時間を稼げばいいってことだな?」
剣を準備し、リョウマはアスカに尋ねた。
「…ええ、そうね。お願いできる?」
「やれるだけやってやる。お前も頼むぞ」
リョウマはベロスに再び立ち向かう。アスカは腕の文字にふぅっと息を吹きかけた。文字は一瞬で消え、同時に小鳥たちも消えた。邪魔がなくなったベロスは、更に激しく攻撃を再開した。
必死に応戦するリョウマだったが、疲弊もあってか動きが鈍り、いくつかの攻撃を防ぎ切れず肩や脚に受けてしまった。アスカの方をちらと見ると、まだ何かを腕に書いている最中だった。
「あ、アスカ!まだなのか?」
「ちょっと待って。あたしも急いでるんだから。…我、是より力を行使する。是、我が兄を助けんがため。神よ、赦したまえ、力の行使を赦したまえ…」
アスカは、先ほどよりも長く呟いている。その間もベロスの攻撃は止むことはない。このままではらちが明かない、そう感じたリョウマは考えずに、一か八かと勢いよく剣を抜いた。
「あつつっ…食らえっ!!」
たちまち高熱を発した剣を、ベロス目掛けて投げつけた。剣は命中し、バランスを崩して倒れたベロスにのしかかった。ベラスは剣の重みと、高熱に苦しみもがいた。
「…お待たせ、ウマ兄。終わったわ…」
アスカの腕には大鷲ほどの巨大な鳥が留まっていた。どうやら準備が整ったらしい。アスカはその鳥を、ベロスに向かって放った。鳥は空高く飛び上がると、急降下して突撃、大きな爆発を起こして消え去った。爆炎が消え去ると、大の字になって倒れたベロスが残された。リョウマたちの戦いに決着が着いた。
「やあぁっ!」
「えぇいっ!」
ほぼ同じ頃、ミーアとヴァルの戦いにも決着が着いた。ミーアの方は爪を蹴りで弾き飛ばし、隙のできたベルスの頭にボウガンの弦を力いっぱい叩きつけた。
ヴァルは短剣の攻撃を槍で受け止めると押し返し、同じく隙のできたベラスの腹に刺突を食らわせた。
強烈な一撃を受けた男たちはダメージを受けた箇所を押さえて苦しみ、今までと違う様子を見せた。
「うぅ…何だここは…? 俺は今まで何を…?」
「兄者、ベロスが……」
犬の獣混人たちは兄弟であったらしい。自分たちのしたことを覚えていなかった様子で、地面に倒れる弟ベロスを見て愕然としていた。
「…意識が戻った? いけない、秘密が漏れることだけは……」
死神は大鎌を、ヌンチャクのように下から上へ、三回振り回した。鎌からは衝撃波のようなものが放たれ、三人に襲いかかった。
「う、うあぁぁぁ…!」
「あ、兄者ぁぁ…!」
ベラスとベルスは悲痛な叫び声を上げながら、ベロスは気を失ったまま声も上げずに、衝撃波に飲み込まれていった。
死神の攻撃の跡には、何も残されてはいなかった。
「一角獣よ。我々はお前の存在を許さない。必ずや捕らえ、我々の神聖なる制裁を加える。覚えておくがいい…」
呆然とするヴァルたちに、死神は言い放った。そして、一瞬のうちにいずこかへと消え去っていた。
「はぁ、はぁ、何だったんだろう、今の?」
戦いに疲れた様子のミーアが、地面に座りながら言った。
「私にもわかりません。でもあの衝撃波のようなもの、前に見たことがあるような…」
「あるわよヴァル。最初にあたしたちの世界で猫男を倒した時、強い風のようなものが吹いて、そして男が消えていた。それと同じものと考えて間違いないでしょうね」
冷静に考えを述べるアスカ。リョウマも同意見だったが、今一つ腑に落ちないことがあった。
「俺もそう思う。ってことは、あの鎌を持った奴は俺たちの世界にも来てて、ヴァルのことを狙ってたわけか。でもなんかわからないんだよな。あいつ、ヴァルの存在を許さないって言ってたけど、だったらなんでここで始末しなかったんだ?」
「そんなこと、あたしもわからないわよ。でもなんだか大きな組織だとか、陰謀とかみたいなのが動いているかもしれないわね……」
そう言いながら、アスカはがくりと膝をついた。頭に手をやり、冷や汗を流している。
「アスカさん、大丈夫ですか!?」
「ええ…大丈夫。ちょっと休めば元に戻るから。癒しの力は必要ないからね」
「本当ですか…? 無理はなさらないでください…」
「ヴァルちゃん、だったらこっち、お願いできる?」
ミーアは脚や腕に引っかき傷を作っていた。先刻の戦いでつけられた傷のようだ。
「は、はい。ただ今」
ヴァルがミーアの治療をしている間、リョウマはアスカの身を案じていた。
「アスカ、本当に大丈夫なのか? さっきのでかい鳥を作ったからだろ?」
「そうよ。でも安心して。この力ね、大きな形にすればするほど体力を消耗するんだけど、死ぬようなことはないから。嘘じゃないわよ?」
「そうなのか…じゃああんまり酷使はできないんだな」
「そうね。あとは小鳥の形にして、あたしの視覚や聴覚を共有させて、世界を越えて飛ばすこともできるのよ。それで、ウマ兄たちを見つけることができたの。その状態でも体力を使うんだからね。感謝してよね」
「はは、そうだな」
身勝手なアスカの言い分だったが、やっと元の兄妹に戻れた、いつもと変わらない会話ができた、そう感じたリョウマは思わず笑みがこぼれた。
「リョウマさん、次はあなたの番です。お怪我、お治しします」
「ああ。頼む」
リョウマの治癒が終わった頃、ヴァルの魔法具に連絡があった。
「お、お兄様ですか? はい、ヴァルです。…わかりました。今すぐ参ります。…皆さん、お兄様が次元の穴を見つけたとのことです。いつ閉じてしまうかわかりませんから、すぐに向かいましょう」
「わかったわ。あたしの力でエクスを探し出すから。ウマ兄、ちょっと肩貸してね」
アスカの力でエクスの居場所を確認し、一行は彼の元へと向かった。
「おお来たか、見ろ。ここから外へ出られるぞ」
エクスと合流すると、人一人が通れる大きさの穴が、空中に開いていた。時間が立てば、消えてしまいそうなものだった。
「お兄様、お怪我はありませんか? 何者かに襲われたりなどは?」
「いや? そのようなことはないが。何かあったのか?」
「変な四人組に襲われたんだよ。わたしたち、そいつらと一戦交えてきたとこなんだよ、ね?」
ミーアが説明すると、エクスは怪訝な表情を浮かべた。
「そうだったのか。我々の存在を良く思わない者たちの仕業なのかもしれん。…私とヴァルが一緒に行動するのは避けた方がいいだろうな」
ヴァルの表情が一瞬曇った。だが気を引き締めて凛とした顔に戻した。
「そう…ですね。少なくとも、伝承の謎をはっきりとさせるまではそうした方がいいでしょう」
「うむ。しかし、お前たちにはもうしばらくの間、私に付き合ってもらいたい。一緒に次の世界へ行くのだ」
突然のエクスの話に、リョウマは少し不安にかられた。
「次の世界? どこなんだ? それに何で?」
「双子の世界『ジェムニルド』だ。そこで、お前たちにヴァルを託しても良いか確かめさせてもらう。では、参ろうぞ」
半ば強引に、リョウマたちはエクスに連れられていった。