滅びの伝承
ようやく邂逅したアスカと供にいたエクスと名乗る獣混人。彼はヴァルの兄だという。そして彼の口から語られる更なる事実―――。
「じ、次期皇帝? ヴァルが?」
「そうだ。聞いてなかったのか? 本人から。それとも、未だその記憶もないのか?」
兄と再会してから、ばつが悪そうにしていたヴァルだったが、観念したように口を開いた。
「いえ、そのぅ……実はもう思い出しています。お兄様のことも、自分の出自のことも。リョウマさん、私の本名は、『ヴァル・モノケロース・ラートル』と言います。ラートルとは、私たちの世界で皇族や王族に付けられる名前なのです」
ヴァルが皇族。記憶を失って家の前に行き倒れ、一緒に住まわせてから三年間、生活を共にしてきたこの少女が皇族。その話をすぐに信じられるわけではなかった。リョウマにとっては、ヴァルが異世界の一角獣だという事実を受け入れられたばかりだったこともあり、更に自分たちと身分すらも違うということが、どうしても受け入れ難かった。
「正直、急にそんなこと言われても信じられないな…。第一、なんでそのこと隠してたんだ?」
「すみません、私も打ち明けようか悩みました。でも、それを知ったら皆さんは、私と今まで通りに接していただけるか不安だったのです…」
「少なくともわたしはそんなことないと思うけど。ヴァルちゃんはヴァルちゃんだよ。それに、リョウマたちだって家族みたいなものなんでしょ?」
「ヴァルはあたしたちの家族同然よ。今さら態度なんて変えないわよねウマ兄?」
どう答えたらいいか迷っていたリョウマだったが、ここは心配をかけさせないためにも、多少の嘘もつくことにした。
「そ、そうだよ。お前が皇族だって何だって同じだよ。それに…失礼だけど、あんた本当にヴァルの兄さんなのか? 兄を騙って、ヴァルに近づこうとしてることも考えられるよな」
「ちょっとウマ兄、失礼よ。エクスは信頼に値する人よ」
疑いの目を向けるリョウマ。アスカはたしなめるが、当のエクスはさほど気にしていない様子だった。
「アスカ、構わぬ。初対面であれば信用できなくとも仕方ない。そなた、リョウマと言ったな。納得がいくまで付き合おうではないか。何でも聞くがいい」
エクスはどこか古風な口調で話す。リョウマは、ヴァルしか知り得ないことを聞いてみることにした。
「わかった。じゃあ…ヴァルの好物は?」
「マンドラゴラのスープ」
「…正解。次、ヴァルの持ってる不思議な力は?」
「癒しの力。我々一角獣の一族が持つ能力だ」
「適応変化魔法ってどんな能力?」
「触れた物を、その場に適した物に変化させる力だ。ヴァルが幼い頃から使うことができた」
エクスは全ての質問に即答した。リョウマも、エクスのことを認めざるを得なくなった。
「全問正解だな。どうやら本当にお兄さんらしい」
「はい、私も確信を得ました」
「確信を得ましたって…お兄さんのことならよく覚えてるんじゃないの? 記憶は取り戻してるって、言ってたよな?」
「私とヴァルは、幼少期の数年間しか共に過ごしておらぬのだ。歳を重ねた兄にすぐに気づかなくとも、無理はない」
会話に割り込んだエクスが代わりに答えた。その瞳には、微かに陰りが見えたような気がした。
「幼少期だけ? どういうことなんだ?」
「それについて話すと少々長くなるが、良いか?」
リョウマは頷いた。エクスは一呼吸置くと、語り出した。
「私とヴァルが生まれたのはここから離れた幻の世界、通称『ファンタティナ』という世界なのだが、故郷には古くからの言い伝えがある。その言い伝えというのが、『同じ世界に生まれし二人の一角獣出会う時、全ての世界一瞬にして滅びの運命を迎えるであろう』というものなのだ。その運命を危惧した父上により、私はある時から親族に預けられ、今日まで生きてきたというわけだ」
エクスが話し終えると、その場の全員が静まった。ずっと黙っていたミーアが、口を開いた。
「滅びの道をたどるだって? 消えてなくなっちゃうってこと? それに、同じ世界に生まれし一角獣って貴方たち? だったらもう出会ってるじゃん。じゃあ世界はおしまいってことなの?」
皇族に対しても普段と変わらない調子で話すミーア。それにも気にする様子なく、エクスは答える。
「確かにそうだ。その言い伝えについては私も疑問に思う点がある。まず、古からの言い伝えならば、ヴァルが生まれた時には既に私と出会っていることになる。それなのに未だ世界は無事だ。だとしたら、何か条件が重なった時に滅びを迎えるのか? それとも、私たちの他にも一角獣の力を持つ獣混人が存在するのか? 私は様々な文献を探して、この謎を解明しようとしているのだが、一向に答えは見つからないのだ」
全てを話し終えた時、再び辺りは沈黙に包まれた。ミーアですら、空気を読んで黙っている。その沈黙を破ったのはリョウマだった。
「…なんか、スケールがでかすぎてついていけないな。色んなことが立て続けに起きすぎてさ」
「仕方ありませんよ。でもお兄様の話に嘘偽りはありません。私も、お父様からその言い伝えを聞いて育ちましたから」
リョウマを気遣うヴァル。エクスは改めて彼女との再会を喜んだ。
「ヴァル、誠に久しいな。幼き頃に別れてからというもの、私はお前のことを忘れたことなどなかった。よくぞここまで立派に成長したものだ。こうしてまた会えたことが夢のようだ…」
「私もです、お兄様…。お兄様のことを思い出してから、私もお会いしとうございました。お元気そうでなによりです」
二人の一角獣は、周りにリョウマたちがいることも忘れて、抱き合った。残された三人は、少し気まずさを感じていた。
「いいねぇ。兄妹愛ってやつ? 見てる方はちょっと恥ずかしくなるけど、悪くない、ね」
ミーアは裏表ない感想を述べた。家族のいない彼女からすれば新鮮な光景であり、悪気のない発言なのだろうが、それを知らないアスカは、その言葉に若干顔をしかめた。だがそれよりも、エクスとヴァルの再会を祝福した。
「本当に良かった…。無事、家族に会えて。あたしも嬉しくなるわ」
「ああ。俺たち、あいつと今日まで過ごして来た甲斐があったってもんだよな」
神宮司兄妹も同じく、再会を喜んだ。エクスは抱き合うことを止めると、二人に対して向き合った。
「アスカから話は聞いている。そなたらがヴァルを育ててくれたことを。感謝している。だが、あまりのんびりはしていられぬ。早急にこの世界の出口を探さねば」
「そういえば、ここどこなんだ? なんだか暗くてじめじめしてるけど…。どこかの洞窟か?」
森林の世界でグロリアに敗北し、気を失ってからの記憶がリョウマたち三人にはない。アスカやエクスと再会してそれどころではなかったが、気持ちが落ち着くとリョウマは自分のいる場所が気になってきていた。
「説明しよう。外に出てみるんだ」
エクスに促され、一行はその空間から出た。
外はこれまで訪れたどの世界とも違う、奇妙でおぞましささえ感じさせる景色だった。空は白と黒の絵の具を混ぜかけたように渦を巻いており、地上は木が枯れ果て、地面にはひび割れがあった。風は冷たく、リョウマは背筋に寒気を感じた。
「一体ここは何て世界なんだ? 俺たちが今まで来た世界とは全然違うような…」
「そうだろうな。ここは虚無の世界『ヤムー』だ。正確に言えば、我々が便宜上そう呼称しているだけだが」
「便宜上?」
「ヤムーとは私の世界の言葉で、『何もない』という意味だ。この世界は生まれて間もなく、足を踏み入れた者は少ない。まだ認知している者も少ないためだ」
「世界も生まれたり消えたりがあるのか?」
次々と疑問が湧くリョウマ。その問いにはアスカが答えた。
「あるらしいわよ。エクスの話では、数々の世界が誕生した時から新しい世界は滅多に生まれないそうだけど。でもごく稀に、こんな世界が誕生することもあるんだって」
その時、リョウマの視界にはある物が飛び込んできた。様々な動物を混ぜたような不気味な姿。それはアスカやヴァル、ミーアにも見覚えのある物だった。
「あ、あれカオスじゃないか!? こんなところにもいるのか…」
「というより、ここから生まれて、別の世界に迷いこむらしいのよ。エクスも、あんな生物は他世界で見たことないっていうし」
カオスはリョウマたちからやや離れた場所でゆっくりと歩いている。気づかれなければ、危険はないように思われた。
「さて、では出口を探そう。他の世界とは違い、この世界には次元の穴の定位置はないのだ。どこかで穴が開くこともあれば、また別の場所で閉じたり開いたりもする。運が悪ければ、一生出られないやもしれぬ。手分けして探そう。私は戦慣れしているし、この世界には一度来たこともあるゆえ、一人でも問題ない。アスカはヴァルたちと行けばよかろう」
エクスは単独行動をとるつもりらしい。アスカはそんな彼を心配する。
「お兄様……」
「エクス、一人で本当に大丈夫なの? 無茶しないでね」
「案ずるな、アスカ。お前も兄と再会できたのだから、一緒にいるのがよいだろう。あとは、出口が見つかった時にどうやって伝えるかだが…」
それを聞いてすかさず、ミーアが発言する。
「あ、だったらあれ貸してあげれば? リョウマかヴァルちゃんのやつ」
「あああれか。じゃあ俺のを貸そう。ヴァルと会話できた方がいいだろ」
リョウマは荷物の中に入っていた、魔法具を取り出した。それをエクスに渡すと、珍しげに眺めた。
「これは不思議なものだな。これで会話できるのか。預かっておこう。ではお互い、十分気をつけて探そうぞ」
一行はそこで別れ、エクスと反対方向にリョウマたちが向かった。
久しぶりに再会した二つの兄妹だったが、置かれている状況が状況なだけに、お互い話しづらい雰囲気になっていた。
「ね、アスカ?」
「…ミーアさんだったわね。何かしら?」
「ミーアでいいよ。もしかして二人って仲悪いの? 全然話ししないけど」
なかなか会話をしない二人を気にしたのか、そんな質問をぶつける。慌ててヴァルはフォローに入った。
「お、お二人はとても仲がよろしいですよ。ときどき喧嘩もされますが……」
「ヴァル、大丈夫だよ。ありがとう。ミーア、今はそれどころじゃないから話さないだけだ。心配しなくていい」
「ふーんそうなんだ。この世界出られたら、また仲良く話せればいいね。わたしもお話ししたいし」
にっこりと笑いかけながらアスカに語りかけるミーア。アスカは少し複雑な表情を覗かせたが、少し口元を綻ばせて答えた。
「ええ、あたしもよ。無事にこの世界を抜けましょうね」
「うんっ」
アスカとミーアが心を通じ合わせたのを見て、リョウマもヴァルも少し安心した。
同じような風景が続いていたが、しばらく進んだ後、木々も生えていない場所に出た。疲れが見え始めたリョウマたちは、そこで少し休むことにした。
「ふぅ、ちょっと休むか」
「ええ、無理はしない方がいいわね」
「わたしも疲れたな~」
「あの、私の力が必要でしたら、遠慮なくおっしゃってくださいね」
各々、腰を降ろして休憩をとる。だが、そう都合よく事は運ばなかった。
リョウマたちの前に、黒いローブに身を包んだ死神のような人物と、引き連れた三人の男が現れた。四人は素早く立ち上がり、身構えた。
「一角獣、見つけた。二人を会わせてはいけない……」
死神たちは、それぞれの得物を構えた。