試練の世界
次の目的地、試練の世界に到着したリョウマたち三人。今回も次元の穴を通るのは簡単であった。
「すごいね。顔パスじゃん。ヴァルちゃんって一体何者なの?」
新しく仲間になったミーアが、驚きの表情で尋ねる。今回の世界間の移動も、見張り番にヴァルの顔を見せただけで難なく通過できたのだった。しかしリョウマも、未だその理由を知ることはなかった。
「さあ。俺もわからない。こっちが聞きたいくらいなんだけど、教えてくれないんだ」
「ふーん。気になるなぁ。でも、無理に聞くのも野暮ってもんだからね。本人が話さないなら仕方ないね」
彼女の信条なのだろうか、ミーアはそれ以上追及することはなかった。
「さ、さあ、ここが試練の世界、タスクルドですよ。まずは人の住む集落を探しましょう」
話題を強引に変えるように、ヴァルが切り出した。
タスクルドは、見渡す限り荒野が広がっており、リョウマは西部劇の風景を思い出した。気温はルケノリアほどではないが、太陽の日差しが照りつける暑い地だった。それゆえ、服装は変える必要はなかったが、ヴァル曰く、この世界では服装を変えただけでは正体を隠すことにならない、とのことだった。いまいちその言葉の意味を理解できないリョウマであったが、後にそれを実感することとなる。
「それにしても新鮮な気分だなぁ。わたし、他の世界に来たのは初めてなんだ。やっぱりついてきて良かったよ」
「ミーアって他の世界行ったことなかったのか。トレジャーハンターなら他の世界を回ってるのかと思った」
リョウマに聞かれると、ミーアは嬉しそうに語った。
「うん、ルケノリアも広いからね。あの世界にもお宝とスリル探しには困らないし、それにわたしにはダンサーの仕事もあるから毎日のように行けるわけじゃないし、他の世界に行く機会はなかったんだよ」
「でもこの世界のことをちょっと知ってるみたいだったけど、それはどういうことなんだ?」
「酒場でお客の相手をしてるとね、自然と色んな情報が入ってくるものなんだ。ルケノリアの人たち、よそ者を毛嫌いしてる人もいるけど、実は他の世界から来た人の方が多かったりするんだよ」
「なるほどなぁ」
集落を探してしばらく歩くと、一本の木を発見した。枝には、胡桃に似た見たことのない木の実がぶら下がっている。
「何だろこれ?」
「何でしょう…。私は見たことがありません。その記憶がないだけかもしれませんが」
「わたしも知らないな。でもなんだかあんまり美味しそうじゃないね」
三人とも知らない謎の木の実を、リョウマは何気なく枝からちぎり、手に取って眺めてみた。ミーアの言う通り、食には適していなさそうだ。何かの材料になるのだろうか。
「時間の無駄だ。行こうぜ」
そう言いリョウマは、木の実を地面に放り投げた。と、その時だった。
ドゴン。
耳をつんざくような大きな音がすぐ側で聞こえた。それだけではなく、強烈な熱風で三人は吹き飛ばされそうになった。
「み、皆さん大丈夫ですか?」
「無事だよ。それにしてもびっくりしたァ。リョウマ、何したのさ?」
「いやいや知らないよ。俺だって何がなんだか…」
起き上がって音の鳴った方を見る三人。その源は、どうやら直前に放り投げた木の実のようだった。粉々になり煙を上げている。リョウマは別の実を取り、手の上にそっと置いてみた。
「爆発したのはこれしか考えられないな。一体なんなんだろ」
「そこで何をしている?」
近くで男の声が聞こえた。リョウマが顔を上げると、そこにはこの世界の人間と思しき獣混人がいた。
その男は、顔は普通の人間と変わらなかった。しかし、皮膚の一部が鱗のようになり、緑色をしている。そして、同じく鱗で覆われた尻尾が垂れ下がっていた。リョウマは、ヴァルの言葉をこの時理解できた。確かに、この世界では自分たちがよそ者だと一目瞭然だと。
「もう一度聞く。そこで何をしている? …見たところ、この世界の者ではないようだが?」
男は持っていた杖のようなものを地面に打ち付け、威嚇の姿勢をとった。すかさず、ヴァルは弁明する。
「わ、私たちは決して怪しい者ではありません。ただ、人を探しているだけなのです」
「怪しいか怪しくないかはこちらが判断することだ。そもそも、人を探しているだけなのになぜこんな騒ぎを…」
騒ぎ、というのは先ほどの木の実の爆発だろうか。ミーアは事情を説明すべく、木を指さして答えた。
「あの木の実を取ったら爆発したんだよ。でも悪気があったわけじゃない。知らなかったんだよ。ね、リョウマ」
「あ、あぁ。本当だよ。俺たちがよそ者だって、それはわかるんだろ?」
男は落ちている木の実を見、リョウマたちを見て、少し考えた後に言葉を続けた。
「確かに、お前たちがこの世界の者ではないとはすぐに理解できる。だからこそ、この実のことを知らないのも理解できるな。これはヤクカの実と言って、枝や手などに触れている間は無害なのだが、ひとたび空中に投げ出されると、数秒後に爆発する危険なものなのだ。すまぬな。驚かせてしまったかな」
男は意外にも、自らの行為を素直に詫びた。三人は拍子抜けをした。
「な、なんだ。話わかるじゃん。ちょっとビビったよ~」
「すみません、それでその、人探しのことも含めて、あなた方の族長様に色々とお聞きしたいと思いまして…。ご案内お願いできませんか?」
おずおずと、ヴァルが尋ねる。男は、少し顔をしかめ、聞き返した。
「族長様にか? …しかしそう易々と通せるものではないぞ。それでもよいのか?」
何やらただならぬ気配を感じたリョウマだったが、考える前にヴァルが答えた。
「覚悟の上です。よろしくお願いします」
「よかろう、ではついてきなさい」
言い知れない不安を抱えながら、リョウマもその後に続いた。無意識に、ヤクカの実をポケットに忍ばせて。
男の後に続き、三人はタスクルドの村にたどり着いた。中は古代の日本に似た住居が並んでおり、質素な暮らしをしているように見えた。ルケノリアのように、住人が外に出て談笑をしていたり、子供が無邪気に遊んでいたりしていたが、リョウマたち一行が入って来たのを知ると静まりかえり、物珍しそうな視線が集まった。
「やっぱ目立つな、俺たち」
「ええ。もうお分かりだと思いますが、この世界の人々は蜥蜴、もしくは竜の力を身体に宿した獣混人が住んでいます。我々が別の世界の者だということは、どうしてもばれてしまいますね」
前を歩く蜥蜴の男に聞こえないよう、リョウマとヴァルはやや距離をとって小声で会話する。ミーアも聞き耳を立ててその話を聞き、会話に参加した。
「わたし、この世界の人ってかなり危ない種族だって聞いたことがあったんだけど。でもあの人腰低かったし、そんな感じしないね」
「そ、そうなのか? そういえば危険な世界だって言ってたけど…」
不安になったリョウマは、ヴァルをちらと見ながら尋ねる。
「私も、記憶の隅にある情報しかありませんので、詳しいことはわかりません。ですがミーアさんの言う通り、危険な雰囲気はありませんね」
村人たちは、興味深そうに三人を見てはいるが、武器などを持ち出して戦意を見せることはしなかった。むしろ、三人が通る道を、進んで空けるほどだった。
「なんだか怯えているみたいだな。まぁでも、危険はなさそうで良かった」
「しかしまだ油断はできません。我々を安心させて、攻撃してくることも考えられますからね。用心は怠らないようにしましょう」
「何をこそこそ話している? まもなく族長の元に着くぞ」
蜥蜴の男は足を止め振り返り、三人を制止した。目の前には、岩肌に人一人が通れそうなほどの小さな穴が口を開けている。そして下へ下へと階段が続いており、先は真っ暗で見えなかった。
「この先が族長のおわす場所だ。ここでは無用な会話は控えるように」
男の後に、ヴァル、リョウマ、ミーアの順に中へと入って行く。男の持つランタンの明かりだけが頼りであり、足元に注意しなければ三人とも転びそうになった。また、内部は鍾乳石が天井から伸びており、頭上にも気をつけなければならなかった。
ほどなくして、開けた場所に出た。そこはランタンの明かりが必要のない、不思議な明るい場所だった。
「急に明るくなったな。これなら外と変わらないじゃないか」
「ええ。おそらく何かの魔法が使われているのだと思います」
辺りをキョロキョロと見回すリョウマ。だがその方面に詳しくないため、何もわからなかった。
「オホン、…話をしてもよいかな?」
咳払いをひとつして、男が切り出した。ヴァルとリョウマは気をつけをし、ミーアは退屈そうに腕を頭の後ろに回していた。
「族長の間はあそこに見える扉の先だ。しかし、先ほども言った通り易々と入れるわけではない。下を見てみなさい」
三人が下を見ると、自分たちが立っている足場と扉までは距離があった。そしてその間には―――無数の針の山が広がっていた。
「ここを、各々の力でひとりひとり向こう側まで渡ってもらう。無論、下に降りてしまっては失格だ。では、始めてもらおうか」
その言葉を聞いて、リョウマはまたしても不安にかられた。ヴァルとミーアと違い、自分はも特別な力のない人間だ。あの針の山を抜けて、族長に会うことなどできるのだろうか?