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情熱の再出発

 危機に陥った状況で、またしてもヴァルに変化が起きた。本人も不思議な表情で、尻尾を動かして眺めている。

「また変わりました…。一体どういうことなんでしょう…?」

 変化したヴァルの姿は、尻尾だけではなかった。身体を覆う鎧は肩の部分が肥大化し背中で繋がっており、横と後ろを守っていた。そして一本の長い角はまたそのままであった。

 武器である槍もまた形状が変化し、先端付近の片側に、魚の(ひれ)のような刃が付き、さながら中国の(げき)のように

なっていた。

「すっごい。何あれ。あの子、どうしたの?」

 不思議な現象を目の当たりにしたミーアがリョウマに尋ねるが、それどころではないとリョウマは無視して考えを巡らせる。

『あれは…まるで人魚みたいだな。まてよ? そういや前にアスカから聞いたことがあったような』

 何かを思い出したリョウマは、荷物からアスカの手帳を取り出し、ページをめくった。そして、それらしき書き込みを見つけた。

「『ヴァルは一角獣だけど、馬に関する特性を合わせ持っているのかもしれない。一角獣の他にももっと馬の幻獣はいるから、例えば翼の生えたペガサスとか……』あった、これだ。ヨーロッパに伝わる、馬の身体に魚の尾を持つと言われる幻獣。名前は『ケルピー』か…」

 水馬(ケルピー)の能力を得たヴァルは、どう力を使えばいいのか困っている様子だった。リョウマは魔法具を介して指示を送る。

「ヴァル、大丈夫か? 調子はどうだ?」

「は、はい。身体の調子はもう大丈夫です。でもどうやって戦えばいいか…」

「わかってる。俺が指示を出すから心配すんな。って言っても、俺も良くわかんないからな…」

 リョウマはもう一度、アスカの手帳を開き、水馬の記述を確認した。そこには水馬の生態、伝承などが事細かに記されていた。

「『水馬は人肉を好む、湖に引きずり込んで殺す、恨んだ人間を呪う…』おいおい物騒だな。他には『水の魔法を操る』…なるほど。あいつには感謝しとかないとな」

 流石は我が妹、自他共に認めるファンタジーヲタク様々(さまさま)だ、リョウマは心の中でそう呟いた。

 カオスの動きを伺い、攻撃を回避していたヴァルに向かって、リョウマは再び指示を出す。

「ヴァル、その姿はおそらくケルピーっていう幻獣だ。アスカからの情報によると、水の魔法を操るらしい。…とにかく、やってみるんだ」

「は、はぁ。わかりました。水、水ですね…」

 言われた通りヴァルは水をイメージしてみた。そして、戟の穂先を見ると、先端が触れた地面が水溜まりになっていることに気づいた。

「これは…もしかしたら」

 ヴァルは何かを思いついたかのように顔を上げ、カオスの方向へ向けて地に戟を突き立てた。すると、魔法が手から戟、戟から地面へと伝い、カオスの足元がたちまち小さな池のようになり、その中へと沈んでいったかに見えた。

 だが、敵も沈むまいと必死に抵抗する。もがきながら浮上し、陸に上がろうとした。

「えぇいっ!!」

 そうはさせまいとヴァルは高く飛び上がり、戟の強烈な一撃をカオスの脳天に叩き込んだ。身体にはほとんど攻撃が通じなかったカオスだが、頭にひびが入るほどのダメージを負い、動きを止めると今度こそ水の中へ沈んでいった。

「っしゃあ! やったなヴァル!」

 心が晴れ晴れするような完璧な勝利に歓喜して、リョウマはヴァルに駆け寄る。

「はいっ。ありがとうございます。リョウマさんとアスカさんのおかげですよ。…そうです、火傷を治しますね」

 そう言うと、リョウマの額に自らの額を押し当てた。

「あー、ありがとう。でも今じゃなくても良かったけどな…」

 ちらりと横目でミーアを見ると、何をしているのかと(いぶかし)げな顔でこちらを見ていた。リョウマにはなぜか少し怒っているようにも見えたが、火傷が治っていくのを感じたリョウマはすぐにどうでもよくなった。

「二人とも、大丈夫なの? さっきのやつ、カオスだっけ。やっつけたんだね?」

「ええ。もう安心ですよ」

「へぇ。貴方、本当に頼りになるんだねぇ。いやぁなかなか面白いモンを見せてもらったよ。うんうん。よし、じゃ行こうか」

 何事もなかったかのように、少し前までの出来事をうやむやにしてその場を離れようとするミーア。しかし当然というべきか、リョウマはそれを制止した。

「ちょっと待て、まだ話は終わってないぞ」

「え、なーに?」

 またいつもの調子に戻り、悪びれず聞き返すミーアに、リョウマは苛立ちが込み上げてくるのを感じた。

「とぼけるなよ。俺たちを利用したこと、忘れたとは言わせねーぞ。否定もさせないからな」

 言い訳の逃げ道をさせないように問い詰めるリョウマ。ミーアは観念したようにため息をついた。

「はぁ、否定もさせてくれないなんて、ね。じゃあわたしは、貴方たちに何をすればいいの?」

「それは謝罪だよ」

「ごめんなさい。わたしが悪かったです」

 意外にも素直に頭を下げたミーアに、リョウマは面食らった。

「お、おう。…それから、できたら黙って俺たちの前から姿を消して欲しい」

「リョウマさん、それは少し酷いのでは…?」

 ヴァルはリョウマの腕をそっと掴み、眉をハの字にして聞いた。

「いいんだよ。その方が俺たちにとってもミーアにとっても気まずくないだろ?」

「そうかもしれませんが…」

「貴方がそうして欲しいなら仕方ないけど。でも、帰り道わかんの?」

 痛いところをつかれたリョウマは、ぐうの音も出なかった。来た道は塞がれている。山を下りるにはこの先を進むしかない。ただし、ミーアの言うことが本当ならばの話だが。

「そ、そんなのわかんないけど、あんたについていくよりはマシだよ」

「ふーん、信用されてないね。ま、無理もないか。でも、これだけは信じて欲しい。わたし、貴方たちの命を危険にさらそうとはしてなかった。この山を登って、お宝をゲットして、みんな無事に下りたいって、そう心に誓って決めたことなんだよ」

 ミーアは、真っ直ぐな目をして語った。その目は嘘をついている様には見えなかった。

「…口ではなんとでも言えるよな。もう俺は騙されないぜ。行こうぜヴァル。悪いけど、あんたとはここまで…」

 疑いを解かず、その場を去ろうとするリョウマ。その時ミーアは、ボウガンを取り出し、矢じりをリョウマへと向けた。

「ミ、ミーアさん!? 止めてください、あなた本当に…」

 すかさず、ヴァルはリョウマの前に立つ。それでもなお、ミーアは手を下ろさなかった。

「ほ、ほらやっぱりな。信用したのが間違いだったんだ。…ごめんなアスカ。お前を見つける前に、旅が終わっちまいそうだ…」

 ドシュッ。

 ボウガンから勢いよく矢が放たれた。リョウマとヴァルは思わず目を(つむ)る。しかし、その狙いは二人を外れ、背後の何かに当たった音がした。

 二人がゆっくりと後ろを振り返ると、先ほど戦ったカオスがしぶとく生きており、水の中から這い出てくるところだった。ミーアのボウガンを食らったカオスは、本当に止めをさされたらしく、活動を停止した。

「これで、信じてもらえるかな?」


 それから一行は、ミーアの案内によって無事に下山し、彼女の行きつけという町外れの宿屋までたどり着いた。もう夜も遅いということで、今夜はここに泊まれという話になった。あまり気乗りしないリョウマであったが、結果的に二度も命を助けられたこともあり、素直に従うことにしたのだった。

「お前は、あいつのことどう思う?」

 ミーアが風呂に向かい、二人だけの空間になった時間に、リョウマはヴァルに尋ねる。

「ミーアさんのことですか? …ちょっと不思議な方ですが、それほど悪い人でもないと思います」

「悪い人じゃない、か。確かにそうだな。でも極端な話、極悪人じゃなくてもずる賢いやつとか、平気で人を陥れるようなやつとかはいるからな。少なくとも俺の世界には」

 そこで二人は、元の世界の電車内で痴漢冤罪の罪を着せられそうになったことを思い出した。

「そうでしたね。でも、私にはミーアさんはどうしても悪い人には見えないんです。今こうして生きていられるのもあの人のおかげですし」

「だな。まぁでも、あいつの話に乗らなきゃ危険な目に会うこともなかったんだけど」

「それは…そうですね」

 少し沈黙が流れた。やがてリョウマがおもむろに口を開く。

「でもさ、冷静になって考えると、あいつが言うように俺たちのこと死なせようとすることはなかったんだよな。あの部屋に閉じ込められた時も、見捨てるつもりならカンテラの明かりを置いていく必要はなかったはずだし」

「そうですね。やはり、悪い方ではないということでしょうか」

「まぁ、もうここまでの関係だし、朝が来たらお別れなんだし、どうでもいいや」

 と、その時ミーアが風呂から出てきた。二人は会話を中断し、何も話していない素振りで彼女を迎えた。

「あー、いい湯だった。やっぱりひと働きした後の風呂は格別だねぇ。貴方たちも入っておいでよ」

「先に入るか?」

「いえ、リョウマさんからどうぞ」

「わかった。じゃあお言葉に甘えて」

 リョウマは席を立った。あまりミーアと二人きりにさせるのは良くない。そう判断したヴァルだった。

 ミーアとヴァルの二人だけの空間になり、また少し沈黙が流れる。先に話を切り出したのはミーアだった。

「ね、ね、聞いてもいい? 貴方とリョウマって、どんな関係?」

「は、はい。リョウマさんはその、私の家族のような方ですが…えーと、何と言えばいいんでしょう…」

 思わぬ質問に口ごもるヴァル。そういえばどんな関係なのだろう。家族なんて言ってしまったらおかしいのだろうか?そんな考えが脳内を駆け巡る。ミーアははっきりした答えを聞く前に、質問を変えた。

「ま、いいや。じゃあさ、貴方たちが探してるっていう女の娘って、リョウマの妹で間違いないんだね?」

「え? はい、それは本当です」

「そっか。ならいいけど」

「あの、どうかなさったのですか?」

 変なことを聞くなあと言わんばかりに、ヴァルが尋ねる。

「何でもないよ。はーあ、今日は色々と疲れた。わたしお先に寝るね。おやすみ…」

 ベッドに横になったミーアは、ものの数秒で眠りに落ちた。

 ちょうどその時、風呂からリョウマが出てきた。ヴァルはミーアに聞かれたこと、―――特にリョウマとアスカとの関係についてを思い返しながら、風呂場へ向かった。


 翌日、リョウマとヴァルが目を覚ますと、ミーアが宿屋の広間で待っていた。二人が起きて来ると、ミーアは手招きして呼び寄せた。

「おはよー。こっちこっち。一緒に朝ごはん食べようよ」

 言われるがままに席に着く二人。本当なら断って次の世界に行くところだったが、宿屋の代金を彼女に支払ってもらっていたので、なんとなく断りにくかったのだった。

「昨日はお疲れ様。おかげですごい物が手に入ったし、すごいものが見れたし、大満足だよ。ありがとね」

「どういたしまして。そういえばあの剣、まだ預けられたままだったよな。返すよ」

 そう言って荷物のひとつになっていた炎雷の剣を持ち上げたリョウマだったが、ミーアは思いがけないことを言った。

「あ、いいよ。貴方が持ってて」

「え、いいのか? だって手に入れたかったんだろ?」

「うん。だけど、いつも側に置いとけば同じことだから、ね」

 言葉の意味を、二人は理解出来なかった。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしていた。

「どういうことだ。俺たち、ここでお別れだろう?」

「えー何言ってんの。ここはわたしも一緒について行く、って流れに決まってるでしょ?」

 臆面もなくそう言い放つミーア。予想だにしない回答に、リョウマもヴァルも驚いていた。

「な、何で。そんな勝手な…」

「わたしさ、お宝を手に入れるのももちろん楽しみなんだけど、結局はスリルとか、ハラハラドキドキできる冒険とかを求めてるんだよね。貴方たちについていけば、そういうこともたくさんあるだろうし。それに、妹さんを探すのを邪魔しちゃったのも事実だし、手伝ってあげたいなって思って。これでも反省してるんだよ。だから、ね。いいでしょ?」

 真剣な眼差しで語ったミーアに、リョウマは黙ったまま考えた。アスカを探すのに人手は多い方がいい?しかしそれが正しい選択なのか。横目でヴァルを見ると、不安そうな顔をしている。

「なぁ、どうする?」

「私は…構いませんよ。リョウマさんがよろしければですが」

 結局、自分の判断になるのか。リョウマは行く手を塞がれた気分になった。そんな彼が出した結論は―――。

「わかったよ。ついてきたいなら好きにすればいい。でも、また妹探しを邪魔するようなことがあったらそこまでだからな」

「おおー、さっすが話がわかる!絶対後悔はさせませんぜ旦那ァ。えっと、改めてよろしく、ね」

 ミーアは満面の笑みを見せて、尻尾を横に振りながらウインクしてみせた。

 こうして、アスカ捜索に新しい仲間が加わった。


 宿屋を出て、新しいメンバーの加わった一行は、次の行き先について話し合っていた。

「さて、次はどこに行くかな。そういやアスカの臭いはしないのか?」

「…駄目ですね。何も感じません」

「そうか、どうしようかな。この剣も、なんとか使えるようにしたいんだよな」

 ミーアから預けられた剣を掲げるリョウマ。それを見たミーアは、何かを思い出したように口を開いた。

「あ、そういえば聞いたことがある。『タスクルド』って世界には、望んだ力を与えてくれる種族が住んでいるって。…ちょっと危険なところらしいけど」

「私も少し聞いたことがあります。その世界なら、ここからすぐに行けます。行ってみましょうか?」

 リョウマは少し考えたが、今回も行く当てがないこともあり、その情報に乗ってみることにした。

「よし、じゃあそこに行ってみるか。どうせどこに行っても危険なことには変わりないんだから」

「そうこなくっちゃ。早速、役に立てたね、わたし」

「ああ、ありがとう。……悪いなアスカ、お前を見つけるの、もうちょい遅くなりそうだ」

「では向かいましょう。目指すは試練の世界、『タスクルド』です」

 三人は、次の世界へと向かった。

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