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炎雷の剣

 人喰い蝙蝠が迫ってくる。ヴァルのくしゃみで完全に二人の居場所を感じ取られていた。

「すす、すみません、私のせいで…」

「い、言ってる場合かよ!? いいから戦…ってくださいお願いします」

 リョウマは焦ってはいたが、自分が護られている立場ということを思い出し、思わず敬語口調になった。

「はい、ただ今!」

 ヴァルは姿を変えて戦闘態勢をとり、槍を構えた。リョウマが見回すと、蝙蝠は三体。うち一体が二人をめがけ真っ先に飛びかかってきた!

「あぶねっ!」

「とおっ!」

 二人はそれぞれ突進を避け、ヴァルは跳躍して真上から槍を勢いよく突き立てた。

「ギィヤァァァァァ」

 蝙蝠の身体に槍が刺さると、甲高い叫び声を上げた後、煙のような気体となって消え失せた。残りの蝙蝠は二体。仲間の叫び声を聞いて状況を察したのか、こちらの様子を伺っていた。

「こいつら、けっこう簡単に倒せそうだな。残りも頼むよヴァル…」

 リョウマがヴァルの方を見たその時、彼女はがっくりと膝をついた。姿も、非戦闘時に戻ってしまい、槍も消えている。

「お、おい!しっかりしろ。大丈夫か!?」

「すみません…目眩がして…。だ、大丈夫です、私がお守りしないと…」

 ヴァルはふらふらと立ち上がろうとしたが、またすぐに岩壁にもたれかかった。とても戦える状態ではない。

「無理すんなって言っただろ。なんとかしてここから逃げればいい」

 リョウマはヴァルを背中におぶり、蝙蝠たちから距離をおいた。一体が先に飛びかかるとリョウマはすんでのところでそれをかわし、蝙蝠は壁に激突した。続いて二体目が襲いかかってきたが、目がないためか仲間の蝙蝠を敵と間違い、食らいついてしまった。

 蝙蝠のおぞましい悶え苦しむ声を聞きながら、リョウマはヴァルをおぶったまま一息ついた。そしてこれからどうするかを考えた。

『とりあえず助かったけど、こっちに気づくのも時間の問題かな…。どこかに出口はないのか? あぁ…情けねえな。俺…』

 カンテラの光をあちこちに照らし、辺りを探すが、外への出口は見つからなかった。半ば絶望しかけたその時、仲間を食べ終えた最後の一体がリョウマに向かってきた。万事休すか、そう思った矢先、蝙蝠は動きを止め、地に伏してしまった。

「…? どうしたんだ?」

 不思議に思ったリョウマが蝙蝠を見ると、背中に銀色の矢が刺さっている。それは、ほんの少し前に見たことがあるものだった。

「おーい、大丈夫かい?」

 暗がりから明るく軽い調子の声が聞こえた。そして、ミーアがひょこりと姿を現した。

「あ、あんた、無事だったのか。てか、どこ行ってたんだよ?」

 俺たちがどんな状況だったのか理解しているのか、その思いを込めてリョウマが尋ねる。

「話はあとあと、速くこっから出るの。さ、こっちだよ」

 ミーアが手招きする方向へ、二人は移動した。しかしその時、倒れていた蝙蝠が目を覚まし、最後の力を振り絞ったかのように飛び上がり襲いかかってきた。

「やべっ」

「まったく、しつこいやつね!」

 戦う力のないリョウマとヴァルに代わり、ミーアは前に出た。ボウガンの銃身を持ち、突き出た矢じりを後ろにしたその姿勢は、剣の逆手持ちのように見えた。

 ミーアは得物を器用に扱い、蝙蝠の身体を素早く切り裂いた。その鮮やかさに、リョウマは酒場で踊りを見た時と同じく見とれてしまいそうになった。完全に息の根を止められた蝙蝠は、煙となって消え失せた。

「ふぅ、一丁上がりぃ」

「や、やるなぁ…。戦えるんだ、あんた」

「まーね。常に危険と隣り合わせのトレジャーハンターだからさ、これくらいは、ね」

 ミーアはウインクし、ボウガンをくるくると回しながら自慢気に言った。その時、リョウマにおぶられたヴァルが目を覚ました。

「うーん…、リョウマさん、すみません。ご無事ですか…?」

「ああ、気がついたか。ミーアが助けてくれた」

 ヴァルはリョウマの背から降り、ミーアにぺこりと頭を下げて感謝の意を表した。

「すみません。私が戦えばよかったのに、お手数をおかけしてしまいまして…」

「そんなこと、いいよ。()()仲間なんだから。さ、先を急ごうよ」

 ミーアは再び先頭に立ち、進もうとしたが、大事なことを思い出したリョウマはそれを制した。

「ちょ、ちょっと待てよ。聞きたいことがある」

「ん? 何かな?」

「さっきも聞いたけど、蝙蝠たちに襲われた時、あんたはどこに行ってたんだ?まさか俺たちを見殺しにするつもりだったんじゃないよな…」

 リョウマはやや威圧的に問い詰めたが、ミーアはそれに悪びれることなく返した。

「ああ、あれか。この部屋、っていうか空洞ね、二人以上で入らないと奥の扉が開かない不思議な仕組みになってるみたいなの。しかも一度入ると入り口が閉じるし、早く出ないと出口もすぐに閉じちゃうから、どうしてもああするしかなかったのよ。でも見殺しになんかするつもりはないよ。扉は外からなら開くし、ちゃんと助けにきたでしょ? …ま、ちょっと手こずったから助けるの遅くなっちゃったけど」

 あまり納得のできなかったリョウマだったが、命を救われたこともまた事実だったため、この場はその言葉を信じることにした。

「まあ、そうだな。それは俺も感謝するよ」

「わかってくれたようだね。じゃ、行こうか」

 ミーアの先導で、一行は部屋の出口を出た。その先は外に通じており、火山の外壁に三人は立っていた。道は更に山頂へと続いている。

 そこからしばらく登ると、ようやく頂上に到着した。そこには、とてつもなく大きな火口が口を開けており、もくもくと煙が噴き出していた。そして、いかにも貴重なものが入っていそうな宝箱が置いてある。

「はい到着。お疲れさまー」

 過酷な道中を歩き、人喰い蝙蝠に襲われ、命の危機を乗り越えてきた緊張が解かれたリョウマとヴァルは、その場に座りこんだ。一方でミーアは、まだまだ元気な様子だ。

「ありゃりゃ、本当にお疲れのようだね。そこで休んでなよ」

 そう言うとミーアは、つかつかと宝箱の方に歩いていった。宝箱の周りを念入りに調べた後、針金のようなものを取り出すと、手慣れた手つきで鍵穴に差し込んだ。ほどなくして、宝箱は開いた。

「やった、ついに見つけた!」

 歓喜の声を上げるミーア。リョウマとヴァルはまだ疲弊していたが、彼女の元へ近寄っていった。

 宝箱の中には、一振りの剣が入っていた。宝石の散りばめられた(さや)に納められており、刀身は湾曲している。西洋のサーベルに近い形をしていた。

「これは、剣ですね?」

「うん、いいもんだろ? 特にこの宝石が、さ。なんでも大昔にこの火山に雷が落ちて、そこにあった鉱石に当たったらしいんだ。それが永い年月をかけて形が変わっていって、この剣になったとか。だからマニアの間では『炎雷の剣』って呼ばれてる。それにしてもやっぱり来た甲斐があった。これで目的達成だ。本当ありがと、ね」

 その言葉に、リョウマは違和感を覚え、すぐに聞き返した。

「目的達成? ちょっと待ってくれ。アスカは?」

「アスカ? 何それ? お宝?」

「違うよ。俺の妹だ。俺たち人を探してる、って言ったよな?」

 話が違う、と言わんばかりのリョウマを前にしても、ミーアはまた悪びれもせずに言い放った。

「あー、確かに言ってたね。でも、その人がこの山にいるなんて、誰も一言も言ってないよ」

 一瞬、誰も何も言い返せず、身動きもしなかった。沈黙を破ったのは、ヴァルだった。

「そんな、酷いです…。私たちを騙すつもりだったんですか…?」

「騙すなんてそっちこそ酷いな。わたしは、手がかりがないならついてくる価値はある、って言ったよ。もしかしたら探してる人がいるかもしれなかったけど、いなかった。それだけのことでしょ?」

 いけしゃあしゃあとぬかしたミーアに、リョウマは怒りを通り越して絶望感を感じ、再び地面にへたりこんだ。

「はぁ…もう駄目か。アスカのことは諦めるしかねぇのかな。はは…」

「そんなこと、言うもんじゃないよ」

 そう言ったのはミーアだった。リョウマはその言葉に怒りが沸き、強く反発した。

「何だって?」

「言葉通りの意味。人の命を簡単に諦めちゃいけないって言いたいの」

「あ、あんたよくそんなこと言えるな。人をおちょくっておいてよ!」

「確かに悪かったよ。でも、それとこれとは別。これでもわたしは、人の命は大切に考えてるんだよ。信じられないかもしれないけど」

 ミーアの口調は、それまでとは違う真剣なものだった。リョウマも思わず、彼女の話に耳を傾けてしまっていた。

「そりゃ、お宝を探して探検してると、危険なことばっかりだし、仲間や知り合いが命を落としたのだって一度や二度じゃないさ。でもね、わたしは一度だって見殺しにしたり犠牲にさせたりしようとは思わなかった。命はひとつしかないんだからさ」

「そ、そんなこと、信じられるかよ。だいたい…」

 何か言いかけたリョウマだったが、その続きはヴァルに遮られた。

「リョウマさん、言い争っている場合ではありません。あれを…」

 ヴァルが指さす先には、リョウマが実際に遭遇するのは初めての、不気味な怪物がゆっくりと動いていた。片腕は熊、反対側は蛇の頭、両足は猛禽類、身体はゴツゴツした岩の如き身体。

「あれがカオスか! お前たちが戦ったっていう。そういや生で見るのは初めてだな」

「はい。気をつけてください。動きはゆっくりですが、毒を持っています。それに硬いので、簡単には倒すことはできません」

「あいつ、カオスっていうの?」

 興味津々にカオスを見つめるミーアが、二人の会話に割って入った。彼女に苛立っていたリョウマも、この場は冷静になって答えた。

「あ、ああ。便宜上そう呼んでるだけだけど」

「へー。ここらでも最近見かけるようになったらしいけど、わたしも実物を見るのは初めてなんだ。…でも困ったね。山を下りるにはあの道しかない。やっつけていくっきゃないかもね」

 カオスは帰り道の入り口に居座ったまま、退く気配はなかった。ミーアの話に嘘がなければ、倒すか気づかれないようにやり過ごすしかないと思われた。

「よし、戦いは避けて、こっそり通り抜けよう。ヴァルも疲れてるだろうしな」

「…はい。お気遣いありがたいです」

「いいよ。ここは貴方の指示に従おうじゃないか」

 三人はヴァル、ミーア、リョウマの順に、カオスが向こうを向いた瞬間、一気に物音を立てないように注意を払い、駆け出した。

 ガツッ。

 気づかれずに抜けた、誰もがそう思ったその時、殿(しんがり)を務めたリョウマが、足をとられて転倒してしまった。

「やべ…」

 リョウマが顔を上げると、カオスがこちらに気づき、向かってくるところだった。そして、蛇の頭を伸ばした。

「リョウマさんっ!!」

 蛇の口から噴射された毒液を、リョウマの代わりにヴァルがもろに受けた。毒には耐性のあるはずのヴァルだったが、今回は苦しそうに膝をついた。

「ヴァル! 大丈夫か!? お前、毒に強いんじゃ…」

「そのはずなんですが…。もしかしたら、この身体の不調のせいかもしれません」

 普通の人間も、免疫力が落ちれば体調を崩しやすくなる。ヴァルの毒への耐性も、不調のせいで低くなっていることも十分に考えられた。蝙蝠の時のように、とてもではないがまともに戦える状態ではなかった。

「すみません、私に構わないで、早く逃げてください」

「…できるわけないだろ。んなことしたら、一生後悔するよ。こうなったら俺が…!」

 リョウマはミーアが持っていた宝『炎雷の剣』をひったくり、柄に手をかけた。

「借りるぞ」

「ちょ、ちょっと待って! それは…」

 ミーアの言葉が終わる前に、リョウマは剣を鞘から抜こうとした。が、その刹那リョウマの手が悲鳴を上げた。

「あっっっっづ!!! な…なんだこれは!?」

 反射的に投げ捨てた剣は、少し見えた刀身が真っ赤になり、発熱していた。

「言うの忘れてた。この剣ね、鞘に納めてるうちは大丈夫なんだけど、抜くとものすごい高熱を発するって伝説があるの。でもまさか使うとは思わなかったからさ」

 火傷した手を庇い、ミーアの話を聞きながら、リョウマは再び打開策を練っていた。こちらは動けない一角獣の少女と、頼りになるかわからないトレジャーハンターの虎、そして特別な力を持たない男が一人ずつ。未知の怪物を相手に無事にやり過ごすにはどうしたらいいのか。

 考えているうちにも、カオスはリョウマの方へと向かってきた。逃げようにもヴァルを置いてはいけないリョウマはその場に留まることしかできなかった。

「駄目です…私がお守りすると約束したんですから…」

 よろよろと立ち上がるヴァル。その時、三度(みたび)あの現象が起きた。ヴァルの身体が光に包まれ、また別の姿に変わっていた。

 光が消えるとヴァルには角の他に、腰から人魚のような大きな尾が生えていた。

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