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エンの火山

 火山へと続く道を歩く三人。慣れた足取りで進むミーアを先頭に、リョウマとヴァルはやや距離をとって歩いていた。自分たちが前を歩けば、後ろから何をされるかわからないという警戒からだ。しかしミーアは、そんなことを気にする様子もなく、ときどき二人の方を振り返りながら鼻歌混じりで先頭を歩いていた。

「なんか、落ち着かないな」

「そう、ですね。私も、私以外の獣混人の方と行動するのは初めてですし」

 とそこで、リョウマは重要なことを思い出した。これまで出会ってきた獣混人は皆、ヴァルを狙ってきた敵だということを。時間が経てば経つほど切り出しにくくなると判断し、思いきって話しかけた。

「なあ、ミーア」

「ん、なあに? どうかした?」

「変なこと聞くけど、あんた不思議な水晶みたいなの持っていたりしないか?」

「え? 何それ? 知らないよ」

 ミーアはそう答えたが、嘘を言っている可能性も十分に考えられたため、リョウマははったりをきかせてもう一度聞いた。

「本当に知らないのか? 隠しててもわかるからな」

「なになに、急にどしたの? 本当の本当に知らないって」

 どうやらミーアは本当に敵とは無関係らしい。リョウマとヴァルは顔を見合せた。

「それならいいんだ。忘れてくれ」

「変なの。でもその水晶って綺麗なもの? よくわかんないけど、トレジャーハンターの血が騒ぐなぁ。あとで詳しく教えてよ」

 今しつこく聞かれなくてよかった。リョウマはそう思ったが、その答えは目の前にあった。目的地の火山に到着したのだ。

 火山の周囲を、ミーアは上の方を見ながらウロウロしている。何かを探しているようだ。

「何をされているのですか?」

 不思議に思ったヴァルが聞く。

「登れそうな岩場を探してるのさ。中には脆い岩もあるから、むやみやたらに登ろうとすると危ないんだ。見つかるまで、そこらへんで時間潰してなよ」

 そうは言われたものの、何をすればいいか二人はわからなかった。と、その時リョウマの視界に入ったのは、古びた立て札だった。

 近づいて文字を読もうとしたが、朽ち果てている上に見たことのない文字で書かれており、読むことはできなかった。

「ヴァル、これ読めるか?」

「私にも読めないです。ボロボロですしどうやらこちらの世界の文字で書かれているみたいで…。ああでも、こうすれば…」

 ヴァルは手を伸ばし、立て札に触れた。すると立て札は光を放ち、まるで立てたばかりのような見た目になった。そして書かれている文字は、リョウマたちの世界の文字に変化していた。そこにはこう書かれている。

『ここはエンの火山。無用の者の立ち入りを禁ずる』

「おお、読めるぞ。すごいなその魔法。こんなこともできるんだ」

「ええ。形のないものでもある程度は」

 ヴァルは少し照れくさそうに言う。その時、ミーアの声が聞こえた。

「おーい、お二人さん。登れそうなところがあったよ。こっちこっち」

 二人がミーアの元に向かうと、彼女は荷物の中から黒く光る鉄製の道具を取り出していた。それは、リョウマの世界でもそこそこ名の知れたものだった。

「それって、ボウガン?」

「そだよ。よく知ってるね。これを使って潜入するのさ。ちょっと見てて」

 ミーアはボウガンのリールを回し、矢を引き絞ると火山の崖の上に狙いを定め、勢いよく放った。矢羽根にはロープが取り付けられており、ボウガンの先端と繋がっていた。矢は崖の隙間に刺さったようで、ミーアがぐいぐいと引っ張っても外れなかった。

「よし、一発で成功。行くよ」

「へぇ…すごいな、あんた」

 鮮やかな腕前に、リョウマは少し感動すら覚えていた。それを聞いたミーアは、ヴァルと同じく照れくさそうな反応を見せた。

「ふふ、ありがと。これはわたしの得物でもあるんだ。一緒に危機を乗り越えてきた相棒と言ってもいい。…おっと、話が長くなるから、もう行こ」

 そう言うとミーアは、杭のような道具を取り出してボウガンの持ち手のあたりに打ち付け、地面に固定した。これで崖の上と地上に、一本のロープが張られたことになる。これを伝って登るようだ。

「さ、行くよ。気をつけて、ね」

 ミーアに先導されて、リョウマとヴァルはロープを伝い、後に続いた。坂は急勾配ではなかったが、足元が不安定なため、登りにくいことに変わりはなかった。

 なんとか崖を登りきると、ミーアはロープを強く引っ張り、ボウガンを引き上げて回収した。先刻の話の通り、武器としても使うらしい。

 崖の上には大きな穴が口を開けており、ここから内部に入れるようだ。

「ここからはモンスターの巣窟(そうくつ)だ。危険はなるべく避けるつもりだけど、細心の注意を払って行こう」

 大事なことをさらりと言ってのけたミーアに、リョウマはすかさず突っ込みを入れた。

「え、ここモンスター出るの?聞いてないよ…」

「ごめんごめん、言ってなかったっけ? ここには人喰い蝙蝠(こうもり)が出てくるよ。でも貴方、けっこういい身体してそうだし、モンスターの一体や二体へっちゃらじゃないの?」

 リョウマはミーアに買い被られすぎていたようだ。おそらく、か弱い見た目のヴァルは護られる側だと思っているのだろう。男女が一緒にいれば、そう思われることは自然な流れである。

「いや…その俺は…」

「あの、その時は私がリョウマさんをお護りしますので、大丈夫です」

 ヴァルが一歩進んで言うと、ミーアは少し驚いた表情を見せた。

「えーと、もしかして貴方が戦うの? 本当に?」

「はい。頼りないように見えるかもしれませんが、これでも戦う力は持っています」

 ヴァルの真っ直ぐな瞳を見て、ミーアは半信半疑といった様子ながらも、この場は信じることにしたようだった。

「…ま、そう言うならそうなんだろうね。じゃ、行こうか。はぐれないように、ね」

 ミーアは荷物からカンテラを取り出し、明かりを灯した。

 火山内部は外よりも更に闇に包まれており、カンテラの明かりがなければ進むことすら難しかった。だが、時間が経つにつれて目が慣れてくると、お互いの顔が見える程度にはなっていた。

 やがて一行は、暗闇の中で一際明るい場所へとたどり着いた。火口を見ると、真っ赤な溶岩が上から下へと滝のように流れ落ちている。

「すげえところだな…。あんなに真っ赤な溶岩、初めて見た」

「はい。もしあの中に落ちてしまったら、一巻の終わりでしょう」

 ヴァルは思わず、リョウマの腕を掴んだ。しかし、自分がリョウマの身を護る立場ということを思い出したのか、すぐに離した。

「す、すみません。私がしっかりしなきゃいけないのに…」

「い、いいよ。お前、まだ本調子じゃないんだろ? 無理すんなよ」

「は、はい」

 ヴァルの足どりは重く、リョウマは気を遣いながら歩いていた。来る前には落ちついている、と言っていたが、火山内部の更なる暑さのせいか症状が悪化しているようにも思えた。

「二人ともどうかした? こっちだよ」

 ミーアが二人の間から耳元で囁いた。

「静かに、静かに、ね。さっき言った人喰い蝙蝠は、音を頼りに獲物を探すんだ。だからくれぐれも音を立てないように…」

 ゆっくりと坂道を登る三人。リョウマが上の方を見ると、燃える溶岩で照らされた天井に黒い物体が数体、確認できた。あれが全部モンスターなのかと思うと、何が何でも音を立ててはいけないと思えるようになった。

 ミーアの案内で到着したのは、人ひとりがしゃがんでなんとか通れるような小さな横穴だった。中からは、ひんやりとした風が吹いてきている。

「ここだ。ここを通って行くんだ。わたしが先に行くから、後からついてきて」

 言われるままに、ミーア、ヴァル、リョウマの順に横穴に入っていった。冷たい風はだんだんと強くなっていき、どうやら外から入ってくるようだ。

 穴を抜けると、小さな空間に出た。今までの暑さに比べると、かなり涼しくなっていた。

「ふぅ、だいぶ楽になったな。大丈夫か?」

「はい、問題ありません。…あれ? ミーアさんは?」

 ヴァルの言う通り、ミーアはいつの間にか姿を消していた。ただひとつ、彼女が持っていたカンテラだけが残されていた。

「本当だ、あいつどこ行ったんだ? この中に他に抜け道はなさそうだし…」

 カンテラを拾い上を見上げたその時、天井から何かが落ちてきた。真っ黒な身体に細い脚が一本だけ、頭部には目が無く、鋭い牙が無数に付いた円形の不気味な大口が開いていた。そして手と一体化した大きな翼を持つそれは…。

「こ、これは、さっき話していた人喰い蝙蝠か…?」

「そ、そうでしょう。それに、音を頼りに獲物を探すと言っていましたし、それならもう…」

 その続きを話さずとも、リョウマには理解できた。モンスターは二人の話声を聞いて降りてきたのだと。しかし位置がまだわからないのか、辺りをウロウロしていた。

『くそっ、あの女、騙しやがったのか…。それともまさか、このモンスターに喰われたとか…? どっちにしてもこれ、やべえな…』

 声を出さずに、リョウマは状況の打開策を考えていた。

「っくしゅん。…あっ…」

 その時、ヴァルが小さなくしゃみをひとつした。リョウマとヴァルが慌てて口をふさいでも、もう手遅れだった。蝙蝠たちはジリジリと、二人に向かって迫ってきていた。

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