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かみをきった

作者: 志摩

しとしと濡れる秋の雨は、すっかり夏の体温を奪っていった。きょうも穏やかな雨が降っていた。灰色の雲はこの世に何を伝えたいのか、数日やまない雨にこめたメッセージを必死に受け取ろうとした。


はらり。

髪がひと束雨と共におちた。


しずかな昼間だった。虫もすっかり引っ込んで、雨の音ばかりが世界に響く。世界を濡らす雨は、必死に何かを伝えようとしていた。


はらり。

えり子はうつむき、耳をすます。何かが聞こえるかもしれない。グレーの空気、冷えた風、縮み上がる心は、誰のもの。この濡れた暗い空気の中で、獣のように誰かと交じり合いたい。あつい息をぶつけ合い、悲しいほど激しく求め合いたい。白黒の錆びた工場、薄汚れた指、見ず知らずのほったらかしの長髪、乱暴な行為に感じる痛み。雨の中ではわたしの掠れた声しか聞こえない。泣いているのか、悦んでいるのか自らも判断がつかない。

何度も何度も、答えのない欲望に身を寄せて、やがてえり子の髪は砂埃にまみれて、錆びた古い車が並ぶ無骨な作業所で泥塗れに求められる。悲しいだけの行為。悲しいだけの寂寥。


永遠に満たされないような乾きを、雨は癒してなんかくれない。だからえり子は自分を削ぎ落とす。雨の言葉なんかわたしにはわからないし、唯一できることはそれだけだった。

暗い雨に苦しいくらい欲望をぶつけてみたい。そんな哀れで淫らな思いも一緒に削ぎ落とす。


はらり。

雨とともに床に落ちる。ぎざぎざになった毛先は、えり子の心を刺しそうだった。

誰にも何も伝わらなかった。ただきりきりと感情が痛んだ。

鏡には不格好なショートカットがうつっていた。床に落ちたえり子の一部だったもの、えり子の感傷と劣情のかたまり、すっかり落としてしまって、愚かな妄想はもう終わり。


雨は降りやまなかった。永遠のように見えた。

えり子は鋏を静かに置いて、新しいショートカットを雨に濡らした。

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