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やさぐれスライムの勇者育成日誌  作者: 夜明けまじか
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陥落しました

 全く陰りない月明かりの下。

 とある街の広場では、中央には巨大な火柱が焚かれその周囲を大勢の人々が思い思いに踊っていました。そこかしこから聞こえる笑い声は絶えることなく街中を包み、賑やかな華を咲かせています。

 そんな光景の一角に、珍妙な生物がおりました。

 その生物は、視界を覆い尽くすばかりの色とりどりな料理の群れに体ごと飛び込み、皿ごと平らげん勢いで次々と丸呑みにしていきます。当然どんどんと体が汚れていきますが、まったく気にする様子はありません。 食い意地に汚れた生物――スライムの体内に、ブラックホールのごとく料理が吸い込まれていきます。

「はぐはぐはぐはぐはぐっ――うめえ! うめえ! これもうめえぞ!」

「お、お口に合われたようでなによりです。つつつ、つぎは、えと、あの……あっ! こ、こちらをいかがですか……?」

 隣で緊張につっかえつっかえ震える手付きで料理を取り分けているのは、スライムの世話役に任命された十歳にも満たない幼い少女でした。

 最初はちゃんと大人の女性がその役目となるはずだったのですが、

「オレ、美人な大人の女、キライ」

 とスライムがもの凄い表情で拒絶したため、急遽役者変更となりました。見た目だけは美人な女神様にどぎついトラウマを植え付けられたスライムは、すっかり幼女趣味の変態になってしまいました。

「ふぃー……満足満足!」

 料理は豪華で好みの女を侍らせ酒を飲む……気分はすっかり王様です。

 とはいえ実態は、しょせんスライム。

 ただでさえ緩みやすい体をしたスライムが表情まで緩ませていると、モザイクで規制を掛けたくなる卑猥な物体でしかありません。

「ご満足いただけましたか?」

「……んん?」

 卑猥なスライムがうねうねと隣の幼女にちょっかいを掛けようとしていると、さっきのリーダーらしき男がやってきました。

 それを見た幼女はあらかじめ決められていたのか、慌てて頭を下げ、パタパタと急いでその場を立ち去って行きます。

 名残惜しげにふりふりと揺れる小さなお尻を眺めていると、視線を遮るように男が回り込んできました。オッサンの顔など見ていてもちっとも楽しくはありません。

 スライムは男には見えない角度で、チィッ! と思い切り舌打ちしました。

「何かありましたか?」

「べぇっつにー。で? あんたこそ何か用?」

「いえいえ、大した事ではありません。守護神様が退屈されておられないかと思い、お話をうかがいに来ただけでして。いかがでしょう、何かご不満があれば」

「不満なんかないよ。料理はんまいし幼女はいっぱいだし今までいた場所に比べれば天国だね! ただまあ……一つ気になる事があんだけど」

「何か?」

 その時、一人の男女のカップルがスライムの側までやってきて、言いました。

「よっ! 頼んだぜ守護神様!」

「あのヘタレの性根をたたき直してあげてね!」

 陽気なカップルは言うだけ言うと、手を振りながら去って行きます。

 スライムはじとーっと男を見上げました。

「アレ、なに? さっきからおんなじ事言う人が何人もくるんだけど」

「そうですな……宴もたけなわですし、そろそろお話いたしましょう」

 男が居住まいを正し、真剣な目つきでスライムと向き合います。

「あなた様に、頼みたい事があるのです。聞いていただけますか?」

 そらきたとスライムは身構えます。

 守護神だか救世主だか知りませんが、これだけの歓待をタダで受けれるわけはありません。何か裏があるに決まっています。

「世界最大の軍事国家でも壊滅させればいいの?」

「違います」

「世界の果てにいる巨人でもぶっ潰せばいいの?」

「違います」

「深海の迷宮にいる海神のケツでもぶっ刺せばいいの?」

「違います」

「じゃあなんだよ!?」

 スライムは理不尽にキレました。

 本人は絶対に認めませんが、女神様の脳筋思考をしっかりと受け継いでいるスライムです。

 男は顎に生えた白い髭を弄りつつ、言いました。

「最終的には、魔王を倒して欲しいということになりますが……」

「なんだよ、結局そういう話なんじゃん」

「いえ、いえ……それを成すべき者は既に決まっているのです。あなた様にやっていただきたい事は、他にあります」

「? 勇者はもう決まってるってことか?」

 スライムはますます意味が分からなくなりました。

 世界最強の粘体でしかないスライムは、戦闘以外で役立てそうな事など、ネバネバする以外に思いつきません。

 となると……

「え、エロい事ですか……?」

「興味はありますが、残念ながら違います」

 ごくりと唾を飲んで訊ねましたが否定されます。スライムは、わりとガッカリしました。ガッカリし過ぎて、水溜まりみたいにべしゃっとなりました。

「あなた様に、育てていただきたい者がいるのです」

「はあ?」

 びっくりしたスライムはぷるん、とすぐ元に戻り、意味が分からないと声をあげます。

「教育ならちゃんと教育者に頼めばいいだろ。オレは教育なんてやったことないぞ」

「いえ、いえ、勉学などの教育ではなく。そうですな……弟子を育てて欲しい、と言った方が分かり易いでしょうか?」

「弟ぇ子ぃぃ?」

 スライムは心底面倒臭そうに表情を歪ませました。

「えっとつまり、その誰かさん? を、魔王を倒せるくらいに強くして欲しい……てことでオーケー?」

「その通りです」

「えええ……そんなら自分で魔王ぶっ倒す方がまだ楽だし、それこそ武術の達人でも師匠に付ければいいじゃんか」

「それがダメなのです。守護神様の仰るとおりこれまでに何人かの達人を招きましたが、いずれも僅か数日で匙を投げているのです」

「どうして?」

「彼らいわく『あまりに弱すぎてムリ』『せめて木の棒くらいまともに持って』『来世に期待』だそうです」

「……なあ、そいつ本当に勇者なの? どうやって選んだか知らねえけど、そもそもそれ自体が間違ってんじゃね?」

「そんなことはありません!」

 くわっ! と目を見開いて否定する男にびっくりし、スライムも思わず目をまん丸に見開いてしまいます。

「や、やけに自信満々っすね」

「この街には優秀な予言者がおりますでな。勇者の存在もあなた様の降臨も、予言によって導き出されたのですよ。明日の天気から晩ご飯のおかずまで、的中率は90パーセントです」

「十回に一回も外れてんだけど!? なんだその残念気象予報師!」

「ともかく、予言が外れることなどあんまりないのです。その点は心配なく」

「安心できるかあ!」

「特に勇者とあなた様の予言は『トイレで占ったらなんか出た』とのこと」

「人を汚物みてぇな言い方するんじゃねえええ!」

「何故かトイレでの予言は外した事がないそうです。おかげで重大な危機を乗り切った事も幾度かあります。あの方は信頼できる予言師ですよ」

「こっちからすると、今んとこぜんっぜん信頼できる要素ゼロだがなっ」

「まあ、いずれお会いする機会もあるでしょう。詳しい紹介はまたその時にでも」

「ああ……ぜひ直接お会いしたいね」

 そして絶対一発ぶん殴る。スライムは心に誓いました。

 男が横道に逸れた話を元に戻します。

「というわけで頭を悩ませていたところ、守護神様降臨の予言があったのです。『これからウチの粘体を一匹送るからそれでなんとかしろ』――と」

「あんのクソババアがあああああ!!」

 スライムは怒りに震えました。すべて、女神様の仕込みだったのです。

(3年も好きにしていいなんて話が上手すぎると思ったが、こういうことかよっ)

 最初からスライムを自由にさせるつもりなど無かったのです。

 それが分かったスライムは一層反発心を引き起こされます。意地でも引き受けてやらん! との想いが沸き上がってきました。

「わりぃがオレには人を育てる才能なんてねえから! メシは美味かったぜありがとう、じゃな!」

 手早く捲し立て、さっさと立ち去ろうと背を向けると、男が神妙な口調で言いました。

「我々をお見捨てになるのですか?」

「うぐっ……!」

「ならば仕方ありません。この街は栄えてはおりますが、この規模の祭りとなるとそう何度も開催できるものではありません。街の者達も長年の悩みがようやく解消されると想っての陽気だというのに、さぞや落胆するでしょうな」

「ぬぐぐぐ…………!」

「今は平和なこの街もいずれは魔王に蹂躙され、男は殺され女は為す術もなく――おっと、あなた様にはもう関係のないことでしたな」

(こ、こんのヤロウ!)

 売り言葉に買い言葉でつい言い返しそうになりますが、それは男の思うツボだとなんとか堪えました。ここで迂闊な事をすれば、それこそ女神様の思惑通りとなってしまいます。

 スライムが必死にひっひっふーと深呼吸しているところに、男の目がぎらりと光りました。

「いや本当に残念ですな。もし引き受けていただけるのならと、あなた様専属の世話役を付けようと考えておりましたのに。――セラや、おいで」

「は、はいっ」

 唐突に男が呼び寄せたのは、つい先ほどまでスライムの食事を取り分けていた少女でした。

 セラと呼ばれたその少女は、すでに祭りの格好から着替え、大人しそうな性格が反映された落ち着いた格好をしています。

「こっこれから救世主様のお世話をさせていただきますセラ・ランフォードと申します! よよよ、よろしくお願いしますっ」


 ――スライムは、陥落しました。


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