やさぐれました
女神様は唐突に思いつきました。
「そうだ、史上最強のスライムを育ててみよう」
周りにいた神々がその発現に驚き「なんで?」と聞くと、
「暇だからだ!」
女神様は胸を張って言いました。
周りにいた神々はこいつ頭おかしいと思いつつ、面倒くさかったので誰も止めようとはしませんでした。
女神様はさっそく実行に移す事にしました。
まずは普通にスライムを一匹生みだします。いきなりステータス全開なスライムにする事も可能でしたが、育成するという目的に適していないため、あえてそれはしませんでした。
生物の成長には生存競争が最適です。
女神様はスライムを地獄の門へと連れて行き、番犬ケルベロスの前に蹴り転がして言いました。
「死にたくなければ生き残れ」
スライムは血眼となって逃げ回りましたが、数秒後にむしゃっと食べられてしまいました。
女神様はやれやれとため息を吐きながら、もぐもぐと口を動かすケルベロスへボディーブローを放ちます。
そんな感じの事を十回ほど繰り返してやっと、女神様は悟りました。
「スライム弱すぎ」
分かり切っていた事でしたが、女神様は直接スライムと戦った事などないので、こんなに弱いとは思いませんでした。
女神様は少しだけ考え方を改めます。
ちょっとでも強い相手(ケルベロス・ゴーレム・ドラゴンetc…)と競わせるとあっさりやられてしまうので、ほとんど強さの変わらない最弱級のモンスターと競わせていく事にしました。
最初は同じスライム同士で競わせてみると、ぼろぼろになりながらも先に最初に生みだされたスライムが勝利しました。
何度も死に掛けた経験から生存本能が強化され、限界以上の力が引き出されているようでした。
十年もすれば徐々に強い相手とも戦えるようになり、ついにケルベロスの顔を三つともボコボコに腫れ上がらせて涙目に出来るまでになったのを見て、女神様も上機嫌です。
「よし、次の段階に進もう」
実戦における成長率に一区切りをつけ、今度は単純な身体強化に専念する事にしました。
とりあえず噴火寸前のマグマの中に放り込もうとしたところ、スライムは顎が砕けそうな万力で女神様の服を噛んで抵抗するので、やむなく断念します。
代わりに沸騰寸前である温泉の源泉にぶちこみ、熱に対する態勢を強化する事にしました。スライムが跳ねて逃げようとすれば、女神様が平手打ちではたき返します。
温度を調節しながらそれを三十年続け、マグマの熱にすら耐えられる様になったら、女神様は次に進む事にしました。
「次は寒さだな」
女神様はスライムを絶対零度の魔法で凍りづけにし、氷雪地帯に置き去りにしました。スライムが生還したのは十年後の事でした。
それからも、女神様の特訓は続きます。
「次は持久力――」
「今度は魔法耐性――」
「そろそろまた実戦――」
続いて、続いて、続きます。
そうしてさらに百年が過ぎました。
最初は野犬相手にも血塗れになっていたスライムは、今やロードドラゴンやノーライフキングですら一撃で土下座させるほどの力を手に入れていました。
女神様はその結果に満足しつつさらなる高みを目指し、今日もスライムに呼び掛けます。
「やあ我がスライムよ、次の特訓なんだがな」
声を掛けられたスライムは、自らを生みだしここまで育ててくれた母親たる女神様に向かって、言いました。
「いやじゃボケ、このクソババアめ」
――スライムはすっかり、やさぐれてしまいました。