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この作品には 〔ガールズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

対魔闘姫 ミヤビ ~や……止めろ! そっちは違う!~

作者: みいそやえ

 魑魅魍魎が跋扈する魔都、ネオトキオ。

 古来より人と魔は『相互不干渉』の原則を忠実に守り、互いのテリトリーに踏み込まぬよう生きてきた。

 しかし、この都市に生きる者が他者への慮りの心を無くし、私腹を肥やす事だけを生き甲斐にする人間が大多数なものとなった時、魔物達は『相互不干渉』の誓いを破り、町に蔓延り始めた。

 

 その直接の原因となったのは、ある一人の人間の存在だった。

 

 彼は、人と魔の境界線を越えて、魔界に通ずる穴を開き、あろうことか魔の者ら相手に商売を始めた。

 魔界からもたらされた非人道的な外法技術を手にした彼は、彼が勤める企業の発展に大きく寄与した。その企業は政界、財政界の上役に専属の娼婦を派遣し、収益を得ている裏の世界の企業だった。件の技術は上役らの歪んだ欲望を大いに満たし、彼らの後ろ盾を得たその企業は瞬く間に力を伸ばした。今では町のものは誰も彼らに逆らえず、治安は急激に悪化、魔者達は闇夜に紛れて暗躍、政府はその都市を隔離、その都市は魔物が潜む魔都ネオトキオと呼ばれるようになった。


……


 夜、この町を一人で歩く者は、死を覚悟したものか、あるいは人ならざるモノである。

 それはこの土地で生きるものならば、誰もが知っている掟であり、その禁を破った報いはその身を持って知ることになる。

 

 だがしかし、草木も眠る丑三つ時だというのに、その少女は駆けていた。

 赤みがかったショートボブの似合う、純白無垢を絵にしたかのような幼い顔立ちをした少女が、時折背後を振り返りながらも、その速度は決して緩めずに走り続けている。

 紺のブレザーとスカートをはためかせ、額には玉汗を浮かばせながら、息せき切って夜道を走る彼女の背後には、尋常ならざる怪異の姿。


 筋骨隆々の逞しい体つき、緑色の皮膚……一目で人間でない分かる、その少女を追う怪物の種族名は「オーク」と言った。

 背丈は成人男性より一回りほど大きく、月の輪熊ほどの筋力と、ようちえん年長組程度の知性を持つ魔物だった。しかし、日の当たる時間帯には活動が制限されるようで、町の住人が夜出歩かないのはこの為でもあった。

 この怪物が恐れられている何よりの原因は、その「生殖能力」にある。

 三日三晩、飲まず食わずで事に及び続けることも可能であり、彼らの体液は栄養価に満ち、強壮状態に陥らせる作用もある為、それに付き合わされる哀れな被害者は、その際に受けた経験を忘れられず、再びオーク達を求めて町の夜に消えていく……という悲劇が繰り返されていた。

 


(い、嫌っ! オークの相手なんて死んでも嫌だ! あっちゃんも、ミキも、どうしてあんな――)


 突然、少女は首元が圧迫される衝撃を受けた。オークが彼女のブレザーの後ろ衿を掴んだのだ。

 彼女の気道が一瞬にして塞がれ、えずきを返した。


「うっ! ぐ、うぇっ! は、放して!!」


 オークは少女の言葉を無視して彼女を地面に押し倒した。

 舗装された冷たい道路の温度を手のひらと両足の脛で感じながら、彼女は真っ青になりながら震え声をあげた。


――


「や、止めて! 乱暴する気でしょう……私を……高等遊民向け桃色破廉恥映像作品オトナノアニメのように!」

「ぐふふ、観念せい」

「ここでハイそうですかと観念しては淑女の名折れ。金目の物は差し出します。後生ですからその不細工顔を近づけるのはおやめ下さい! 可愛い私に免じてプリーズ!」

「生意気な奴め。金目の物などいらんわい。乙女の純潔、プライスレス。さぁ、いくぞ」

「アーレー!」


 暴虐なケダモノの魔の手によって、乙女の聖域が汚されようとしている、その瞬間! 一筋の閃光が少女とオークの間に走った! そしてオークの剛直が朧月夜の宙に舞った!

 

 下弦、三日月明かりに照らされて、虚空を舞うは黒地蔵。

 

 少女が反射的に打ち上げられたモノを追って首を天に向けると、彼女の瞳の中に、黄色い月の傍まで打ち上げられた黒い肉棒が映し出された。


(漆黒のロケットが赤い血を滴らせながら、空に打ち上げられた。夜空に瞬く白い星々に憧れたのだろうか、それは暗夜の彼方に消えていく。鋭く尖った月の切っ先に刺さってしまわないと良いけど……)


 少女は受け入れられる衝撃の許容量を越えたのか、ぼんやりとワケ分からん事を考えた。

 

 刹那の後、オークの局部からどろりとした鉄臭く熱い血潮が噴出し、少女のブレザーと腕に水玉の模様を付けると、耳を劈くような声が二つ同時に響いた。


「うおー!」

「きゃー!」


 少女の意識はそこで途絶えたが、一方のオークは激痛に悶えながらも辺りを見回していた。


(くそっ! 一体どこから……?)


 そして、オークは見た。街灯の明かりの下に一人の女性が立っている姿を。

 

 身にピッチピチに張り付いたレオタードのような服を纏い、片手に持った鎌を器用に弄びながら仁王立ちしている。

 彼女が投擲したもう一つの鎌がオークの硬い茎を切り取ったのだ……! なんという正確無比なコントロールか! なんという無慈悲さか! タマヒュン!


「お前は!?」


 オークは股間から滴る血を止血することも忘れ、そのキッツキツのレオタードを履いた女に見入った。

 

 背後に見える夜の闇に吸い込まれそうなほど長く伸びた艶やかな黒髪、彼女は今切れ長の睫毛を傾けて険しい表情をしているが、それを差し引いても尚美人と呼称出来る相貌だ。すらっと伸びた手足を構え、引き締まった腰を傾けて臨戦態勢を取っているその姿は、スクリーンに映る映画のヒロインを想起させた。

 だがココで一番重要なことは、なによりも……なによりも彼女のバストは爆発しており、今にもレオタードを破いて本当に爆発してしまいそうな事だ! 柔らかい肉のスイカみたいだ!

 

 そのスイカ女は高らかに言い放った。


「女に酷い事する奴は許さん。対魔闘姫たいまとうき、ミヤビ。最近舗装されたらしい車道の端、本来自転車が通るゾーンに参上!」


 そう、彼女こそミヤビ! 対魔闘姫ミヤビである!!

 彼女は路肩に立って名乗りをあげたのだ!


「た、対魔闘姫だと? 俺達『オーク連合』の邪魔をし倒していると言う……あの痴女集団か!」

「痴女ではない。このすごい科学戦闘服は、そのパッツパツの締め付けで筋肉を刺激し――」

「ええい! そんな事はどうでも良い。不意打ちなんてやることが汚いぞ!」


 その言葉を受けてミヤビは忍び笑いのような嘲りの笑みを返したが、別に彼女は忍びの者でない事をここに明記しておく。


「私達、対魔闘姫は悪鬼の如き悪行を重ねるお前達を止めるためなら、多少悪い事するのも厭わない! 気を抜く方が悪いんだ!」

「言わせておけば……しかし精力自慢のオークの巨砲が切り取られては形無し……ここは一旦引いてやる」

「逃がさん!」

「いや、逃げられる!」


 実際逃げられた。


「はぁ……はぁ……なんて逃げ足の早い奴なんだ……あんなぶっといモノが取れたから身軽になったのかな? あ、そうだ。あの少女は無事だろうか」


 ミヤビが少女の下まで駆け戻ると、その少女は気絶していた。どうやら先ほどの出来事がよほどショックだったのだろう、とミヤビは考えた。


(仕方がない。学生手帳か何かは……)


 無かったので、ミヤビは少女を自らの住処に連れて帰ることにした。


…… 


 翌日、その少女が目を覚ますと見知らぬ天井が目に入った。


「こ――ここは?」


 辺りを見回すと、胸のデカい綺麗な女性が寝巻きで床に寝転がっているのが見えた。

 少女の声が聞こえたのか、胸のデカい女は欠伸交じりに返答を返した。


「ふわぁ……あ、あはよう。目が覚めたか。ここは私の住処で、君が寝ていたのは、私が通販で買った羽毛ベットだ」

「そうだったんですか……どおりで羽毛の感触が誘う極上の快眠を得られたワケです……ありがとうございます」

「ふふん、そうだろう。ところで私はミヤビ。君は?」

「私は――あれ? あれれ? 私は誰なの! 記憶喪失だわ!」

「困ったな。私はこれから仕事なのだが……取りあえず君の身元が分かるまでは、ここにいると良い」

「で、でも……知らん人にそこまで迷惑をかけるわけには……」

「いいんだ。君は可愛いから大歓迎だ」

「え、ええ……?」

「対魔闘姫は基本的には弱い者の味方だ。だから気にするな。私の代わりに掃除洗濯家事雑事、買い物洗い物にお吸い物を作ったりしてくれれば良い」

「はぁ……ま、それくらいしますけど」

「良かった、それじゃ私は行って来る……ええと――」

「あ、名前がないと不便ですね。何か華麗な私に相応しい名前を下さい」

「じゃ、カレンで」

「うふふ……よろしくお願いします」


 そして二人の共同生活が始まった。


……


 その後一週間ほど経ったが、カレンの身元は分からなかった。

 唯一の所持品であった紺のブレザーとスカートも、ディスカウントストアで売られているようなコスプレ用の安物だったので、手がかりにはならなかった。彼女はその他に何も持っていなかったし、下着なんか何の手がかりにもならなかった。


 ミヤビはそんな物を着ていた彼女の境遇を察したが、この事は伏せて共同生活を続けていた。いずれにせよこの町にそのような境遇の女性はわんさか存在したので、身元を探り当てることは不可能だとも考えた。

 カレンは家事炊事雑事全てにおいて壊滅的なドジを繰り返し、ミヤビの自宅は小台風がでんぐり返りした後のような惨状に陥った。ミヤビはその度にカレンを叱責し、カレンは顔を真っ赤にして謝ったが、ミヤビはそんな彼女の事を心憎からず思い始めていた。

 対魔闘姫の命を賭けた過酷な仕事から返ってきた際に、笑顔で出迎えてくれるカレンの事を心の安らぎと感じるようになっていたのだ。

 ミヤビはカレンとずっとこの生活が続けば良いのに、と夢想し始めた。

 

 一方のカレンは自らが居候の身であること、自分が誰なのかも分からないことに不安を感じ、生活費を払うついでに気晴らしも兼ねて、その辺でバイトをし始めた。もちろんその場でもカレンはドジを繰り返したが、メイド喫茶なので逆に受けた。可愛いから仕方ないね。

 カレンはミヤビがどうしてここまで自分に良くしてくれるのか、不安に思う日もあったが、もしミヤビが打算的な考えで自分を養っているのだとしても、それは仕方のないことだと考え受け入れる覚悟でいた。だが、もし仮にミヤビが自分を恋慕の情で見ているのだとしたら……それは禁忌であるとは分かっていたが、カレンはその事を願わずにいられなかった。ミヤビの凛とした佇まいや、偶に見せる気の抜けた表情を、カレンはいつからか同性のそれを見るようには思えなくなっていた。

 カレンもミヤビとずっとこの生活を続けられることを夢見ていた。


 そんな奇妙な共同生活も一ヶ月を過ぎた。

 今日はカレンの給料日、ホクホク顔で悠々と歩くその帰り道、ミヤビの自宅に着くすんでの所でカレンはオークに襲われてしまった。


「見つけたぞ! この前の女!」

「え!? オーク!? どうして夕方から……」

「ぐふふ……博士のすごい研究のお陰だ! 俺はアレを切り取られた失態を取り返そうと、博士の実験の試験体を志願し、偶さか大成功してオークがバイオ化したバイオークと言う新種に生まれ変わったのだ。バイオークはすごいぞ! 俺の血の付いた物の臭いを追って追跡したり出来るのだ! お前の体から俺の血の臭いがプンプンするぜ。バイオークのすごい嗅覚!」

「なんて長台詞……ミヤビさん助けてー! は! この時間はまだ帰ってきていない!」

「ミヤビだと? そう言えば、あの家の表札に『ミヤビ』と書かれているな……何と言う幸運。宿敵ミヤビの地味にボロい住処を捜し当てられるとは」

「そ、そんな……こうなったら私がなんとかしなくちゃ。てりゃー!」

「見事な金的だが、俺のアレも生まれ変わったのだ。バイオガードすれば一定時間無敵になれるのだ!」

「くっ! もう逃げるしか――」

「今度は逃がさん」


 実際今度は逃げられなかった。


「い、いや……お願いします……助けてください……うう……」

「何か勝手が違うな。ショックで俺の事覚えていないのか? 不憫な奴だ。しかし……オークが女に同情しちゃ……でも俺バイオークだし……あ、そうだ。お前ミヤビと同棲しているんだろ? アイツを罠に掛けるのを助けてくれたら、見逃してやっても良いぜ」

「!?」

「これは例によって博士が開発した『脱力の指輪』だ。聞いての通りの効力だ。これをヤツに付ければ見逃してやる。そうでなければお前を俺の家に誘拐する」

「そんなこと……出来るワケありません!」

「良いのか? 俺は約束を守る悪役だぞ?」

「ミヤビさんは恩人です。さぁ、可愛い私を煮るなり焼くなり好きにしなさい! ミヤビさんには手出しさせませんよ!」

「別に女を煮る趣味はないんだが……お前カッコいいな。だがそうなれば俺も全力を持ってお前の相手をせねばなるまい……『邪道バイオークのバイオ催眠術』!」

「眠っ!」


 オークが奇妙な術を唱えると、カレンの意識は闇の奥深くへと沈んでいった。


……


 その夜、ミヤビが帰宅すると、いつもと変わらないカレンの姿があった。


「ただいまー。カレン、今日の晩ご飯なにー?」 

「あ、ミヤビさんお帰りなさい。今日はスパゲッティグラタンです」

「あーこれ食べたかった奴だ!」

「良かった……今日はミヤビさんに喜んで欲しかったから」

「うわぁ、とっても美味しいぞ! え? 何だって?」

「今日バイト代で綺麗な指輪買ったんです。養ってもらってるお礼に生活費と一緒に受け取ってください」

「え、それって……」

「変な意味じゃないですよ。私ミヤビさんに何もお礼できてないなって思って……」

「そ、そんなの気にしなくて良いんだぞ……あ、でも、中々綺麗だな」

「良かった! ミヤビさん付けてくださいよ。きっと似合いますよ」

「う、うん……って、うわー!」

「おほほのほ。バイオーク様どうぞこちらへ」

「グッジョブカレンちゃん。早速ミヤビをこっそり誘拐するぞ」

「はい、早速ミヤビをこっそり誘拐しましょう」


 早速ミヤビはこっそり誘拐されてしまった。

 カレンはオークに操られて、ミヤビ誘拐の手助けをしてしまった! これから一体どうなってしまうのか!


……


 バイオークの自宅は地下に存在していた。

 通りの外れにある雑居ビルの前には、門番の如きヤの者が二人滞在していた。バイオークは彼らに挨拶を交わすと、その豪腕に抱かれて脱力しているミヤビと、それに付き添って歩く催眠状態のカレンを自慢した。


「すごいだろ」

「すごいっす。後でワシらにも回してください」

「それはならん。特に脱力しているコイツとは浅からぬ因縁があるからな」

「ひょえぇ……この女タダじゃすまねぇよぅ……」

「すごいっす」

「ぐふふ」


 誇らしげな笑みをこぼしながら、バイオークはビル内のエレベーターにミヤビとカレンの二人を連れて入った。

 向かうは地下5階。連れ去った女に酷い事をするために存在する空間だった。例え女性が鼓膜を破かんばかりの絶叫を上げようが、外の人間には決して届かない事をバイオークは経験から知っていた。


 彼はその広間に存在する、鉄で出来た扉を開き、ある部屋の中へ二人を招いた。

 


 彼はその部屋を『メスブタ調教部屋』と心の中で呼称していた。


――


 その部屋に点在するものに、悪趣味でないものは一つもなかった。

 一つ見渡すだけで、男根を模した振動する棒、血のついた馬用の鞭、切っ先がぬらりと光った三角木馬、黒光りする拘束具、おまる、注射器等の道具がそこら中に散らばっているのが見て取れた。


 彼はその数々の道具を部屋の隅端に乱暴に押しのけると、部屋の奥に存在する拘束台にミヤビを寝かしつけた。

 彼が台脇のスイッチを押すと金属の錠音が4箇所同時に鳴り響き、ミヤビは四肢を拘束された。

 両腕と両足を大きく広げられた格好なので、古式ゆかしい考え方を持つミヤビがそのような体勢を取らされる事は、彼女にとってとんでもない恥辱に違いない。


「良くやったぞカレン……お前が動いてくれたお陰で、憎きミヤビを捕らえることが出来た」

「勿体無いお言葉です、バイオーク様」


 カレンがうやうやしい口調でバイオークにそう返したが、目の端はミヤビの方をチラチラと盗み見ていた。


「ぐふふ、これも博士のバイオ化の――ごほっ! ごほっ!!」


 突然バイオークが吐血した。


「バ、バイオーク様!?」

「し、心配いらん。バイオ化の弊害だ。そこの青のケースに安定剤が入ってあるから取ってくれ――ごほっ!!」

「す、すぐに!!」


 カレンは散らかった部屋の中からブルーのケースを見つけ出すと、その中に入っていた瓶を取り出し、急いでそれをバイオークに手渡した。

 彼はよほど苦しかったのか、その瓶の中身を即座に一口飲みくだした。


 数秒が経つと、発作は収まったのか彼は安堵の表情でカレンに礼を告げた。


「……ふう……どうやら効いてきたようだ。すまんなカレン」


 カレンはバイオークを気の毒そうな表情で見ながら、彼に疑問を投げかけた。


「バイオーク様は、どうしてそこまでミヤビさんに拘るんですか? バイオ化なんて……生体実験なんかしなくても別の方法で――」

「これはプライドの問題だ。この身を賭けてでも復讐したい相手が出来たのなら、むしろそれをチャンスと考えるべきなのだ。憎き奴との勝負に負けたままでいられるか!」


 あまりに大きな声だったので、カレンは身を竦めた。

 そして、その声でミヤビが目を覚ました。


「こ、ここは……あ、オーク! とカレン!?」


 目を覚ましたミヤビは、即座に台から立ち上がって戦闘態勢に移ろうとしたが、その両手両足は拘束されていた。


「ぐっ! これは!!」


 もがもがと身を捩じらすミヤビを哄笑しながら、バイオークがミヤビの元に近づいてきた。


「目が覚めたか、久しぶりだな憎き宿敵ミヤビよ」


 二人の目が合った。 


「お前は確か……前に私から尻尾を巻いて逃亡した腰抜けオークじゃあないか。これはどういうことだ」


 気丈に振舞ってはいるが、ミヤビは状況の深刻さが分かっていた。


(私が誘拐された事に気づいた本部は、他の対魔闘姫を使って捜索し始めるだろうが……それまで、私はコイツの好きにされるしかない……)


 ミヤビは仕事上オークの慰み者にされた女性を何人も見てきていた。

 その事を考えるだけで、女として芯から恐怖を感じないワケにはいかなかったが、情けない声をあげてもバイオークを喜ばせるだけだと知っていたので、ミヤビは弱音を押さえ込むかのように大声でオークを非難したが、彼は蚊ほども動じない様子だった。


「ぐふふ……宿敵の負け惜しみほど心地の良い言葉はない。ミヤビどうしてお前がそうなったかわかるか? お前はカレンに騙されたのだ!」


 ミヤビは一瞬キョトンとした表情になった。何を言っているんだという表情で遠くのカレンを仰ぎ見たが、彼女は照れたようにウインクしてからこう言い放った。


「そういうこと。ゴメンねミヤビさん」

「カレン!? 何を言っているんだ? 貴様カレンに何をした!! 答えろっ!!」


 烈火の如き勢いで気炎を吐くミヤビに、バイオークは涼しい表情でミヤビをあざ笑った。


「ぐはは。どうしたミヤビ。凛々しい顔が台無しだぞ」

「ふざけるな! 質問に答えろっ!」

「俺が催眠術で操っているのさ。お陰で『脱力の指輪』をお前に付けさせられたのだ」


 ハッとしたミヤビが首を右手の方へ傾けると、カレンに贈られた指輪が目に入った。

 彼女はその指輪をつけた瞬間から意識が無くなった事を、今になって思い返した。


(あの時からカレンは操られていたのか……くそっ! 普段ならこの程度の拘束易く突破できるのに……!)


「くっ! この、下種め……!!」

「ぐはは、良い表情だミヤビ。次は親友の手で弄ばれるお前を堪能させてもらおう。カレン、出来るな?」

「はい……」


 カレンは妖艶な微笑を浮かべながら、ミヤビの元へと近づいていった。それと入れ替わるかのように、オークは荒い息つきで少し離れた場所に向かった。


「カレン! 目を覚ませ! お前は操られているんだ! この指輪を外してくれ!!」

「私は正気ですよ、ミヤビさん。ずっと貴方とこうなりたかったんです。彼は私の背を押してくれただけ……」


 そう言いながらカレンは、床に置かれていた緑のケースを手に持ってミヤビの傍まで来た。その後、彼女はそっとミヤビの耳元に顔を寄せてこう囁いた。




「一緒に、気持ち良くなりましょう。その指輪は私が貴方に贈ったエンゲージリングです」




 そう言ったカレンの目に光は灯っていなかった。

 彼女はケースの中からボトルを取り出し、その中に入っている薬液をミヤビの目の前にかざした。


「な、なんだそれは」


 ミヤビは声が震えるのを止められなかった。


「これはどんな生き物でも淫乱なメスに変えてしまう素敵な媚薬らしいです。ね、バイオークさん」


 バイオークは少し離れた所から着々と録画用のカメラをセッティングしていた。

 彼はその器具の準備を一心不乱に行いながら、顔は向けずに件の媚薬の説明をし始めた。彼は捕らえた女性の墜ちていく様を録画し、その変貌ぶりを何度も見返しては悦に入る、という趣味があった。


「そう、それの効き目はとんでもないシロモノだ。使用量によっては一生普通の生活を送れなくなるほどにな。すごく高価な物なのだが、お前がこれから俺のコレクションの一員になる事を考えれば安い出費だ。カレン、使用量を間違えるなよ」

「はぁい」

「く……カレンそんな物捨ててしまえ!」


 カレンはその瓶の口を開き、透明な雫を一滴だけ舌に乗せた。


「な!」


 そして彼女はこどものようにペロっと舌を突き出したまま、ミヤビの口元へそれを近づけていった。


「まさか……や、止め――」


 ミヤビの唇がカレンによってこじ開けられた。



「! ……」


「? ……っ!」


「!? ……!!」


「ふふ……」



「ぐはは、良い光景だな。おい、もう十分だぞカレン。ミヤビにも媚薬が染み込んだだろう」


 バイオークは三角脚立を立て、そこに高性能のカメラを備え付けた。

 ようやく準備を終えた彼の額には、興奮による汗が浮かんでいた。


「ふ、ふぅ……ごちそうさまです。ふふふ、どうですかミヤビさん。この薬の効き目は即効性です。後5分もすれば私たち――」

「カレン……どうして……」

「これでミヤビさんと一緒になれるからです……。さ、もう少しして、薬が効いてきたら二人でバイオーク様に可愛がってもらいましょう。この薬の飲んだ人は白目を向いて、涙と鼻水と涎で顔をグチャグチャにして乱れるらしいですよ……私たちこれからそうなるんです。あぁ……すごい……二人で無様に――」


「うおおおおおおん!!」


「って声で――ん?」


 カレンとミヤビが声の方を振り向くと、バイオークが地面にゴロゴロ寝転がり、悶えていた。

 三角脚立に乗せられたカメラが、派手な音をたてて倒れた。


「え?」

「は?」


「だ、ダメええええ!」


 バイオークの巨体がビクビクと震え、その度に部屋に異臭が広がっていった。が、偶々その時彼はうつ伏せの状態になっていたので、その仔細は分からなかった。


 ミヤビとカレンは呆気に取られて、オークの奇行を見つめて固まってしまった。 


「……」

「……」


「か、カレェン!! 貴様ぁぁああああああん!!」


「……」

「……」


「そっち違うぞおおお!! 青ってのは――あ! やばいやばい!! んあああああああーーー!!」


 そう言い残すとバイオークはぐったりとして動かなくなった。


「……」

「……」


 


 

 彼女らは後になって、その時の事を『人生で一番目が点になった瞬間』と評したらしい。

 

 二人はしばらくの間目を点にして驚いていたが、段々とカレンの瞳に灯が灯ってきた。


「……は! 私は一体」


 オークが気絶した事で術が解けたのだ、とミヤビは理解した。

 カレンはまだ目が覚めやらないのか、瞳を何度もしばたかせながら周りをキョロキョロと見渡していた。


「……おはようカレン。この拘束を外してくれるか?」

「え、わ! ミヤビさんなんて格好……! す、すぐ外します!」


 そうしてその拘束台の周りをウロウロ回っていると、いかにもなスイッチがあったので押してみた。

 拘束はあっさりと外された。


「ふう、ありがとうカレン。じゃ、帰ろうか」

「えと……あれは……」

「ほっとけ」


 そうして二人は悪趣味な部屋からさっさと出て行った。

 脱力の指輪はその辺に捨てたので、二人を制止しようとしたヤの者二人もなんなくあしらう事ができた。


 後に残されたバイオークは、丁度二人がビルを出た瞬間に目を覚ました。


「は! あいつ等どこに――ってああーーー!! 空調機の風でぇーーー!」


 オークの声が地下室に木霊したが、その声に答える者はもう居なかった。


……


 二人が雑居ビルを去ると、肌寒い冬の朝日が拝めた。

 ミヤビがかいつまんでそれまでの事をカレンに説明すると、カレンは涙と鼻水で顔をくちゃくちゃにしながらミヤビに謝罪した。


「ミヤビさん。すいません! わたし、わたし……!」

「いや、いいんだ。それより急いで対魔闘姫本部に返って検査してもらおう。何かよく分からん水を飲んでしまったわけだからな……多分影響ないと思うんだが」

「……ごめんなさい」

「良いって言っただろう。ある意味カレンのドジに助けられたとも言えるしな」

「……」

「それより、あの時のカレンの台詞なんだが……」

「え?」

「い、いや、何でもないんだ。さ、急ごう」

「はい……あの、ミヤビさん」

「ん?」

「こんな私ですけど……これからも一緒に居てくれますか?」 

「当たり前だろう」


 そうして二人は朝日に向かって駆けて行った。


(今度は私が追いかける番だ……!)



 走れ、対魔闘姫ミヤビ! 追え、謎の少女カレン! 勝利をその手に掴むまで!


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― 新着の感想 ―
[一言] 前作とは違って、コメディな話ですね^ ^ 私、ガールズラブはイマイチ分からないのですが、このカップルはとても可愛くて応援したくなってしまいました。二人がもっと仲良くなりますように。 ぴちりと…
[一言] ドーモ。 作者サン。楽しませてもらったのです。 オークさんが敗北したのも卑怯な手を使おうとしたから。インガオホーというやつです。
[良い点]  所々で繰り広げられるテンションの高い三人称の文は、それだけで笑いを誘う奥ゆかしきジツ! [気になる点]  最後の方が少し駆け足気味だったので、もう少しじっくり書いても良かったと思います。…
感想一覧
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