98話目
「……あれ、私、寝てた」
「そりゃもう、ぐっすりと」
女の子が、はっと目を開けた。
今日は、帰る日だった。最後に、女の子と話していた。横で、こっくりこっくりと、女の子は船をこいでいたのだ。
眼窩に見える風景は、綺麗だった。木がそよいでいて、小さな灯りがぽつぽつ見える。消えてしまいそうな光。民家だ。いつかそれも、なくなってしまうのだろうか。
「……あの、さ」
女の子が、ぽつりぽつりと語りだした。僕に話しかけている、というよりも、独り言に近かった。
――――私、学校行ってないんだ。
――――なんか、色々、嫌になっちゃって。特に、理由がある訳でも、ないんだけど。
――――それからね、兄弟いるって言ったじゃん。あれって、嘘なの。
――――……昔っから、そうなの。虚言ヘキってやつぅ?
――――うそつきなのよ、わたし。それで、自分でもなにいってんだか、よく分かんなくなっちゃって。
――――ああ、別にね! それが、不登校の、理由って訳でも、ないんだけど。
――――でも、なんていうか、ね。ほんとに……なんていうか……。
そこで、言葉が途切れた。俺は彼女の方を見なかった。いや、見ちゃいけない気がした。ただ、遠くを見て、呟いた。
「……別に、気にしないよ。俺は、弟子が何者か、なんてさ」
「……そう」
女の子が、なぜ俺にそんなことを話したのかは、わからなかった。一時、ほんのいっとき同じ時間を共有しただけの存在だ。どうして俺に、そんなことを話すのか。
でも、だからなのかもしれない。
俺がどうでもいい存在で、話なんか禄に聞かないどうでもよさげな人間だからこそ、女の子は、俺に話をしたのかも。
……だったら、自分って結構いい存在じゃないかと思った。
どんな禄でもない奴でも、その碌でもなさが誰かの救いになったのだ。それって、それって……きっと、生きてていい、というようなプラスのことに感じる。救われた気がする。
「……ありがとう」
「なによ、私、お礼言われるようなこと、なにもしてないわ」
……そうかも。そうなんだけど。
俺は、君のおかげで救われた気がする。
「……絵の具、くれただろ」
「はあ? あんなの、なんで今更……まっ、いいわ」
夜は、静かに暮れていく。俺ももうすぐ、ここを立つ時間を迎える。




