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96話目

 俺の絵を覗き込んでは、女の子は俺と話をした。女の子は、ぽつりぽつりと色んなことを話した。それは、学校であったことだったり、家族のことだったりした。

 友達がたくさんいて、優しいお母さんと、ちょっと怖い父親。兄がいて、もうすぐ弟が生まれるのだと、彼女は楽しそうに話してくれた。彼女の生活は希望に満ちているようで、俺みたいなのからしたら……少し、羨ましかった。俺の人生とは正反対だなとは、言えなかった。彼女の話に、水を差したくはなかったし。


「……私、ちゃんとできるか心配なんだ。お姉ちゃんなんて、はじめてだもん」

「できるだろ。こんなに俺に、うるさくおせっかい焼けるんだから」

「おせっかいは焼いてないよ、別に。うるさいのはほんとだけど」

「……自覚あるなら直せよ」

「言われる義理はない」


 迷惑をこうむってるから、義理はあるのではと思ったけど、それを口に出したらまた怒られそうだったので、やめる。


「……なんで、俺にそんなこと話すんだよ」


 代わりに、こう質問した。女の子はしばらく黙ったあと……口を開いた。


「あんたがどうでもいい存在だからよ」

「あっそ」


 なんだか、心が急速に冷めてしまったような気分だった。もしかして、嬉しかったのか。たった一日二日あっただけの自分に、心を許してくれたのかと。

 馬鹿じゃねえの。

 心の中で、呟く。ばかじゃねえの。

 思い上がって、自惚れて、情けなくて……馬鹿としか、形容できない。情けないほど、なにもできない奴。愚かな人間。ばかだなあ。


「……ここ、どうやって塗ったら綺麗になるの」

「師匠の技はみて盗めよ」

「わかんないのよ。アンタがさって塗っちゃうから」


 俺は一つため息をついて、綺麗な塗り方を教えてやる。それから、絵の具と水の分量だったり、デッサンの取り方だったりも。

 ゆっくりと、時間が過ぎた。誰かに絵を教えるのは、実に久々のことだった。けれど、その感覚は嫌いではない。俺にとって、絵というのはやっぱり……誰かと、分かち合う。そういうものであってほしい、と思うから。


「……ねえ、明日の何時に帰るの」


 ぽつりと、女の子が呟いた。俺は少し考えて、躊躇うように言った。


「別に……細かく決まってる訳じゃ、ないけど」

「そう」


 なんでそんなこと聞くの、と聞きたかった。もしかして、俺のこと気にいってくれてるならなあ、とちょっとだけ期待をしてしまって、また自己嫌悪に陥る。

 なんか、一人でうじうじしていて、情けない。馬鹿みたいだ。

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