86話目
家族に関する、長い話が終わった。
しばらく、誰もなにも喋らなかった。俺はひどく、喉が渇いていた。なにを言えばいいのか、わからない。言葉を発そうとしても、きっと声は出ないだろう。
ゆっくりと、武谷が口を開く。知らず知らずのうち、俺は唾を飲み込んでいた。
「なん、ていう、か……とりあえず、ありがとな。こんな話を、ほぼ無関係の、俺にしてくれて」
「あ……い、や」
声は、ちゃんと出た。礼を言うのは、俺の方だと思った。荷物を下ろすことができたのは、お前のおかげなんだ、と。
「そっか……なんか……ごめんな、想像つかねえや。すっげえ、遠い話みたいに、思えて」
「あー……うん」
だよな、それが普通だよ。こんな話されて即順応されても、それはそれで困る。ちょっとだけ黙ってから、武谷は話し始めた。
「うん……じゃあ、あの怖い女のヒト……あ、この言い方はダメか、が、お前の姉、なんだよな? その……兄、と。付き合って、る?」
「あ、うん……たぶん」
「多分?」
自信がなくて、つい語尾が弱めになってしまう。
「あ、いや。多分じゃなくて、うん……ぜっ、たい」
「そう、か?」
なんだか、不思議そうに武谷は首をひねった。……ほんと、こんなこと言っていいのか心配になってきたぞ。
「兄と姉、ねえ……俺も、妹いるけどさあ。恋愛対象とか、ぜってーねえわ」
「普通そうなのか?」
「そうだよ。だって、気持ちわりいもん。……あ、別に、お前の兄と姉のこと、否定してる訳じゃないからな」
「う、うん……」
そう、かな。そう、だよな。やっぱり、普通気持ち悪いよなあ、そういうの……。
「……そんなことあったら、父親があんな風になるのも当然、なのか?」
「当然……かなあ」
「疑問形で言われても」
武谷はなんだか距離感をつかみかねているようだった。それは、俺も同じだ。これだけで、いいのか。次の事を話せばいいのか。
「あー……あの、なんていうか、全然。変に気にしたりは、しないでくれ、よ」
「うん」
武谷は頷いた。けど、表情は俺に気を使ってるみたいに見えた。
「……ほんと、いいからな」
「おう……」




