76話目
「はあ?」
呆れたような、嘲笑うような声を父は出す。吐き気がする。こいつ、やっぱり嫌いだ。頭っから馬鹿にしてるような、そんな感じだ。
「死ぬ? 由布がかね? なにを言っているんだ、君は」
「あ……ま、そうなんですけど……なんていうか……」
武谷はちょっと戸惑ったように言葉を切った。
「危うい、っていうか……なんていうか、ぱっと消えちゃいそう、というか」
そんな儚い系少年じゃないんだが、おれ。
「とにかく……あの、ほっといたらまずいかんじがするんです」
どうでもいいが、本人の前ということ忘れてないかお前。突っ込みを入れて、なんとか冷静さを保つ。なんだこれ。
「……君は、なにを言っているのかな」
父の声には、明らかに侮蔑が含まれていた。その様子に、いらっとくる。やっぱりこいつ、嫌いだ。そんな言い方をするとか、やっぱり性格が悪いんだ。
めげることなく、尚も武谷は言い募ろうとする。
「あの……だから、あんないい方は……やめて、ください」
……いい奴、だな。相変わらず。なんだかちょっと、泣きそうだ。
ありがとう、と小さく心の中で呟いた。口に出すことは、できなかった。
「話しにならない。すまないが、帰ってくれないか」
父の声は明らかにおこっていた。もう、隠す気さえない。いらいらしているとはっきりわかった。殴られる、と直感的に悟る。きっと、武谷が帰ったら殴るんだ、また。
痛いのは嫌だった。だからって、若杉由布に代わろうとは考えられなかった。
武谷は冷静になったのだろうか、少し息を吸って、それから静かに対応した。さっきよりかは落ち着いているように感じた。
「……すみません、なんか訳の分からないこと、並べちゃって」
「分かってくれればいい。さあ、もう遅いだろう。うちのひとも心配している。はやく、帰りなさい」
静かで優しい声音。だが、気圧されるような迫力があった。逆らうことは許されないのだと、そんな感じがした。武谷はなにも言わなかった。ただ、ここから離れていく足音が、聞こえた。




