69話目
顔を見なくても、戸惑っているのが伝わってくる。俺はあえてそれを無視して、頭を下げ続けた。そのまま固まったように時間が過ぎて、恵登がゆっくりと口を開いた。
「え……と、由布、どうしたんだ?」
「……」
どうしたもなにもかも。謝ってる、としか言いようがない。
むしゃくしゃした気分のままやっちまったが、冷静に考えると俺は何について謝ってるのだろう。少し冷えてきた頭で考える。……やっぱり、もうちょっと頭冷やすべきだった。
「……大丈夫、か?」
大丈夫もなにも。なんといえばいいのか。困ったように恵登が言う。
「とりあえず、顔上げろよ。俺、なんかしたか?」
「……なにも」
「じゃあ、なんで」
俺は顔をあげなかった。上げてはいけないような気がした。一言ずつ、言葉を探して紡いだ。
「……今まで、ごめん」
「……」
一瞬、音が消えた。ただ、恵登はそっと言った。
「……もう、用は済んだろ。出てってくれ」
「でも」
「いいから」
有無を言わせぬなにかを感じて、無言で出ていく。
後ろ手で扉を閉め、息を吐き――――……それから、ダッシュで若杉由布の部屋へ行き、ベッドに転がり込む。急いだせいか、ぜいぜいと息が上がる。やっぱり運動不足だ。全然大した距離じゃないのに。
「……いや、……」
緊張、していたのか。それほど。手がぐっしょりと汗を持っていて、体にシャツがべっとりへばりつく。きもちわるい。
……謝るのって、こんなに緊張するもんだったっけ。
別に、責められた訳でもなかったのに。それどころか、なんのために謝ってるのかも曖昧だったのに。いやむしろ、だからこそ緊張したのか?
ぐだぐだと、とりとめのないことを考えながらベッドの上でだらだする。やる気がしない。さっき、全ての力を使い切ってしまったような、そんな感じがする。
「あ……」
そうだ、日記を書かないと。ぼんやりと身を起こす。そして、箪笥に手を伸ばしたところで――――ピンポーン、と間の抜けた音が、家中に響いた。
「え?」
階下でばたばたと走る母の足音が聞こえる。そして、がちゃりとドアが開いた音。それと同時に、大きな声が家に響いた。
「すみませーん、若杉……いや、全員若杉だから、えーっと……由布、くん? いますかー?」
玄関から聞こえてきたその声は、……聞き覚えのある声だった。




