65話目
なんで、よりにもよってこんな時に!
「……母さん」
「由布。なんか久しぶりねぇ。どうしたの? ああ分かった。おなかすいたんでしょう。分かったわ」
一人でまくしたてると、母親は台所に引っ込む。俺だけがぽつんと残された。
……どうする?
このまま部屋に戻ってしまうべきだろうか。でもそしたら普通、部屋まで追いかけてくるだろう。母親は食事の準備でもしに行ったのか。ていうか、母さんと会うのは完全に計算外だった。俺は、どうするのが正しいんだろう……。
台所の方から母親の楽しそうな鼻歌が聞こえてくる。レンジでチンでもしてるのか、軽く作ってくれてるのか。明るさからしてまだ昼なのに、よく頑張るなあ、と他人事のように思った。
……平和そうな、家族だ。優しい母親だ。
いったい若杉由布は、何が不満なんだ? というより、なにが起きたんだ?
「あ、ご飯できたわよ」
考え事をしているうちにご飯が完成したらしい。ひょっこりと台所から首を出した母親に言われる。視線で促され、仕方なしに席についた。……どうしよう、完璧に離脱するタイミングを逃した……。どうしよう、と思ったすぐ後に、炒飯が出された。
ほかほかと立つ湯気、少し水気を帯びたご飯、野菜と肉のバランスの良さ。
……おいし、そうだ。
少し考えたものの、欲望には勝てなかった。
「……いただき、ます」
スプーンを手に取り、食事を口に運ぶ。おいしい。あったかくて、家庭の味、と呼ばれるものがした。母は黙ってただ俺を見ていた。
「……美味しい?」
「うん」
「良かった。まあ、冷凍食品チンしただけなんだけどね」
……さっきまでの自分の発言を消したい。家庭の味って。いや、おいしいのは確かなんだけど。メーカー聞いとこうか。
「……由布は、さ。学校行かないの?」
「……」
そんなことを聞かれても、正直困る。返事をせず、ただ黙々と食事を続ける。
「お母さんはね、それでも、いいと思ってるのよ」
「……!」
一瞬、スプーンが止まる。けれども動揺を押し隠し、食事を続けた。緊張からか、あまり味を感じない。
「あなたが学校でどんな風な生活をしていたのか、それをお母さんは知らないし……けどね、由布は由布なりに何か考えて、学校に行ってないのよね。だったら、お母さんがなにかいうことじゃないもの」
そう言って、母は俺ににこっと笑いかけた。
俺は、なにも返事を返さなかった。味のしない炒飯を食べ終わった。
「……ごちそうさま」
立ち上がり、食器を流しに入れる。そして、母の顔を見ないで二階へ上がった。母は、なにも言わなかった。
自室に辿り着き、ベッドに寝転がる。丁度いいくらいで眠れそうだった。
眠る前に、ひとつ思った。
若杉由布……お前に聞かせてやりたかったよ。あれは、お前が聞くべきものだったよ。




