117話目
電車がガタンと揺れる音で、目が覚めた。
しばらくぼうっとしていた。それから、ようやく自分が電車に乗っていることを思い出す。新幹線の中だった。あのあと、寝てしまったのか。……若杉由布が俺に変わり、新幹線に乗って、寝たのだろう、おそらく。荷物から日記帳を取り出すと案の定、若杉由布からの罵詈雑言が綴られていた。ごめんとそれに返事を書きつつ、ふと俺はペンを止めた。
おそろしい夢だった。覚めて、よかった。
そんな感想が一番初めに出てきたことが、吐き気がするくらい嫌だ。
あれもきっと、若杉由布が体験したことだ。あんな、人生を丸ごと否定されるような、台詞……。
恵登の顔を思いだす。泣きそうな、顔をしていた。傷つけられてるのはこっちなのに、まるで自分が傷ついてます、といったような。……いや、実際傷ついているのかもしれない。
俺には、わからない。恵登のことが。いや、恵登のことも、と言った方が正しい。
恵登が裕美のことを好きなのは確かなんだろう。裕美に向かって、優しいのも、小さい頃、若杉由布を守ろうとしてくれていたのも確かなんだろう。
でも、それでもあんな台詞を吐いた。
恵登と裕美が出て言ってから、少し時が経っているはずだ。その間に、何か、あったのか。あんな台詞を吐くのが適した状況が、あったのか。……そんなもの、あるはずない。何があったって、言っちゃいけない。存在を否定するような台詞を……。
「……はあ」
むき出しの敵意。怖くて、身が竦む。脂汗を、かいていた。
ペンをくるくると弄ぶ。若杉由布に、聞こうか。どうしてあんなことを言われたのか。なぜ……。いや、やめておこう。聞かれたいことじゃないだろうし、聞いて、下手に古傷を抉るようなことになったら、俺は自分を許せないだろうし。
やっぱり若杉由布の家族のことは、全然わからない。いろんな一面を持っていて……いや、それは人間として当たり前なんだけど。それがどうしようもなく、極端だ。だから、わからない。
はあ、溜息をついて、そして俺はそういえば、と思い出した。父親は、どうなったんだろう。それまでにいろいろあったせいで、すっかり忘れていた。母さん、大丈夫だろうか……。しかし、考えてもやっぱりどうしようもないことだった。
若杉由布の家族については、八方塞がりだ。だからとりあえず、俺のことについて前に進むしかない。区切りをつけなきゃいけない。自分が死んだという事実を、受け止めなくちゃならない。
それが今日、故郷へ帰る目的でもあった。




