104話目
俺はぱっと顔を上げた。そしてきょろきょろ辺りを見渡す。あ、今って夕方なのか、と俺はぼんやり思った。そして、辺りを窺うようにしながら、日記を箪笥の中にしまった。あ、俺の知っている場所だ。多分、隠したということでいいんだろう。日記の場所を変えて、もう誰にも見られないようにしたのだ。
「……これで、きっと……だいじょうぶ……」
俺の口から、若杉由布の声が零れた。情けないくらいに震えていた。大丈夫だと、自分を落ち着かせるような台詞を何度も吐いた。なんだか俺は、これが俺の体だというのに居心地が悪かった。……ん、俺の体? いや、若杉由布の、体なんだけど。まあすっかり慣れたし、俺の体のようなものかもしれない、うん。
地面にぺたんと座り込み、しばらく若杉由布は固まっていた。けど、目は冴えてる。眠ったりする気はないようだった。どうやらまだ、何か、するらしい。こんだけ目が冴えてれば、結構な間活動するのだろう。そしたら、この夢は今回長くなるのだろうか。というか、夢見てる間って、現実の俺、なにしてるんだろ……。若杉由布が活動してるのか。ていうことは俺、寝てるときは夢見てて、起きたら活動してて。なんだか、忙しい日常だなあ。
若杉由布の震えは、ようやく止まったらしい。
少し迷うように部屋を見渡してから、部屋の扉からそっと外を窺う。当然、なにもない。なのにやっぱり怯えるようにして、そっと足を踏み出した。
足がちょっと冷たい。俺はいつの間にか裸足になっていた。その冷たさが、まるでこれは現実だ、と訴えてくるかのようで、奇妙な感覚に襲われる。そんなはずは、ない。だって、これは……夢、だ。若杉由布の、過去だ。
ごくりと唾を飲み込んで、外に出る。扉を閉めると、日の光の入ってこない廊下は、本当に暗かった。
下から光が漏れている。恵登と裕美はいないのだから、父か母のどちらかだろう。俺は少し躊躇うようにしながら、下へ降りていく。一度、ちらりと恵登の部屋を見た。そのあとはもう、振り返らなかった。




