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【メイド喫茶】×【ホーム】

こんなにかわいい子が女の子のはずがない



 招待状が届いた。

 夏休みだ。普通科帰宅部のマオは特別部活動に参加することもなく、特別な趣味もなくただ自室に引き篭もってゲームをしていた。連日、近年稀にみる猛暑だと報道されていたが、クーラーの効いた部屋は寒いくらいでタオルケットに潜り込んでは、今日も快適な夏休みを過ごしている。史上最強のやりこみゲームを自称するゲームはクリアーしたあとも、敵のレベルをあげてみたり、ダンジョンに潜り込めば最強の武器が手に入ったり、ときには自分のチーム編成を最弱の哺乳類にして縛りプレイをしてみたり400時間ほど遊んだが全然中毒じゃない。

 何か目的があってゲームをするわけでも、楽しくてゲームをするわけでもなかった。ただ一度ダンジョンまで潜り込んだら10階単位じゃないと脱出できなかったり、武器が強くなったら試してみたくなってストーリーモードに戻ってみたり、なんとなく遊び続けることが出来て続けてきた感じだ。

 ホーム・アンド・アウェイゲームの招待状は暑中見舞いに挟まれて、切手も貼られずに届けられた。突然の学園長からの封書に「マオ、あんた何かしたの?」って姉ちゃんはオレの部屋のドアを開けた。思春期の男子高校生の部屋を勝手に開けるとはどういう了見だ。もし万が一とんでもない場面に出くわしたら、どうするんだと正座で小一時間問いただしたいくらいだが、まぁ姉ちゃんのことだから何も言わずに「まー、そのまま続けなさいよ」って言いそうな気はする。それでも、母さんに見つけられなかっただけマシだと思おう。部屋の扉を開かれるより、封書を勝手に開かれるほうが100倍まずかった。

 灼熱耐えがたき季節という大袈裟なあいさつ文から始まった招待状には、今回のホーム・アンド・アウェイゲームの開催日時と場所が記載されていた。

「秋葉原フロムステージ?」

 聞いたこともない名称に頭を捻る。こういうときに現代の情報社会は便利だ。スマートフォンで検索すればそこがどういう場所なのかすぐに調べることができる。

 どうやらその場所は、次世代型のメイド喫茶のようだった。4階建てのビルの2階から4階では飲食店を経営しており1階はメイドによるパフォーマンススペースとなっている。今回の敵はスタッフかメイドか、お客様のどれかになるだろう。ただ気になるのは開催日時だ。

「13時って営業時間外じゃねーの?」

 マオの疑問に答えてくれる人などいるはずもなく、呟きは独り言に終わった。


「ホーム・アンド・アウェイゲーム」

 何の前触れもなく、気付けばゲームに参加させられていた。マオは普段通り、寝坊してコンビニに立ち寄っていたつもりだった。その日がたまたま「アウェイ」のゲーム開催日で、だがしかしそれはきっとたまたまではなかった。偶然を装って、ゲームに巻き込まれるようにセッティングされていたんだ。

コンビニに突然、覆面戦闘員が乗り込んできて、自分と同じ学校の制服を着た生徒たちが覆面戦闘員を返り討ちにして一件落着。そうして、そのまま終わってくれればよかったのに、マオは平然とその生徒たちの集団の仲間に迎えられてしまったのが前回までのハイライト。ちなみに、この間華々しいデビュー戦をハンバーガー店で飾り、見事勝利を収めてきたばかりだったりもする。

 それから、1カ月。また、招待状は届けられたということだ。


 作戦会議はいつも通り、携帯アプリ「糸でんわ」で行われた。

  マオ「届いたな、招待状」既読4件

  カイ「秋葉原とかあさみんのホームじゃん!」既読4件

  セイ「オレたち秋葉原にご帰宅するからちゃんとお迎えしてね? あさみん」既読4件

  アサミ「フロステとか私のお店に来てくれてる人もたくさんいるから私は行きにくいんだけど」既読4件

  カイ「なんで? やっぱり他店舗はライバルなの?」既読4件

  セイ「あんた、なにしにきたの!」既読4件

  カイ「わたしのお店を乗っ取るつもりなのね!」既読4件

  セイ「女の世界! こわ!」既読4件

  アサミ「ちがう! 男の子と一緒に行くのがまずいの」既読4件

  マオ「ああ、向こうでは別行動ってことか」既読4件

  カイ「なにそれ、全然楽しくない」既読4件

  セイ「絶対、回避!」既読4件

  マオ「じゃあ、やっぱり借りるか」既読4件

  カイ「へ? 会場レンタル、そんなんできんの?」既読4件

  マオ「そもそも13時とか営業時間外だろ」既読4件

  セイ「うっわ、まったく気付かなかった」既読4件

  マオ「よく分かってねぇんだけど、あさみんもモナカも人気あんだろ? ライヴやりますって募ってみれば会場レンタル代くらい集まんじゃね?」

  モナカ「ぼく、歌わないよ」既読4件

  カイ「モナちゃんなんでそんなこと言うの!」既読4件

  モナカ「やだよ、人前で歌うなんて絶対無理!」既読4件

  セイ「大好物のキャンディ買ってあげるから」既読4件

  モナカ「なんでそこでキャンディがでてくるの?」既読4件

  カイ「こびと事典って知らない?」既読4件

  セイ「こびとの大好物らしいよ、キャンディ!」既読4件

 モナカは返事をせずに、怒っているスタンプを送信してきた。なんか、そういうところも可愛いと思う。

 さて、そんなことを言っていても埒が明かない。モナカを説得しないことには計画倒れか。交渉の手段はいろいろある。最初に無理難題を振っておいてから、もうすこし軽い代替案で決着をつける方法もあるし、特別な報酬を用意して「それなら」と相手を乗せることもできる。ただ、まぁ最も簡単で自分の思い通りにできる方法がある。モナカが優しいからこそ、成功する。

  マオ「そうか、無理いってごめんな。オレ、みんなみたいに戦えないし、こんなことしか思いつかなくてごめん。新しい方法考えるわ」既読4件

 既読がついて返事がないことにそわそわするなんて初めてだった。

  モナカ「別にそんなつもりじゃ……いや、でもぼくそんな人気とかないし」既読4件

  マオ「人気があるかないかはモナカが判断することじゃないでしょ? じゃあこうしよう! モナカが生放送をしてアンケート調査で行く人が過半数を超えたら決行ってことで」既読4件

  モナカ「え?」既読4件

  カイ「こういうのは早いほうがいいよ。モナカ、明日の夜枠とりなよ」既読4件

  アサミ「私、明日バイトだからタイムシフト残してね?」既読4件

  セイ「じゃあ、オレたち明日も部活あるからおやすみ!」既読4件

  モナカ「どうして、こうなった?」既読4件


 真面目な子っていうのはどうしてこうも真面目なんだろうって思う。モナカはちゃんとその夜、生放送の枠を予約して、通常の生放送と同様にサエズッターで「明日、ぼく生放送するらしい。どうして、こうなった?」と呟いた。優しいモナカのフォロワーたちは「よく分かんないけど、明日の時間は確保した。どうして、こうなった?」「生放送久しぶりだな。超wktk、∑は、どうして、こうなった?」とリプライをかき集め、ひそかに「どうして、こうなった?」がトレンド入りした。モナカ、恐るべし。これは、いただいたかもしれない。


 翌日、夜。モナカの生放送は予定通りに始まった。

【テステス、マイクテス! みんな、聞こえてる?】

  安定の定刻

   わこつ~

    わこつ~

     聞こえてるよ~

      さすが、モナカ 安定の定刻


 来場者数はすでに3000人を超えていた。コメントは次から次へと流れていく。


【昨日、クラスメートに「キャンディあげるよ」って言われてさ「なんでキャンディ?」っていったら「こびと事典にこびとの大好物はキャンディってのってたよ!」って言われたんだけどね。そもそもぼく、こびとじゃないから!】

  くそ、釣りと思ってても可愛い

   釣りじゃなく、モナカはちいさいぞ

    顕微鏡で見ないと見えないという噂は本当だったか

     借り暮らしのモナカッティー

      モナカ身長いくつなの?


【148】

  アンダー150か

   小学生だな

    前ならえで前にならえないやつだな

     モナカ、俺を踏み台にしろ。やったな、150超えたぞ!

      これが身長150cmの視界! モナカこんなのはぢめて


【100年前だったら普通だったもん!】

  100年前wwwww

   これは、草不回避wwwww

    モナカが成長しなかったんじゃない! 我々が進化し過ぎたんだ!

     ⊃牛乳

      人間の飲みもの与えて大丈夫なのか?

  ⊃キャンディ

   ⊃キャンディ

    ⊃あめちゃん

     おい、いま大阪のおばちゃん混ざってたぞwww


【ぼく、キャンディいらないし。ああもう、告知いくよ! 8月29日に秋葉原でLIVEやるって言ったらきてくれる? どうして、こうなった】

  おおおおおおお!

   平日か。夏休みをその週で申請してみよう。

    有給を生贄に1日休みを召喚するしか。

     絶対、いくわ。

      もしもし? ああ、その日なんだけど悪い。用事できたわ。


 ユーザーアンケートは「行く」が92.8%で「行かない」を上回った。


  モナカ「あさみん、一緒にカラオケで練習しよ?」既読4件

  アサミ「おk! モナカの頼みならやぶさかではないな!」既読4件


 その夜、モナカからメッセージが飛んできた。とりあえず本件は次の作戦に移行する。


「あら、マオどこいくの?」

「友達とカラオケ」

 玄関で靴を履いている時だ。背中越しに母さんに話しかけられた。母さんは「あら、珍しい」と呟いていて、分かっている。自分でもそう思っていると思わざるを得なかった。

「遅くなるようだったら連絡ちょうだいよ?」

「分かってるよ」

 家をでるのはいつ振りだろうと駅まで自転車を漕ぎながら考える。陽射しが肌を焼くような感覚も久しぶりだ。太陽が眩し過ぎてまるで真っ白なスクリーンを背景全体に被せたみたいだった。こんな眩しい中を人々は通勤したり、出掛けたり外へ繰り出すことを当然としているのだから理解の範疇を超えていると思った。そういえば、カイとセイは部活があるとか、アサミもバイトや練習があると言っていたし、モナカに至っては夏休みも補講があると言っていた。夏休みを普通に休めているのはマオくらいなのかもしれない。みんな、大変だな。他人事だけど。

 モナカ、アサミ、カイとセイと合流してカラオケの部屋に入っていく。きっとカラオケ店員からしたら仲良し5人組の高校生が夏休みを満喫しているように見えるんだろうと思う。それが不思議で仕方なかった。

 どうせならデュエットソングにしようとモナカとアサミは盛り上がり、アサミは現役メイドだからオタクソングもお手の物で、モナカもネット住人を満喫しているだけあってオタク文化には詳しかった、じゃあ電子歌姫の黄色い双子の曲にしようよとひとしきり盛り上がり、パート分けも悩むでもなくお姉ちゃんをアサミが、弟をモナカが担当することになった。

「今回の敵はお客さんだと思うんだよ」

「はんで?」

 マオが切り出すと、カイはチョコスティックをくわえながら返事をした。お菓子はお店からのサービスだった。「平日のこの時間はスナックの盛り合わせが当たんの、ほら」とスマホ画面を見せたカイが今日の段取りも組んでくれた。

「いや、営業前って時点でメイドとスタッフの線は消えてんだろ。立ち会いなんて多くて2人だろうし、メイドだって普通のバイトなんだからそんな早く出勤したりはしないんじゃないか?」

「確かに、私もバイトのとき早くいっても1時間前だ」

 現役メイドのアサミが賛同する。

「営業時間は17時からなんだし、13時にメイドが来てるってことはねーよ。お客さんって想定して作戦を考えるとさ、やっぱりお客さんには一箇所にまとまってもらってそこを叩くのが一番楽だと思うんだけど」

 前回戦ってみて分かった。戦闘能力の高いカイやセイ、戦い慣れし出したアサミやモナカはいいだろうけれど、自分はまだまだ直接手を下す勇気はなかった。できれば遠距離攻撃で物を媒介に攻撃したいと考えていた。

「おお、そんで具体的には何すんの?」

「握手会やりますって体で1列に並んでもらってさ、上から物を落とす」

「それ、精神的ダメージでかいな。目の前に憧れの女の子、もうすぐ握手できんぞってボルテージMAXんときに現実叩き込まれんだろ」

「さっすが、マオーサマ。発想が下衆い」

 カイとセイがマオが考えていた案に賛同してくれる。モナカとアサミはデンモクを捲ってはキャッキャと騒いでいた。まぁ、いいけどね。今回、アサミとモナカを戦わせるつもりはなかった。

「そんで落とすのはタライがいいと思うんだ」

「なんで?」

「比較的に安価で、洒落が効いてる」

 カイはおもむろにスマホを操作し始めて、タライの通販ページをだしてくれた。

「あれだろ、このトタンのタライってやつだろ?」

「あ、これとか紐通す穴あいてるみたい」

 カイとセイが積極的なおかげもあって不透明だった部分がクリアーになっていく。必要な物の用意や経費は一旦、カイとセイが負担してくれることになった。

「いいのか? 結構、馬鹿になんない金額だぞ?」

「あー、平気。俺たち結構お金動かせる立場にいるんだよね」

「まぁ、そのへんは追い追いね」

「このカラオケ代とかもチケット代とかグッズ販売でペイしようぜ」

「プロマイドとか売っちゃおうぜ」

「元手安くて高くで売れるしな。あさみんのバイト先ってそういうのやっても平気な感じ?」

「まぁ、事前告知があればだいじょうぶかな。勝手にやるのはまずいと思うけど」

「なら事前にお願いして、どうせなら一枚噛んでもらうか。結構大がかりになりそうだしな」

 カイもセイもそういったビジネス的なやりとりにずいぶんと精通しているように感じた。おそらくきっとたぶんだけれど、普段からそういったことを行っているように思った。あくまで、憶測に過ぎないけれど。

 作戦が程良く煮詰まったところで、あとは考えていたことを提案する。

「あと結界のことなんだけどさ、あれ俺たちのスマホにもインストールすることできねぇの?」

 4人はぱちくりと瞳を瞬かせるばかりで返事はない。まったく考えたことがなかったということだと思う。

「毎回毎回、生放送である必要はねぇと思うんだよ。そういうのは特別な時だけでいいわけ。普段は収録で充分」

「確かに。モナちゃんが詠唱しているときに攻撃されたりとかするとモナちゃん守りながら戦わなきゃで、大変だしな」

「まぁ、モナちゃん守る俺カッコイイみたいな部分あるけど」

「それは否定できない」

「それでそれで? どういう風にするの?」

 アサミが視線を投げてくる。

「そういうアプリ作れねぇかなって思ってさ。モナカの詠唱を録音してさ、時間になったら再生すんの」

「いいねいいね、でもさ誰でも使えるってなると誰が押すとか毎回決めんのだるくね?」

「チケット制にしようと思って。そんで開放時間になったら1枚販売する」

「早い者勝ちってことか」

「モナちゃんの、魅惑のショタボイスを一人占めってことかぁ」

「それ、全然嬉しくないよ!」

 モナカが1人反論するが、聞く耳を持つつもりは毛頭ない。

「それ燃えんなぁ」

「萌えるの間違いだろ」

「違いねーわ」

「じゃあ、夏休みの残り使ってアプリ作ってみるわ。無理そうだったらまた連絡する」

 マオの白紙の予定帳に1つ用事が書きこまれる。自分から提案する自由研究ってのはなんだかわくわくするもんだなと思った。やり方全然分かんないけど。



俺たちの同級生がこんなに可愛いはずが、あった!




 作戦当日。

 ゲネプロやステージの段取り合わせのために朝8時に現地集合した。

 ちなみに本件はあれよあれよと話が大きくなり、スマイル動画も全面的に協力してくれることになった。今日の様子は生放送されるらしい。チケットの販売やグッズの販売は専門の業者が絡んでくれることとなり、売上総取りという訳にはいかなくなったが、自分たちが思い描いていたものよりもよりいいものが出来上がった。

 プロのメイクさんやスタイリストさんなんかも手配されていてアサミとモナカは控室に連行されていった。

「なんだかスゴイことになっちゃったわねー、マオーサマ?」

「課外活動の範疇超えちまったな。オレ、最初スタジオ借りるとき課外活動の一環でとか言うつもりだったんだけどな。学園長サマの判子あればいけるとか思ってさ」

「要らなかったねー、学園長サマのハンコ」

「つうか聞きました? チケット販売開始から10分絶たずに完売ですって」

「どんだけ人気のアイドルユニットだよ。あさみんもモナちゃんもすっげーな」

「地道にアイドル活動してる下積みアイドルなぎ倒して一気に人気アイドルですよ」

「あれな、もう台風みたいな感じだよな。台風が発生を確認しました。勢力が増していきますって感じ」

「今回の宣伝チラシみました?」

 カイがスマホの画面をみせてくれる。2人が向かい合わせになって胸のあたりで手を繋いでいる。

「ふえええ、可愛いよぉ」

「モナミーン俺だー、結婚してくれー」

 騒ぎ出したカイ、セイに盛大な溜息をつく。暇なのは分かるけれど無意味に騒ぐのは正直やめてほしいと思う。

「なに、そのモナミンっての。新種のモンスター?」

「なにって知らないのマオーサマ、あさみん、モナちゃんコンビの通称だよ?」

「ちなみにモナミンってモンスターっぽいと思ったのはマオーサマだけではなくてですね? 今回イラストレーターさんが描き起こしたモナミンモンスターの画像がこちらです」

 3分間ヒーローにでてくるようなピンク色の友好怪獣にも似たモンスターが可愛らしいタッチで描かれている。

「は? なにこれ、俺こんなの知らないんだけど」

「ちなみにこちらが今回販売されるモナミンTシャツのブラックと」

「ホワイトです」

 カイとセイが着用していたTシャツを引っ張る。ホワイトは愛らしいモナミンが、ブラックは少しハードなモナミンが描かれていた。

「こんなのまで作っちゃったの?」

「作っちゃいました。ちなみにホワイトがあさみんコラボで、ブラックがモナちゃんコラボとなっております。1枚3000円、セット販売で5000円!」

「セット販売がお得です!」

「ちなみに物販の販売開始は10時を予定しておりまして、すでに長蛇の列が」

「列整理手伝えって、マオーサマ☆」

 スタッフジャンパーを渡されて、何も分からないというのに外に連れ出された。灼熱耐えがたき季節という学園長のあいさつ文はあながち間違いではなかったのかもしれない。肩から下げたタオルで滴る汗を拭いながら、誰も友達がいないのかスマホの画面を覗きこんでは時折笑みを浮かべている。その耐えがたき集団の中にお揃いのショッキングピンクの半被を羽覆った5人組がいた。

「こいつ等……」

 「アイドル×オタク」今回の対戦カードが出揃った。


 大盛況のうちに幕を閉じるという定型文がふさわしいライヴとなった。まぁ、降ろすような幕はなかったし、雄たけびをあげるファンに友好的に手を振っているアサミとモナカは汗だくで、それはそれで扇情的であると思う。

「それではこの後は対象者による握手会です。皆さま、1列にお並びください」

ステージの最後列真正面から様子を窺っていたマオたちは姿勢を正す。時刻は12時55分まもなく、今回の【ホーム・アンド・アウェイゲーム】が始まる。スマホを取り出して、結界を張るアプリを起動する。受付期間前と表示された画面は、定刻になれば先着1名様「発券する」というボタンに変わるはずだった。


――13:00定刻。

「うっし、発券完了!」

マオのスマホ画面が音楽再生画面へと切り替わる。極彩色がマーブル模様になったような画面に色が入り組んでは音声を流している。

少し重たいイベントを読みこんだときのような機械音を鳴らして、すぐにデータは読み込まれたようだった。読み込むスピードが格段に改善されている。

 マオのスマホ画面が通常に切り替わると、同時に世界から色が消えていく。たくさんのファンも無機物な飾りになってショッキングピンクの5人組だけが色鮮やかに浮き出て見えた。

 先頭の男がまさしく握手をしようとズボンのポケットで汗を拭った瞬間だった。音もなく落下してきたタライが次々と5人の頭上に落ちる。

ポーンという音を響かせて、直撃した後、床に落ちる音が大きく反響した。5人がドミノ倒しのように床に崩れたところで今回のゲームはエンドを迎える。


 白昼夢だ。連日、暑かったじゃないか。握手会だなんて、どうして我らがアサミとモナカをやすやすと他の男に触らせる必要があるのか。はなから開催する予定のなかった握手会は、世界に色が戻って皆が動き出した頃には終わっていた。握手したっけと呆然と主役がいなくなったステージを前に呆然とするファンを置き去りにしてマオたちは今回のフィールドから退散した。密閉空間で大人が飛んだり跳ねたりしたことで発生した霧のように、幻の握手会は霧散した。



――ミッションコンプリート・ステージ【メイド喫茶】×【ホーム】勝利

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