【コンビニ】×【アウェイ】
通常運行に交錯する臨時ダイヤ
マオは、学校から一番近いコンビニにいた。
学校まで直線距離にして400メートル。いまが2時間目の授業真っ只中の10時15分だというのにコンビニに何人もの生徒の姿を見かけるのはマオの通う学校が超マンモス高と呼ばれる大規模人数の高校であるからだろう。1学年は20クラスを超え、文理特進からスポーツ科、芸術科、普通科までなんでも揃っている。在校人数は2000人を超え、10階まである校舎は学校というよりはオフィスビルのようで、通称スカイビルと呼ばれている。
あと20分で終わるだろう2時間目に出席するつもりは端からなくて、3時間目が始まる45分まで時間を潰すつもりだった。
時間があるとならば慎重に昼食を選びたい。学校には学生食堂もあるが、学食とは長テーブルがいくつも並ぶ空間であり、椅子はテーブルを挟むように向かい合わせで並べられているものである。自分の前に誰かが座る可能性がある。それは、ぼっちランチ確定のマオにとって苦行以外のなにものでもない。早めに行ってさっさと済ますということもできるが、授業中に食堂を利用すると暇を持て余した食堂のおばちゃんに、かっこうの餌食とばかりに話しかけられる。それも困る。ならば平穏に自席でランチを済ませてしまうのが1番安全だ。しかし、学食を利用しないとなると問題となるのは費用だ。学食ならば300円から飯にありつける。成長期のマオとしては、きちんと空腹は静めたいし、だからといって300円を超えるのは馬鹿らしい。パン2つか、おにぎり2つ、それにパックジュースで300円。組み合わせ次第でははみ出てしまうが、まぁそのくらいは許容範囲であろう。どうせならば新商品を試したい。パン売り場と、おにぎり売り場を交互に眺めながら商品を吟味する。商品を選ぶときは後ろから取るのも忘れない。賞味期限が遅いほうが、なんだかフレッシュで美味しそうなイメージがある。
店内放送では巨大動画共有サイト【スマイル動画】の時報のようなアナウンスが流れていた。コンビ二名のそのあとに「10時30分くらいをお知らせします」と言葉は続く。そろそろレジに向かって学校に向かってもいい頃あいだと、売り場から離れたときだ。
重力が一気に増したような感覚に陥った。上から押さえつけられたような重さが身体全体にかかる。
「おっも! マジかよ、ここでイベント発生?」
「これは完全に読み込んでるね」
似たような声が続いた。マオと同じ制服を着た顔のよく似た男子生徒が2人、雑誌コーナーから顔を覗かせる。
「さてさてステージ【コンビニ】から連想される敵さんのイメージは?」
「配送会社のお兄さんか、コンビニ強盗ってところじゃない?」
「コンビニ店員って線はない?」
「ないんじゃない? だってこの時間、店員2人じゃん」
「確かに!」
「それじゃあ、まぁとりあえず! 結界だけでも張っとく?」
「モナカ、もう詠唱始めてるよ」
「さっすがモナちゃん、仕事早いね」
女の子の声が加わった。黒髪のアイドルみたいな女の子が、学校指定鞄からきんちゃく袋を取り出していた。その子の後ろで、金髪ショートの女の子がタブレッド型コンピューターに向かって話しかけている。赤い眼鏡越しの真剣な表情は、この子も相当可愛いことが窺えた。
「敵さんの到着のほうが早いかも」
「セイの予想的中って感じかな。絶対アレでしょ、覆面マスク!」
カイが指差したその先で、全面ガラス越しに覆面マスクを被った大人たちが走って近付いてくるのが分かる。黒のマスクに全身タイツ、お腹にカッコイイベルトを巻いている感じは、覆面強盗というよりは戦隊ものにでてくる雑魚い戦闘員みたいだ。
開け放たれた入り口からマスクの戦闘員たちが入り込んでくる。
「にーっ!」
戦闘員たちは共通の言語だというように一斉に同じ言葉を叫び、あろうごとか手に持つナイフで男子生徒に切りかかった。
男子生徒がすんでのところで身体を翻すと、勢い余った戦闘員のナイフが並んでいたお菓子の箱をなぎ倒した。バラバラと崩れていく箱に、男子生徒が声をあげる。
「あー! なにやってんの、最悪! 誰が片すと思ってんの!」
「お店に迷惑掛けるとか本当、最低! こういうの器物損壊っていうんだよ!」
「お巡りさん、コイツです」
「逮捕―!」
2人は騒ぎながら店の奥へと走っていく。戦闘員は脇目も振らず、2人を追いかける。追い詰められたドリンク売り場で、戦闘員が振りあげたナイフを冷蔵庫のガラス戸を開けることでやり過ごす。金属がガラスに当たる音がやけにリアルだった。
「モナちゃん、結界まだ?」
金髪の少女が立ち上がった。薄型の画面をタップして、顔をあげる。
「パスコード入力完了、システム解凍! 絶対空間を展開します」
女の子の声に、周辺の景色の色が変わっていく。白と黒のモノクロの世界。落ちかけた商品はそのまんま、宙に浮いて固まった。
「待ってました、じゃあこっからは手加減なしで」
「とりあえず食らってくんない? 俺たちの渾身のストレート」
男子生徒が同じ顔で笑う。戦闘員を蹴りあげてふらついたその顔に、思いっきり2リットルのペットボトルを投げつけた。
横面にペットボトルを叩きつけられた戦闘員はそのまま床に落ちていく。
「はい、アウト!」
「ボールの当たった選手は速やかにコートからでてください」
球技大会のアナウンスのような台詞を唱えると、おまけとばかりにもう2、3本ペットボトルを追加した。
「あなた達に特別恨みはないけれど」
黒髪少女は赤いボクシングのグローブをはめていて、戦闘員の顎にアッパーを炸裂させる。
「負けるわけにはいかないので!」
金髪少女はスタンガンを持ちだして、戦闘員の腹に突きつけていた。5人の戦闘員が次々と地面に倒れていく。
「ミッションコンプリート、オレたちの勝ち」
それはまるで映画のワンシーンのようにあっという間の出来事だった。
見渡す限りすべてのものが白黒で、コンビニに陳列されている商品を手に取ることもできない。床には戦闘員が倒れていて、少女たちはグローブとスタンガンをそれぞれ自分たちの鞄にしまっている。
モノクロの世界が溶けていく。戦闘員は姿を消して、宙に浮いたままの商品は重力を取り戻したかのように床に落ちた。
「とりあえずさっさと片付けんぞ」
「元通りにしなきゃ、疑われちゃうからねー」
4人はそれぞれ落ちた商品を拾い上げると元の場所に戻していく。
「あ、これは駄目かも。刃物のあとくっきり」
男子高校生が拾い上げたチョコスティックの赤い箱は真ん中から無残にも切り込みが入れられていて、チョコスティックが顔を出していた。
「あー、これはお買い上げだねー」
「学園長、経費で落としてくれるかなー」
「いや、これは無理でしょう。カイが弁償ってことで」
「えー、オレ今月金欠だってば」
「120円くらいなら私、買ってあげようか?」
「マジで? あさみん天使!」
「いや、私メイドだし」
「じゃあとりあえずずらかろうぜ、あと3分でこの場所も元に戻っちゃ……」
男子生徒と目が合った。
「あれ、見学者?」
「これはこれは新メンバー」
「男子加入は心強いね。さてさてお兄さん、お兄さんはなにができるの?」
普通科で帰宅部のオレに、何か御用ですか?
「ほう、つまりはなんで自分が選ばれたのか皆目見当もつかないと」
「え、どうしよう。普通の人、初めてで対応に困る」
マオは4人に取り囲まれていた。顔のよく似た男子生徒が、マオの顔を覗きこみながら失礼な発言を重ねていく。3時間目の授業はとっくに始まっていた。芸術科の個人練習部屋だという部屋に連行されて、強制的に尋問は始まった。普通科のマオはこのフロアーに入るのは初めてだった。床はフローリング貼りでピアノが1台置いてある。ピアノの脇には黒の譜面台、部屋は防音設備が完璧で、窓からは校庭が見えた。マオは脇に置かれたソファーの中央に座らされていた。金髪の少女は隣にちょこんと腰掛けているし、黒髪の少女はピアノの椅子に、2人の男子生徒は床に直接座っていた。
「とりあえず、生徒手帳みせてよ」
男子生徒の片割れにそう言われて、マオは素直に胸ポケットから生徒手帳を取り出した。
「お名前、神城磨央くん」
「1年18組、普通科で帰宅部ねー」
「なんか特殊な趣味はねーの? 軍事マニアとかシューティングゲームがプロ級の腕前とかさー」
「いっそ趣味はモデルガンで通行人に迷惑をかけることみたいな根暗な趣味でもいいんだけどさー」
男子高校生の期待の満ちた目に、マオは首を横に振る。
「悪いけど、そんな特殊な趣味も思い当たんねーわ」
マオの発言に双子は両肩を落とした。
「ここで一般の生徒を紛れ込ませた、学園長の意図は?」
「新規ユーザーにも分かりやすく1から解説?」
「平凡な日常に何か面白いことはないのかよって生徒に刺激を?」
「より楽しい学園生活を送りましょうってこと?」
「ないだろうねー」
最後は2人声を揃えて、溜息をつかれた。
「まぁ、それでも神城くんが仲間になることに変わりはないし」
「ここでの役割はおいおい見定めるとして」
「自己紹介といきましょうか」
2人は息ぴったりに声を揃えると、2人して鞄からボールを取り出した。黄色いボールに海苔みたいな青い線が4つ描かれている。
「1年7組、スポーツ科ドッジボールの特待生ね。見て分かる通り一卵性双生児の弟、宙舟海」
「同じく兄の宙舟星」
「俺たちのボールは球速90キロを超えるので」
「まぁ、普通の大人なら1発で気絶させられます」
なぜ自己紹介に相手を気絶させることができるアピールが必要なのかまったく分からないが、双子は得意気だった。
「そんでこちらが」
カイは後ろを振り返り、黒髪少女に両手を向ける。
「1年8組、木葉亜佐美ちゃん。通称、あさみん」
「芸術科の声楽専攻。大人しい女子高生と見せかけて」
「週末は秋葉原の人気メイドさん! ねぇねぇ、あさみん。あれやって」
「おかえりなさいませってやつ!」
「やんない! 学校の制服でメイドの台詞はやだって前にもいった」
「制服でおかえりなさいませも新しいって」
「そうそう幼馴染2人は産まれたときから1つ屋根の下」
「自分たちの主従関係を自覚した頃には淡い恋心が実っていたのでした」
「みたいな」
「やんない!」
「まぁ、オレあさみんの着ボイスもってるけどね」
カイは携帯を取り出すと、アサミの着ボイスを再生した。「おかえりなさいませ、ご主人様」のお馴染み音声が流れる。
「カイ!」
「カイくん、あさみんがおこです」
「萌えです」
「萌えー」
アサミはきんちゃく袋を投げつける。カイは難なくきんちゃく袋をキャッチした。
「あさみんはボクシングを習い始めたもんね」
きんちゃく袋から赤いグローブが顔を覗かせている。
「最初はあさみんすぐ捕まっちゃうから」
「囚われのあさみんを救出するのも楽しかったけどねー」
双子のにやけた顔にアサミは顔を真っ赤にした。
「かえして」
アサミが手を差し出すと、カイはきんちゃく袋を投げ返した。ナイスコントロール、さすがスポーツ特待生ってことなんだろうか。
「あさみん強くなったよね」
「うん、最近ではあさみんにピンチ救われちゃったりするもんね」
他学科なのにずいぶんと仲がいいんだなぁと思う。
「そんでこちらが」
「1年3組文理特進Aコース、最中夕実ちゃん。通称モナカ、モナちゃん」
「成績優秀な隠れ美少女ってスペックだけでもおいしいのに」
「モナちゃんはスマイル動画の人気生主なんだよ」
「歌ってみたなんかも公開してたよね」
「ちがうちがう、歌わされたでしょ」
「超可愛いの。魅惑のショタボイス」
「ショタっていうな!」
「動画がこちらです」
マオでも知っているような電子歌姫の楽曲だった。時折はいる「ねぇ、まだ歌うのー」「ぼく、この先歌える自信ないよー」って素っぽい台詞がまたそそる。
「これは……」
「もうショタでもいいやってなるでしょ」
「マオちゃん、話が分かるねー」
「モナちゃんは最初から何気にやる子だったよね」
「催涙スプレーにスタンガンだもんね」
「だからそれは自衛のためであって、ぼくが好きで持ってるわけじゃない!」
「モナちゃんすぐ痴漢されちゃうから」
「センター線、痴漢多いかんなー」
「まぁ、でも悪い気は起きる」
「起きちゃうわー、モナカちいさいんだもん」
「ちいさいって言うな!」
「地球にやさしいよね」
「エコサイズ」
モナカはそれ以上言い返しても無駄だと悟ったのだろう。マオに向き直ると、両手をとった。女の子との慣れない至近距離に緊張する。
「でも、マオくんも戦えないなら何か武器もったほうがいいよ」
「うん、容赦ないからね。アイツら」
アサミも言葉を続ける。
「アイツらって?」
「さあ、分かんないけど。敵?」
「さっきの戦闘、マオちゃんも見てたんでしょ?」
「やっぱりヒーロー戦隊ものの戦闘員とマスク強盗をかけたんだろうねー」
「共通点はフルマスクってこと? いっつも思うけど発想が安易!」
「今回はオレたちが【アウェイ】だったけど【ホーム】だったらどうする?」
「オレあれやりたい万引きGメン! お兄さん、いま鞄になにいれました?」
「そこは可愛い女の子に声掛けようぜ」
「事務所に家庭用殺虫剤たいといてさ」
「あれって人体に効くの?」
「さぁそれは、インターネットに相談だ!」
「ちょっと待て! そこの双子もう喋んな。脱線し過ぎて話が全然分かんねー」
マオが声を荒げると、双子はようやく口を閉じた、マオは小さく溜息をつくとモナカのほうを見る。
「モナカさん、だっけ? 説明してもらっていい?」
これは独断と偏見だろうが、こういうときは頭のいい子に質問したほうがいいと思っている。
「ぼくたちもよく分かってないんだけど、最初は電車だったの」
「あのときも私たちは【アウェイ】だったよね」
「ちょうど下校の時間で満員電車に乗ってたんだ」
「そしたら身体が突然重くなるみたいになって」
「乗客が消えた」
「そしたら駅員さんが追いかけてきてさ」
「あさみんが捕まってたから、駅員さんにボールぶつけたわけ」
「ぼくも駅員さんに捕まりそうになったから」
「催涙スプレーぶっ放したんだよね」
「そうして5人の駅員さん全員倒したら」
「駅員さんが消えたんだ」
「しばらくするとまたすし詰めに乗客が戻ってきててさ」
「あれはなんだったんだろうって」
たぶんこれだけ聞いたら、何言ってんだコイツらってマオは思っただろうと思う。でも実際にコンビニで体験した。身体が重たくなる感覚。襲ってくる戦闘員。そうして全員が戦闘不能になると、戦闘員は姿を消した。
「それで、その1カ月後かな。手紙が届いたんだ」
「下駄箱に入ってたの」
「ホーム・アンド・アウェイゲームの招待状」
「日時と会場が記載されてて、悪戯かなって思ったんだけど出向いてみたらさ」
「カイとセイがいたの」
「ああ、これは変なゲームに参加させられてんだなって気付いた」
「最初は大変だったよな。大人なんて倒したことねぇし」
「だから探しといたほうがいいよ。マオくんだけの武器」
再度のモナカの声掛けに今度は背中が寒くなるのを感じた。
「ようは、ゲームが始まったら相手を再起不能になるまで戦わなきゃいけねーってこと?」
「そう。腕っ節に自信があるなら素手でも倒せるかもしれないけど、大変だよ?」
「じゃあもっと強い武器使えばいいじゃん? 拳銃とか刀みたいなさ」
「どうやって手に入れんのさ」
「マオちゃん、日本の高校生そんな武器手に入れらんないよ」
「でも結界とかありえねー技使ってたじゃん。そしたらあんじゃねーの? 魔法とか」
「結界はほら、やっぱり大暴れするときはね」
「鍵をかけなきゃ炎上しちゃうでしょ? サエズッターしかり、ソーシャルサービスしかりね」
「コンビニで戦闘員再起不能にしている動画なんて出回っちゃったらオレたち退学になっちゃう」
「世間体は怖いからねー」
なんだか納得がいくようないかないような理由だが、言いたいことは分かる。過激な行動、発言をするときはソーシャルサービスの世界では自分の発言が出回らないように配信する範囲を限定する。
「負けたら、どうなんだよ」
「さあ、オレたち負けたことないし」
双子とアサミ、モナカの視線が強くなったように感じた。たぶん恐怖を感じている。
「なんだってお前らこんなゲームに参加してんだ?」
「参加したくて参加したんじゃなくて、マオちゃんみたいに巻き込まれただけだってば」
「目的は?」
「ゲームをつくる目的なんて楽しむためなんじゃないの?」
「誰が?」
「分かんないけど、黒幕は学園長」
「最初に書いてあった差出人に書いてあったんだ」
「私立皇帝王学園学園長よりって」
「そういえばさ、なんでマオちゃんはこの学園を選んだの?」
突然の質問に、自分がこの学校を選んだ理由を思い出す。
「名前がかっこよかったから」
「それだ! 神城磨央って名前かっこいい!」
タイミングよく3時間目終了のチャイムが鳴って、マオたちは解散した。
――ミッションコンプリート・ステージ【コンビニ】×【アウェイ】勝利