みかん
とある一軒家のリビング。4人の人間がこたつを囲んでいた。こたつの上には定番のみかん。
「やっぱり冬はこたつにみかんだねえ」
「同感だが俺の剥いたみかんを食うな」
拓人は隣に座る姉の美香が伸ばした手をはたく。
「いいじゃん。拓人のケチ」
「よくねえよ。まだみかんあるだろ。それ食えよ」
「えー剥くのめんどくさい。俊平代わりに剥いて」
「はい。ちょっと待ってくださいね」
隣に座る姉から手渡されたみかんを弟の俊平は丁寧に剥いていく。
「みかんの皮くらい自分で剥けよ……。俊平も美香姉をあんま甘やかすな」
「これくらい大したことじゃありませんよ。なんでしたら兄さんの分も剥きましょうか?」
「だったらあかりの分も剥いて」
そう言ってみかんを差し出す妹のあかりを拓人は呆れたように見る。
「お前もか、あかり」
「だって、俊ちゃんみかんのすじすっごく綺麗にとってくれるんだもん」
「まったく。すじは食物繊維が豊富なんだぜ?」
「そうだぞ。姉ちゃんも取らずに食べてんだ」
そう言って美香は弟に剥かせたみかんを一口でほおばる。
「美香姉の場合取るのがめんどいだけだろ」
「あかりホントは缶詰のみかんが一番いいんだけどね。皮もすじも綺麗にとってくれてるし」
「あかり、なんで缶詰のみかんの皮があんな綺麗に剥けてんのか知ってる?あれ塩酸使って柔らかくしてから剥いてるんだよ」
「嘘?! そんなの食べて大丈夫なの?!」
「塩酸はきちんと除去されるので大丈夫ですよ。あとあかり姉さん、みかん剥けました。」
「ありがと」
あかりがすじがきれいに取ら去られたみかんを受け取る。
「それにしても美香お姉ちゃんよくそんなこと知ってるね」
「だろう。もっと褒めるがいい」
「ほんと美香姉はいらん知識だけは豊富だよな」
「そんなに褒めんなよ。照れるだろ」
「さっきは褒めろって言ったじゃねえか。それに褒めたつもりもないけどな」
そう言って拓哉は新たなみかんに手を伸ばす。
「そう言えばみかんの内皮には脂肪を分解する効果があるらしいな」
「ホントか拓人!」
「ホントらしいですよ。内皮に含まれるペクチンという物質が脂肪を分解したり、脂肪の吸収を抑える効果があるんだそうです。みかんはカロリーも低く、みかんダイエットというのもあるらしいですよ」
「てことはみかん食べてれば痩せるってこと!?」
「いや、さすがに食べてるだけじゃダメだろ。それにカロリー低いって言ってもそんなに食ってたらなあ………」
拓人は妹の前に山と積まれたみかんの皮を見る。
「………みかんが美味しすぎるのが悪いんだもん」
「まあ、みかんは体にいいですからたくさん食べて悪いことはないでしょう」
「そうだよ、俊ちゃんの言うとおりだよ。お兄ちゃん知らないの? みかんにはビタミンCがいっぱい含まれてんだよ」
「そりゃ知ってるけども」
「他にもがん予防の効果もあるらしいですね」
「それなら私も聞いたことあるぞ。みかんに含まれるなんとかって物質がいいらしいな」
「なんとかってなんだよ。全然わかってねえじゃねえか」
「うるさい。ちょっとど忘れしただけだ。えっと、なんだっけな……」
「ベータクリプトキサンチンですよ。これはがんなどの原因となる活性酸素を除去する効果があるそうです」
「そうそう、それそれ」
「いや、美香姉絶対知らなかっただろ」
「それにしても俊ちゃん物知りだねえ」
「偶然知っていただけですよ」
「いやいや美香姉なんかよりよっぽど物知りだぜ」
「なんかとは何だ、なんかとは」
文句を言いつつ美香は新しいみかんを取ろうとかごに手を伸ばす。
「は!私は大変なことに気がついてしまったぞ」
「なんだよ」
「もうみかんがない」
美香の言うとおりコタツの上のかごは空っぽだった。
「母さんが箱で買ったのがまだあっただろ」
「確か台所にあったよ。お兄ちゃん取って来て」
「なんで俺だよ」
「だってお兄ちゃんが一番近いじゃん」
「そうだぞ、拓人。行ってこい」
「俺こたつから出てまでみかん食べたい訳じゃねえし。食べたいなら自分で取りに行けよ」
「「えーこたつから出たくない」」
「はもんな」
「仕方ない。俊平ちょっと行ってき……」
「お断りします」
「俊ちゃんが最後まで言わせなかった!!」
「俊平寒いの苦手だもんな……。ていうか何でも俊平に押し付けんなよ」
「むむむ………。仕方がない。ここは正々堂々じゃんけんで決めるか」
「仕方ないね」
「まあ、仕方ありませんね」
「いやいや、なんで俊平までやる気なんだよ。俺はやらねえからな」
「やらなくてもいいがその場合は不戦敗だぞ」
「は?!」
「それじゃいくぞ。じゃんけん……」
「ちょっ、まっ」
「ほい!」
「ご苦労さまお兄ちゃん」
「いやーやっぱり拓人が取りに行くことになったな」
「兄さんはジャンケン弱いですからね」
「うるせえよ。ほれ、せっかく持ってきたんだからたらふく食え」
拓人は抱えていた箱を下ろすと箱の中からいくつかのみかんを取り出しかごに入れる。
「それにしても箱ごと持ってこなくてもよかったのに」
「ああ? だって何度も取りに行くのめんどいだろ」
「何度も取りに行くことが前提なんですね」
「どうせお前ら両手で持ってこれるような量じゃすぐ食っちまうだろうが」
そう言って拓人は箱の中から自分の分のみかんを取り出す。
「なんだ結局拓人も食うんじゃねえか」
「ま、せっかく持ってきたしな」
「それじゃ、あかりも遠慮なく食べよ。はい、俊ちゃん。皮剥いて」
「分かりました。少し待ってくださいね」
「あ、ずるいぞあかり。仕方ない。拓人、みかん剥いてくれ」
「自分で剥け」
彼らの団欒はまだまだ続く。