5、少女と琴姫
私は勝った。
この世の理を淡々と説く晴明様に。
そして、今私は彼の家の掃除をしている。
これがまさに、怪我の功名(怪我なんてしてないけど)というやつなのね!
5、少女と琴姫
「姫、もう大分部屋はきれいになりました。ありがとうございます。ですから…」
「……何故晴明様がお顔を隠されているんですか?」
何故か、目の前の青年は書物で顔を隠している。
普通、逆ではないだろうか。
「晴明様、世には女性は顔をむやみにみられてはならぬと有りますが、男性にはございませんよ?」
私が言うと彼は恨めしそうに言う。
「本来なら顔を隠さねばならぬ姫様がお隠しにならぬからですよ。」
私は彼の持っている書物をぐっと下に引っ張った。
いきなりの行為だったから、彼は私のなすがままだった。
「もうよいではありませぬか。先ほど、私は顔を晒してしまったのです。今更にございます。」
それに、私だって何の隔たりもなく晴明様のお顔を見ていたい。
彼はとても礼儀や理を重んじる。それは彼のいいところではあるとおもうが。
「……外では、必ず市女笠を使ってください。」
「はい。」
私がほほえむと、彼は困ったように笑った。
「先ほどのものたちは、小さな物の怪たちにございます。見える人間…私やその客などを脅かして遊んでいるのです。最初は放っておいたのですが、段々この付近では物の怪がでるという噂が立ってしまい、最近は客を脅かすなと言い聞かせていたのですが。」
ということは、あながち噂もバカにできないということか。
「先ほどの物の怪たち、私は姿は見えませんでしたが声は聞こえました。一体、どのようなお姿をしているの?」
私が問うと、彼は少し目をまん丸にした。
「怖くは、ないのですか?」
目に見えないものは、怖い。
彼らは悪戯とはいえ、私を脅かしたし。その時は怖かった。
「彼らは、晴明様のお友達なのでしょ?晴明様のお友達なら少ししか怖くありません。」
そう言うと、晴明様は笑い始めた。
物の怪たちは私の友達ですか、と言ってまた笑いを深める。
「それでも、少し怖いのですね。」
「少しですよ、少し!」
そして、何だか分からないけど私も楽しくなって一緒に笑った。
「琴姫様の呪詛のことですが。」
ぽつぽつと庭を眺めながら会話をしていて、会話が途切れたときだった。
晴明様が琴姫様の話を始めた。
私は一度頷いて話を促す。
「明日、決行するよ。」
「明日ですか?」
彼は頷く。
「姫様が聞いた声の主を探してみましたが、本人は見つかりませんでした。しかし似たような証言はありました。やはり、呪詛が行われたようですね。」
私はその声の主を見ていないから、本人を探すのは難しい。けれど彼はたった一日で私が聞いた声と同じような内容を知ることが出来た。
すごい行動力だと感心してしまった。
そして、琴姫様の事を考えると悲しくなった。あの姫はとても優しいのに。
「やはり、琴姫様は……。」
横から視線を感じたが、彼は何も言わなかった。
「昨日、藤原様のお屋敷に行きましたが、確かに嫌な気に満ちていた。藤原様に、その宗伝えると、すぐに琴姫様の様子を見せてくれた。彼自身も可能性を考えていたんだろう。」
「そう、ですか。」
「姿をみて思ったよ、これは呪詛だとね。」
確信を持った、彼の言葉だった。
「急がなければ、彼女の身体がもう保たない。」
そんなに、深刻な状態だったのか。
私は眉をひそめた。
「大丈夫、ちゃんと彼女は助かる。」
だから、っと繋げられた。
「姫は、明日は大人しくしていてくださいね。」
「えっ!」
私は立ち会うつもりでいた。
「姫、お願いです。きっと、琴姫様も姫が危険な目に会うことを望まないはずですよ。」
琴姫様を持ち出されては、それ以上反論出来なかった。